140話 炎熱の魔法騎士 レオン
「ふぅ…………。終わった、のかな」
カナリア達がどうなったのかも気になる。アーロイン学院でも、こことは他の場所でまだ戦っているところがあるかもしれない。
でも、アルカディアは倒した。ニーズヘッグもこれ以上増えることはないだろう。この戦いも終息へ向かっていく。
と、僕は安心していた。
「グルゥ…………ウルァ!!」
「え……?」
「アスト!!」
どこからともなくニーズヘッグが2匹現れた。アストに向かって急速に飛んでくる。ベルベットの叫ぶ声がした。
まさか……校舎の中に隠れていたのか!?
僕はすぐ【グラトニードライ・ガントレット】の力を使おうとするが、
ミシッ……ッ!
「ぐ……………!」
右腕に激痛が走る。そのせいで腕が上がらなかった。
そうだった。『インパクト・クルーエル・ブレイカー』を使うための代償として自分の腕を傷つけたんだった。アルカディアとぶつかり合ってた時はアドレナリンでも出てたのか痛みは感じなかったが、今になってとんでもない痛みが襲ってきた。動かすことも難しいほどの。
左腕だけでなんとか……と言いたいがここまでの激闘でもう体力の限界に近い。纏った魔力を維持することも……………
アストの体から魔力が抜ける。脚もガクンと落ちた。
誰しもの助けも届かない。ニーズヘッグの牙の方が早い。
(くそ……こんなところで、終わ………………)
思わず目を瞑った。
「起動しろ。【フリージング・イフリート】」
ベルベットではない。ガレオスでもない。他の学院生でもない。その一帯からは離れた場所からその声はした。
「グオオオオォォォォォォォ!!」
「グガ…………」
ニーズヘッグの2体は離れた場所から飛んできた魔法攻撃をその身に受けた。
1体は灼熱の炎で身を焼かれ、もう1体は氷像となった。
一度に発動した二属性の攻撃。本来なら「2人の魔法使いが魔法を使った」となるが、これはたった1人から繰り出された魔法攻撃だった。
アストはその魔法が飛んできた方向を見る。
「魔法騎士団第三隊だ。負傷者はこちらの医療チームで診る。魔物が残っている場所があれば報告してくれ。すぐにそちらに向かう」
そこにいたのは胸に金のバッヂを付けた、とても若い魔法騎士の男。その後ろに控えた多くの、これも魔法騎士とおぼしき者達。
名乗らなくても雰囲気でわかった。どの人もプロの空気を纏っている。この中にいる魔法騎士の誰もが自分なんかよりも遥かに強い。見ただけでそれがわかってしまった。
僕がそんな風にゴクリと喉を鳴らしていると、
「あれ……レオンじゃね?」
「れ、レオンだ……! すげぇ!! 生で初めて見た!」
「きゃー! レオン様―!!」
「うそ! レオン様だ!」
なんだか周りの学院生の声もヒートアップしている。主に女子の声が強い。というかほとんど女子だ。
その声や視線は魔法騎士団であることを宣言していた先程の金のバッヂを付けた男に向けられていた。
う、たしかによく見るとそのレオンとかいう男はすごいイケメンだ。目に届くくらいの髪で、どことなくガイトっぽいクールな印象を受ける。赤く灼熱のような炎色をしているキリッとした目、整った顔、綺麗な魔法騎士団の制服。エリートって感じだ……。
ん、あれれ、そのレオン様という人がどんどん近づいてきているような。え?
「立てるか…………アスト」
「はい…………はい? 僕のこと……」
レオン様、僕の名前呼んでませんでした? 気のせいかな?
「何を呆けた顔をしているんだ?」
「……………………あっ!」
思い出した。そういえばフリードさんが言っていた。
『実はこの魔法騎士団には俺ともう1人だけ君の協力者がいるんだ』
もし、かして?
「魔法騎士団第三隊隊長『レオン・ブレイズ』だ。よろしくな、アスト」
「た……………たい、ちょう、さん?」
僕はパクパクと口を開閉する。固まってしまったせいで差し出された手を掴めずに呆然とする。
フリードさんと会った時もそりゃ驚いたさ。この国の最高戦力である魔法騎士団の第一隊、その副隊長の人だったのだから。
だが、今度は隊長。なんの嘘もなく誇張もなく一つの隊のてっぺんに位置する魔法使いだ。第三隊と言えば他種族対策部隊だから……この人は「対魔人戦の超スペシャリスト」ということになる。ひぇぇ。
そんな人が、僕が人間ってことを知っていながら黙って協力してくれているなんて。とんでもないな……。
でも、隊長っていうにはもっと怖い人をイメージしていた。歳も取っていて、図体も大きくてゴリラみたいな感じかと……。
僕の視線に気づいたのか、レオンさんは困ったように笑う。
「俺は歴代の隊長の中でも一番若いらしい。期待外れだったか?」
「そんな! とんでもないのが来てたらそれこそ泡拭いて倒れてたかもしれませんから……」
「そうか」
僕はレオンさんの手を取って立ち上がらせてもらった。
「さて」
レオンはアルカディアの下へ歩いて行った。
「学院の生徒会長か。まさかこれほどの魔力を持っている奴がいたとはな。……アルカディア・ガイウスを連れて行ってくれ」
レオンの指示で部下の魔法騎士はアルカディアの腕に手錠を付ける。2人がかりで気絶したアルカディアを連行していった。
僕のところにレオンさんが戻ってくる。
「あいつはこれからラーゴイル監獄に入れられる。その最下層になる予定だ。もう二度と外の空気は吸えないだろうな。あの手錠も付けられている者は魔法の類を一切使えなくなる代物だ。抵抗もできない」
「そう……ですか」
ラーゴイル監獄というのはマナダルシアの中で犯罪を犯した者が入れられる場所。一階層から地下に五階層まで伸びている監獄だ。その最下層に入れられる……これの意味するところはよく知らないアストでも容易かった。
「どうにかなりませんか?」
「どうにか?」
「アルカディアが自分の罪を反省したら…………出られる、とか……」
「それはない。奴の仲間と思われる者がマナダルシアの門番を殺害している。これもアルカディアの指示によると思われる。ここまでの被害を出していれば死刑でもおかしくない。それに、あそこまで魔力が高い魔法使いは初めて見たからな。魔法騎士団の動きを封じていた結界も見たことのない術式だった」
魔法騎士団がどうしてこんな遅くにやってきたのか。アストが休みの日に行った魔法騎士団の本部をグルリと囲って封印するように結界が張られていた。その情報はここにも届いていた。
しかし、それだけならまだしもその結界の術式が初見の物だったことから解除に時間がかかりすぎた。
基本的に結界というほどの大規模な魔法の術式は広く公開されている。新たに開発されればすぐに公表されることになる。
なぜかというと、それを隠すなんてことをすれば今回みたいな事態を引き起こすからだ。悪用すれば長時間優秀な魔法騎士達を封印することも可能だ。
それなのに、アルカディアの結界は未知の物でいてかなり強力な物だった。
個人で開発したのか。どこでそんな知識を得たのか。謎は多い。
「とにかく。こいつには聞きたいことが山ほどある」
「…………」
アルカディア。よくわからない奴かもしれないけど、「悪い奴」ではないのだ。「善」と「悪」で言えば奴は「善」になる。
これを聞いた者は「気は確かか?」と言ってくるだろうな。でも、僕の考えは的を射ていると思う。
アルカディアは「善」は「善」でも、「行き過ぎた善」なのだ。
「世界を救う」という最大の正義を成すためにどんな物でも犠牲にする。つまり、本気の本気で世界を救おうとしているのだ。
でも、僕の答えには続きがある。
普通の「善」ならば問題はない。けど「行き過ぎた善」というのは「悪」にも勝る「悪」である、そう思った。今回でその解を得たんだ。
世界を救うのだからこそ人は犠牲にしたって関係ない。だって、世界を救えば人を救うことにも繋がるのだから。最終的に人は感謝するに決まっている。
そんな最も効率的な方法を自らの「正義」のために躊躇いもなく行える。
そうだ。「行き過ぎた善」とは、「確信犯」だ。
この「善」は、「悪」よりも厄介。言うことはまさしく「善」で、正しいと思えてしまうのだから。実際、アルカディアにも正しい面はあった。やり方はともかくとして。
いつか、アルカディアと話がしたい。
人が持つ美しさをわかってくれないか。それを理解した上で新たに世界を救う方法はないか。一緒に考えたい。
もし、その先で分かり合えたなら、アルカディアと改めて友達になりたい。争った後、許し分かり合えるんだと証明するんだ。僕が。
連れていかれるアルカディアを見て、僕はそんなことを思っていた。
その後、ボロボロになったカナリアとライハも回収されてきた。向こうもカチュアに勝利したようだ。
それだけでも安心したが、
「アスト、これ」
「ん?」
ライハは僕に何かを渡してきた。
何かと思えば、紫色の注射器のような機械。こ、これ、
「これ……マジックトリガー!?」
「うん。カチュアが持ってた。殴ったり蹴ったりしてた時に見えたから隙をついて盗った」
盗った……って。そんな簡単に。すごいなライハ。
カチュアが持っていたマジックトリガー。これだけだとしたら、これがカルナを魔物化させたトリガーか。
僕の胸にあるロザリオの血晶石も、悲しそうに光っている気がした。自分の過ちを悔いるように。
カルナが何を想ってトリガーを使わせられたのかはわからない。けど、僕やリーゼのため、だったのだろう。優しいあの子のことだ。そうに違いない。
なんとかアーロイン学院に平和を取り戻せた。これは奇跡に等しいことだが、死亡者は0だったらしい。
これだけのことで死亡者が0は不自然だ。まさに地獄のような戦いだったのだから。
まさか、アルカディアの目的はアーロイン学院を潰すことではなかった?
……バカな僕が考えたって意味ないか。




