165話 戦火の秒針
~ミリアド王国エリア8~
ジークレイン家の前には多くのハンターが集まっていた。
そこにはエリア8が抱えるハンターだけではなく、なんとエリア2のハンター、さらにはそのリーダーである「ゲイル・ガーレスタ」の姿もあった。
ここにいるハンターはエリア8リーダー「ハゼル・ジークレイン」の呼びかけに応じて招集されたのである。今はそのハゼル待ちである。
「来てみたはええけど、なんの用でこんなに多くのハンターを集めたんやろな……」
「さぁ?」
ゲイルと共にいるのは同じくエリア2のハンターであるホーク。そしてその横にはハンナの姿。
何か大きな作戦等が立てられる場合、他のエリアと手を組んで事に当たるのはよくあること。しかし、リーダーまで来ることは珍しい。
本来ならよほどのことでない限りリーダーを動かすことはできない。
自国の中ですら区画ごとに大きな外壁で隔てているミリアドで「エリア」とはもはや一つの国に等しい。そこでのリーダーとは一国の王のようなものだ。
では、なぜエリア2のリーダーであるゲイルがここに来ているのか。
この背景にはエリア2がかなりの貧民街のような場所で、ミリアド王国に少しでも貢献していかないと即刻他エリアに吸収されるという崖っぷちな状況……というのがあるのだが、ここで多く語ることでもない。
「……」
ゲイルは他人に使われることが嫌いだ。今もホークとハンナに無理やり引っ張られてここに来ている。それなのに待たされている
今のところ黙ってくれてはいるがこのまま長々と待たされるとどこかで爆発しそうだ。ただそれだけが2人の心がザワつく要因だった。
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ハゼルはエリア8にある「研究所」にいた。
このエリアは魔人に対する研究や『異能』に関する研究が最も進んでいる場所。ハゼルがいるのはその中でも「特殊兵器開発研究所」というところだ。
「ぐしゅしゅ。ハゼル様。早く集まってくれたハンター共のところへ向かわねば怒られますぞ」
今作ろうとしている兵器に関する極秘の資料を覗いていると、ハゼルの横から白衣の着た背の低い老人が笑みを浮かべて近づいてきた。
「その気持ち悪い笑いをやめろ『ドク』」
「これはこれは……申し訳ございませんなハゼル様」
この男─『ドク』は「特殊兵器開発研究所」の主任。ここの心臓たる存在のような者だ。
「それにしても……困りましたなぁ。まさか『アリス』が実験事故で外にワープされて放り出されてしまうとは。やはりまだ『人工天使』が実用段階には入っていない証拠」
「そんなことはわかっている。それをどうにかするのがお前の仕事だろう」
「どうされますか? あれは失ってはならない大切な駒。あれがなくては『人工天使』は完成しませんぞ」
「ああ。だから……こうしてハンターを集めたんだ」
ハゼルがハンターを集めたのはアリスの捜索のため。
アリスとは……『アリス・イグナティス』。
ハゼルはまだ知らないことではあるが、現在アストと行動を共にしている少女のこと。彼女はここの研究所に兄と一緒に住んでいる状態だった。
とある理由で魔人の世界でも迫害されている2人を迎え入れたのがハゼルというわけだが。
だが、ここでハゼルが厄介と感じているのは……集めたハンターの中に「エリア2のハンター」まで釣れたことである。
あそこには『魔力感知』の異能を持った少女がいる。たしか……ハンナといったか。
『魔力感知』の異能があればアリス捜索にこれほど役に立つものはない。
なぜならアリスの属性魔法は珍しいという言葉すら生温いほどに他の魔人とは違うものを持っているからだ。そしてそれは当然魔力にもはっきりと違いが出てくる。
そこで問題が出るのは当たり前だが、「魔人とバレること」。
アリスの種族は「魔法使い」。姿は人間と同じなので魔力感知さえされなければ『魔人』とバレるようなことはない。おそらくハンターに捜索を頼んでも殺されるようなことはない。
しかし、他エリアに増員を募った際にエリア2が来ることは誤算だった。
あそこのリーダーは決して人のお願いを聞くような者ではない。だからこそエリア2は来ないと踏んでいたのが、予想を裏切られてしまった。
そしてあそこが来るとなれば必ず「ハンナ」はついてくる。
なぜなら、そもそもエリア2にいるハンターはリーダーのゲイルに、それをサポートするホークとハンナの3人だけだからだ。
ミリアドでもエリア2は半ば切り捨てられているような扱いなので「異能」も存分に与えてくれない。簡単に与えてしまってはそのエリアが余計な力をつけてしまうからだ。
現に、ゲイルというミリアド王国でも一線級の強力な異能者がいるからこそ安易にエリア2を潰せない状況になっているのだから。
(ここで奴らを追い返せば何か後ろ暗いことがあるのは明白。最悪それだけでアリスが魔人だということがバレてもおかしくはない……)
『アリス』は自分達にとって絶対に欠けてはならないピースだ。救出は絶対。
何か良い案はないか。それを思案していることでハゼルはまだ集めたハンターの前に出ることはできなかった。
ドクはそんな悩んでいる様子のハゼルを見やり、声をかける。今、思い出したと言わんばかりに。
「そういえば、昨夜ようやくアリスに付けてあった発信機の信号が拾えましたぞ」
「何?」
もちろんのことだが、この研究所の重要なピースと言うだけあってアリスが脱走しないように彼女には発信機がつけられてある。この研究所にあるレーダーでその信号を拾うことが可能。
問題はそのレーダーは発信機の信号だけではなく、発信機から一定範囲内の「魔力反応」も拾うようになっていることだ。
……簡単に言うとアリスに魔人が近づいているかどうかをこちらで探知することができるのである。
先も言った通り、アリスの属性魔法は希少なもの。
その魔力を感じ取れるのは「魔力感知」の異能を持ったハンターだけではない。魔人なら当然のことだ。
実際、アリスのことを知れば狙う魔人も多いだろう。それゆえに付けられた機能であったが……
「アリスがワープしたのはミリアドから数十キロ離れた森。そして近づいた魔力反応は3つ。おそらくですが、アリスを狙っていたというよりも偶然その場に居合わせた可能性が高いでしょうな。ですが……」
「どうした?」
「水属性の魔力に雷属性の魔力。それと……あともう一つは人間だか魔人だかわからないような魔力反応ですな。いやはや、これは一体……」
「なんだと……!?」
それを聞いた時、ハゼルはすぐにピンときた。
(こんな偶然が……? まさか神は俺に復讐の機会を与えてくれているとでもいうのか……)
人間か魔人かわからないような魔力反応。間違いない。
アスト・ローゼンだ……!
その証拠に水属性と雷属性の魔力というのはアストの仲間と思われる「カナリア・ロベリール」と「ライハ・フォルナッド」に違いない。
魔人とも繋がっているハゼルはマナダルシアにスパイを送っている。その関係でアストとベルベットの周辺情報は逐一送られて来ていた。だからその2人の情報も知っていたのだ。
「よし……! 何も、集めたハンターをアリスの捜索に使う必要はないな」
「どういうことでしょうか……?」
「くくく……アスト・ローゼン、ここで貴様を潰してやる!」
ハゼルはようやく作戦を思いつき、愉快そうに笑いながら研究所を出て行った。
「ぐしゅしゅ……張り切っておられますなぁハゼル様は」
誰もいなくなった研究室で1人ドクは薄気味悪い笑みを浮かべる。
ドクは白衣のポケットから携帯通信機器を取り出し、何者かの番号を打ち込んだ。
数回のコール音を刻んだ後に目当ての相手に繋がる。
『やぁ。ドクかい?』
「……はっ。アルカディア様。全て手はず通りに進みました。『アリス』を転送装置で飛ばし、アスト・ローゼンとの接触は完了。妖怪も、そしてハンターも動き出しております。時期にぶつかるかと」
相手はどこかに潜伏しているはずのアルカディア・ガイウスだった。
『そっか。「人工天使」の方はどう?』
「依然として『キマイラ』のトリガーが無いとどうにもなりませんが……『ヴェロニカ』の開発進捗率は70%を突破。もう少しでございます。11個のトリガーが集まり次第起動できるかと」
『ふふっ、順調だね。怖いくらいに』
「ええ、ええ。そうでございますなぁ。全ては、」
『ヘクセンナハトの魔王のために』
「ヘクセンナハトの魔王のために」
ドクは通話を切った。
今のドクはエリア8リーダーの下で働く研究員。
しかし、その正体は兵器開発を得意とするアルカディアの完全な手下ー『インカー」の一員である。ここに潜り込んでいるのも全て彼の命令だからだ。
そして、アルカディアから設計図と素体を受け取りマジックトリガーの開発を行ったのもドクであった。
この事実をハゼルは知らない。表向き「どこかの誰かが作ったマジックトリガーなるものを自分の手で研究してみたい」と言ってある。その面目で今は世に散らばってしまっていたマジックトリガーを回収できていた。
「自分がマジックトリガーを造った」。この事実を隠しているのはハゼルが魔人と手を組んでいるからだ。
もしこのことがバレれば自分はそいつらに即殺されるに決まっている。
なぜなら、ハゼルと手を組んでいる魔人は全て─
「おいドク」
「おっ、おやおやぁ……これはこれはゼオン様」
銀色の髪に空色の瞳を持つ少年が入ってきた。ドクはすぐに通信機器をポケットにしまい込む。
「アリスは今どこにいる?」
「アリス様ですかぁ……」
やはり、そのことか。
予想はしていた。ゼオン・イグナティスなら第一にそのことを聞いてくると。
しかし、
「今のところ、進展はありませんねぇ」
伝えるわけにはいかない。
伝えればすぐにアリスの元へ向かうことはわかりきっている。こいつにはまだ「その時」まで首輪をつけて飼いならしておく必要がある。
「申し訳ございません。私共研究員の不手際でこのような事態に陥ってしま─」
「死ぬ気で探せ……!」
ドクの胸倉を掴み上げて憤怒の形相で迫りかかる。まるで今にもこちらの命を絶とうとしてくるような恐ろしさがあった。
が、それでもドクは表情を一切崩さない。
アルカディアの命令ではゼオンはまだ動かすべきではない、とのことだからだ。たとえ自分の命が脅かされようとも口は堅く閉じたままだろう。
黙っているドクを放してゼオンは研究所を出て行く。また外に出てアリスを探すのだ。
無駄だ。全てはあの方の掌の上。
「その時」まで……ただ待つのみ。




