158話 ようこそベルベットの館へ!
「ただいま、です」
「お邪魔します……」
久しぶりに帰ってきたベルベットの館。
マナダルシアでも辺境の地にあるそこは、一目では人が個人的に所有しているとは思えないほどにとても大きな建物。
色んな施設や部屋が数多くあり、そこには百人近くの使用人達が主のために働いている。(現在、その主は逮捕中)。
扉を開けば、隅々までピカピカに掃除された大広間が見え─
「「「「「おかえりー、アスト!!」」」」」
ポパンッ! ポポンッ!!
重なる声。鳴らされるクラッカー。ヒラヒラと花びらみたいに舞う紙テープ、紙吹雪。
綺麗なメイドさん達が目の前で迎えていてくれた。
「兄様ー!」
ボフンッ! と勢いよくアストの体に突撃してきたのはミルフィア。別れてから一ヶ月と経っていないのにもうウルウルと再会に感動していた。
それを皮切りにアストとアリスのところへ使用人達がなだれ込んでくる。
「見たよー学内戦の映像! 超かっこよかった!」
「グランダラスの進化種みたいなのぶっ倒したんだって? 見直したぞ、このこのっ!」
「良い男になったじゃんかアスト!」
「アストくん、とってもすごかったよぅ……」
使用人(主に、というかほとんどメイド)がアストをもみくちゃにする。
保護者は自分の子が行う学内戦の映像は学院ページにアクセスすれば閲覧できるので、ここの館からはアストの学内戦を確認できるのだ。
学内戦にて……魔法も使えず、武器も使えなかったアストが何度も敵の魔法に屈せず立ち上がった姿。それに強く心を打たれた者は学院の生徒だけではない。元々アストに対して好意的な心を持つ一部の使用人達も同じだった。
「めっちゃ可愛いね君! 連絡先教えてっ!」
「おい、抜け駆けすんな!」
「名前は? どこ住み? ってかマジックフォン持ってる?」
対するアリスのところへは男の使用人が集まってきていた。
アリスの容姿は非常に儚げで男なら「守ってあげたくなる」という印象を受ける。
そんな女の子が入ってくれば日頃からあまり出会いのないここの男が気になるのも仕方ないことだ。……アリスは面食らった後に困った顔をしていたが。
「あ……ベルベットのことなんだけど、まだ逮捕から出てこれてなくて……」
メイドさん達にぐちゃぐちゃにされながらも、ここの主であるベルベットの現在を伝えておく。皆も一番気になることだろうから。
「……え? あ、あ~……はいはいベルベット様ね」
「大丈夫大丈夫。ベルベット様ならちょっとしたらすぐ出てくるって」
「そんなことより、こっち来てお姉さん達と喋ろー」
「そんなこと」!? 今誰か「そんなこと」って言わなかった!?
ベルベットって本当にここの主なんだよね? 皆さんまるで「あ、そういえばそんな奴いたなー」くらいの反応じゃない!?
「もー! 兄様はフィアの兄様ですー! 皆、取らないでください!」
「えー、ミルフィアはこの前学院に行ってたじゃん」
「ミルフィアだけズルくなーい?」
「ズルくないですー! フィアは小さい分、優先されるべきなんですー!」
ミルフィアは渡さないぞというばかりにアストの腕を体いっぱいで抱きしめる。
あぁ……喧嘩しちゃってる。帰って早々だが、争いの種であるらしい僕がどうにか止めないと。って痛い痛いっ! フィアちゃん、僕の腕を抱きしめる力強すぎるよ! 千切れる! 千切れるって! なんかミチミチ音鳴ってるっ! あががががが!! 腕千切れる~!!!!
「アストさん。無事に帰りましたか」
密かな圧殺攻撃に僕が悲鳴を上げていると、静かだがよく通る氷のような声が響き渡った。
それと同時。アストのところへ殺到していたメイド達がババッと道を開けるようにして左右へと割れて姿勢を正す。
この声は……
「キリールさん!」
「はい。キリールです」
ペコリと綺麗にお辞儀。美しい所作の端々に気品が漂う。ここの館のメイドを束ねる、メイド長さんだ。
「ミルフィア。アストさんから腕を離しなさい」
「う~。わかりました」
キリールさんからの命令となれば、ミルフィアも口を尖らせながらも従う。
おかげで破壊されかけた僕の腕も解放された。あとでアレンに頼んで『革命前夜』で治してもらおうかな……。なんか肘から先の感覚がないんだけど大丈夫かなぁ……。
キリールは次に男の使用人達が殺到している場所へ目を向ける。
「そちらも。その方は客人です。恥ずかしい真似はやめなさい」
それだけ言うとすぐに男達も姿勢を正してアリスから離れた。彼女は助かったとばかりに息を吐く。
「あの、ベルベットは……」
「近いうちに出てきますよ。また多額の金を払わされる羽目になりましたが」
キリールさんは頭痛でも堪えるかのように顔を歪ませる。
究極魔法を無断使用したことで捕まった彼女はそろそろ出てくるらしい。それならいいんだけど。
「先に伝えた通り、あの子がアリスです」
僕は館に来る前にキリールさんへ「1人お世話になる人がいる」と伝えておいた。それと彼女の現状を。
「ミリアドに住んでいるという魔人の方ですね。聞いた時は怪しいと思いましたが……」
「すみません……」
キリールさんの疑いの目にアリスの体は縮こまる。
しかし、嘘をついているようにも思えない。ここで「帰れ」とも言いづらい。面倒を見るしかないだろう。
「学院には彼女を探しているような人が来たらここへ連絡をするように言ってあります。すぐ見つかればいいんですけど……」
「難しいですね」
アストの想いとは裏腹に、キリールは困難と切り捨てる。
「なぜなら今現在、このマナダルシアは外から入ることも、内から出ることもできない状態にあるからです」
「え!? そうだったんですか!?」
「はい。国を囲んでいる結界の定期メンテナンス中です。数日間はアリスさんがここを出ることも、お兄さんがアリスさんを捜しにマナダルシアに来ることもできません」
そ、そうだったのか。ここに来れば強い使用人の方達が一緒になってアリスを守りながら送り届けてくれるかなと密かな期待をしていたのだが……そう簡単にはいかないらしい。
「ですので、その間はここに居ても構いませんよ。これだけ使用人が住んでいるのですから、1人も2人も変わりません」
「あ、ありがとうございます。お手伝いできることがあればなんでもしますのでっ!」
良かった。ここで断られるようなことがあればまたアリスがどこに住まわせてもらうかの話に戻るところだった。
だが、これでひとまずアリスの居候は決まった。一番の問題は解消できたわけだ。
これから、数日間よろしく。
 




