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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
幕間 少女が泥濘の日々に生まれた意味を
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特別編『汚れた少女』 ③「高位序列者」



 私の名前はミルフィア・シルヴァッド。

 今日も今日とてメイドの仕事です。料理に掃除に大忙し。


 けれど……



「ミルフィアちゃん。掃除手伝おうか?」



 出た。またこいつだ。


 アスト・ローゼン。この館に住んでいる「人間」の男。

 自分が住まわせてもらっているという申し訳なさがあるのだろうか。こいつはこうやって何度も仕事を手伝おうかと言ってくる。私だけではなく、色んな使用人の人にも。

 使用人とって仕事を奪われるのは屈辱と言ってもいい。これでも自分は数年ここで使用人をやらせてもらっているのでそういった意識もちゃんとある。

 「任された」ものを簡単に他人にはいと渡すわけにはいかない。なにより、たとえ仕事だろうと何も自分から奪わせたくはなかった。


「けっこうです。それよりも気安く話しかけないでくださいって何度も言ってますよね」


「でも……」


 しゅん……とアストは落ち込む。


 イライラ。ただでさえ「人間」となんか話したくもないのにどうして自分が悪者みたいにならなければいけないのか。


 ベルベット様は「人間」と「魔人」を繋げようとしている。使用人もその指針に関して何も文句はない。使用人全員は彼女に絶対忠誠を誓っている。

 しかし、心配する者はいる。特に忠誠心の高いフォアードはベルベット様に「人間」が近づくことすら良しとしていない。


 自分は使用人の中でも忠誠心は低い方だ。拾ってもらった恩もあるし暗殺関係の仕事がある以外は非常に良い生活をさせてもらっているのだけれども。

 「人間」と「魔人」を繋げるという指針については話のスケールが大きすぎてどうとも言えないが、やはり「人間」に対してはあまり良い気分はしない。


 どうしても自分とは違うという「異物感」があるのだ。

 『魔法』が使えなければ魔力も見えないらしいし、体はもろい。自分たちこそ正常であるかのように考え、魔人のことを奇々怪々な存在と認識している。

 本当に自分勝手な生き物だ。そんなのが館をうろついているとなると気分が良くなる方がどうかしている。

 使用人の間でもまだ来たばかりの彼をどのように扱っていいのか困っているのが大多数なのだ。



「あ、ミルフィアちゃんだー」



 男の声。それでまたか、と反応してしまうが、今度はアスト・ローゼンではない。



「……ヨハン様でしたか」



 へらへらと気の抜けた笑みでぷらぷら~と手を振る、アストとほぼ同じ歳くらいの若い男。ここの使用人だというのにラフな普段着で、室内なのにマフラーをしているという変な恰好。


 ヨハン・レリギウス。この館の高位序列者。




(たしか序列は……『()()』)




 多くの使用人の中でも2番目の実力を持っている存在。

 自分で言うのもおかしいがベルベットの使用人はプロの魔法騎士レベルの者ばかり。その中でも2位というのは魔法騎士団(ウィザード・ナイツ)の隊長クラスにも匹敵する力である。


「今日も可愛いねー」


「は、はは……ありがとうございます……」


 しかし、まったく強そうには見えない。今から戦えと言われても簡単に勝てそうだ。

 いつもヘラヘラとした笑顔のままふらふらと使用人の仕事なんか気にせず勝手に旅に出て遊んでいる自由人。それなのになぜか序列は2位。本当に謎の人物なのだ。


 それと、自分はあまりこの人が得意ではない。

 何を考えているのかわからないし……経歴が、全て謎なのだ。


 使用人の「属性魔法」というのは基本的にこのベルベットの館では序列に関係なく全て公開されている。使用人同士で同じ戦闘任務についた際にすぐに連携を取れるようにするためだ。


 なのになぜか、このヨハンだけが属性魔法の情報の一切を封じられている。使う武器や戦闘スタイルすらも。知っているのは唯一ベルベット様だけらしい。


 仕事はせず、戦闘しているところを誰も見たことがない。なのに序列が高いとなればもう気味が悪い。


「ヨハン様はこれから何かお仕事ですか?」


「お仕事? なにそれ」


 本当にお前はここの使用人なのか? と問いたくなる反応だ。

 どうしてベルベット様はこんな人を使用人にしているのか。はなはだ疑問だ。


 それから少しだけ話をしてヨハンとは別れた。彼は館を出てどこかへ遊びに行ってしまったが……。一体何なのだろうか。




   ♦




「その食材は明日のための物なので保存しておいてください。……それはすぐに下ごしらえを。ニンジンをペースト状にしてメインに入れるので忘れずに。作業遅れてるのでもっと早くお願いします!」


 今は自分の主要な仕事─シェフとして厨房を回している。

 まだ11歳ほどの少女が自分より何倍も年上な使用人に指示を飛ばしている光景はこの館に住んでいる者でなければ何かの冗談だと思うだろう。


 普通ならありえないことなのだ。しかしミルフィアも必死だった。

 この館に来て「もう二度と自分が捨てられないためには」と考えた結果。自分が唯一無二となるほど重要な存在になればいいと結論が出た。


 とはいえ、掃除なんかを極めようとしたところでたかが知れている。


 諜報や暗殺を極めるなんてことは、そもそも自分に与えられた仕事なので当たり前だ。さらなる付加価値とはならない。


 そこで、年齢的な壁もない「料理」というステージを見つけた。

 毎日死に物狂いでひたすら練習と味見と研究を繰り返して料理担当の使用人たちの腕を次々と追い抜いて行った。


 それは決して簡単なことではない。

 「もう誰にも捨てられたくない」という不安感や恐怖感を拭いさるための驚異の集中力があって成せたことだ。



 もちろん指示するだけではなく、自分もしっかりやらなくては。

 と、自分も食材の下ごしらえに入ろうとした時だった。



「あっ!!」


「へ……きゃっ!!」



 厨房の中ではまだ腕が立つとは言い難い下っ端の使用人の1人が足をひっかけて(つまづ)く。

 その拍子に手に持っていた、いっぱいにまで水を溜めたボウルをひっくり返される。


 中に入っていた水が全部ミルフィアに上からぶちまけられた!


 冬の雪のように冷たい水が突然浴びせかけられれば誰だって驚く。


「す、すみません!」


「いや……いいですよ。作業を続けてください。……ちょっと着替えてきます」


 びしょびしょのエプロンドレスに、冷え切った体。このままでは風邪をひいてしまう。温かいシャワーも浴びたい。


 ……そうだ。今は昼前。


 この時間はここに備え付けられてある「大浴場」とやらが使えるはずだ。

 夜からの仕事が終わって朝に帰ってくる使用人のために大浴場は夜だけでなく朝も動いている。……それだけ掃除はとても大変なのだが。


 たまには広いところでゆっくりしたい。使わせてもらっても罰は当たらないだろう。


 替えのエプロンドレスを持って女性更衣室へ向かう。

 朝帰りの者のために、とはいえ毎日何人もいるわけではない。稼働していてもきっと人は少ないだろう。たまにベルベット様が隠れて入っていたりするのだが今日はどうだろうか。



「そうそうアストその調子!」



 ……おや。その(あるじ)の声が。どうやら今日は別の部屋にいたみたいだ。

 主の声がしたのは使用人たちが魔法を練習したりするために設置されている「魔法演習室」。


 かなり広い部屋でここだけ耐魔法の小規模な結界が張られており、魔法を試し撃ちしてもよほどの威力じゃない限りは部屋が壊れたりはしない。

 事故が起きてもすぐ助けられるように窓があって部屋の外から様子が見えるようになっているし、声をある程度なら聴こえる。なので、隠れてひょっこりと覗いてみると……



「『ファルス』!」


「頑張れーアストー!」



 あの少年が主と一緒に魔法を練習している。……なぜか主はチアガール(?)のような衣装とポンポンを使ってフレーフレーと応援しているが。なんだあれは。


 魔法を練習……とは言うが、あれは基礎魔法の『ファルス』だ。今どき魔人なら物心ついた時には覚えているほどの初歩中の初歩の魔法である。

 そんな魔法を……ことごとく失敗している。魔力を魔法として発現させるプロセスがめちゃくちゃで見ていられないくらいに酷い。


 人間だから仕方ないのだろうが、こんな基礎魔法すら習得に困難なようでは到底世界をどうしようかという存在になれるとは思えない。正直見ていて哀れだ。



(きっとあの人も、見限られれば……捨てられるに決まっている)



 ミルフィアは見たくもないものに目を背けるようにして更衣室へ急いだ。




   ♦




 しゅる……しゅる、べしゃり。と水を吸って重くなったエプロンドレスを脱ぐ。

 水は服の中にまで入っていた。まだまだ小さいブラを外し、パンツも脱ぐとロッカーの中に放り捨てる。


 中へ入ってさっそく湯にありつく。



「はぁぁぁぁ~…………幸せです~」



 爪先から肩まで一気に温もりが駆けあがっていくようだ。

 いつも気を張っている自分だが、ここではついつい緩んでしまう。



「あらら。可愛い声がしたと思えばミルフィアちゃんじゃない」



 自分以外の声がして驚く。だ、誰かいたのか。気づかなかった。


「シャーネ様」


「はいはいシャーネでーす、と」


 ベルベットの館使用人序列6位。シャーネ・ガフタン。

 ボリュームたっぷりの長いロングの髪を揺らし、プロポーション抜群の体をおっとりとした雰囲気に似合わずタオルで隠さずに堂々と立っている。

 序列4位のウザいメガネことフォアードと同じ戦闘専門なだけあって体に無駄なところがない。女性らしさがありつつも良く引き締まっている。体を流れる魔力も美しい。


「ミルフィアちゃんってせっかく可愛いのにず~っとぶすーとしてるから気になってたんだけど、そういう声出せたんだねー」


「……忘れてください」


 私は誰にも気を許さない。自分の「素」というものが出てしまっていたならすぐさま忘れてほしかった。


「よいしょ~っと」


 シャーネは自分の横に入浴してくる。

 こんな広い中でたった2人だがさすがに離れろと言うわけにもいかないのでそれは別に構わないのだが……



(へ!? おっぱいって湯に浮くんですかー!?)



 真横の衝撃的な光景を見て目が飛び出そうになった。自分は幻覚の魔法でも見せられているのかと何度も目を擦る。いや、そんなことして幻覚の魔法が解けるのかと言われれば無理だが。少なくともこれは幻覚の(たぐい)ではなさそうだ。


「……」


 試しにその場で体を上下させる。

 ぱちゃっ、ぱちゃっと音を立てるだけで自分のぺったんこなものは浮く気配すらない。そもそも浮かせるものは? というくらいに小さかった。悲しい……。


「ミルフィアちゃんもいつか大きくなるよ~」


 しかも察せられて心配された!

 なんだかいたたまれなくなり顔まで浸かってブクブクと泡を出す。


「はー。ここに入ると日々の疲れがぜーんぶ取れるわねー」


「シャーネ様もお疲れなんですね」


「そりゃもう。あのクソ陰険メガネさんの相方やってたらね。この間なんか自分が序列上だからか知らないけど上から目線で『その調子なら5位に上がれるかもしれないな』ですって。いつかあの本体(メガネ)叩き割ってやろうかしらー」


「同じようなこと私も言われました」


「はぁ~こんな小さい子にまで同じ接し方ってほんとしょーもない器の男よねー」


 抱き着いてよしよしと頭を撫でてくる。デカいおっぱいが顔に押し付けられて息ができない。く、苦しい。


「男と付き合ったりするならあんなのは絶対ダメだからね。その時点で人生終了するから」


「付き合うなんて……」


 そんなの、無駄なことだ。

 これは自分の歳とはかけ離れた考え方だろう。変わった子供だということは自覚している。


 しかし、見てきたものが違う。

 誰彼構わず暴力を振るう父、自分を産んでおきながら知らんふりで日々父に怯える母。

 親から貰った言葉は「どうしてお前を産んでしまったのか」「お前なんか産まなければよかった」。


 こんな両親の姿を見続けてきて男女のそういったことに希望を持つ方がどうかしている。あるべき家族の形なんて想像すらできない。自分のことすら生きている価値を見出せない。


「うーん。勿体ないなぁ。こんなに可愛いのにー。もっと笑顔で子供っぽくして『お兄ちゃん♡』とか『お兄様♡』とか言ってたら男なんて何人でも釣れそうだけどなー」


「なんですかそれ……」


 笑顔で子供っぽくすればと言われても。そんなことをする必要がない。誰かに好かれようと思ったことすらないのだから。死ぬまで縁がなさそうな言葉だ。


「好きな男の子とかいないの? うちの男連中の中で気になってる人とか」


「別に。興味ないですから」


「やーん。冷めてる~」


「……仕事もあるのでもう出ますね」


 これ以上苦手な分野の話をしても仕方がない。ここに来たのは少し休むだけだったのでもう退散する頃合いだ。


 バスタオルで体を拭き、更衣室で替えの服を着ながらミルフィアは嘆息(たんそく)する。


 相手のことを好きになる。相手と付き合う。それは心を相手に(ゆだ)ねることでもある。

 自分のことを相手に託すだなんてもってのほかだ。私を守れるのは私だけ。そう、自分だけでいい。


 他人のことなんか、気にする余裕はない……



 ここまでの作中でまったく説明するタイミングがなかったのですが、ベルベットの館での使用人の仕組みは(人間目線で)かなり特殊で、序列十位より上の男の使用人は全員「執事」となって各分野の仕事の管理を行います。その中でも一番序列の高い執事がさらに各執事たちの管理を行います。また、「メイド長」は最も序列の高い女性使用人がなります。

 各使用人の序列に関しては年の終わりにベルベットが1位の使用人と話し合い、年の始めに全使用人に発表して仕事の割り振りを再度行ったりします。

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