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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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156話 全ての始まり、全ての終わり



「ふあぁ……今日はいっぱい働いたのじゃ~」


 夜。新しく学院長に就任したアーデルハイトは欠伸(あくび)をしながらアーロイン学院を出る。

 今は家に帰るところだ。学院を出ても用意されている寮に移動するだけなので大した帰路ではないが。


 今日は就任初日ということで色々と仕事が多かった。そのせいか生徒は皆、部屋の中に入っているような遅い時間帯なので帰り道には生徒の一人も見られない。



 虫の鳴き声が夜道を包む。その中を歩いていると一人でも、不思議と寂しくは感じない。


 孤独から抜け出た夜を歩く白の美しい少女。その様子を見た者に描く力があったならばすぐに絵にしていたに違いない。これほど儚く幻想的なものはなかっただろうから。



 そこで、アーデルハイトは何を思ったか歩を止めた。





「ジロジロと後ろから見るでないわ。さっさと出てこんか」



 アーデルハイトは背後にある気配に向けて声をかける。


 これは学院を出た瞬間から感じていたものだ。放っておいたのだが、どうやら相手は自分の知り合いのようだったから。



「そんなに怒らないでほしいね……『アーデ』」


「親しい者にはその名で呼ばせておるが、お前にはもう呼ばれとうはないの……『アルカディア』」



 後ろを向くと眉目秀麗の少年にして元アーロイン学院生徒会長。その横には元生徒会副会長のカチュアもいた。



「こんな時間に一人で歩くなんて危ないよ?」


「お主みたいな厄介なストーカーに付け回されるからか?」


「ふふっ、そうかもね」



 アーデルハイトの物言いにカチュアはムッとするが、すぐに怒りを吐き出すほど愚かではない。なにしろ自分の主であるアルカディアの知り合いのようなのだ。この場で簡単に言葉は出せなかった。


 それ以外にも、見てくれはただの少女だが内包する力は底知れなかった。

 アルカディアには強大な力を持つ仲間がいるが、それらにまったく引けを取らない存在感が彼女にはある。そういったことも軽く口を出せない理由の一つだったかもしれない。



「四百年前と何も変わっておらんな。『アルカディア・フェイト・ルーヴメント』の頃と」


「懐かしいねその名前。また君と会えて嬉しいよ。あの頃の……『第一魔法研究室』の仲間と」


「…………儂とお前を合わせてもまだ三人欠けておるがの」



 アーデルハイトはフンと鼻を鳴らして睨みを利かせる。アルカディアは肩を(すく)めてその視線から逃げる。


「その様子だと、まだ『インカー』には入ってくれそうにないんだね」


「懲りずにまた勧誘に来おったか。何度も言う通り、お主は儂の『敵』じゃ。人類は滅ぶべきではない」



 アルカディアの誘いを突っぱねる。彼が自分を勧誘してきたのは数知れず。いい加減にウンザリしてきたところだ。

 それだけ、彼にとっては自分をメンバーにしたい理由があるのだ。


 そしてその理由を知っているからこそ、自分はこの男の「敵」でなくてはならないとも思っている。



 勝手に来て、このまま勝手に帰られるのも癪なので、今度はアーデルハイトがアルカディアに問う。



「お主、随分とアストに入れ込んでいるようじゃの。どうしてじゃ?」


「…………それは答えられない質問だね。けど、入れ込んでいるというなら君もそうじゃないかい? アストくんを『彼』と重ねているんだろう?」


「黙れ……! 次、それを口にしたらお主の喉を裂く。もしや……儂が、あの時お主のしたことをもう許したと思ってはおらんか?」


 アーデルハイトの怒りに応じて彼女の周囲に風が吹き荒れる。それでもアルカディアは涼しい笑顔のまま。



 カチュアは2人の間だけで交わされる会話についていけてなかった。彼らだけが知る情報。そして記憶。だが、2人の間にかなり深き(みぞ)があることだけは感じ取れた。


 しかし、引っ掛かるのは。

 おそらく「アスト」がどちらもの共通項になっていることだ。彼が一体なんだというのだ。



 ダメだ。どうしてもわからない。アルカディアのことなら何でも知っていたいが、この2人のことを数分程度で理解するのは難しい。


 それよりも、またアスト・ローゼンか。それだけがムカムカとしていた。



「『ヘクセンナハトの魔王』……か。まだそんなものを追い求めておったとはの。いい加減にせぬか。一体どれだけ人道を踏み外せば気が済む」


「僕は世界を救わなきゃいけないんだ。世界を救うためなら、どんな障害だって退けてみせる」




「儂が相手でもか?」



 風が吹き荒れ、光が踊る。二つの極大の魔力が二人の間でせめぎ合う。



 もし、この二人がぶつかればマナダルシアは簡単に吹き飛んでしまう。そんな確信めいたものが、間近で見ていたカチュアにはあった。



「それは厳しいね。どうしてもというならやるけど、できれば君を傷つけたくない。君は……『彼』の大切な人だったからね。…………四百年前の僕の、『親友』の」



 『彼』、『アルカディアの親友』……それは先程彼らの間で交わされている者のことだろうか。



「それに、僕を殺しても大して意味はないよ。『インカー』のリーダーは僕じゃないからね」



「なに……?」


「え!?」



 アルカディアの発言にアーデルハイトの意識は引っ張られる。同じ『インカ―』の仲間であるはずのカチュアでさえも思わず声が出るほどだった。


 その彼女の反応からアーデルハイトはハッタリかとも思ったが……



「『A‐Z(アゼット)』。全ての始まりにして全ての終わり。その存在こそ我らが『インカー』のリーダーにして創始者。そして、この僕をも超える()()()()()()さ」



「アゼット……?」



 アーデルハイトの脳の中にそんな者の情報はない。故に、彼の言うことを真とも偽とも判断できない。


 それでも。



「たとえ誰が相手だとしても。儂はこの世界を、大切な者を、守るぞ。…………今度こそ」


「やってみなよ。僕は世界を救うために全てを捨ててここまで来たんだ。最後に勝つのは、この僕だ」



 その後、アルカディアとカチュアは話は終わりとばかりにこの場から立ち去ろうとする。


 そこで、ふと思い出したようにアルカディアは立ち止った。



「ああ、そうそう。アストくんに伝えておいてよ」


「お主の口から出た言葉など誰に伝えるつもりもない」



 それでも、彼は構わず続ける。




「『インカー』はどこにだって潜んでいる。人間にも、魔人にも……」



 アルカディアは怪しく笑い、







「君の、すぐ傍にもね」






 それだけ言い残して二人は闇の中に溶けるようにして消えた。おそらくは移動魔法と同等の効果を持つなんらかの『闇魔法』を使ったのだろう。



 アーデルハイトは空を見上げる。


 自分がこの学院に来た理由を頭の中でリフレインさせる。



 アルカディアの手からこの世界を守るため。

 そう、この因縁の全ては四百年前のあの時から始まった。




 『ヘクセンナハトの魔王』も……あの時から始まったのだ。




 この歪みきった世界の真実を知るのはおそらくアルカディアと自分のみ。誰も知りはしない。



「もう、絶対にあんなことは繰り返させぬぞ」



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