154話 アーデルハイト
次の日、突然全校生徒がアーロイン学院内の大きな会場に集められた。
なんでもかなり大切なお知らせがあるとのこと。
僕、カナリア、ライハ、ガイトの4人は固まって席に座る。アリスはこの学院の生徒ではないので部屋でお留守番だ。
「大切なお知らせってなんだろうね。何か知ってる?」
「噂では新しい教師が入って来るかもって話よ」
隣のカナリアに話を聞いてみたが……噂か。確かなことではないかもしれないが、どうだろうか。
いや、でも新しい先生が入ってくるだけでこんな大きなことになるのかな? あのベルベットが入って来た時でもそんなことはなかったし……恐らく違うよな。
じゃあ何だろう……?
と、そこで大勢の生徒が見つめる先の壇上に1人の老人が立った。あれは……
「随分と待たせた。魔道の子らよ」
現学院長のレイヴン・ガイウス。このアーロイン学院のトップに立つ者だ。
そして……先日の「アーロイン学院襲撃事件」とも言える大事件を起こしたアルカディア・ガイウスの祖父でもある。
僕も最近になってようやく魔力感知が備わってきた新参者ではあるが……わかる。まだまだ魔力感知が鈍すぎる僕でも、わかるのだ。
高い魔力……! 学院長に相応しい強く逞しい魔力がその老人の身には備わっていた。
しかし、こう言ってはなんだが今更ながらに振り返ってみると、アルカディアはこれの数百倍は凄かった。
相対するだけで吐き気を覚えるほどに禍々しい魔力が奴にはあったのだ。それでさえも力は抑えられている状態であって、まったく底が見えない。
これも血と言うべきなのか。優秀な魔法使いからはやはり優秀な魔法使いが生まれるのか。……アルカディアの場合は転生とやらを行なっているからあまり関係ないのかもしれないけど。
「今回、皆を集めたのは他でもない。我が孫であるアルカディア・ガイウスの凶行は知っていると思う。その責任を取り、今日を以てこのレイヴン・ガイウスは学院長の座を辞することにした」
ざわ……! と会場内が騒がしくなる。
まさかの学院長交代。これが今日集められた理由だったとは。
だが、そうなると代わりの学院長は一体誰になるという話だ。
もしやあのガレオス・ロベリールか? もしくは他の教師が就任するのか? 生徒の間で予想が巡らされる。
「皆も不安になっているだろう。しかし、安心してほしい。次の学院長はすでに決まってある」
レイヴンがチラリと壇上の横─舞台の袖を見やる。「こちらへ来てくれ」という合図だ。
その時点で別の席に座っているガレオスでも、ましてや他の教師陣でもないということが確定していた。つまり外部から学院長に就任してきたというわけだ。
大方の予想を裏切る形となった新学院長紹介。それは更なる意外な様相を見せることになる。
「うむ。えー、新学院長、じゃったか? それになる『アーデルハイト・ヴェルクセム・レリクセラ』じゃ。よろしく頼むぞ学院の子らよ」
言葉だけ見ればレイヴンと同じく随分と歳を召した老人のもの。
だが、しかし、けれども。
声は高く、生徒の目の前に現れたその体躯はかなり小さい。
一本一本が遠く離れた場所からでもはっきり見えるようなくらい綺麗で、長く伸ばされた白い髪。しかし、その色は歳のせいではなく元からそういった色なのだと誰もがわかった。
なぜなら……
まるで、いやそれどころかそのまま。
言葉からは似ても似つかない10代前半の美しい「少女」が立っていた。
その姿を見とめた瞬間に生徒の騒めきは最高に達した。
どうしてあんな自分よりも歳若い少女が?
全然凄そうに見えない。
そもそも誰なんだあれは?
なぜレイヴン学院長はあんな奴を?
揺らぎは揺らぎを呼び、その揺らぎが納得を生まない。明らかに自分よりも未熟そうな者が自分の上に立つなどありえない。そう思っている生徒がほとんどだった。
ほとんど。それは…………「実力のない生徒」を指したものだ。
それ以外。実力のある生徒はすぐに気づいている。それどころか。舞台袖にいた瞬間から感じていた。
その少女から発せられる、隠しているが、それでも漏れ出る「ありえないほど大きな魔力」に。
横に立っている元学院長であるレイヴンが持つ魔力のおよそ数千倍。
知る者ならばあの大事件を起こしたアルカディアにも匹敵するほどの魔力をアーデルハイトという少女は秘めていた。
その存在に教師陣も一様に驚く。あのガレオスでさえも目を見開くほどの驚きはあった。
「む……なんだか儂は認められていないようじゃのぉ……。どうしたものか。のう、レイヴン」
「はっ。…………皆よ、これはもう決定事項だ。とはいえ、気づいている者は気づいているだろう。ここにおられる方がどれだけの力を持っているのかを。それで構わない。以後、学院長の職はこのアーデルハイト殿が引き継ぐ」
「うむ。そういうことじゃ!」
それから少しばかりアーデルハイトは、自分がレイヴンの昔の知人であることや過去の自分の魔法研究の結果なんかを話した後に、ニコニコと手を振りながらまた舞台袖を引っ込もうとしていく。
魔力感知で彼女の魔力を感じ取った者はもうすでに納得している。それ以外の気づかなかった者もまだまだ不満はあるがレイヴン前学院長からの強い推薦ならと一応の納得は見せていた。
アストも魔力感知はまだ下手くそなので隠された魔力こそ感じはしなかったが、後者のようにとりあえずの納得はしていた。
そういうわけで、なんとか役目を終えて帰っていくアーデルハイトをアストは目で追っていたのだが……
「え…………」
アーデルハイトは突然こちらに振り向き、自分と目が合う。
そして、口をパクパクと開閉していた。な、なんだ?
(「『後で学院長室に来い』と言っていたぞ」)
(「あ、アレン? 今のがわかったの?」)
(「ああ、唇を読んだ。目線からもお前が相手で間違いない」)
頭の中に僕の別人格であるアレンの声。彼が言うのなら……違いない。けど、なんで僕を?
(「アレンから見てどう? あの子は……って、学院長さんだから『あの子』って言っちゃったらダメなのか……」)
(「俺も今まで色んな奴を見てきたが、その中でも圧倒的に群を抜いて『強い』。それも桁違いに。……お前にもわかるように言うとアルカディアとほぼ同格かそれ以上と言っていい」)
(「そ、そんなに……!?」)
どうやらアレンの戦力分析を見ても過去最高レベルの力を持つ者のようだ。うーん。そうは見えないが、見かけにはよらない……か。
最後に舞台袖に消えていく彼女が見せたニヤリとした笑みが忘れられず、ずっと心の中に何かが溜まっていた。




