128話 それぞれの戦場
「なんなんだよこれは……どうなってる!?」
ガイトは音楽室から外に飛び出した。アストから警戒しておいてくれというメールは受け取ったが、これは予想外すぎる。
なんたって外では、大量の竜が暴れ狂っていたのだから。
校舎を破壊し、地を闊歩し、生徒を襲っている。応戦している姿も多く見えるが、竜の数が多すぎる。戦争のような絵になってしまっていた。
自分も早く加勢しよう。そう思った矢先だった。
「ガイトくん、だったかな。君を探してたんだ」
上から声がした。見下ろすその存在。
「アルカディア・ガイウス……」
生徒会長だ。アストのメールには彼が事情を知っている味方だと書かれていた。それを信じるならばここで協力して事に当たるべきだ。
が、ガイトもバカではない。今この状況で誰にも加勢に行っておらず、上空で戦況を眺めていたこの存在を見過ごせなかった。
察するのに、数秒とすら要らない。
「お前がこのふざけた事態を起こした犯人なのか?」
「そうだと言ったら?」
「なんだ、お前をやれば終わりじゃねえか。ラスボスさんが自分から来てくれるなんて良心的だ」
ガイトは魔法武器【ディリゲント】を装備する。
「ラスボス? 僕はそんなものじゃないよ」
アルカディアは魔法武器を装備しない。素手のままだ。
しかし、強力な魔法使いは素手でもありとあらゆる攻撃ができることは誰でも知っている。「魔法」があるならば。
「僕はこの世界を救う『救世主』さ。…………君にはここで死んでもらう。『魔王』のために」
魔王……?
ガイトはそのワードに気を取られるが、すぐに集中する。
「物騒なヒーローだな……!」
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「ったく、キリがねえなぁ……! おい、そこの患者よりこっちを早く診ろ! ちんたらすんな! ああクソ。ベルベットのアホはどこ行ってんだよ……」
アーロイン学院の保健室には際限なく怪我人が運び込まれてきている。そのためアンリーはてんてこ舞いになっていた。
現在、重要な場所を防衛しながらの戦闘をアーロイン学院関係者は強いられていた。保健室もその一つだ。
アーロイン学院は城の形をしている。そのためか籠城戦のような様相をしていた。
「竜」と「魔法使い」の戦い。
この戦い、相手が「魔物」という点からして一見すると魔法使い側が有利に思える。
それは間違い。これも考えればすぐわかることだが魔法使い側に多くの不利な点が存在する。
まず単純に、ごくごく普通の話。「守る側」より「攻める側」の方が有利だ。
攻める側は勝手に都合を決めて攻撃することができる。休もうと思えば休み、徒党を組んで集団になって襲うこともできる。近づいて攻撃しようが遠くから攻撃しようが好き放題できる。常に先手を取れる。挙げれば無数だ。
守る側とはそれ全てに対応を要求される。しかも取捨選択の時間は限りなく少ない。数秒単位で戦況が変わりゆく。どちらが疲弊するかは明白だ。
守る側もそれらを捌き、むしろ潰していくことで堪え切ることができたなら有利不利は逆転する。疲弊するのは攻撃の方。
しかし、ここで第二の不利な点。「未熟な者が多すぎる」のだ。
ここはアーロイン「学院」。魔法使いのプロではなく、その卵ばかり。
歴戦の手練れが多く揃えばたとえ守る側だとしても攻撃を受け切れるだろう。それどころか「向こうから来てくれるとは手間が省ける」なんて感想を漏らす者もいるかもしれない。
残念だがそうではない。手練れはいようとも、その「個の力」だけでは庇い切れないほどに未熟な者の数が多すぎるのだ。
戦う時間が増えれば増えるほど犠牲者も増えていく。どこかに綻びが生じて敵が中まで攻めてくる事態になってしまえば別の場所にいる者が対応に向かわなければならない。
簡単な言葉で言い表すならば「足を引っ張っている」のだ。
これだけではないが、考えれば考えるほど不利な点は溢れる。
(マズイぞ…………この竜をまとめて相手できるような奴が何人も欲しい。それか、こんなクソみたいなことを起こした首謀者を直接ぶっ叩けるような奴か……)
アンリーは熟考するが、何度頭を巡らせても思いつくのはベルベット。それがいないのだから腹も立つ。
さらには自分がここで治療に集中しているのもそうだが、「魔工」は基本的に後方支援に徹底するようになっている。1年生の魔工ともなれば校舎内の中に避難している。
1年生の魔工……最悪なことに「リーゼ」もその対象になってしまっている。戦闘が始まった途端に避難が始まった。
するとどうだ。リーゼまですたこらさっさと逃げていきやがった! しかもけっこう早足で! 1人でも実力者が欲しいこの状況でだ。
(あいつ次会ったら泣くまで尻ぶっ叩いてやろうか……!)
アンリーはイライラと共に患者を向かっていった。
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「…………ここで良いでしょう」
逃走中だった生徒会副会長改め「謎の魔人」─カチュア・リールフェイズは人気の少ないところまで移動したと確認するや、足を止める。羽織っていた白のローブのフードを外してフーッと息を吐いた。
全てはあの方のため。今までマジックトリガーをバラまいてきたのも。アスト・ローゼンを絶望させるためにカルナ・ローラル・ベリツヴェルンと戦わせ殺させたのも。ここまで逃げると見せかけて、アスト達を「竜魔争乱」の舞台である学院から遠ざけたのも。
「謎の魔人」として活動してきたのは、全てはアルカディアのとある計画のためだ。
今回の自分の仕事はあと1つだけ。ここまでおびき寄せた者と交戦すること。
足止めだけで良い、と言われているがカチュアは全員をここで葬り去るつもりだった。
しかし、追ってきていたメンバーを魔力感知で確認しておいたが……その中にベルベット・ローゼンファリスもいた。
負けるつもりはないと言いたいがベルベットも相手となれば難しい。どれだけ持ちこたえられるかといったところか。
そこまで冷静に分析すると、背後に魔力を感知する。来たか。
「とうとう観念したようね。カチュア・リールフェイズ! あたし達が相手よ!!」
「あの時の借りを返す」
振り返った時、自分の相手となる者達が視界に入る。その次には……目を見開いて驚きを示した。
「カナリア・ロベリールにライハ・フォルナッド…………ね。アスト・ローゼンとベルベット・ローゼンファリスはどこに行ったの? 遅すぎて置いてきた?」
学院にいる時は丁寧な言葉を使っていたが最早自分を繕う必要はない。本来の自分の喋り方に戻る。生徒会副会長としてではなく、謎の魔人としての。
「さぁ? 用事でも思い出して帰っちゃったんじゃない?」
「わたしとカナリアで充分」
その答えを聞いた時、チッと舌打ちが漏れた。気づかれたか、と。
アスト・ローゼンとベルベット・ローゼンファリスが学院の方へと戻った。おそらくアストが土壇場で気づいたのだ。アルカディアが学院で何かをしようとしていると。
でも、心配はない。構わない。
なぜならアスト・ローゼンが途中で気づいて学院に戻っていくことすらアルカディアの描くシナリオにあるのだから。
なら、自分の仕事を全うしよう。
「2人で充分? この私に? 魔女だからってバカにしすぎね。魔法騎士の卵さん」
自分の前に、1年生の魔法騎士が2人。そして自分は、3年生の魔女。
これが意味することは何か。魔法騎士と魔女では戦闘的に優位なのは近接戦闘を行える魔法騎士だから自分が不利?
いやいや。違う。
瞬間、カチュアの魔力が膨れ上がった!! カナリアとライハは大きな圧力に晒される。
(な…………!? これがカチュア・リールフェイズの本来の魔力? 普段は隠してたってわけ!?)
(なんて魔力……!!)
目の前にしてるだけで首でも掴まれているかのように苦しくなる。ビリビリ……!と空気が啼いていると錯覚する。
多くの経験を積んで魔法を磨きに磨いた3年生の実力。それどころではない。カチュアはほとんどの力をセーブしても尚、アーロイン学院の生徒会副会長に就任するほどの力を持っていた。
それを解放したならば、学生という枠組みに収まるわけがない。その力は完全に未知数だ。
「アルカディア様…………貴方のために、この力を振るいます」
カナリアとライハ、それに対する「謎の魔人」ことカチュアの戦いが始まった。




