137話 今こそ立ち上がり集結せよ
「うぅ、だ、れか…………」
「…………」
「助けてくれー! こいつ、息してねえんだ!」
広大な敷地を持つアーロイン学院の校舎の一角。血を流してグッタリとする学生を担ぐ者がいた。1人は仲間である学生を背負い、1人は周りを警戒するも抵抗する力なんてとうに残っていない。
そこに、ニーズヘッグが姿を見せる。
「ひぃ…………!」
「あ、ああ、あああああ、あ」
足が頽れ、無様に失禁し、歯をガチガチと鳴らす。
自分達は学ぶ立場にある者なのだ。ただでさえBランクの魔物など相手にすることができないのに、こんなズタボロの姿で健闘すらあり得ない。奴にその気があるなら我が肉を毟り食われるだけだ。
グランダラスのように高い知能があるわけでもないのに、許しを請うてしまう。頭を下げ、助けてくださいと意味のない命乞いを。ニーズヘッグはその言葉の意味を理解できず前進する。
その瞬間、ニーズヘッグの首が切断された。
次に、翼、腕、足、胴体と切断されていき、バラバラの肉塊となった。
「は……………?」
泣き謝っていた学生は間抜けな声を出す。
「いやぁ、ついさっきまで寝ててね。どういう状況かさっぱりわからないんだ。教えてくれないかな?」
いつの間にか自分達の前には、黒い髪をなびかせ、お嬢様然とした雰囲気を纏わせていた女生徒がいた。
「あ、あ、」
その者は、
「ちょうど知ってる子の声がしたから、目が覚めちゃったよ」
「アンジュ・シスタリカ!!」
♦
~アーロイン学院・校舎入口~
「?」
ニーズヘッグは校舎の入口付近に顔を向ける。誰かがここに入ってきた。
入って来たなら食う。それだけだ。
だが、顔を向けた瞬間に顔をその何者かに殴り飛ばされた。
巨体を転がして、首の骨が折れたままビクンッビクンッと波打つ。
「おぃおぃ…………パーティがあるっていうから参加しに来たんだが、こりゃ随分と盛り上がってるなぁ。ハメ外しすぎじゃねぇかぁ?」
変な口調で、キザったらしく男は被っていた帽子をクイっと上げる。ギラリと光る目が、ニーズヘッグ達を貫く。
「創立記念パーティだったか? 外部からの参加者一名だ。受付がいねえみてぇだから勝手に入るぜワン公共」
ジョー・ハイビスが戦場と化したアーロイン学院へと入ってきた。
♦
~アーロイン学院・保健室~
「おい、金玉共!! あたしはここ出るからお前らしっかりやれよ!」
際限なく保健室に運び込まれてくる怪我人達。外から聞こえてきた爆発音に今の戦況が限りなく悪いものだと察する。アンリーは医療服を脱ぎ捨てて保健室を出て行こうとしていた。
「ちょ、主任! 怪我人がこの人数ですよ!? 勝手に出て行かないでください! っていうか戦えるんですか!?」
アンリーが外部から呼び寄せた、知り合いの医療チームの中の1人が弱音を吐く。それを他のスタッフが抑え込んだ。
「バカ! お前新入りだろ? 運が良かったな。アンリーさんが戦場に出るなんて珍しいぞ」
「え?」
「あの人、魔工なのにベルベット様と肩を並べるくらいに強いからな。戦場の方はこれで安心だ。俺らは俺らの仕事に集中するだけでいい。もう怪我人が運び込まれることはねぇと思うぜ」
「そ、そんなに……?」
若いスタッフが視線を送る中、アンリーはポキ、ポキ、と首を鳴らした。
「手術の時間だ。クソ野郎共」
唾を吐き捨て、アンリーは地を蹴った。
♦
~アーロイン学院・地下~
「おい! ここまで入って来たぞ!! もうここはダメだー!」
魔工の下級生が避難していた場所。そこにもニーズヘッグの魔の手が迫る。
とうとうバレてしまった。非戦闘員しかいないこの場所では誰も抗うことはできない。逃げられるところまで逃げるしかあるまい。たとえその先が行き止まりであっても。
「早く逃げろ!」
「押すなよ! おい!」
「ちょっと、早くしてよー!」
竜が前進する度に、慌ただしく逃げていく。しかし、こちらは大勢。逃げるにも手間取りすぎてニーズヘッグとの距離はぐんぐん近づく。
「ミっちゃんさん。早く逃げますわよ」
「う、うん」
逃げる学生達の最後尾にいたリーゼとミリー。早くしないと真っ先に喰われてしまう。それなのに……
「は、はわわ!! あべしっ!」
ズベッ!!とミリーはズッコケた。
「どうしてこんなところで得意のどんくささを発揮しますのー!!」
集団から置いて行かれたミリーに容赦のない竜の牙が。転んだだけではなくおまけにメガネも体で押し潰してしまったミリーに逃れる手段はない。
友人の力を覗いては。
「もう、仕方ありませんわね」
竜の首が飛んだ。血が噴水のように噴き出し、体は宿主を失いドサリと倒れる。
その前には真紅の剣を握っていたリーゼが立っていた。
金色の眼は……今や真っ赤な血のような真紅の色となっている。
「ほぇ…………リーゼ、ちゃん?」
「クスクス♪ お散歩にでも出かけてきますわ。最近の私、どうも運動不足気味でしたの。こっちの腕も鈍りましたかしら?」
リーゼは数十本の真紅の剣を生成して、ニヤリと嗤った。
「楽しい、楽しい、リハビリですわ♪」
♦
~アーロイン学院上空~
「ティア、学院に多数の魔力反応がある。これ、全部魔物。それに……デッカイ竜? みたいなのも見えるけど」
「うんっ! 氷華ちゃん、いこう!」
実は今の今までクエストで別の国に行っていたミーティアと氷華。
クエストを完了した後、自分のマジックフォンにアーロイン学院がピンチに陥っていると仲間の知らせを聞いて飛んできたのだ。クエストさえ完了すれば創立記念パーティに参加する予定だったので急いで帰る手段には困らなかった。
空を飛ぶことのできる「箒」の魔法道具に2人で乗って、文字通り上空から飛んでアーロイン学院に入ったミーティアと氷華。
2人は箒から飛び降りる!
ミーティアは魔法で造り出した異空間から魔法道具を取り出す。
取り出したのは真っ黒な鍵の形をした機械─「サタントリガー」だ。スイッチを押し、起動する。地上へ落ちるミーティアの手に、錠が施された黒い表紙の本が収まる。
「解放宣言!!」
『認証 サタントリガー・アクティブモード 解放─「魔王の魔術書」』
キータイプのサタントリガーを黒い表紙の本─「魔王の魔術書」に巻き付く鎖に施されていた錠の鍵穴に突っ込んだ。
「解錠!!」
「魔王の魔術書」を解き放つ!
それと同時に、さらに異空間から先端にギョロリとした眼が付いた黒い杖を取り出す。
「アルヴァス、いける?」
『もちろんですっ! 「禁呪」の魔王様のお通りですぞ~!』
今ここに、もう1人の魔王が戦場へ降り立った。
♦
アーロイン学院に力が集結していく。学院を守るために。学院を「救う」ために。
アストは魔力感知が熟練しているわけではない。無論、彼らの参戦を魔力感知で感じ取ることはできなかった。
それなのに不思議と、わかった。
なぜかは理由を説明できない。超常的な何かが、第六感的な何かが、起こったのかもしれない。
だが、たしかにわかったのだ。この学院を守ろうとする者達の意思を。立ち上がってくれた者達がいることを!
そして彼らは自分に言っている気がした。
お前の声はちゃんと届いている。
だから、お前も諦めるな、と。
「大丈夫。皆の声も、僕に届いてる。皆の声が、」
アストは【バルムンク】を構える。
「僕の背中を押してくれるんだ!!!!」
向けた刃の先にはアヴァロン。天から現れた竜神にしてアルカディアが召喚した眷属を標的にする。
いくぞ。全力を、受けてみろ!!
アストは3連続で『ファルス』を発動した!
それらは【バルムンク】に吸収されていき、黒の魔法陣を展開。剣に黒炎が纏われていく。
これしかない。神が立ちはだかるというのなら、神をも喰らう一撃を食らわせてやる!!
バハムートの最大の『闇魔法』にして、アストの持つ最強の切り札。
「『ブラックドラグレイド・ディグニトス』!!」
黒炎の剣を振るった。黒炎は巨大な竜の形を取る
『グギャガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!』
黒炎の竜は吠え、神へと突き進む!
「なんだあの魔法!?」
「す………っげ………」
「詠唱してなかったよね!? なにあれ!?」
彼が発動した魔法に誰もが驚愕する。
見たこともない魔法。詠唱なしに関わらずも感じる強大なエネルギー。属性魔法が使えないアストが使用した『闇魔法』。この学院の生徒が驚く要素は多すぎた。ベルベットもそうである。
(アスト……いつの間にこんな魔法を…………)
ベルベットでも見たことがない魔法術式。話ではアストがあのリーゼを倒したと聞いていたが、今になって納得がいった。これだ。これにリーゼはやられたのだ。
魔法の知識がある者はすぐにわかる。あれは「ヤバイ」。底知れない力がある。
これなら、もしかして…………?
誰しもの胸の中に期待が生まれた。
魔王を破れるのも、また魔王のみ。眷属に対抗するには、「魔王の力」だ。
黒炎の竜は空へ駆けていき、とうとうアヴァロンのところへ到達する。
ここでアヴァロンの『異能』─『絶対領域』が発動。召喚者のアルカディアが識る術式の魔法は全てが触れることなく消滅していく。
しかし、その異能を突き抜けた!
バハムートが使う魔法は未知。2回の転生により計3回もの人生を送っているアルカディアでさえも識ることのない魔法術式だった。
初めて、アヴァロンの『絶対領域』を破った魔法が現れた!!
「グギャガアアアアアアアアアアアァァァァ!!」
『ディグニトス』が体へ噛みつく!
アヴァロンの体をその炎で焼き、神々しい光を黒の闇で染めていく。
サイズで言えばアヴァロンの方が圧倒的に大きかった。
だが、顔、腕、体、翼、脚、尾……とその神を構築する全てのパーツが炎に飲み込まれて見えなくなる。
「いけえええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
『ディグニトス』の攻撃は炎で焼く、これだけではない。噛みついた相手を爆炎により攻撃する。それで決めるのだ!
ドッッッオオオオオォォォォンンンンッッ!!!!
黒炎が爆ぜた!!
アヴァロンを撃破した。あの神を、アストの力が打ち破った!
かに………………見えた。
爆炎による煙に包まれた「それ」は、翼を羽ばたき邪魔な煙を霧散させた。
「そん…………な………………嘘、だろ……」
アヴァロンは、健在していた。体のあちこちにヒビのような傷こそ見えるが大きなダメージはない。大して効いていないようだった。
勘違いしていた。先程の爆炎が『ディグニトス』による攻撃だと。
違った。神が鬱陶しいそれを攻撃して振り払った証だった。『ディグニトス』が爆ぜる寸前にアヴァロンの手が発光、逆に『ディグニトス』を爆散させたのだ。
アストは絶望する。その脚が失意で折れてしまう。
『ディグニトス』は最強の魔法だ。リーゼにだって勝てたんだ。それが、通用しないっていうのか? そ、それじゃ、もう……何をしても、
僕の力では………………この神には、アルカディアには、勝てない?
胸元のロザリオを握る。
嫌だ。諦めたくない。諦めちゃダメなんだ。負けたくない。アルカディアに負けたくない……!
学院を、皆を、守りたい…………!!
そう思った時、一つの解が頭に降りた。
ハッとして、自分の手札を見つめなおす。
まだだ……まだ、終わらないぞ。
僕の力じゃアヴァロンは倒せない。そう、倒せないんだ。
僕、1人の力では……!
「頼む! 皆の力を貸してほしい!!」
アストは呼びかける。立てない仲間達に。もう一度鼓舞する。立ってくれ。そう叫ぶ。
「さっきの魔法をもう一度発動する。皆はその進行上に魔法を撃ってほしい! できるだけ多く、強い魔法を!!」
アストの脳裏に勝利の光景が浮かんだ。
だが、それは1人では不可能。アスト1人の力では無理なのだ。
皆の力がなければ……救世の竜神、アヴァロンには勝てない。
しかし、突然そう言われて誰ができる。この絶望の中で、誰が戦える。
意味不明な指示もそうだが、アストはアルカディアほどの人望を持っていない。英雄でもない。それよりも真逆のような存在だ。最底辺の学院生。そんな奴が呼びかけてもこの絶望を振り払えない。
『ディグニトス』が通用しなかったのがマズかった。あれのせいで今度こそ誰の目にも諦めの色が濃くなってしまったのだ。
それは仕方がない。だからアストは、
「あいつは1人の力ではどうにもならない。僕1人じゃ学院を守るなんてできっこない。1人の力には限界があるんだ。皆の力がないと奴には勝てないんだ。でも、どうしても戦えないというのなら、聞いてくれ」
語る。人の力を借りることは簡単ではない。
「諦めそうになった時、まずは立ってくれ。どれだけ痛くたって、体が千切れそうになったって、自分の脚で立ってくれ」
勇気を伝播させる。自分を何度も救ってくれた勇気の言葉を。
「立てたなら、今度は前を向いてくれ。下を見ていても何もできない。前を向いて……敵を見るんだ。自分の倒すべき敵を」
皆がアストを見つめる。勇気の言葉を噛みしめる。
「前を向けたなら、今度は決めるんだ。自分がやるべきことを。その敵をどうしたいか、自分は何のために戦うのかを」
アストは拳を握る。想いも言葉に乗せる。
「そうすれば、皆はまだ、」
想いも伝える。
「戦えるんだ!!」
想いは届いたのか。誰もが言葉をなくして固まる。
けれど誰も、立とうとしない。
無理、なのか…………。
「魔法を、撃てばいいんですか?」
え。
声の方にアストは向いた。
魔女コースの男子学生。ガクガクと震える脚で立っていて、手に持っている杖を強く握りしめていた。
「ぼ、僕、この学院が好きで、小さい頃からずっと入りたくて、憧れで、だから、だから…………守りたい。怖いけど、死にたくないけど、諦めたくないんです……!」
涙を溜めた目をグシグシと腕で拭い、意思を伝えてくる。「諦めたくない」。そう伝える。
は、はは、こんなところに、勇者がいた。こんな誰もが立てない状況で立ってくれた。僕なんかよりもずっとカッコイイ、ずっと強い、諦めない勇者がいてくれた。
「私も、この学院好きだし。壊されたく、ない……」
「やられっぱなしはムカつくしなー」
「一発かましてやろうぜ!」
「アスト・ローゼンだったか? 協力すんぜ!」
「悪かった。ちょっと諦めてたわ。ありがとよ!」
「アストくん。私も協力する!」
立つ。立つ。立ってくれる。次々と。勇者が現れる。
そうだ。皆そうなんだ。僕だけじゃない。皆守りたいんだ。この場所を。
僕だけじゃ、ないんだ。
涙が出てきそうになるのを抑える。
さぁ立ち向かおう。皆で。神へと。
いくぞアルカディア……決着の時だ!




