特別編『汚れた少女』 ①「どうして生まれてきたの?」
エピソード5をかなり待たせてしまっているお詫びとしてエピソード8.5くらいで公開する予定だったミルフィアのエピソードを急遽書き上げました。時系列はエピソード3の頃だし、ミルフィアの過去編なので何も問題ないです。6話くらい続きます。
やっぱり話がちょっぴり重めです。ってことで、よろしく。
「うわ~懐かしい」
アーロイン学院の寮の部屋。そこでアストは1枚のとある昔の写真を眺めながらついつい呟いてしまう。
カバンの中にこんなものが入っていたと知った時は驚いたものだ。これはちょうど自分がベルベットの館に来た時だったから……2年前のだ。
「何を見てるんですか~兄様」
ひょこっ、と横から覗き込んでくる1人の影。
栗色の長い髪に、エプロンドレスとヘッドドレスを付けたメイドの女の子。ミルフィアだ。
彼女は本来ならベルベットの館で働いているはずなのだが、今はその主が大怪我を負って大変な状況になっているためにこの学院へと出向いているのだ。
とはいえ、その用事は僕の護衛らしい。ベルベットの面倒は一緒に来てくれたキリールさんが見てくれているのでこの子はほとんど僕の部屋で遊んでばかりだが……。
「ってこれ昔のフィアの写真じゃないですかー! 恥ずかしいからやめてください~!」
ミルフィアは真っ赤な顔をして叫ぶ。
写真にいるのはブスーっと嫌そうな顔をしてこちらを見た栗色の髪の少女。その通りミルフィアだった。
おそらく今のミルフィアしか知らない人ならばこの写真を見た時に彼女とは思うまい。それほど不愛想な顔をしていたのだから。
「フィアちゃんも昔と今じゃ本当に変わったよね」
「そんなことないですよー。フィアは兄様と出会った頃からずっとこんな感じだったじゃないですか~」
「え~……そうだったかなぁ……」
アストはうーんと首をひねりながら写真を眺める。
ミルフィアも過去の写真を眺めて、その頃の記憶を頭の中でなぞっていく。
ああ……この頃のフィアは……『私』は……
本当に、どうしようもなく愚かだった。
ミルフィアは、しばし記憶の海へと旅立った。
♦
私の名前はミルフィア・シルヴァッド。11歳。ベルベット様の館で働かせてもらっている一人のメイド。
どうしてこんな年齢で学校にも行かずもう働いているのか。親はこんな少女に働かせて何をしているというのか。
簡単な話だ。
私は、両親から捨てられたからだ。
毎日お酒を飲んで暴力を振るう父親。それに何も言い返せず父への奉仕の歯車となる母親。
そんなろくでもない父と弱い母から生まれたのが私だった。
どうしてそんな家庭の維持すらできていないようなところが子供なんて産んでしまったのか。今となっては理解できる。
きっと「偶然」だったのだ、と。
快楽に身を溺れさせ、決意や同意や愛の形なんてクソくらえで生まれてしまった命。
父からすれば「失敗」で。母からすれば「手違い」で。
けれど命を捨てるのにはお金がいる。さらに当時は子を産まずに捨てることはあまり良しとされていなかった。
かくして希望をもって外に出てきたその子はなんの期待も必要もされていなかった。
満足に動けるようになるまでは必要な飯を食わせてくれたが、5歳の頃には常に空腹を感じていたほどには飢えていた。
それからは盗みを働いて家の蓄えを任せられる人生だった。その幼さで油断させて人の物を盗んでは父や母からは邪魔者として家の隅で蹲るだけの、つまらない人生。
私が捨てられたのは、その全ての罪─合計して136件の窃盗が発覚した時だった。
尻尾を切られるかのごとく、恐ろしいほど簡単に自分は捨てられた。
寝ている間に知らない外の世界へとゴミのように打ち捨てられていたのだ。
そこを拾ってくれたのが、ベルベット・ローゼンファリスだった。
「あなた、ボロボロね」
「だれ……?」
「ねぇ。もし、まだ生きたいなら私のところに来ない? といっても、私の道具になる覚悟があるのであれば、だけど」
冷徹な瞳で、そう言い放った。
後で知ったのだが、その頃のベルベット様は大切な友人や環境を全て壊されて絶望の淵にいたらしい。どうやら自分をスカウトしたのもいつかくる復讐のための道具集めだったのだろう。
そんなこと知らなかった私はなんの躊躇いもなくその手を取った。
そこではある意味で以前よりも凄まじい地獄があった。
仕事を与えられてきちんとした衣食住も与えてくれるのは本当に嬉しかったのだが……それを全て吹き飛ばすほどの戦闘訓練が毎日あった。
「がっ………けほっ、げほっ!!」
反吐を吐いて地を転がる。弱々しく見つめる先には同じエプロンドレスを着た女性。名はキリール・ストランカという。たった今子供である自分の腹を容赦なく蹴り飛ばした血も涙もない人物だ。
「立ちなさい。私は子供だからといって甘くはしませんよ」
「…………」
「立ちなさい」
次の瞬間には倒れている自分の顔面に蹴りを入れられようとする。反射的に、すぐに飛びのくことでなんとか避けることができた。
この頃は使用人全体の空気もかなりピリピリとしていた。しばらくミリアド王国にいたという主の身に起きたことのせいだろう。
それでもこの理不尽な厳しい戦闘訓練は辛かった。
しかし、2年ほどもすれば慣れ、4年が経った頃には周りの使用人も弱く感じて、人を殺めることにもなんら抵抗がなくなってしまった。
窃盗の次は、暗殺。
ああ、自分はきっと、ずっと、こうやって汚れ続けて生きていくんだ。
本当に私というのは生きる価値のない奴だ。
そう思っていたのだが……変われたのは、あの少年のおかげだった。
パシャッ!
「……なんですか」
廊下の掃除中に後ろから鳴るシャッター音。
気配がしたから相手がアクションを起こす前に振り向けたけれども、その行為が自分の命を脅かすものではないと知ればすぐに溜息が出た。
その相手は─
「あ、急にごめんね」
この屈託なく笑うアホそうな少年。
名はアスト・ローゼン。ベルベット様が拾ってきた男だ。
てっきり新しい使用人なのかと思ったが、どうやら違うらしくこの館の中でも特別扱いされている。
それもそのはず。彼は私達と同じ「魔人」ではなく、その仇敵である「人間」なのだ。
ベルベット様はとある友人の願いを継いで、「人間と魔人の架け橋」となる人物を欲している。
彼はそれに見合ってしまったのだろうか。随分とその主からも溺愛されているところを見ると間違いはなさそうだ。
「なんで写真を撮るんですか……」
「この館ってたくさん人がいるからなかなか覚えられなくてさ……。だから写真を撮って名前も一緒にメモしておくことで顔と名前を一致させるための資料にしようと思って…………ごめん、なんか今考えると変態っぽいね……」
バカだ。それに100人くらいの名前と顔も暗記できないのか。つくづくなんでこんな奴がベルベット様に拾われたのかと疑問に思えてくる。
「え、えっと……写真はやめて普通にお話して覚えようかな。ミルフィアちゃんって趣味とかあったりする……?」
「気安く話しかけないでください。鬱陶しいです」
彼はガーンと肩を落とすが、私はそれも無視する。
単純にウザいというのもあるが、「人間」がいるというのが気持ち悪い。
姿は一緒でも自分とは「違う」存在が身近にいるのは気分が悪かった。
「じゃ、じゃあ掃除手伝おうか?」
「別にいいです。私たちにとって仕事を奪われることは侮辱に等しいので。というか話しかけないでくださいって言いましたよね」
すぐに離れる。こんなのに時間を割くのは無駄なことだ。
私はいつかここを出ようと思っている。
今の環境が地獄だから、というわけではない。
戦闘的な仕事があることさえ除けば以前と比べてここはまだ良い。お腹が空けばご飯だってあるし、何より「普通」の暮らしができる。
しかし、結局は「与えられたもの」なのだ。
自分は「人」を信用なんてしていない。ここにいるのは全員「敵」だ。
与えられて生きるということは、生殺与奪を握られているに等しい。与えられなければ、終わりなのだから。
いつまでも与えられる側になんていてはいけない。力は充分につけた。あとは知識。それを身に付けるまでの間だけだ。ここにいるのは。
いつか、自分1人で生きていくために……!




