143話 僕が嘘つきになった夜
「ベルベット!」
よく見知った背中を見つけた。パーティ会場からは少しだけしか離れてなかったから探すのは苦労しなかった。
ベルベットは僕が来たとわかると硬直する。どんな顔をしていいのかわからずこちらに顔を向けてくれない。
「レオンさんに聞いたんだ。僕のために色々してくれてるって。それなのに僕、そんな気も知らないで勝手にあんな大勢の目があるところで『魔王の力』を使ったり、自分から無茶なことしたり…………本当にごめん」
僕は謝る。まずは謝ることが先だから。
ベルベットは僕を「世界の王」にしたかったから拾ったと言った。でも、今は違うとも言ってくれた。今はただ生きてくれているだけでいいと。
そんな彼女が前へ前へと突っ走る僕を見てどう思っていたのだろうか。無理をしないで、と涙を流すのは仕方ない。
僕はレオンさんが指摘した通り、ベルベットのことをどこか過剰に評価していた。あれだけ強いんだから普通からは超越しているんだと。
それが間違いだ。ベルベットだって普通の女の子なんだ。僕だって大切な仲間が戦場で無茶をしていれば止めたくなる。それこそ逃げてしまおうだなんて言い出すのもわかってしまう気がする。
ベルベットは僕を頑張って「普通」にしようとしてくれていたのに。僕はベルベットを「普通」に扱っていなかった。彼女ならこれくらい気にしないって勝手に決めつけていた。
「僕、もう何もしない方が安心できる?」
「ううん……そんなことない。アストが窮屈そうに生きてる方がやだ。私がこの国に縛り付けてるから」
彼女も彼女なりに苦しんでいたんだ。
本当は何もさせたくない。けど、何でもしてほしい。矛盾を抱えて、それが今回の戦いで限界を迎えたんだ。
僕はベルベットの小さく華奢な体を後ろから抱きしめる。
ベルベットは驚いて体を揺らした。揺らしてから……振り払おうとはしない。
「僕は世界を救いたい。人間と魔人は共に生きられるって、種族の壁なんかないってことを証明したい。吸血鬼の一件で、それがより強くなった」
「うん。知ってる。カルナちゃんのことも聞いた」
「ベルベットは僕がそのことを頑張るのが苦しい?」
「苦しい。でも、嬉しい。とっても嬉しい」
変だ。二つの真逆が同居するのは。矛盾だ。それは。
それが『人』なんだ。矛盾を許容して生きるのが。人間も魔人も変わらない。これが『人の心』なんだ。
大切な人が苦しむのは辛い。大切な人が自分の意思を継いで何かの目的を持って生きてくれるのは嬉しい。
矛盾しなさそうで、それは大きな矛盾を孕んでいる。必ず苦しむのだから。「生きている」なら。
「酷い我儘だよね。悪い奴だよね。引っ込んでいれば何も起きなくて済むのに。誰も傷つかなくて済むのに。前に出ようとするのは。いい迷惑だよね」
「そんなこと思ってないもん。だってアストは魔王様なんでしょ? じゃあ少しくらい我儘言わなきゃ」
『自分のやりたいことを貫く者が魔王に最も近づける』。ムウが言ってたことだ。
人間と魔人の共存を目指す。この想いはもう止められない。
どれだけの苦難が待っていても、進みたいんだ。「迷惑だ」と言われても。「やめてくれ」と言われても。僕は、そうしたいと思ってしまっている。そんな自分を止められないんだ。
「いっぱいいっぱい迷惑かけていい。その分、私もアストと一緒に頑張るから。……ごめんなさい。ちょっと大きなことが起こりすぎてたから変になっちゃってたかも。頬、痛かったわよね」
「全然。ベルベットの心の方が辛かっただろうから」
叩いたベルベットの方が痛い。そうわかっていたから心配しなくて大丈夫。問題なしだ。
もうこれで安心と抱きしめていた手を離す。これは別に大きな意味をもってやったことはではない。僕は傍に居るよ、と少し安心を期待してのことだ。彼女もそれはわかっている。
……だが、ここだけはアストの思惑から外れ、ベルベットはそう思っていなかった。
(これは……このムードの高まりは…………ここしかないわよね? うん、ここしかない! めちゃくちゃ良いムードじゃないこれ! なんか抱き着いてくれたし意外と脈アリなんじゃない!? もしかして知らない間に好感度上がってた!? く~! 告白イベントきたー!!!!)
いつものアホなベルベットが戻ってしまっていた。
しかし、事は慎重に。この高まりを声に出してしまえばまたアストは呆れてどこかへ行ってしまう。ベルベットは失敗から学ぶのだ。
運が良いことに他の女子共はいない。勝負を決めるなら、イマ! ココ!!
ベルベットはスーハー、スーハー、と大きく深呼吸。顔は真っ赤になっているだろうが知ったことか。そんなのちょっとばかしの愛嬌だ。
「あ、あああ、ああああああアスト」
「え、どうしたの。なんか怖……」
マズイ。いつものパターンに入りかけている。少し落ち着け自分。
頭は冷静に。心は熱く。ああ、ダメだ。頭も熱くなってしまう。冷静になんて無理だ。ええい、進め!
「私ね。あ、アストのことね……………………」
「僕のこと?」
わかっている。アストのことだ。どうせ普通に「好き」だとか言っても「僕もベルベットのこと大好きだよー」とか言うに決まってる。自分とアストの関係とはそういうものに落ち着いてしまっている。
そうじゃないのだ。そうじゃない。その「好き」はノーだ。頭は熱くなっているが、そこだけはベルベットもわかっていた。
だからこそ選ぶワードは「異性として好き」。これに限る。こう言ってしまえばいいではないか。
よくあるのだ。「好き」とだけ言えば鈍感な奴は自分達の想像を超えてどうとでも受け取る。なら逃げ道をなくせばいい。くくく。実に簡単なことだ。
ここまでベルベットに1ミリほど残された脳の冷静な部分が思考してわずか0.1秒。神速の作戦会議だった。もちろんそれ以外の脳の大部分は今も「あああああああ」と狂ったように叫んでいるが。
後は勢いだ。さぁ、いけー!!
「アストのこと、いせ─」
カチャンッ
勝負を決める最強の言葉は変な異音によって止められた。その音は自分の─ベルベットの腕から鳴ったもの。
「は?」と目を向けると…………なんと自分に手錠がかけられているではないかっ!!
「ちょ、ちょ、え?」
ベルベットは横を見ると屈強そうな男が立っていた。服は魔法騎士団の物。
後ろを見るとさらに多くの隊員が控えている。何事だというのか。
「ベルベット・ローゼンファリス! 貴方には無断での『ギャラルホルン』使用と魔人の地での究極魔法発動の容疑がかけられている。よって『究極魔法無断使用』の疑いと『国家反逆罪』の疑いで一時身柄を拘束する!!」
「そんなああああぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」
まさかまさかのベルベット、逮捕!
一世一代の告白大チャンスの時に逮捕されてしまった! そんなバカなことあってたまるか。
「あ、アスト聞いて! 私、アストのこといせ─」
「ええい、静かにしろ!」
「むぐぅ!」
このまま告白を強行しようとしたら何と勘違いされたのか猿轡を噛まされた。……この時点で告白のムードもクソもないが。
「安心しろ。大人しくすれば罪は軽くなる。あくまで一時拘束だ。ちゃんと説明して、それが適当な理由であればすぐに出られ……」
「もごおおぉぉ! もごもご!! もごもごもごもご!!」
「大人しくしろと言っているだろ!? 本当に捕まりたいのか貴様!」
ベルベットは死にかけの蛇のように地面をのたうち回って暴れる。あれは絶対ブチギレてる。
アストはその姿にドン引きするが、それでもベルベットが究極魔法を使ったのは自分を助けるためでもあるためこのままではいられない。
「あの、そのことなんですけど許してあげてくれませんか? 僕のせいでもあるんですよ。代わりに僕を連れて行っても構いませんから……」
「それはダメだ。関係者だろうと一学院生に強いることはできない。それ以前に魔法で洗脳して自分の思うがままに言わせるなんてことになるかもしれんからな」
「ベルベットはそんなことしません!」
地面をのたうち回っていたベルベットもコクコクと頷く。
「それでも、だ。『ギャラルホルン』は使用を間違えばあの場にいた者全員死んでいることになっていたほどの超危険魔法なのだ。規定としてそこまでの凶悪魔法を無断で使用したとなると一時拘束することは免れん」
たとえそうだとしても。「子供でもルールをちゃんと受け入れろ」と言われてもだ。子供らしく大人に反抗して言い争ってやる。
ただの正論なんかに負けるかー!
「特に! 今回でこいつがこの魔法を無断で使用したのは4回目だ。反省の色がまったく見えん」
「え」
ベルベットを見ると、彼女は明後日の方向を向いて視線を逸らした。おい。なぜ目を逸らしている。こっちを見ろ。
「ある時は『笛を吹いてみたかったけど手元になかったのよ。なによ。なんか悪い?』と狂ったことを供述し、ある時は『音楽に目覚めたのよ。なによ。なんか悪い?』と頭のおかしなことを供述し、さらにある時は『ビビった? ねぇビビったでしょ? バーカ!! こっちはあんたらに捕まる度にキリに怒られてんのよ! 〇ね!!』と中指を立てて明らかな反逆の意思を示してきた。こんな者を見逃せると思うか?」
「………………………思いません」
「もごごー! (アストー!)」
ベルベットは見捨てないでー!と涙目で訴える。心苦しいし、今回は違うとちゃんとわかっている。それでも昔の尖りまくってたと噂のベルベットを捕まえる彼らの大きな苦労が見えてしまった気がした。しかも最後のがとにかく酷い。
「あの…………本当に今回こそは悪くないので一応優しくしてあげてください。それで、その……連れて行っていいです……はい……なんか僕の師匠がすみません…………」
「よし! 連れていけ!!」
「もごごごぉー!!!! (なんでよー!)」
ロープでグルグルと縛られ芋虫状態となったベルベットは魔法騎士団に連れ去られる。
「む? ところでお前どこかで見た気がするぞ……。たしか幼女誘拐の……」
「ははは。またまたー。人違いですよ」
「はっはっは。それもそうか! 学院生の身にありながら寮の部屋や遊園地に複数の幼女を連れまわし、授業中にメイドの恰好をさせて侍らせているなんて報告が来た時にはまさかそんな奴いるわけないと笑ったものだ。はっはっは!!」
「は……はは……………ははは……」
なにそれ。心当たりありすぎて目を合わせられないんですけど。その上、その容疑者が実は人間ってこと知ったらこの人目玉飛び出すくらい仰天するだろうな……。
っていうか、レオンさんもフリードさんもなんでそういう情報は通しちゃうんですか!!
そこに、ちょうどレオンさんが現れた。いったい何事だと困惑していた。
「あ、レオン隊長! これは失礼しました。学生達と隊長のパーティーの水を差すわけにもいかず、容疑者が会場から離れるところを狙っていたのですが……」
「それはいい。罪状を見せてくれ」
「はっ!」
レオンは書類を受け取ると、そこに書かれた内容を見て大きな溜息をついた。まるで「またか……」というように。
「では、我らはここで! 隊長、休暇中失礼しました!」
「「「失礼しましたー!」」」
「もごごー!! もごもごごもごごごごごご!!(レオン、見てないで助けなさいよ!!)」
魔法騎士達は嵐のように去っていった。
「レオンさん、隊長の権限とかでどうにかならなかったですか?」
「良いことに使っても罪は罪だからな。そんなことで隊長の権限は使えない。それに、あれは国内対策の第四隊だ。直属の部下じゃない」
「…………なんだかレオンさんが言ってた『大きすぎる力』の話の一例をさっそく見た気がします」
「そうか。わかってくれたようで何よりだ。……後でキリールに連絡を入れておいてやれ。明日にはベルベットを回収しに行くだろう」
「わかりました……」
キリールさんに諸々を全て説明したら、「ベルベット? はて、そんな人は記憶にございませんが」と見事にいないことにされていた。またしばらく主が館を出禁にされる日が来そうだ。
そういえばベルベットは僕に何を言おうとしてたのだろうか。……まぁ、また今度会った時でいいや。どうせベルベットのことだ。大したことじゃないだろう。
♦
「カナリア!」
「アスト?」
ベルベットがいなくなった後、またパーティーの中をぶらぶらしていたらカナリアを見つけた。
「聞いたわよ。大活躍だったそうじゃない」
「そんな大活躍とかは……」
「謙遜しないの。ご褒美に何か奢ってあげるわよ」
「カナリアが……奢る…………!?」
「なに驚愕した顔してんのよ! あんた時々失礼よね!?」
だってずっと前に財布忘れて出かけちゃったことがあって、喉が渇いてたから「後でちゃんと返すから飲み物買ってほしいな~……ダメかな~……」と弱った小動物のようにお願いしたら「顔がムカつくからやだ」とか言ったあのカナリアがだよ!?
「あたしはいつだって優しいでしょ。ほら、何か欲しいのないの?」
「毎日優しくして欲しい」
「殴るわよ」
ほら優しくないじゃん! 嘘つき!
「あたしだって昔はこうじゃなかったんだからっ!」
「そうなの?」
「よく花の冠を作ったりして遊んだものよ」
「え? 花を毟って食べてた?」
「あんたが喧嘩を売ってることはよ~くわかったわ……!」
痛い! 頬をつねらないで!
「もう。勝手に奢るわよ」
カナリアは屋台の一つに行って食べ物を買ってきた。
「なにそれ」
「『たこ焼き』って言うらしいわ。丸いから多分ミートボールの仲間でしょ」
「へー。カナリアはなんでも知ってるね」
カナリアはフォークを持っていてそれを「たこ焼き」とやらに突き刺す。
「はい。口開けなさい」
「へ!?」
なんと。なんとだ。カナリアが「あ~ん」をしてきている。一瞬フォークをこっちに向けてきたからそれで僕の目ん玉突いて目潰ししてくるのかと思ったが、これは間違いなく「あ~ん」というやつだ。
僕はカナリアの柔らかな頬をむにーと片手でつねってみる。その後、自分の頬もつねる。
「偽物じゃ……ないか。夢でも……ない。どういうことだ……!?」
「夢見たいなら寝させてあげるわよ。ほら。良い夢見れるといいわね。ほら。寝なさいよ。ほら」
痛い! 熱い! フォークに突き刺したそれを頬にぶつけないで! しかも若干刺さってる!
「あんた怪我してるんでしょ。代わりに食べさせてあげるわよ」
「怪我してることわかるの?」
「魔力の流れ見たら一発でわかるわ」
すご……。たしかにグランダラスの『強化魔法』を使ったことで怪我してるけども。そんなことまでわかるのか。いつか魔力の流れで嘘とかも見抜いたりしそう。
「なによ。ちょっと優しくしてあげたらこれなんだから」
カナリアは少しだけしゅんと、肩を落とす。ショックを与えてしまったみたいだ。
「ご、ごめん。ふざけすぎたよ。は、はい! あ~ん」
僕は口を開ける。どうぞ、という風に。
「ん。それでいいのよ。あ、あ~ん」
ちょっと気分良くなったのか最後にはカナリアも「あ~ん」とか言っちゃってた。可愛い。
「って、あっつ!」
熱いのは頬にぶつけられた時にわかってたけど。この「たこ焼き」って食べ物は中が倍くらい熱い。
僕ははふはふ! と空気を欲する。それを見てカナリアは吹き出した。
「ぷっ。ふふふ。なによその顔。ふふ、あははっ!」
こっちは熱い熱い言ってるのにカナリアさんはご機嫌だ。そんなに僕の顔が面白かったですかそうですか。
「仕方ないわね」
カナリアは次のたこ焼きをフォークに刺すと、
「ふー。ふー。…………はい、あ~ん」
息を吹きかけて、冷まそうとしてくれた。
しかも、「はい」と言った時の顔が笑顔のままだったからまた超絶に可愛い。なんだ、この可愛さのコンボは。
「あ、あ~ん」
「ふふ。美味しい?」
「う、うん……」
嘘だ。だって味がわからない。
噛みしめても噛みしめても脳が味に興味を示さない。他のことで占領されていて受け付けるスペースなんてなかった。
まだ冷め切っていないこの食べ物の熱が、ジワリと体を伝っていってポカポカと温かくなる。……熱い。顔とかも。なんだか熱い。
「顔真っ赤じゃない。なに? 照れてるの?」
「いや、まだ、これ、熱かったから…………」
「ふーん」
嘘つきは、僕だった。
カナリアはニヤニヤと面白い物でも見ているかのよう。魔力の流れなんか見られなくても嘘は、バレていた。
「次はあの『キラーフィッシュの塩焼き』でも奢ってあげるわ。『ヒートバードのフライドチキン』なんてのもいいわね……」
「そんなに食べるの……?」
「一緒に食べるのよっ! 付き合いなさい! あんたはあたしのパートナーなんだから、半分こっ!」
こういう行事にあまり参加してなかったのか、どこかはしゃいだ子供みたいなカナリアは僕の手を引いていく。
怪我してない方の手を、握ってくれる。
そんな小さな小さな気遣いが、
たまらなく嬉しかった。
ああ、きっとこの後も、
僕の嘘は、止まらない。
次回のエピローグでエピソード4は完結です。ここまで読んでくれた人ありがとうございました。感謝、感激。
エピソード5は時間かかりそうだけど今書いてるのでお待ちを……。ちょっと次のは大変そうだぁ……!
 




