130話 『救世の担い手』
「アスト、今助けに行くわ!」
地上。ベルベットは元凶のアルカディアに空へと運ばれるアストを見た。
アストから「他の人を助けてくれ」と言われたから別行動を取っていたのだが、アストの身に危険が迫るとなればこうしてはいられない。すぐにアストの下へと行こうとする。
「待てベルベット!!!!」
さぁ飛ぶぞ、というところで最早聞き慣れてしまったいつもの静止の声を聞く。声の主は当たり前のようにガレオスだ。
「今度は何? いい加減あんたのそれウザくなってきたんだけど。私が大将の首ぶっ叩けば終わる話じゃない」
「その前にこちらがもたない。お前は竜との戦闘に集中しろ。こちらの手が足りなさすぎる」
「魔法騎士団は? 当然呼んでるんでしょ?」
「現在何者かによって魔法騎士団の建物を囲むように閉鎖効果の結界が張られている。ここに援軍が来るには時間が必要だ。今のままでは耐えられん。……お前のとこの使用人はどうだ?」
「ダメ。さっきから通信かけてるけど応答なし。多分だけどそっちも結界張られてるわね」
「ならば、お前が手を貸せ。それ以外あるまい」
「…………」
それは本心か?
別に結界が張られていることを疑うわけではない。ここまで大きなことを起こすなら魔法騎士団や自分のところの使用人を封じ込めるのは第一手にしなければいけないことだからだ。「未熟な学生達」という欠点を解消するほどの多くのプロの魔法騎士。それに来られては大勢に影響する。
ベルベットが訝しんでいるのは、どうにも自分をアストの下へと行かせないようにしている風にしか見えないことなのだ。
けれど、ここでアストのところへ行けば彼─アストは怒るだろう。自分より他の人を助けてくれ。そう言うに決まっている。
「しょうがないわね。あれニーズヘッグでしょ? 数は?」
「およそ80。だが数がまったく減らん。おそらくどこからか無尽蔵に湧いて出ている。倒したそばから補充されているぞ」
80か。これはたしかに絶望的な数だ。Bランクの魔物とは普通のプロでもよほど力に自信がある者でなければチームを組んで戦う想定とされている。それが80というのは本気でアーロイン学院を消そうとしている。
「ベルベット。まず、お前は竜を倒しながら学院長を安全な場所へ避難させてくれ。学院長室にいるはずだ」
「はぁ!? あのジジイまだそんなところにいるの? ったく、了解」
ベルベットは杖を出して、学院長室へと向かう。
ガレオスは空を見た。アストとアルカディアが戦っている場を。
(アスト・ローゼン、見せてもらうぞ。最大の試練を。お前が真に世界を救いたいと言うのなら退けてみろ。この災禍を)
「ひ、ひぃい!!」
「む……?」
ガレオスの逸れた気を引っぱたく悲鳴。
そこに視線を投げるとニーズヘッグに喰われそうになっている学生が1人いた。学生は足から血を流している。これではその一撃は避けられない。
ガレオスは瞬時に動き、ニーズヘッグの首を掴む。
「ふん!!!!!!!!!」
腕の筋肉が膨張。ミチ……ミシリ、と竜の首に食い込まんとするほど強き握力で掴む。
そのまま…………竜の首を地面に叩きつけた!!
学生の方ではなくニーズヘッグが悲鳴を上げる。自分よりも小さき存在に捻じ伏せられる屈辱を味わうこととなった。
「保健室に行け。治療を受けろ」
「は、はいぃぃ!! ありがとうございますガレオス様ぁ!!」
強き者は弱き者を守らねばならない。邪魔だから戦場に出るなと言いたいが、この状況ではそうもいかない。
己の力が届く限りの範囲だが、全てを捻じ伏せるしかない。
「うわぁ……あいつ、身体強化もかけないで竜をぶっ倒すとか頭おかしいわ」
今の一部始終を移動しながら見ていたベルベットは軽く引く。あれで『ファルス』を使っていないというのだから信じられない。
おっといけないいけない。そんなこと今はどうでもいいのだ。学院長室に向かわねば。
(アルカディア・ガイウスの祖父っていうなら今回のことも何か知ってたんじゃないの? 頼むからアルカディアの仲間ですなんてオチは勘弁よ……)
現学院長は元凶のアルカディアの祖父。ベルベットは敵のふところに進んでいる感じがしてならなかった。憂鬱な気持ちを隠しながら足を速める。
♦
「『ロストアーク ─ メルディオーティス』」
アストとアルカディアの戦いが始まった。
開幕と同時に暗黒球がアストに撃ち放たれる。アストは避けるか、魔力で防御か、の選択肢を頭の中で選び取る。
ハッキリ言って選ぶまでもない2択だが……
(アスト、あの魔法は防御できない! 避けろ!!)
ムウの声が頭に響く。アレンが黙っているところを見ると彼は今眠ってしまっているのか。彼の支援は期待できなさそうだ。ムウがサポートしてくれるというのなら助かる。
だが、早速の指示の内容に驚く。元から避けるつもりだったが、まさか防御不可能と来たか。
アストは横に飛び込むようにして暗黒球を回避。
「我が力を闇へ捧げる 敵の力を破壊する暗黒の法」
するとアルカディアは休みなく次なる魔法の詠唱を済ませる。
「『ロストアーク ─ ディセンブルアクトルヘー』」
そして魔法発動。アルカディアの体に「闇」が纏われる。次は何が来る?
「ふふ。君に僕の『ロストアーク』を攻略できるかな?」
アルカディアは走り出した。闇を纏った拳を突き出してくる。
打撃による攻撃。それなら無理に避ける必要はない。ここは魔力を厚く纏って防御の構え。防いで隙を見つけるなり反撃を狙う作戦だ。
(アスト、ダメだ!)
「え?」
ムウからの否定。この対応が失敗というのか?
その答えはアルカディアの拳を受けることで判明した。
ズンッ…………!!
「っ……………ぇあ!!」
拳は難なく、紙でも引き裂いたかのように僕のガードを突き破る。腹を打ち上空へ打ち上げられた。
魔力を多く纏っておいた。『ファルス』だって開戦直後から使っていてその効力が切れているはずはない。
ここまで防御のカードを揃えているのに拳一発で突き崩されるなんて……!
「『ディセンブルアクトルヘー』は身体強化の『ロストアーク』。任意の相手を選択し、その相手よりも移動速度は必ず速くなり、その相手の防御より必ず強い打撃を打てるようになる『闇魔法』さ」
肉弾戦で必ず相手の上位互換となれる『闇魔法』!?
じゃあどれだけ防御を高めてもアルカディアは拳を一つ打つだけで簡単に崩せるようになっているというのか? バカげている!
アルカディアは上空へ飛翔。打ち上げられたアストへ蹴りを放つ!
アストは防御するが、『ディセンブルアクトルヘー』の効果によって防御は空しく崩壊。このフィールドの地面へと叩きつけられた。
「束縛せよ暗黒の鎖 自由を破壊する暗黒の法」
アルカディアはまたも詠唱。
「『ロストアーク ─ クロムオーバルヴォリムション』」
立ち上がったばかりのアストへ魔法がかけられる。アストは戦いの最中だというのにその場でピタリと動きを止める。
(おいアストっ! 止まったら危険だぞ!)
「体が、う、動かない……!」
(なに!?)
金縛りにあうかのごとく自由を封じられている。指一本すら動かない。まるで体の動かし方でも忘れてしまったのかと聞きたいほど。
そこにアルカディアは再び『メルディオーティス』を撃ってきた! 防御不可能の暗黒球を!
「く、そ、ぉぉぉぉ………………!!!!」
ドオオオオオオオオオォォォォォオォンンンンン!!!!
直撃。黒の爆発がアストの体を覆いつくした。
アストは……
「あ……ぐ、……………ぁ…………」
死んでいなかった。倒れ伏すもしっかりと生きている。
『メルディオーティス』により直撃した瞬間に『ファルス』は解除。纏っていた魔力も霧散した。その状態で「3節の闇魔法」であるこの攻撃を受けても四肢は欠損しておらず、致命傷を受けていないのはどういうことか。
アストの胸にあるロザリオに埋め込まれた宝石─「血晶石」が光っていた。
「なるほど。魔法道具で『闇魔法』の威力を軽減したのか。『メルディオーティス』は一定以上の阻む『力』を破壊できるけど、『魔法道具の機能』までは解除できないんだ。運が良かったね」
アルカディアはパチパチと拍手してアストを祝福する。ほんの少しばかりもその祝福を喜べない。
カルナ…………僕を守ってくれたんだね。ありがとう。
このロザリオにそんな機能があったのか。魔法に対してほぼほぼ無防備な自分を案じて作ってくれたのだろう。とてもありがたい。
カルナもここで見守ってくれている。なら、いつまでも寝ていられない。
アストは立つ。自らの足で。
「ここまでの力の差を感じても立ってくるとは。ある程度『ロストアーク』を見た者は絶望して諦めるばかりだった。諦めなかったのは、この時代では君が初めてだよ」
「…………『この時代』?」
「ご褒美だよアストくん。面白いものを見せてあげよう」
アルカディアはポケットから何かを取り出した。
「指輪」……のようにも見える。白と黒の2色がちょうど半分ずつに分けられた不思議な宝石が埋め込まれた指輪。
それを指に装備する。こんな時にオシャレだなんてことはない。あれは確実に「魔法道具」だ。
強力な魔法を持っているのに魔法道具なんて使う必要があるのかとも思うが……
「これも運命なんだろうね。君が僕と同じ力を手にしたのは。君が、選ばれたのは」
何を…………言っている?
アルカディアはフッと笑い、指輪にはめられている宝石をカチ……カチッ……カチリッと180°回転させた。白と黒の位置が反転する。
それは、魔法道具起動のスイッチだった。
「解放宣言」
「認証 サタントリガー・アクティブモード 解放─『魔王の心臓』」
「なっ!? なん、だって…………!?」
サタントリガー! そ、それに…………
魔王の心臓!?
ありえない。ありえるわけがない。だってそれは僕が持っている「魔王の力」のはず。それなのに……どうしてお前が……!
アルカディアはドクンッ!と一つ体を跳ねさせ、底知れない「闇」を内包させる。
その「闇」は『闇魔法』ではない。そんなものではない「何か」。その「何か」は自分がよく知っている物だ。
わかる。わかってしまう。あれは嘘でもなんでもない。正真正銘「魔王の力」だ。自分が使ってきたから目の前にして一目でわかる。
アルカディアは虚空に手をかざす。
まさか。「魔王の心臓」ということは。
その能力は……!
「顕現せよ。世界を終焉へと導く救世の魔法陣」
アルカディアの頭上に黒の魔法陣が現れる。彼の右眼に不気味な紋様─「魔王の烙印」が刻まれる。
ああ…………あぁ……、これ、は……………
「天裂く地の王竜。地上を破壊せし化身は闇を手に入れる。紅蓮大火の瞳を漆黒に染め、この世界の罪なる大地を燃やせ!!」
やめろ。やめてくれ。来てしまう。
「支配」された魔物が!!!!
「『破滅魔竜 ファフニール』!!!!」
「ゴガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」
黒の魔法陣を引き裂きこの天空のフィールドに降り立った。バハムートと同じサイズほどの暴竜が。
何も攻撃を通すことのなさそうな巨躯。振るうだけであらゆる物を粉砕しそうな尾。全てを砕く牙、生物的強者の眼。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が高鳴る。興奮? バカな。
「恐怖」だ。
「『救世の担い手』」
アルカディアはファフニールに向けてを手をかざし、唱えた。ファフニールは王に従うように一つ吠える。
暴竜は光の粒子になった。その光の粒子は彼の前に集まっていく。それは「剣」の形を取る。
これも、僕の「無限の造り手」と同じだ!
アルカディアはそれを手に取った。振るい、姿を見せる。
「【破滅魔剣 グラム】」
漆黒の柄。刃は紅黒く発光して煌々と輝いていた。一度振るうと紅の光が火花のように散る。
「僕も君と同じ『支配』の魔王さ」
「同じ力を持つ魔王後継者が存在しているのか? そんなこと初めて知ったけど……」
「いいや。そんなことはない。どの時代にも、『魔王の力』が重複したことなんてないよ」
「じゃあなんでお前は……! お前は何者なんだ!!」
アストの狼狽は予想通りだった。アルカディアは不敵な笑みで応える。
「僕の正体は─」
・詳細レポート「破滅魔竜 ファフニール」
「支配」の魔王─アルカディアが所有する魔物。元は「破滅竜 ファフニール」という魔物だったが、これは「魔王の力」─「支配」によって強化された姿。現在確認されている魔王の配下となったファフニールの推定ランクは不明だが、元のランクは「Aランク」とされている。
『炎魔法』の魔力を有しており、吐き出す炎のブレスは生半可な防御魔法なら、防御ごと術者を跡形もなく焼き消すことができ、かの竜王たるバハムートと同じく皮膚には耐魔法性能が備わっている。その力から、「天空の竜王」と呼ばれるバハムートと対をなすように「地上の竜王」と呼ばれている。
バハムートよりランクは下に設定されているがファフニールも体内に多く魔力を保有している高位の魔物なのでアルカディアの所有する彼(彼女?)も人の姿をとれるらしいが…………




