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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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153話 いつも危険な食卓



 その後は色んな部屋を回り、自分達の寮の部屋に戻った。


 カナリア、ライハの2人もすでにもう帰ってきていた。まぁ、僕とアリスはずっと学院を回っていたからそりゃそうか。


 しかし……



「…………」


「…………」



 なんだか2人の雰囲気が悪い。


 カナリアはちょっとイラっとした顔でガリガリとノートにシャーペンを走らせている。その音からもイラつきが滲み出ているようだ。


 ライハはカナリアとは逆方向を向いたままプクーと頬を膨らませている。相変わらず無表情だが、怒っていることはわかる。



「何かあったの……?」



 気になって仕方ないので直接聞くことにした。アリスも2人の様子に困惑している。



「ライハが……」


「カナリアが……」



 2人は一緒になって口を開いた。それに気づくと2人して口を(つぐ)む。話が進まない……。



 ならばとカナリアとライハの話を別々に聞いて、繋げた結果、




   ♦




 ~数十分前~



「ねぇ。今日のご飯担当あんたよね? 何作るつもりなのよ」



 晩御飯の買い物を終えてどこかウキウキとしている雰囲気があったライハを見て、カナリアは耐えきれず聞いてみることにした。

 先程から買い物袋を眺めていたりすれば誰だって聞いてみたりしたくもなる。


 というのも、ライハの場合は少し問題があるのだ。



「今日は挑戦したい料理がある」


「挑戦?」


「食堂で面白い料理があった。作り方を教えてもらったから試してみようと思う。……これ」


 ライハが写真を見せる。料理は「麻婆(マーボー)豆腐」というものだった。


 昔の物好きな魔人のせいで人間魔人問わず色んな国の料理文化を併せ持つアーロイン学院。その食堂の料理はたしかに様々な種類があるが、これはその中でも「辛い」部類にあるものだ。



「えぇ……あんたまた辛いの作るつもりなの? あたし正直辛いの嫌いだからもうやめてほしいんだけど…………」


「大丈夫。ちゃんと食べられる辛いのを作る」


「だからその辛いのが嫌いって言ってんでしょーが! あんたの作るやつってどれもこれもメチャクチャに香辛料やら使ってるじゃない! この前なんかそのせいでお腹壊したんだから!」


「む…………当番はわたし。文句は言わせない」


「せめて普通のを作りなさいって言ってるのよ。出来ないのならあたしがやるわ」


「これがわたしの普通。絶対に譲らない」




   ♦




 それからはアスト達が帰ってくるまでお互いが譲らずに睨みあっていたというわけだ。


 たしかにライハの料理は強烈だ。辛いのが得意だと豪語する者でさえ気絶して数日は寝込むだろうと思われるくらいには。

 そんなのを彼女が当番になる度に出てくれば悲鳴を上げたくなるカナリアの気持ちもわかる。



 しかし、当番だから自分が料理を作りたいというライハの気持ちもわかる。

 1人に負担がかかりすぎないようにと分担制にしているのだから一方的にライハから機会を取り上げるのは可哀想だ。せめて手伝ってあげるとかすればいいのに。



 2人のこの睨みあっている様子を見ていると……それは無理か。


 どうしたものかと困っていると……



「あのぅ……ひとまず今日だけは私が作りましょうか?」



 アリスが声を上げる。その声に即座にカナリアとライハが反応してギロリと目を向ける。


 「ひっ」とアリスは2人の剣幕に怯えるが……これこそが唯一の解決手段のようだな。どうせカナリアとライハが睨みあっていても進まない。僕は料理が下手だから出来れば作りたくないし。



「じゃあアリス……申し訳ないけどお願いしていい?」


「は、はいっ! わかりました!」


「ちょっと!」


「今日は麻婆豆腐」



 2人は抗議の声を上げるが無視。

 カナリアに任せればライハが不機嫌になる。ライハに任せればもれなく全員の胃が死亡する。ならばアリスに任せた方がいい。


 まだグルル……と獣みたいに唸るカナリアとライハの2人を押さえてアリスをキッチンに向かわせる。


 いてっ! 手噛まれた! ちょ、噛んだの誰!? どっち!?






 ~数十分後~


「できました!」


 アリスがお皿を運んでくる。それを見ると……


「ハンバーグ?」


「はい!」


 デミグラスソースをかけられホカホカと湯気を立てる美味しそうなハンバーグ。

 サラダも作っておいてくれたらしく、それが盛られた大皿も運んできた。ついでに買っておいたパンも用意する。


 食器なんかは予備の物を引きだせばアリスの分はある。

 といっても、最近はこの部屋に4人以上いることは珍しいことでもなんでもないので予備というより4人分常備しているといっても間違っていないが……。



 ではさっそく、とハンバーグを一口。



「うん! うまい!!」


「本当ですか? 嬉しいです!」



 しっかりとした肉感。肉汁も間から零れてくる。噛む度にその柔らかな食感とたしかな旨味が口、喉、体の奥へと刺激していく。


「ふん……まぁまぁやるじゃない」


「辛くない。けど美味しい」


 カナリアとライハも言葉とは真逆に顔は満足そうだ。ライハはともかく料理上手なカナリアにも認められるとは驚いた。


 この出来栄えを見るところアリスも料理は得意なのだろうか。こっそりと料理しているところを覗いてみたが動きもテキパキとしている気がした。慣れているように。


「お父さんとお母さんがいなくなってからは私が料理を作っていたんです。お兄ちゃんは料理があまり得意ではなかったので……」


「へー。すごいねアリスは」


「それほどでも…………ふふっ」


 謙遜しているが、表情はとても嬉しそうだ。


 そっか。アリスは学院にも通っていなかったって言うし、料理を披露する相手がお兄さんしかいなかったのかもしれない。こうしてお兄さん以外の人に褒められるのも初めてのことなのだろう。

 そう考えてみれば、こうしてお兄さん以外の人と友達みたいに過ごすことも初めてってことだよな。本人も友達が欲しいって言っていたのだから。



 お兄さんがアリスを捜して迎えに来てくれるまでは、こうして束の間の温かい時間を過ごそう。うん。それがいい。


 そんな風に温かな空気になったからだろうか。ちょっとした話題を振ろうと思った。




「あ、そういえばさ。今日オペレーターの子に『専属契約』を申し込まれたんだよね」


「は!?」


「!」



 はい。一瞬にして空気が変わりました。この話題もしかして地雷でした……?



「あんた、まさかそれ…………『女』じゃないわよね?」


「お、女の子だったらどうなるの……? なにかマズイことが……?」



「学院で異性の生徒同士が『専属契約』なんていうのはね、つ、つつ、付き合ってるって意味に取られるのよ! たしかにオペレーター志望の生徒は『専属契約』したら成績がどうこうって話もあるらしいけど、それでも生徒同士がっていうのは相当なことなのよ!?」



「な…………!?」


 いや、でもクイナとは会ったばかりだから好きも何もないはずだ。


 待て。なんか「特定の女性とお付き合いするつもりがないなら自分と『専属契約』した方がいい」とか言ってたような……。




 あれって「『専属契約』すれば周りに『もうすでにこの子と付き合っていますよ』ってことを言い表せる」ってことだったのか!?




「で、どうなのよ」


「アスト。わたしは信じている」



 あれ? なんかこの展開前にも見たような気がするぞ……? 既視感すごい……。


 で、




「お、男……だよ……?」




 やっぱり嘘をついてしまいました。この返しも既視感すごいよぉ……。



「あんた嘘だったらまた野宿ってことわかってんでしょうね? 前も嘘ついてたでしょーが! 補習期間中にあんた、2年の先輩とイチャついてたらしいじゃない!」



 それバレてたの!? いや、アンジュさんとはイチャついてはいないけれども!




「っていうか、気になったけどあんた地味に人脈すごいわね。魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)のフリード副隊長とか、前の戦いでは第三隊のレオン隊長とも親し気に話してたって聞いたわよ。それにベルベット様だったり。イチャついてた先輩も『アンジュ・シスタリカ』っていうじゃない。あの先輩に逆らえる生徒なんて3年生や教師にもいるかどうかって言われてるヤバイ先輩なんだから」



「話してみたらすごい面白くて良い人だったよ。ちょっと怖い噂はある人だけど」



 とはいえフリードさんとレオンさんに関しては僕が「人間」ということを隠してくれている協力者という立ち位置なのだけれども。


「……あんた、大物になるかもしれないわね」


「そ、そうかな……」


 別に僕自身は全然すごくないと思うけど。

 でも、もし時間ができたらカナリア達をアンジュさんに紹介しようかな。



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