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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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148話 アリス



「あの……ありがとうございますアストさん。こんなに親切にしてくれて」


 アーロイン学院の保健室。ベッドに腰かける銀髪と空色の瞳を持つ少女─アリスは助けてくれた恩人であるアストに優しく微笑みかける。


 アストとしてはそのお礼はこの保健室を管理するアンリーに言ってほしかった。

 この少女を連れてきた時のアンリーというと「まーたお前は変なの引っ張ってきたな……」と呆れていたが。


 それもそのはず。ベルベット、カルナ、リーゼ、とアストの周囲はアンリーにお世話になりっぱなしで今回も「アンリーさーん」と呼ばれた時に溜息が出るのはたとえ彼女じゃなくても変わらないだろう。


 しかも「どこの誰とも知らない少女」というのがカルナの時と酷似している。

 これはまた大きな厄介事が起きそうでアンリーは巻き込まれるのはごめんだと退散準備に入ろうともしていた。そのおかげか今は保健室から抜け出している。


 カナリアとライハはクエスト完遂の報告に行っているのでこの場は自分とアリスだけである。



「どうしてあんなところで倒れてたの?」


 聞けば「魔人」の「魔法使い」だというのでマナダルシアに連れてきたのだが、そもそもなんであそこにいたのかという疑問が残る。もし、あのままならどこかの魔物に喰われてしまう危険だってあった。



 アリスは答えづらそうにしながら、



「よく、わからないんです」


「わからない?」



「私が住んでいるところは研究所みたいなところで……私はそこで何かの実験のお手伝いをしてるんです」


「お手伝い?」


「はい。私の魔力が普通の人とは違う特殊なものらしいので。それで椅子に座って電極のようなものに繋がれていたら、気づけばいつの間にか外に放り出されてしまっていて……」



 これは……どうしたものか。



 普通に考えると実験の失敗……というところだろう。



 嘘をついているようにも見えない。「信じてくれないだろうな」と、自分の言ったことを自分で反芻(はんすう)して困った顔をしている。


 嘘だろ、と言うのは簡単だけど。信じないと話は始まらない。


「両親の人は近くに住んでたりする?」


「すみません。父と母はどちらも亡くなっていて……」


「ご、ごめん! 嫌なことを思い出させたね……」


「いえ! 大丈夫です……」


 これはしまった。悲しいけど魔人にはよくあることなのでこういった質問はちょっと危険だったりする。そうか……アリスの両親は……。



「じゃあ、フルネームは?」



 名前がアリスというのはわかっているが、ファミリーネームの方もできれば知っておきたい。


 情報は多ければ多いほどいい。実際カルナの時もファミリーネームで吸血鬼だと特定できたのだから。



「…………」



 だが、アリスは急に顔色を悪くする。答えたくない、と顔に出てしまっている。どうしたというのか。



「すみません。お兄ちゃ─兄からファミリーネームは絶対に人に言うなと言われていますので……」


「それなら……仕方ないね。じゃあ、今の質問はなしで」



 ファミリーネームを言うな、とは変なお兄さんだ。無理に聞き出すのも可哀想だし名前のことは素直に諦めるとしよう。



「で……その研究所っていうのはどこにあるの? そこに住んでるんだよね?」



 ここが本題。名前なんかよりも重要なのはどこに住んでいたか、だ。


 そこさえわかれば送り届けることもできる。マナダルシアの中ならすぐに終わるだろうけど……




「私が居た研究所があるのはミリアド王国というところです」


「み、ミリアド王国……」




 うっ……よりによって一番とんでもないところが出てきた。魔人の国どころか人間の国なのか。



 そもそも人間の国に魔人が住んでいることってあるのか……? 


 いや、そういえば魔人にも人間の文化が好きだから隠れて住んでいる人がいるって授業で習ったような。アリスはそういった魔人の1人なのかな。



 しかし、困った。


 魔人の国ならクレールエンパイア等のあまり友好的じゃない国以外、魔法ですぐに移動可能だろう。


 だが、人間の国ならそうはいかない。


 魔人ってことがバレちゃダメだから直接国の中に魔法で移動できない。移動魔法を使えたとしても近隣の場所に降りて、そこからは自分の足で移動となる。


 そうなれば移動中、魔物がたくさん出るから危ないのだ。戦えるなら問題ないが、アリスは本人曰く「戦闘はしたことがない」とのこと。これではあまりに危険すぎる。



 僕が思案している様子を見てしまってか、アリスは顔を曇らせる。


「あの……私のことは放っておいていいですよ? これ以上迷惑をかけるわけには……」


「いやいや、放っておくなんてできないって。これも何かの縁だしさ。最後まで付き合うよ」


「すみません……」


 自分の置かれた状況の大変さを理解できたのか、アリスはこれ以上何も言わず素直に厚意を受け取った。


「さてと……そうと決まれば土下座の練習でもしておくか……」


「え?」


「ああ、こっちの話だから気にしないで」


 アストがあまりにも平坦な変わらない声で普通じゃないことを言うのでアリスはギョッとしてしまった。


 こうなればカナリアあたりが「あんたはどうしてこう色んなことに首突っ込むの!」とか言ってくるに決まってる。今日は何分くらい地面に頭をこすりつけることになるかなー。久々に自己新記録更新しそうだな……。



 学院に来てからというもの、異常が日常になりつつあるアストにとって時として周りがドン引きするようなことを平気な顔して言うことがある。

 それが回りまわって自分の凄さを誇示する結果になればいいのだが、ほとんど全部が気持ち悪がられる結果に繋がっているのでいい加減人前では言わない方がいいのかもしれない。


 ちゃんとした常識と合わせてそこまで思い至ったアストは大体のことに「気にしないで」と最後に言えばきっと大丈夫だろうという悲しいスキルを手に入れてしまった。


 それでもアリスは怪訝(けげん)そうな表情をしているが。



「ずっと保健室いることもできないし、僕の部屋に移動しようか。……あ、心配しないで。女子と同部屋だから僕が何かするなんてことはないから。そっちの方がアリスも気兼ねなく過ごせると思うよ」


「そうですか……たしか、カナリアさんとライハさんですよね? アストさんと一緒に私を助けてくれた……」


「うん、そうだよ。あと僕の人権は基本的にあの部屋の中では存在しないから『人』として扱われること自体が少ないってことを覚えておいてね。まぁ家畜が一匹いると思えば」


「それどういうことですか!?」


「ああ、大丈夫。気にしないで」


「気になりますよ!?」



 やっぱりこの「気にしないで」作戦は今後使わないようにしておくか。自分でも何言ってるんだと思ってしまった。


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