149話 星の白、夜の黒
「すごいですね。こんなに広い部屋に住んでいるんですか……!」
アリスをアーロイン学院の寮に案内すると、初めて見たのか部屋の広さに驚く。
手を広げながらクルクルと回っている。興奮して舞い上がっているようだ。
アーロイン学院はマナダルシア中の魔法使いが集まる場所なので、嫌な言い方だがお金はたんまりとある。教員の魔法研究でもお金は集まってくるので有り余るほどに。
しかも寮の部屋は2人以上を想定しているので豪華に、そして広く造られているのだ。
アリスは自分と同じくらいの歳なのに、アーロイン学院のことをよく知らないとなると……マナダルシア出身ではなさそう?
それにしても研究所か……。これは一気に話が暗くなってきたなぁ。
まずこの時点で彼女の境遇は普通ではないことがわかってしまった。マズイ。この話、ただ家に送り届けるってだけじゃない気がするぞ。
カルナの時同様、大きな何かが近づいている予感がする。
不安そうにしていると、アリスはそれを察知してはしゃぐのをやめた。それに気づくとすぐにアストは「なんでもないよ」と笑顔を作る。
そうだ。それがなんだと言うのだ。どんな困難も跳ね返してやる。
アルカディア。お前は『人』を壊すことで世界を救うと言った。
僕は『人』を救っていくことで、いつか世界は救われると思っているんだ。
アリスに言った「何かの縁だ」というのは自分にも当てはまる。自分の前に困った人が現れたなら、全力で助けようじゃないか。
(カルナもきっと、そう思ってるよね?)
胸につけたロザリオを見ると、そこにはめ込まれている血のように赤い宝石─「血晶石」が頷くようにキラリと光った。
「多分ですけど……お兄ちゃんも私を捜しているかもしれません。合流できれば帰ることもできると思います」
「そうなんだ。それなら問題ないね」
決意したのも束の間。物事はどうやらそこまで悪い方向には進んでいないようだ。
「魔法使い」の誰かがいなくなった、となれば捜すのは必然的に魔法使いの国の「マナダルシア」「エクロキュリプス」「カーリスマリド」の3国になってくる。
その中でも「マナダルシア」が一番大きな国なのでまず第一に探しに来るかもしれない。これならアリスはただ待っているだけで解決だ。
アリスは両親が亡くなっているって言ってたから今はお兄ちゃんと2人で住んでいるのかな? 言葉の端々から若干お兄ちゃんっ子ぽいところがあるから二人三脚で頑張ってきたのかもしれない。
「じゃあお兄さんが迎えに来るまでここにいるといいよ」
「いいんですか……?」
「うん。人が多い方が明るくていいしね」
問題が解決しそうになると気が楽になってきた。これはこの子のお兄さんが来るまで預かっておく、くらいに思っておいて大丈夫そうだ。
「ライハ。あんたあそこはもっと横に動いて……」
「カナリアは前に出過ぎてた。それをカバーする形で……」
と、やっとクエストの報告が終わったのか、クエスト時の動きの反省をしながらカナリアとライハの2人の声が外から聞こえてきた。さて、こちらも準備をするか。
「帰ったわよ」
カナリアとライハが扉を開けて部屋の中へ入ってくる。
そこには、綺麗な土下座フォームを披露するアストと、あわわ……と口を開けて心配するアリスがいた。
「どういう状況よ…………」
♦
「なるほどね。別にいいわよ」
「うん。問題ない」
カナリアとライハに事情を話すと即了承。なんだ、また勝手に人を部屋に連れてきたというのにあんまり怒ってないなと思いきや、
「もう慣れてきたわよ。ここまで来たら」
「わたしも慣れた」
疲れた表情で2人はうんうんと頷く。許してくれたんじゃなくて諦められていた。
「それにしても……おそらく研究所での実験失敗で外にワープで飛ばされたってのも変な話ね」
「すみません……」
アリスは申し訳なさそうにする。聞けば誰だって変に思うよね。でも、だからといって放っておくわけにはいかないというのはカナリア達も同じだった。ここで「どこかへ行け」なんてことは当然言わない。
お兄さんが捜しに来ているという情報もあってか、いつかちゃんと終わりが来ると安心できたのも大きいんだろう。終わりが見えなければいつまでここに住まわせておけばいいのかを考えなければいけないから。
「ファミリーネームを言っちゃいけない理由は聞いてない?」
「いえ。とにかく言うな、とだけしか……」
ライハはアリスに問う。それでも返ってくる答えはあまり役に立たない。
しかし、ライハはその返答も気にする。
その思考に一区切りつくと、「そう……」とだけ言って勝手に何かに納得していた。
「ずっと前はマナダルシアに住んでたの? あんたその頃は『付属学校』には通ってた?」
次にカナリアが聞いたのは学校について。
『付属学校』というのはアーロイン学院に通う前に魔法使いが通う学校である「アーロイン学院付属学校」のことだ。ここに在籍していたならなんらかの情報は手に入りそうだが……
「通っていませんでした。母が言うには私の魔法は独学じゃないと練習できないみたいで……。普通の勉強の方も母に教えられていました」
「じゃあ学校の名簿から調べるっていう線も無しね」
学校に通っていない。実は魔法使いにはこの例はそこまで珍しくない。
特に「レア魔法」を有している者にその傾向は多いのだが、「属性魔法」の種類によっては学校でやっている普通の魔力コントロールや魔法練習が逆効果を生んでしまうことがある。
さらには学校のやり方では予期せぬ事故だって起きかねない。ガイトもそれを考慮して『音魔法』の練習は音楽室に入って1人でやっている。
だから、そういった場合は誰かの魔女に弟子入りすることがほとんどらしい。魔法のプロである「魔女」の人に見てもらい、その魔法に一番効果的な練習法を考えてもらうのだ。
ただ、この方法を取ると「クエスト」での実戦経験の斡旋や同年代との繋がり、そして魔法騎士団、魔女の魔法研究機関、魔工の魔法道具製造支社への推薦が一切貰えなくなる。
そういうこともあってよほどのことが無い限りは学院への進学を希望する。
ということは、だ。アリスの属性魔法はそれだけ特異な魔法なんだな。
どんな魔法なのか聞いてみたいけど、僕もいい加減に人の属性魔法を聞きまわったりするのはやめようという魔人の常識のようなものが身についてきた。
聞くのはやめておこう。あんまり根掘り葉掘り「なんで学校行ってないの?」って理由聞いても可哀想だし。
「今はマナダルシアには住んでないのよね?」
「はい。『ミリアド王国』に住んでいます。どこのエリアかは……すいません」
「ま、兄貴が迎えに来るならアストの言う通りここでのんびりしてればいいわ。明日にでも来るかもしれないし」
「ありがとうございます……」
ライハもコクコクと頷く。これでこの部屋の所有者3人の同意が得られた。これからは4人生活か。
夜。4人は晩御飯を済ませて自由時間に入る。カナリアは勉強、ライハは魔法武器の手入れ。僕は日課となった魔力のコントロールの練習をしていた。
そこでふと、アリスが部屋の中にいないことに気づく。靴がなかったのでどうしたのかと外に出てみたら……
夜空を眺める銀の妖精が、そこにいた。
僕はそれに見惚れてしまって声をかけるのに数秒を要してしまう。
「あ、アリス……どうしたの?」
「アストさん?」
地面に腰を下ろしていた銀の少女の口から、鈴のような声が空気を振るわせて僕の耳に届いた。少しして「見つかっちゃいましたか」と笑う。
僕はアリスの横に座って一緒に夜空を眺めてみた。
黒の世界に光が点々と落ちている。闇に飲み込まれないように強く、強く、光っている。
闇と光。なんてシンプル。それでいて、なによりも幻想的だ。
「マナダルシアに住んでいた頃はこうしてお兄ちゃんと一緒に星を見ていたんです」
「お兄さんと?」
「何か嫌なことがあったり悲しくなったりすると、こうするんです。『こんなに綺麗な星空も夜という黒がないと綺麗には見えない。だから嫌なことの1つや2つくらいあった方がいいんだ』って。……お兄ちゃんの受け売りですけどね」
ペロッと舌を出してアリスは笑う。
そうしてアリスは悲しいことを乗り越えてこられたんだな。お父さんやお母さんがいなくても、お兄さんと2人で頑張ってこれたんだ。
「良いお兄さんだね」
「はい。とっても優しいんです。…………なんとなく、ですけどアストさんとどこか似ているかもしれません」
「僕に?」
なんだか照れるなぁ。自分が優しいとは思えないけどそんな人に似ていると言われると嬉しい。そのお兄さんと会ってみたいな。仲良くなれそうな気がするよ。
「お兄さん、早く迎えに来るといいね」
「お兄ちゃん任せになっちゃってますけどね……。でも、はい」
それから数分間星空を眺めてから、中に戻った。
こうして僕達にまた1人同居人が増えたのだった。




