138話 絆が紡ぎ出す守る力
アスト達がアヴァロンへと立ち向かう時、他の戦況も決する時がきた。
アンジュが走る。その後ろからニーズヘッグ6体が追う。
彼女の前には校舎の壁。追い込まれている。このまま走り続けても逃げることはできない。
「わたし、追われるよりも追う方が好きなんだけど」
「!」
ニーズヘッグは壁と挟んでアンジュを潰そうとするが、彼女は姿を消した。6体の竜はそこで動きを止めた。
アンジュは、
ト、ト、トンッ
校舎の壁を蹴り走り、上空へ逃げていた。
壁を走るという行為。何かの魔法を使ったのかと、見た者がいたなら疑うだろうが彼女は魔法の類は使用していない。彼女の優れた身体能力だ。
ニーズヘッグは上を見上げる。空からこちらを見下ろす破壊の女神を。
アンジュは空中で何かの詠唱を呟き魔法を発動。その手に魔力が集まって爪のような形状に変化する。
「死になよ」
ザグッッッッッッンンンン!!!!!!!
6体のニーズヘッグはまとめてバラバラになった。一瞬で絶命する。
そんな肉塊となった魔物にはもうなんの興味も示さずペロリと唇を濡らしてここからも見える竜神の姿を見る。
「つまらないなー。あっちの方に合流した方がよかったかな」
クスリと笑う。そこにいるんだろアスト、と。
「あれは君にあげるよ。期待を裏切らないでおくれよアスト」
♦
ジョーは竜の魔物が闊歩するこの空間をスタスタと歩く。慌てず。クールに。
そんなことを戦場でしていれば狙われるのは当然だ。2、3体のニーズヘッグが狙いを定める。
「良い男は魔物にも追われるってか。悲しい話だな」
それでも慌てない。格好つけるのを忘れない。
ニーズヘッグが蹴りを入れてくる。竜の力の前では生半可な身体強化など無意味と化す。
それを、バシンッッ!! と腕で弾いた。
強靭な肉体に洗練に洗練を加えた身体強化。さらに力の流れを上手く利用しての技術がそれを可能にしていた。
ガレオスには劣るかもしれないがベルベットなど魔法のスペシャリスト達にも負けない「体を使った戦闘技術」を持っているのだ。
超近接戦闘に特化した魔法使い。ジョーはそんなタイプだ。
「こんな俺にも弟子がいるんでなぁ。パーティ会場に遅れたら怒られちまうだろうが」
グッと、拳を引き絞る。力を溜め、溜め、溜め、溜め、溜める。
己の力最大。『ファルス』と魔力を使っての身体強化最大。さらには技術を総動員させて最も力が伝わるように。
これは、「日の国」出身だった自分の師匠が教えてくれた技。
「あばよ。『ハウス』だワン公。『破獄』!!」
普通の右ストレート。されど力という力を全て使ったその一撃はドォォン!!!! と砲弾で撃ったのかという音を響き渡らせた。
食らったニーズヘッグは胸を破裂させながら後ろに控えていた2体の竜ごと吹っ飛ばされる。
壁にぶち当たり、それでも尚壁の中にめり込むように進んでいく。壁が壊れるよりも早く、ニーズヘッグの体に限界が来た。グシャアアァ!と3体の竜の体がまとめて爆散して飛び散った。
「せっかく用意した服が汚れたじゃねぇか…………バカ野郎が」
パッパッと服についた土を落とす。ニーズヘッグの蹴りで付いてしまったものだ。
ジョーは竜神を見上げる。
「アストぉ。デケェ一発決めてみろ。男ならよぉ」
♦
アンリーは戦場を駆ける。すれ違うはニーズヘッグ。だが、すれ違っていった竜は
「『瞬間手術』」
ブツンッ─
即座に体の1パーツを切断されたかのように外されていく。翼を片方なくして飛べなくなり、体を真っ二つにされ、頭部を切り取られて、死亡する。
そんな異質な存在を竜は逃さない。15体の竜がアンリーを取り囲んだ。たとえ力に自信のある魔法使いでもBランクの魔物がここまで揃えばひとたまりもない。
アンリーの顔色は─
「女1人取り囲んで性欲盛んかサル共。悪いけどあたしはそんなに軽い女じゃねーんだよ」
アンリーは魔法で造り出した異空間から2つの武器を取り出す。
【骸剣 ガイストレーヴェン】
【空閃剣 インフィデスフォルト】
数十種類魔物の骸骨を組み合わせたような巨剣。
真っ白な彫刻のような細剣。
どちらも『特殊魔法武器』だった。
アンリーは魔人の世界に5人しかいないと言われる「第二種魔法工学技士」だ。ベルベットの特殊魔法武器を造ってあげているのも実は彼女なのである。
そして、アンリーは自分で自分の武器も造っている。彼女が有している『特殊魔法武器』の数は人には教えていないが百に届かんとするほどだとか
「消えろ。低ランクの雑魚共」
アンリーは魔力を注いで2本の特殊魔法武器を振るった。
【ガイストレーヴェン】を構成する骨の一つ一つが魔力に反応して光る。これらのその全てが別の魔物から取られた物。そして全てAランク以上の魔物の骨だ。
【インフィデスフォルト】は『移動魔法』を使って周囲約50mを瞬間移動することができる珍しいAランクの魔物『リーセンカイト』という魔物の素材を10体分集めて造り出した物。その素材全てを集約して高純度に仕上げた細い刃が光る
そしてその効果とは、
【ガイストレーヴェン】はあらゆる敵に有効打を与えられる粉砕の大剣。骨の一つ一つに別の属性の魔力が練りこまれていることで数十種類の魔法属性攻撃を一振りで繰り出すことができる。
【インフィデスフォルト】は自分の周囲100mにいる任意の対象を選択して、その全ての相手に対して離れていようとも攻撃を当てることができる能力を持っている。
それら二つを掛け合わせる。
【ガイストレーヴェン】の絶対粉砕の一撃が、【インフィデスフォルト】の効果によって自分の周りにいる15体のニーズヘッグに見舞われる。
火が燃え盛り、水滴が散り、雷が走り、地面が割れ、空間が凍る。
竜の体が一斉に潰れた。
血の雨と魔法の幻想的な光景の中心でアンリーは遠くにいる竜神を見上げる。
「さすがにアレまでやる気はねーぞ……。へっ、今回もおもしれー奇跡見せてくれんだろ、アスト」
♦
「光の舞踏会へ踏み入る 神秘宝石、光の一歩」
ミーティアの前には牙を煌めかせるニーズヘッグ。しかし、その牙が少女を裂くよりも詠唱が早かった。
「『ガラスの靴』!」
他人が聞けば珍妙な魔法名。それは2節の創造魔法。ミーティアの足に履かれたブーツは透明なガラスのヒールに変わる。
その瞬間。竜の前から消え去り、別の場所に彼女の姿はあった。術者にスピード強化を施す「身体強化」の創造魔法だ。
「開け! わたしだけの1ページ!!」
ミーティアは『禁呪』の発動準備に移る。「魔王の魔術書」のページが勢いよく捲れていき、とあるページで止まった。
『ミーティア様! ファイトですぞーっ!』
「『禁呪』の魔王ミーティア・メイザスが唱える!」
アルヴァス─【禁魔の杖】を振るい、詠唱に入った。
「我の名を刻め! 禁忌の扉を破りて出でる闇を掌握する 闇を破魔の光へと変換し 我は破壊の化身となろう 世界流転の理を裂きて空間を焼く 真名を掴みし魔の力は新たなる魔道を切り開く この身を触媒として光れ流星! 開け真なる魔王の次の世界を!」
禁断呪文の8節を唱えた。装填するはミーティアが持つ「禁呪」の中でも最強の一撃。
強大すぎる魔力を察してか、1体のニーズヘッグがその魔法を阻止しようと禁呪発動準備中のミーティアに迫る。
その前に、氷華が立ちはだかった。
キンッ─
腰に提げていた刀─【妖刀 凍空】を抜く。
瞬間、氷華の着ているアーロイン学院の制服が……彼岸花の柄が付いた和装に早変わりする。靴から下駄に変わり、頭には氷の結晶の髪飾りが現れる。
そういった外見だけの変化だけではなく、魔力も封印が解かれたように倍増した。
「『妖華 十二の花・一番』」
氷華はカランッッ!と下駄の音を立てて飛び上がる。
「『霙桜』」
冷気を纏う、美しい薄い蒼色の刀身が光る。
目にも止まらぬ斬速で放たれた一閃。ミーティアに迫ろうとしていたニーズヘッグの体は凍り、
パキイイィィンン
氷の粒となって割れた。粒が桜の花びらのように氷華の辺りに散る。その中で【凍空】を納めた。和装から学院の制服に変わり、倍増した魔力も元に戻る。
ミーティアと目が合う。頷いて「安心しろ」と伝えた。
こっちも準備が整った。とミーティアは返す。
放て。8節の禁断呪文!
「禁呪解放! 『グランミーティア』!!!!」
天空に黒の魔法陣を展開。そこから巨大な彗星の如き光が落ちる。
彗星は地上に激突。そこから激しい光の衝撃波を発生させて空間を舐めていく。
大魔法を地面に当てて衝撃波を発生させるなんて。こんなことをすれば周りの学院生も、ミーティア達も死んでしまう。
しかし、問題なかった。
「グオオオォォォォォォ!!!」
「ギャッギャギャ!!!」
ニーズヘッグのみがその衝撃波で灰塵と化していく。ミーティア達や付近にいた他の学院生達は衝撃波を食らっているにも関わらず平気だ。
ミーティア最強の8節禁断呪文『グランミーティア』は自分の敵のみを光によって討つ懲悪の禁断呪文。
自分の認識できていない敵や衝撃波の範囲外にいる敵まではこの効果の対象外となるが、この効果の対象内に入れば一度に大量の敵を屠ることができる殲滅破壊魔法だ。
それによって、ニーズヘッグ48体が死滅した。
「ティア。あそこまで届いてない」
「あ、ほんとだっ!」
氷華は空にいる竜神を指さす。どうやら『グランミーティア』の衝撃波の外にいたようだ。
「もう一度撃つ?」
「うん。準備する…………けど、」
ミーティアは竜神─正確には竜神がいる方角に目を向けた。
「きっと、大丈夫。アストくんがあそこにいると思うから」




