15話 絶死の袋小路
僕とカナリアはあっさりとキッチンに辿り着く。
寝ている時間を狙っているので当たり前だが何かの間違いで出会ってしまえば服装も服装なので戦闘になってしまっていたかもしれない。
ベルベットが言うには人間相手はまだキツイらしいし、しかもハンターのトップ集団となれば瞬殺もあり得るから助かったよ。
「ここよ」
カナリアはキッチンの床の一部分を触った。そして……そこがガパッと開き通路を露わにする。
そこから地下へと続く階段がこちらを覗いていた。ずっと下に続いていて地獄への入口のように見えてくる。
ここから僕達の仕事が始まる。
「行くわよ」
「うん」
地下への階段に入るとバレないように隠し扉は閉じておいた。これでコールドさんがキッチンに来ても不自然に思って追ってくることはないはずだ。
「ここ……寒いわね。それに暗すぎるわ」
僕達は階段を降りる。下に進むほどに寒さが増してきた。一段一段降りる毎に体が重くなっていっているような気がする。
これは何かの魔法がかけられているわけではなく……自分がそう感じているだけだ。この先に待っている存在への恐れか。まるで嫌な予感の襲撃だ。
少しでもその空気に飲まれると進めなくなってしまう。考えちゃダメだ。時として思考は足枷となる。
この言葉はベルベットが昔教えてくれた言葉。戦闘において考えることは重要だがマイナスに作用することもあると。
「カナリア、僕は試験の時に使ったあの力のことがまだよく理解できていない。正直戦闘になったら使えるかどうか……」
「元々勘定には入れてないわよ。それにまだ戦闘になるかどうかはわからないでしょ?」
「そうだけど……」
胸騒ぎがするんだ。この先に何かとんでもないものが待っているような……そんな胸騒ぎがする。
♦
「なに……これ」
かなり長い階段だった。降りている間に10分くらい経った気がする。
階段が終わるとようやく地下に着いた。灯りをつけるスイッチがあったのでそれをつけて視界を確保すると…………目の前に広がったのはかなり広大な空間。
そしてそこにはベルベットの推理通り……無数の檻があった。とてつもない異臭も立ち込めている。
「ここで飼ってたんだ……魔物を!」
「待ちなさい。おかしいわ……なんで……」
カナリアは目の前に広がる光景を見て怪訝な表情をしていた。そして僕もカナリアと同じ表情をしていることだろう。考えていることも多分同じだ。
「なんで、ほとんどの檻に魔物がいないの?」
目の前に広がる檻……とは言ったが8割くらいの檻に魔物の姿がなかった。
それだけなら特におかしい点はないように思える。檻から抜け出たという線もあるのだから。
だが僕達が不思議に思っているのはどの檻の中にも血だまりと肉片が転がっていたからだ。
檻を見て回っていると鎖に繋がれて「出してくれ」と暴れる魔物、もしくは真っ赤な肉片のどちらかだった。その暴れている魔物はどこか「助けてくれ」と懇願しているようにも見えた。
「アスト! 気を付けなさい!!」
カナリアはいきなり僕の服を引っ張り警戒心を上げろと知らせる。カナリアの視線の先は……
「あ……! な、な、なんだよこれ……」
檻の中でも異様にデカい、デカすぎる檻。僕の身長の2、3倍はある檻だ。
その檻が…………開いていた。キィィ……と音を立てながら開いた扉が不気味に揺れている。
「いるわよ……どこかに。ここに入っていた奴が!」
「いったいどこに……」
一気に警戒心が頂点に達した僕は周りを見渡す。どこにもいない。こんなバカでかい檻の主なら一発でどこにいるかわかるはず─
ズシン、ズシン。
「い、今…………何か足音がしたよね?」
「静かに。音が近づいてくるわ……!」
「! あそこに通路がある!」
僕はさらに別の部屋への入口を見つけた。どうやらこの地下空間は2部屋になっているらしく、こことは別にさらに魔物を収容している空間があったみたいだ。
そしてそこから推理できることは……このデカい檻にいた住人がそっちに移動して他の魔物を蹂躙していたということ。
ズシン、ズシン、ズシン、ズシン。
恐怖が形を成して歩いてくる。足音がこの空間を支配する。一瞬にして空気が変わる。命を乞う魔物達の鳴き声が暴君の登場のファンファーレとなる。
「な………!」
現れたのは─
♦
「トイレトイレ~っと。あれ? トイレってどこだっけ?」
ベルベットはアスト達を待ち続けている間にトイレに行きたくなった。しかし探しても広い屋敷の中では簡単に見つからない。
適当なドアを開けていき進んでいると……大広間に出た。
「も~トイレないのかしらここ?」
ベルベットが半分ネタで独り言を呟いていると……
「こんな夜にどうかしましたか?」
この家唯一の住人。コールド・ヴォーントが暗闇の中、椅子に座ってこちらを見ていた。
発声すると同時に電気がパッ、パッとついていく。
視界が明るくなったことでわかったが、コールドの服装は部屋着などではなく……まるでこれから戦いにでも行くのかと聞きたくなるような戦闘用の服を着ていた。
「や~、トイレってどこにあるか教えてくれませんかコールドさん?」
ニコッと微笑んでベルベットはトイレの場所を聞く。
貴族を相手に女性が「花を摘みに行く」と言わずに「トイレ」と発言することがもうアウトな気がするがコールドはそんなことを気にしなかった。なぜなら……
「お前が行くべきはそんなところではなく墓場だ。ベルベット・ローゼンファリス」
「なーんだ。バレてたならもっと早い段階で言ってくれればよかったのに」
コールドは笑みを消してその名を呼んだ。対するベルベットは否定しない。
さらには魔法でメイド服から瞬時にいつもの黒のローブとトンガリ帽子にチェンジさせた。身長も元に戻る。素性を明かしたのだ。
「最初はわからなかったが……あの少年を見た時に怪しいと感じたのだ」
「アストのこと?」
「何が『アスト・ローゼン』だ……! あれはエリア6リーダー『アルヴァタール家』の長男、『アレン・アルヴァタール』だ! お前が誘拐していたというわけか……!!」
コールドは豹変してベルベットを睨む。この事実は人間にとってかなり大きな事件だったからだ。
「アルヴァタール家の長男は次のハンターのトップに君臨するほどの実力を持っていると聞いた。それが突然いなくなったと聞いて我らハンターがどれほど混乱したか」
「それなんだけどさー。誘拐じゃなくて倒れてるところを私が助けたの! 勘違いしないでもらいたいんだけど?」
「ふん……なるほど。見たところ彼は記憶喪失だな? そこで助けたという事実を使って何かに利用しようと考えているのか」
「否定はしない。最初はそうだった。けどね…………」
ベルベットはコールドに笑みを向ける。今はそうじゃないと言うように。
「今はアストのことが好きすぎて手放せないの。大好きで大好きで、大好きすぎてもう自分の大切な一部になっちゃってるの…………」
ベルベットは自分の胸に手を当てて頬を染める。
そんな恋する少女のような反応にコールドは吐き気を覚えた。
「魔人のくせに惚気おって……汚らわしい! そんなもの、彼が記憶を失っている間だけだ! お前に注がれる愛は所詮、賞味期限付き。記憶が戻れば彼はすぐにお前を殺すに決まっている!!」
「…………なんかさっきから聞いてたらムカツクわねあなた」
ベルベットは人が変わるように声を冷徹なものへと変え、虚空から杖を出現させる。その先をコールドに向けた。
「私は人間と魔人の争いなんかどうでもいいから問答無用で人を殺したりはしない。けれどあんまり私を怒らせるなら…………その限りじゃないのよ?」
ベルベットは殺意が乗った声を放つがコールドは涼しい顔をしている。
椅子から立ち上がり咳払いを1つ。自分の中で戦闘のスイッチを入れたように存在感を膨れ上がらせる。
手には鞭を持っている。鞭こそがコールド・ヴォーントの得意とする武器だった。
「彼らは地下にいるのだろう?」
「それが?」
「お前らが地下の魔物を目的としてここに来たことは知っている。そうじゃないとわざわざエリア7まで来て私を狙わないだろう。しかし良かったのかな? 地下に何がいるのかは考えなかったか?」
コールドはポケットから何かのスイッチのようなものを取り出す。それを押すとどこかの何かが閉まる音がした。
このタイミングとなると閉まったのは十中八九……地下に通じているキッチンの隠し扉だろう。魔法を使えば破壊できるだろうから大した問題にはならないが……
「アルヴァタール殿には申し訳ないことをする。ここで彼は死んでしまうのだからな。非常に心苦しいが魔人側にいるとなれば殺害もやむなし……だ」
「!」
そこで気づいた。先ほど隠し扉を閉めたのは……アスト達を閉じ込めることが目的ではなく、地下にいる調教した魔物達の中の「王」を地上に出さないためだったのだと。
♦
「あ、あれ、は……」
通路から現れたのはさっきの檻と同じくらいの大きさの体。人型であれど、丸太のように太い腕と脚。鋼と形容できる肉体。そして首から上は人ではなく馬の顔。
手には包丁を巨大化させたような大剣が握られている。その大剣は血で真っ赤どころか赤黒くなっていた。
死の匂いを纏い、そいつは闇から抜け出て来た。
「『グランダラス』……!!」
カナリアは悲鳴に似た声を上げてその名を出した。
「? あいつ、ヤバイの?」
「討伐レートAランクの魔物。そんなのとまともにやったらまずこっちに勝ち目なんてないわ……!」
「Aランクって言われてもよくわからないんだけど……!」
「マジでヤバイレベルの魔物よ……! レートで言えばバハムートの方が上だけどあれは試験生を殺さないように調整されてた。でも、こいつは調整なんてものを一切されてない正真正銘のバケモノ。しかもこの個体は通常のグランダラスよりも異常に大きい…………いや、いくらなんでも大きすぎるわ!!」
カナリアはすぐに逃げを選択する。僕もそれに従った。いくらなんでも僕達の手に負える相手ではなさそうだ。撤退してベルベットにこの魔物の存在を報告しなければ。
……が、そこで目に入った。その存在が。
「待ってカナリア!」
「なによ!?」
「あそこに倒れてる人がいる!」
ここに入ったときには気がつかなかった。この部屋にいた僕達以外の存在。
部屋の隅に倒れているメイド服姿の女性。服はボロボロだが体に傷はついていないのでおそらくまだ生きている。気を失っているだけのはずだ。
「助けなきゃ……!」
「待ちなさい!!」
僕がその倒れている女性のところへ向かおうとするとカナリアが僕の服を引っ張って引き留めた。
「あんた……何言ってるの? あれは『人間』よ!? 同じ『魔人』ならまだしもこんな緊急時に人間なんかを助けるっていうの? 冗談じゃないわ!!」
カナリアは「お前は何を言っているんだ」「頭がおかしくなったのか」という顔をする。『人間』と『魔人』、その間にある深い溝がそうさせる。
『人間』は自分の母を殺した。なぜその人間なんかを助けるんだと。アストの正気を疑った。
「でも……僕は……!!」
僕はカナリアにその考えは間違っていると言ってやりたかった。
自分の母を殺したのは確かに人間だとしてもあそこで倒れている彼女とは無関係だと。彼女自身にはなんの罪もないんだと。それを伝えたかった。
だが「奴」はそんな暇を与えてくれなかった。
「ルアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!」
空気を引き裂く咆哮と共にグランダラスは跳躍。大きい図体には似合わない俊敏な動きで僕達の前へと立ちはだかり出口を塞いだ。
『逃がすわけがないだろう』。
グランダラスは僕達を見下ろしそう告げるように大剣を構える。
そして……こうも言っている。
『お前達は、ここで死ぬ』。




