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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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160話 アリス・イン・ワンダーランド



 修行が終わって……なんとか動けるようになるまで回復した後に部屋を出た。


 回復した、といってもあの後にミルフィアが来て魔法で回復してくれたのだけれども。多分、キリールさんに言われて来たのだろう。


「ビックリしましたよ。兄様がキリ姉様と修行をしていただなんて」


「いや~……軽く死ぬかと思ったよ……」


「フィアの時もすっごく厳しいんですよー。あれはもう人じゃありません! 魔物です! 全然容赦なくて本気で死にそうになった時が100回くらいあります!」


 ミルフィアは「がおー!」と怖い魔物(?)の顔真似をしてキリールさんの怖さを必死で伝えてくるが、




「興味深い話ですね。私にも教えてくれませんか?」


「いいですよー。キリ姉様の怖さはSランクの魔物と同じくらい…………って、ひゃあああぁぁぁ!!」




 ミルフィアの背後にはキリールさんが。目玉が飛び出るくらい驚いたミルフィアはピューッと退散する。皆も陰口はやめようね。



「アストさん。回復したばかりですみませんが、お使いをお願いできますか?」


「お使い? オルテア街にですか?」


「はい。あとは、せっかくですからアリスさんと2人で行ってきてください」


「アリスとですか……? わかりました」



 と、いうわけで僕は支度をしてアリスを待った。


 どうやら彼女はただの居候では申し訳なく思ってここの仕事をどうにか手伝わせてもらっているらしいが……



「あ、アストさん!」



 フワリ、と花の匂いが鼻腔(びこう)(くすぐ)る。ヒラリヒラリと白と黒を基調としたお馴染みのエプロンドレスが揺れる。



 アリスは……メイド服を着ていた。



「あ、アリス……それ……」


「はいっ! ここでお仕事を手伝っていたら服を貸してくれたんです。……どうですか?」



 め、めっちゃ可愛い……!


 白と黒のメイド服はアリスの銀色の髪と絶妙にマッチしてそれは最早一つの絵画。

 空色の瞳は恥ずかしそうに細められ、それがまた妙な可愛さを引き出す。


 白い肌はほんのりと朱く染められ、まるで綺麗な人形が命を得たかのような。天使が(たわむ)れに人の衣服を纏ったかのような。


「あの……アストさん?」


「すっごく可愛いよ!」


「へ!? そ、それは……ありがとうございます…………」


 恥ずかしさが振り切れたのかプシューと顔を赤くなってしまったアリス。

 少々興奮して褒めてしまったからかアリスが期待していたものよりオーバー気味になっちゃったようだ。いや、しかしほんとに可愛い。


「えっと、オルテア街というところに行くんですよね?」


「あ、うん。お使いにね」


 アリスはミリアド王国に居た頃でもあまり外に出ていなかったのか、オルテア街に行くことにどこかワクワクとしている。

 ……なんだか。出会い方や現在の境遇が似ているからなのか、カルナの姿が重なって見えてしまうな。



 大丈夫。アリスはカルナじゃない。血を飲まなきゃ死ぬなんてことはないんだ。



 もう……あんなことは起こらない。


 たとえ、起こったとしても、今度こそ。




 ─胸にあるペンダントの血晶石がキラリと光る。





 守ってみせる。





「行こうか、アリス」


「はいっ!」




   ♦




「ふわー! す、す、すごいです!」


「でしょ」



 オルテア街。それはマナダルシアで一番栄えている街。

 オシャレなお店やレストランが立ち並び、綺麗な装飾の光が夜を照らす。


 しかし、それだけではミリアド王国を知っているアリスが驚くわけがない。


 そう。実は昼のオルテア街と夜のオルテア街では大きな違いが存在する。それは、決してミリアド王国では見ることができない景色。



 夜闇を切り裂く七色の光線。


 宙を自由に泳ぐ、魔法の雲で作られた様々な生き物。それと共に魔法の炎が空を縦横無尽に踊りまわり世界を照らす。


 とある店の上に立つ小さな竜のような魔物が氷の息吹を吐き、僕たちが歩む道へキラキラと輝く氷の結晶を降らせる。



 夜のオルテア街は、昼とは違って……魔法全開のイルミネーション演出が僕たちをもてなしてくれるのだ。



 昼の場合は魔力温存ということで魔法が控えめになっている。店の中や要所で魔法が使われているのが見えたりするが、ミリアド王国とあまり大差ない雰囲気。


 だが、こと夜に関してはやはり魔人が住む街であるというのをまざまざと見せつけてくる。僕も初めてここに来た時はこの光景に感動したものだ。



「あ、そういえばおつかいでしたね……」


「うん。だけど、せっかく外に出たんだからゆっくりしていこうよ」


「い、いいんでしょうか……!」



 アリスは目をキラキラと光らせて辺りを見渡す。


「マナダルシアに住んでいた昔もあまり外に出たりしなかったのでこんなの、初めてです」


 なるほど。それじゃおつかいは僕が隠れて終わらせておこう。アリスにはこの夜のオルテア街を存分に楽しんでほしい。



「そこのおチビちゃん、フレイリザードの尻尾焼きはどうだい?」


「あ、え、え、おチビちゃんて私のことでしょうか……」




「ほらほら、あたいの店特性の薬試してごらんよ! 飲めば身長2倍!」


「し、身長は困ってますけど大丈夫です……!」




「このご時世強い武器を持ってなくては外も歩けん! ワシの魔法道具店最強の魔法武器【時空破壊砲(エアロ・カノン) ギャラクティック・ブラスター】はどうじゃ!」


「ふぇぇ……お、重くて持てません~……!」




 うわ……見事に客引きに引っ掛かりまくっている。


 夜のオルテア街は今のように客引きだらけ。お祭り騒ぎのようなことになっているのでアリスみたいに断るのが苦手だと厄介な物を買わされる羽目になる。

 アリスはめちゃくちゃ苦くて有名な「フレイリザードの尻尾焼き」を涙目で(かじ)りながら、変な薬をポケットに勝手に入れられ、バカでかい大砲に四苦八苦している。もう可哀想だ。



「アストさん~助けてください~!」


「はいはい……」



 仕方ないな。ここはオルテア街経験者の僕が一肌脱いで……



「そこのお兄さんもフレイリザードの尻尾焼きどうだい! 今なら3本サービス!」


「あたいの店特性、飲んだら魔力100万倍の薬どう?」


「ふぉっふぉっふぉ。お前さんには我が店秘蔵の魔法剣─【バルバリック・ブレード】をやろう!」



 僕がアリスに駆け寄ろうとするとすぐさま客引きたちは僕の下へドドドド! と押し寄せこれまた勝手に自分達の売り物を押し付けてくる。


 僕の口にはフレイリザードの尻尾焼きを三本突っ込まれ、変な薬を問答無用で上から浴びせられ、しまいには身長の3倍近くある巨剣で僕を下敷きにしてきた。



 それだけでなく僕のポケットにある財布を勝手に開いて品物分のお金を抜き取り「毎度あり~」とかいう始末だ。これもう客引きじゃなくて追い剥ぎじゃん……



 夜のオルテア街は魔法を使ってとても素敵な光景が広がるけれども、治安は最悪レベルにまで低下する地帯だったようだ……。




「ひどい目にあったね……」


「はい……うぅ……」


 2人でボロボロになりながらも、なんとか追い剥ぎもどきの客引きから脱出した。

 おつかいだったはずなのに、僕のお財布は致命的なダメージを負った。そんなぁ……。



「あ! アストさんっ、見てください!」


「ん?」



 アリスが興奮してぴょんぴょん飛びながら指さす方には……




「あ……『パレード』だ」




 広い道を悠然と進む複数の大きな馬車。それを引くのは光り輝く角を持った「シニキアユニコーン」という美しい虹色の馬の魔物だ。


 馬車の籠の上には人が何人も立てるスペースが用意されており、そこで魔法使いが魔法を使ってこの街にさらなるイルミネーションを施す。



 あれは「パレード」。

 月に一度、オルテア街で行われるもの。ああやって街を馬車で進みながら魔法を披露していくことで「魔力への感謝」を表すのだ。


 自分達の中に眠る魔力という力。それは戦争に使うためだけのものではない。これは自分達の生活を豊かにするものでもあるのだ。



 それを忘れないための「パレード」だ。






 ……というのは半分の理由で、今では半分お祭り騒ぎの延長戦のようなものになってしまっているらしいが。全部台無しである。




「……そうだ。アリス、そこに立って」


「へ? こうですか?」



 アリスは素直に従う。ちょうど、その彼女の後ろでパレードの馬車が重なった時、



 パシャッ!



 僕はマジックフォンに備え付けてあるカメラのシャッターを切った。



「きゃっ!……な、なんですかそれ」


「ちょっと待ってね……」



 僕はマジックフォンを操作して今撮った写真を画面に表示する。


 それだけではなく、これには撮った写真を紙に映し出して固定化させる魔法も一つの機能として存在する。


 こんなこともあろうかと、おつかいのついでに買っておいた白紙の紙(マジックフォンの写真用として一般的に売られている)の上にマジックフォンをかざす。



 すると……



「わわっ! 私の顔が……!」


 紙にじわ~と色が付いたかと思えば、さっき撮った写真が紙の上に写し出された。



 そこには「パレード」をバックに、驚いた顔のアリスがいた。



「はい。これあげる」


「いいんですか!?」


「うん。ここに来る時から思い出として残そうと思ってたんだ。ミリアドに帰っちゃったら会えなくなるかもしれないしね」



 アリスは恐る恐る写真を手に取った。


 「切り取られた瞬間」には、自分のなんとも恥ずかしい表情。しかし、もう二度とこれと同じ瞬間を味わうことは叶わない。



 光の中でたしかに生きている自分。感情を持ってたしかに()る自分。

 それを見た時、熱い何かが胸を過ぎ去っていった。




「アストさん……これ、大事にします。お別れになっても、これからも、絶対に今日のことを忘れたりしません」




「うん。僕も、絶対に忘れない」



 それからは普通に色んな店を見て楽しんだ。


 服を見たり、魔法道具店で綺麗な宝石を見てみたり。ウィンドウショッピングを満喫した。



「本当にすごいですね、ここは。魔法がこんな風に使われてたなんて知りませんでした」



 アリスは振り返ると、そこには幻想的な光の都。今も炎が、水が、数多の魔法があちこちで降り注ぐ。




「私も、いつか自分の魔法で皆さんを幸せにしてみせたいです」




 そんな風に笑っていた彼女は、



 羽の生えた天使のように、光り輝き綺麗に見えた。

 


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