139話 不完全な世界、不完全な僕等
アストは準備が整ったことを確信する。しかし、問題が1つあった。
(ここからが勝負だ。タイミングを上手く合わせなきゃ……!)
皆の力を借りてアヴァロンを倒す手段が揃っても、僕にそれを成し遂げられる力がないとダメだ。
それには「絶妙なタイミング」を合わせる必要があった。
1秒の狂いも許されない。そんなタイミングを合わせる力が。
そこで、僕の頭に声が届いた。
(「あー、あー。ローゼンくん、ローゼンくん、聞こえますか?」)
これは『通信魔法』で届けられた声だからムウでもアレンでもない。しかも知らない女性の声だ。僕をローゼンと呼ぶ人には思い当らないし声にも心当たりがない。
(「1年の魔工で『オペレーター』担当です。戦況を見てあなたのオペレートをすることが重要だと感じました。勝手に繋いだことを許してください。頭の中で言葉を浮かべるだけで会話可能です」)
なるほど。こっちに降りてきたから通信をかけることができたってわけだ。
(「エッチなことは想像しないでくださいね。強く念じると伝わりますから。けっこうドギツイ性癖とかあったらこっちがトラウマになるので」)
(「しませんよっ!」)
とんでもない真剣なこの状況で何を言ってるんだ!
(「体の固さが取れたようですね。何かを狙っているように感じます。何事も余裕がなければ上手くいきませんよ」)
あ…………。
言われる通り、自分は固くなっていた。失敗すれば本当の終わりだ、って。
これも『オペレーター』の仕事なのか。戦闘を上手くいくようにどんなサポートでもする。リラックスさせて緊張を取ることもその一つか。
にしてもオペレーターとは上級生が行う仕事のはず。1年生でオペレーターができるとはよほど優秀な子なんだな。
(「手助けが必要であればこちらで魔法演算の代わりでも、標的の照準付けでも、なんでもしますが」)
(「ありがとうございます。では、とあるタイミングの合図を送ってください。そのタイミングに関して……僕が狙っていることですが、」)
僕は話した。作戦の全容を通信してくれているオペレーターの人に。それを聞くと、
(「そんなことが、可能なんですか? そんな魔法聞いたことが…………いえ、余計なことを言いました。仕事、承ります。作戦開始直前にこちらでそのタイミングを演算して時が来たら合図を送りますので従ってください」)
(「わかりました」)
(「武運を祈ります」)
(「はいっ!」)
万全だ。ここに来て完全に整った。
いくぞ!!
「皆、魔法をお願い!!」
「よっしゃ!」
「うりゃー!」
「せぇい!」
「いっけー!」
百人近くの魔女、魔法騎士が詠唱して低級魔法を発動する。様々な属性の攻撃魔法が竜神─アヴァロンへと殺到する。
僕が発動する魔法はもちろん『ディグニトス』。
でも、まだだ。まだ、待つ。その時まで。
だが、敵は待ってくれない。どこからか出現したニーズヘッグが僕の下へと迫りくる。
まるでアスト・ローゼンを狙えと指示されているかのように。
(僕の方へと……!? まさか……!)
空を見上げるとこちらを見下ろすアルカディアが見えた。どこまでも僕にこだわる気か。こんな時だけでも見逃してほしかったよ。
「アスト・ローゼン。お前は試練に集中しろ」
力強い、重みのある声が響く。その者はアストに近づいたニーズヘッグを数体殴り飛ばした。
「ガレオスさんっ!」
ガレオス・ロベリール。英雄が1人ここに戻ってきた。
「水の精霊よ我に力を 渦よ逆巻け、世界を飲み込め 大いなる流れを手中に収める 敵を穿て水の槍 水明の光が勝利を照らす 戦を癒す盾よ、戦を導く矛となれ 矛よ我が君臨する世界を撃ち貫け!!」
7節詠唱。ガレオスは己の水魔法を解放する。
「『メイルシュトローム』!!!!!!」
水が渦を作り、ニーズヘッグの何倍、何十倍もある大きな錐─槍と化した。
「ずぇぇああああああああああああああああああああああ!!!!!」
豪腕を薙ぐ。その動きに応じて水の槍は放たれる。
ニーズヘッグが次々に巻き込まれていき、その水の槍の中で逆巻く渦によってグシャグシャに斬り刻まれていく。
壁にぶち当たり、瓦礫と水飛沫を上げる頃には十数体のニーズヘッグが討伐されていた。
これで安心と思いきや。ガレオスとは別方向からもニーズヘッグが迫ってきていた。
アルカディアはアストに向けて二方向から大量にニーズヘッグを送っていたのだ。これはガレオスだけでは対応できない。
だが、もう一つには彼女が立っていた。
「今、天変の刻 控えよ有象無象 死を齎す我が音を聞け 最終をこの地に呼べ 終わりが来るぞ、終末が来る 妖精達は命の園を踏み歩く 歌え生命賛歌、響け絶命鎮魂歌 禁断の角笛をこの手に 聴こえる、世界が、ひび割れる 世界終焉の跫音が、来る!!」
ベルベットは10節を唱えた! 放つは究極魔法。
アヴァロンに対して撃つならば絶大な威力で撃たないと倒せない。そんなことをすればこの学院にいる命が全部吹き飛んでしまう。
しかし、相手がニーズヘッグ程度ならば威力を極小にとどめることでなんとかなる。…………多分。
「究極音魔法 『ギャラルホルン』!!」
ベルベットは音楽に関する恵まれた才能がなければ扱えないはずであるレア魔法─『音魔法』の、しかも『究極魔法』を発動させる。
発動直後。ベルベットの手に角笛が一つ収まる。
ベルベットはスーッと息を吸い込み、頬を膨らませながらプーッと角笛に息を吹いた。
角笛からは音が聴こえてこない。魔物には聴こえて、人の耳には聴こえない音にまで抑えてあるのだ。
なぜなら…………
「グ……………ガ……」
「ガギ……グ……」
ボトッ、ボトと飛んでいたニーズヘッグが落ちる。迫りくるニーズヘッグもグラリと体を倒して動かなくなった。
ベルベットの前には大量の死骸が積まれていく。全て、絶命していた。
究極音魔法『ギャラルホルン』は角笛から響かせた音を聴いた、魔法の発動者以外の者を絶命させる究極魔法。
なんとか上手く威力を調整することで学院生の耳には角笛から音は聴こえてこなかったが、ニーズヘッグの耳には聴こえた。そんな具合の音にすることができたのだ。
そのため、『ギャラルホルン』の威力を「0.0001%」にまで落としたのだが。それでも死亡したようだ。
アヴァロンを殺すほどの音を出すにはこれを少なくとも90%以上で撃たなくては効かないだろう。
そんなことをしたらこの終末の音は学院だけに留まらない。魔法の力により世界へと伝わっていき世界の人類の大半が死亡する。2、3割生き残れば運が良い方というように。
それにもしもアルカディアがこの術式を識っていれば最悪なことになっていた。
この魔法は人を殺す威力に上げるだけでも周囲の関係ない者まで巻き込むので一対一では役に立たないが、対多数戦においては反則級の強さを持つ。
非人道的な大量虐殺魔法。それこそがベルベットが持つ究極魔法の一つ『ギャラルホルン』だった。
範囲設定と出力設定をほんのちょっとミスるだけで多くの命が無慈悲に奪われる。ベルベットでもこの調整は難しい。できれば使用したくなかった。
だが、彼女は怒っていた。愛する者を傷つける試練に。ウンザリしていたのだ。
いい加減、「終われ」と。
彼の邪魔はさせない。そうなれば万が一にも討ち洩らしはできない。2回の詠唱をする時間はなかった。確実に仕留めるこの魔法しかなかったのだ。
ともあれ、ガレオスとベルベットの活躍によりアストの邪魔は阻止された。
(「ローゼンくん、今です!」)
オペレーターから合図が来た。
それと同時にアストは『ファルス』を3連発動。【バルムンク】が黒炎を纏う。
さぁ『ディグニトス』を発動だ─
と、思った時、最悪が起こった。
「グルアアアアアアアァァ!」
「な、に!?」
アストの目の前にニーズヘッグが現れた。彼からアヴァロンを隠すように前に立ちはだかる。身を隠しながらアストへ近づいてきた個体がいたというのか。
これでは『ディグニトス』がこいつに当たる。そうなれば合わせた「とあるタイミング」がほんの少しズレる。
誰も助けに入れない。ガレオスも、ベルベットも、間に合わない。
作戦は、失敗になる……!
アストの顔が歪む。
が、
突然、ニーズヘッグの体は真っ二つに切断されてアストの前から頽れた。
誰が……
「クスクス♪ アストさん。頂いた血の勘定をたった今、お支払いしましたわ♪」
リーゼ……!
二つに結った黒髪を揺らして、舞い降りる女神。こちらにニコリと笑う。
(ごめんリーゼ、助かった)
(いえいえ。それより、頑張ってくださいまし。ヒーローさん?)
目配せしてお互いに意思疎通する。ここまで言われたらやらなきゃな……!
「その目で見ろアルカディア。これが。これこそが! この世界の価値そのもの。人が持つ『無限の可能性』。その力だ!!!!」
アストは【バルムンク】を振るった。
「『ブラックドラグレイド・ディグニトス』!!」
発動! 黒炎の竜が駆ける。
進行上には皆が撃ってくれた魔法。『ディグニトス』はそれを、
喰う。喰らう。喰らって、喰らって、喰らって、喰らいつくす!!
その度に魔力を増幅させ、より巨大に、より強大に、成長していく!
様子を見物していたアルカディアは目を剥いた。
(魔法を吸収して成長する魔法だと!?)
そう。『ディグニトス』を最大限に成長させてアヴァロンにぶつける。その作戦をアストは思いついた。
けれども、それには皆が撃った魔法を全て喰らえるようになる針に糸を通すように細かな発動タイミングが必要だった。
なにせアヴァロンには魔法無効の『異能』─『絶対領域』がある。いったいどこからその領域に入るのかが見当もつかなかったのだ。
早く発動してしまえば上手く全ての魔法を吸収しきれない。逆に遅ければ吸収する前にアヴァロンの『異能』によって皆の魔法は無効化されて消滅してしまう。
そのために何度か無効化する瞬間を見ることのできたオペレーターチームがアヴァロンの『絶対領域』を演算。その範囲を割り出した。そこから全魔法を吸収できる唯一のタイミングを叩き出したのだ。
「グギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
アヴァロンと同サイズにまで大きくなった全力の『ディグニトス』。アルカディアのまだ識らない術式であるこの魔法は当たり前のように『絶対領域』を破り進む。
『ディグニトス』は首に噛みつく!
アヴァロンの全身は発光し、その光と大爆発で『ディグニトス』を攻撃する。
数知れない黒炎による爆発と光の爆発。せめぎ合い、空で超絶なる戦闘を繰り広げる。
ここまでしても、アヴァロンの方が……若干優勢か。
だが……!
「いけええええええぇぇぇ!」
「やっちゃえええええええ!!」
「きめろおおおぉおぉお!!」
皆も叫ぶ。ここだけではない。他の戦場でもアストを応援する者の声がある。アンジュが、ジョーが、アンリーが、ミーティアが、
どこかで戦っている、カナリアが、ライハが、
「アスト・ローゼン。その力を示してみろ!」
「アストー! いけー!」
「アストさん、いけますわ!」
ガレオスが、ベルベットが、リーゼが、
皆が支えてくれてる。
ありがとう。
「ありがとう……皆」
♦
天空のフィールドでアルカディアはこれでも焦っていなかった。自分の眷属を倒すことはできない。絶対の自信があった。
「僕のアヴァロンはこの程度では破壊され─」
バキンッ!
アヴァロンから、異音が聴こえてきた。
「なに?」
バキッ、バキキッ!! バキッ!!!!
「そんな……バカな!?」
アルカディアは真の狼狽を見せた。嘘ではない。心の底からの驚愕を。
「グガアアアアアアアアアアァァァァ!!!!」
『ディグニトス』はアヴァロンを完全に噛み砕いた!! アルカディアの眷属は光の粒子となって霧散する。
「僕の、アヴァロン、が…………!!」
『眷属』を倒した。次の標的は召喚者─アルカディアだ。
「くっ!」
すぐに天空のフィールドから飛び降りる。
なんとか間一髪逃れることができた。『ディグニトス』は天空のフィールドを噛み砕いた後に、虚空へ消滅した。
危なかった……そう、安堵した時だった。
下から空へ飛びあがる存在がいた。こちらに急速に迫ってくる!
その正体はアスト。地上には魔物の姿のバハムート。彼を空へぶん投げた直後だった。
「アルカディア!! 決着をつけるぞ!」
「アストくん……!」
アストは風を切って空へ上りながら、天空へ手をかざす。
「現れろ! 希望を照らし出す魔法陣!!」
空に黒の魔法陣を展開。
「魔王の配下となりし暴力の化身よ。飢えるその身で世界を食らえ! 乾くその身で世界を飲み干せ!」
呼び出すはもう一体の支配している魔物だ!
「変更! 『暴食覇王 グランダラス』!!」
「ルラアアアアァァァ!」
地上にいたバハムートが光の粒子となって霧散。天空に出現した黒の魔法陣からはその代わりとなってグランダラスが現れる。覚醒した「魔王の力」で強化された新たなグランダラスだ!
「ル、ルラ!?」
だが、グランダラスは自分が召喚された場所が空だと知ると足をバタバタと動かしてもがく。このままでは落ちる。
だから……
「力を寄越せ! 『無限の造り手』!!」
「ルラ!? ルルル!!」
「はっ!? 了解!」と言わんばかりにグランダラスは光の粒子となってアストの右腕に纏われる。「籠手」の形となって。
アストの新たなる魔法武器、【グラトニードライ・ガントレット】。籠手にはアストの右眼と同じく不気味な紋様─「魔王の烙印」が刻まれている。
ここは地上ではない。グランダラスの魔法を使うためのエネルギーを補充できない。万物を喰らうことで魔法発動のためのエネルギーの補充を行えるのだから。
しかし、魔王の力で強化されたこれは……
「『世界を喰らえ! グランダラス!』」
【グラトニードライ・ガントレット】は空気を喰らっていく。籠手に刻まれた魔王の紋様が白く光った!
覚醒した「魔王の力」によってさらに強化されたこの魔法武器は「空気」を使ってでも魔力を補充して『強化魔法』を発動できるようになったのだ。
さぁ。勝負だ!!
「『インパクトファイカー』!!」
「『ロストアーク ─
ヘルストムバイルハザード』!」
落ちるアルカディアと上るアストの交錯。展開した防壁と超強化された拳の激突だ!
だが、それだけではなかった。
「『ロストセレナ ─
アトモスヴェルグキアーリカ』!」
『闇魔法』の闇の防壁の裏にさらに『光魔法』の光の防壁も追加。一枚でも反則級の魔法防壁が二重となった!
「この『アトモスヴェルグキアーリカ』は生物を通さない絶対の盾! 身体強化を使ってその身で攻撃してきた君には破ることはできない!」
「う、おおおおおおおぉぉぉぉぉ……!!!!」
その前に、アストは直感でわかってしまっていた。
『インパクトファイカー』の威力がいつもより弱い、と。どうやら空気を使っても発動できるようになった代わりに、空気を使用して発動した場合は威力が弱まってしまう代償があったようだ。
それだけではない。アルカディアは『魔法無効の防壁』の『闇魔法』を使ってきた。これでは……
ガンッ!!
アストの拳は防壁に頼りない音を響かせた。やはり、『インパクトファイカー』が無効化されている!
「アストくん。僕の勝ちだ!」
「いいや、まだ……終わってないぞ!!」
僕は【グラトニードライ・ガントレット】の新たな能力を使う。これを装備した時に、まるで初めから知っていたかのように能力の詳細が頭に入ってきたからわかっていたんだ。使いたくなかったが……どうやら使わないといけないらしい。
僕は命令する。
「『僕を喰え! グランダラス!』」
そう命令した瞬間。
アストの籠手を装備していた右腕がブシュッ! ブシュッッ!! と血飛沫を上げる。腕が傷ついていく。何か獰猛な獣の牙で噛まれているかのように。
そうすると、籠手にある魔王の紋様が…………赤く光った!
発動するのは『インパクトファイカー』ではない。使用者の肉体を激しく自損させて魔力を補充させた時のみ発動できるグランダラス第二の『強化魔法』!
「暴君よ、魔を喰らえ!」
アストは拳を振りかぶる。
「『インパクト・クルーエル・ブレイカー』!!」
新たに強化された右拳を突き出す! 再び『ヘルストムバイルハザード』と激突した。
「無駄だよ。僕の『ヘルストムバイルハザード』は君の魔法を無効にする!」
「無駄なのはそっちだ!!」
ピシッ! ピキ……ビキッ!!
アルカディアの防壁の『闇魔法』にヒビが入る。
「な!? どうしてだ……? なぜ君の魔法は無効化されていない!?」
「『インパクト・クルーエル・ブレイカー』はいかなる『防御』の干渉も受けない絶対の矛。お前の『闇魔法』だろうとそれが防御型の魔法術式なら、その『魔法を無効化する』という効果自体がこの魔法には効かないッ!!」
「な、なんだ、それ、は……!!」
アストの拳は『闇魔法』を破壊する。
そして二枚目の『光魔法』の防壁─『アトモスヴェルグキアーリカ』と激突する。
こちらも「生物を通さない」という身体強化攻撃を絶対に貫通させない効果を持っているが『防御型の魔法』である時点で『インパクト・クルーエル・ブレイカー』にその効果自体が効かない。
『光魔法』の防壁にもヒビが生じた。
「アストくん……君にもわかるだろ! 人は『不完全』なんだ。だから争う! 『完全』な存在にならなきゃいけないんだ!」
「たしかに。お前の言う通り『戦争』という過ちが存在している。多くの人がそれに悲しんでいる」
「だったら!」
「でも! 争い全てがいけないことなのか!? 人は争いから学ぶことだってある。争いの先に友好だってある。争いで得る物だってあるんだ! なにも戦争レベルのことをしろだなんて言ってない。口から出た言葉での言い合いだって『争い』だ! 喧嘩だって『争い』だ! 本当に大事なのは、その先で許しあって分かり合うことじゃないのか!?」
「線引きが必要なんだ! 一度全部リセットして、次に生まれる人類から『争い』や『怒り』という『無駄な心』そのものを消し去れば何もかも安心できるじゃないか! 誰かが傷つくことは絶対にないんだから。それこそが『完璧』な存在。それこそが『パーフェクトワールド』だ!」
『光魔法』にヒビが増える。
「『怒り』だって大切な感情だ! お前はそれすらも取り上げようとしている。人は、お前の操り人形なんかじゃない!!」
「不完全な人類は醜い! 君もそう思っているんじゃないのか!? 無駄なことばかりだ! その無駄を取り払う必要があるとは思わないのか!? 君も完全な存在になりたくはないのか!? アストくん!!」
「人は不完全だからこそ誰かと手を取り合って生きようとするんだ! 不完全だからこそ誰かのために生きようと、誰かと一緒に生きようと頑張れるんだ! 誰かを頼って、協力して、時には怒って争って、その先で許し笑いあって、そんな『不完全な証』こそが人の『生きている証』だ! お前は完全を目指してるんじゃない。人の不完全な部分を認められないだけなんだッ!!」
アストの拳は、『光魔法』の防壁を破壊した!
「僕は『支配』の魔王だ。お前が生み出す裁きを与える眷属を。お前が掲げる歪んだ思想を。お前が目指す完全世界を…………全て、全て!」
アストは空いていた左手を固く握りこむ。全魔力を込めて! 己の力最大で!!
「僕がお前の全てを支配してやるッッ!!!!」
アルカディアは防壁の魔法を二枚も突破された衝撃からか魔力制御を手放してしまう。魔力による防御が一瞬遅れる。
この魔王の拳を、防ぐ手立てが、ない。
「『不完全』を受け入れろおぉぉぉ!!
アルカディアあああああああァァァァ!!!!」
アルカディアの顔面に拳を、渾身の力で叩き込んだ!
ドンッ!と吹っ飛び、その先にあった校舎の壁をガンッ! バガンッ!! ズンッ!!と破壊し突き破っていく。
いくつか貫通していった後に、止まった。
貫通しなかった校舎の壁の一つに瓦礫と共にグッタリと背を預けて倒れる。魔力防御をまったくしていなかったところに身体強化を施した一撃を受けたせいで……気を失っていた。
またベルベットに抱き留めながら助けてもらってフワリと地上に降りたアストは倒れているアルカディアを見つめる。
「少しは……反省しろよ………………」
その拳で、初めての同士を、間違った親友を、打ち砕いた。
アストはアルカディアに勝利した。
アーロイン学院は、歓声に包まれた。




