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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第1章 ヴェロニカ編
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125話 革命前夜



「あじゅとー!!! うえーん! あじゅ、あじゅじゅじゅー!」


 この奇声じみた声を発しているのは誰か。ええ、皆さんご存知変人ベルベットさんです。学校も終わったのでベルベットの部屋に寄ったのだ。


 ベルベットは僕にしがみついて、泣き喚いて、あじゅあじゅ言ってる。多分僕の名前呼んでるんだろうけど一歩違ったらこんなの魔物の鳴き声だ。


 こうなったのも僕のせいでもある。学内戦で無茶したから。

 ベルベットが知らずにこんな状態になってたなら、そりゃアンリーさんも保健室に入れようとしないよな。怪我が治ってないところにこんなのが来たらトドメになる。


「ごめんね。心配させて」


「無事でよがったぁ~! かっごよがった~! 見てて辛かった~!」


 言葉がバラバラで何が言いたいのかよくわからない。情報過多だ。

 

 これでは永遠にこのままなのでなんとか泣き止ませて落ち着かせた。すんすん言ってるが大分マシになった。


「ジョーさんにも次会った時にお礼言わないと。カウンターバースト。あれのおかげで勝てたから」


「そう、それ! すごかったわよ! あんなの土壇場で成功させるなんて」


「奇跡に近かったけどね。もう一度やれって言われたら絶対無理」


 学内戦を決着づけた必殺技。カウンターバーストは戦いの中で完成させていくには無謀すぎた。グールスを倒すにはあの技しかなかったけれど。

 そのことを踏まえても、きっかけをくれたジョーさんには感謝しきれない。アレンも「魔王の力」も頼れないあの場では最後の(とりで)だった。あれがなかったら勝利の糸口すらなかったんだから。


 

 元気な姿を見せよう、というわけではないがせっかくだし晩御飯を一緒に食べた。ベルベットを手料理を作りたがっていたがそんなことしたらまた保健室に送られることになるので回避。パンを買っておいた。

 晩御飯も終わり、腹も膨れたところで。


「今日は回復した姿を見せるために寄っただけだから。帰るよ。時間も遅いし」


「えー! もっといればいいのに! つまんなーい!!」


「遠くに行くわけじゃないんだから。それじゃ」


「あ……」


 アストは帰っていった。消える背中に手を伸ばしてしまう。

 ベルベットはガレオスの言葉を思い出した。




『この学院に、アスト・ローゼンに、大きな試練が訪れる。覚えていろ。もう時は動き出しているとな』




 試練。あの学内戦のことかと思っていたが違う。アストには危機が訪れたが学院が危機に陥ったわけではない。


 それに、



『一歩間違えればこの学院は崩壊。そして多くの生徒や教師が命を落とす。まさに厄災だ』



 ああまで言っていたのだから。まだ、その試練は訪れていないというわけだ。


(アスト……大丈夫よね? もう、無茶しないでね……)


 また涙が出てきそうになる。どうしてこの世界は彼に苦難を強いるのか。

 もしくは、ガレオスの言うことは正しいのかも。


 「人間と魔人の共存」という、今の世界へのある種の反乱を企てる者への試練。


 世界を変える資格があるかどうか。神か、はたまた魔王か。「世界を視る者」から「足掻(あが)く者」への託宣(たくせん)。「お前はそれでも進むのか?」。


 私はどうするべきなのか。彼の傍で何かできないか。見守ることしかできないのか。


 今度の試練は、彼にどんな苦難を強いるのか。




   ♦



 

「アストくん。謎の魔人の件はどうかな? 順調かい?」


「うん。そろそろ、辿り着くかもしれない」


 次の日。僕は昼休みに生徒会室に来てアルカディアと話していた。

 リーゼの魔法道具の件は話せないけど、動き出せる日が近づいてきていることだけはアルカディアにも伝えていいだろう。


「そうか。力になれないことを悔やんでいたんだ。順調で何よりだよ」


「悔やんでいただなんてそんな」


「僕は生徒会長だ。この学院に悪がいるなら排除しなきゃいけないからね。犯人が判明した時、その時は絶対に力になるよ」


 力強い目。その目には一切の曇りがない。透き通った、綺麗な光だ。


「アルカディアはすごいね。まるで正義のヒーローみたいだ」


「そう言ってくれるとありがたい。僕は…………子供の頃からヒーローになりたかったから」


「アルカディアが?」


「うん。世界を救う、そんなヒーローに」


 なれる。なれるよ。アルカディアなら。そして僕も、なりたいものだ。そんな大それた存在に。


 ちっぽけな力でも。いつか大きな力に。平凡な存在でも。いつかかけがえのない何かに。

 ここに2人のヒーロー予備軍。その「いつか」を待つ小さな革命者だ。


「アルカディア様。お茶です」


「ありがとう。アストくんにも出してあげて」


「…………」


 カチュアさんはアルカディアの前にカチャリと湯気を立てているティーカップを。僕の前にドンとペットボトル─コーラを出す。すごい扱いの格差だけど貰えるだけでありがたいので文句は言わない。言わないとも。

 若干コーラが振られてたのかキャップ開けたら勢いよく溢れて手が汚れた。文句言っていいですか?

 だが文句言う前にカチュアさんは別室に消えていった。逃げられた……。


「ところでアストくんはベルベット先生に拾われたんだよね? どうしてあの人は君に『アスト・ローゼン』って名前を付けたんだい?」


 僕が溢れようとするコーラを必死にグビグビシュワシュワ飲んでいると変な質問が飛んできた。

 名前の由来かぁ……。

 『ローゼン』っていうのはベルベットの『ローゼンファリス』と同じにしたら変に注目を集めるから微妙に変化させたんだろうけど……『アスト』の方は……うーん、どうしてそんな名前を付けられたのだろうか。


「そういえば聞いたことないな~。なんでだろ」


 気にしたこともなかった。今日からあなたの名前はこれだよ、って感じで言われたからそういうもんなんだと。

 記憶がないから気にする暇がなかったっていうのもある。生きる術や魔法を覚えなきゃとあの頃は鬼気迫っていたから。

 アスト。アスト。今度暇な時があって、尚且(なおか)つ覚えていたら聞いてみよう。多分忘れてるだろうけどなぁ。知らなくても良いことだから。


 僕は飲み干したコーラのペットボトルを置く。僕は今日話しておかないといけないことがあってここに来たんだ。


「アルカディア。謎の魔人がもし見つかったら手を借りるかもしれない。でも、その前にアルカディアに接触される可能性がある」


「自分に?」


「うん。あいつは僕を狙ってると思う。それならこうして会ってるアルカディアや……カチュアさんも標的(ターゲット)になってるかも。良い迷惑かもしれないけど、絶対にそいつの言うことは聞いちゃダメだ」


 奴は人の心に根差すような言葉と共にマジックトリガーを押し付けてくる。重要なのはそれを押しのける強い心だ。


 かつてガイトは操られることになった。だから、もしかしたらアルカディアと敵対させられることだってありえる。

 アルカディアの持つ「救世願望」を利用してくるかもしれない。世界を救う力が欲しいなら、とか。


「大丈夫。僕は悪には(まど)わされない。ここにいるカチュアに悪の手が迫っても、僕が守る。だからアストくんは何より自分の身の心配をするんだ。狙われてるというなら君こそが一番心配だ」


 こんな時でもこっちの心配をしてくれるのか。だが、アルカディアの言うことは一理ある。僕自身も気をつけなければいけない。

 強力な魔法使いなら戦闘になって瞬殺されるかもだ。油断しないようにしよう。いつ来てもいいように。


「…………。よし、決めた。アストくん。今回の件、僕も間接的に手を貸す以上は手の内を知らせる必要がある」


「アルカディア?」


「僕の属性魔法は『闇魔法』。その中でも『ロストアーク』という法則やルールを破壊して変化させる『法則破壊』の魔法を使う。僕が作った『闇魔法』さ」


 彼が口にしたのは自らの属性魔法の情報。普通なら簡単に教えてはいけない自分の手の内だ。

 アルカディアともなれば学内戦の映像がいくつもある。それを見ればわかるかもしれないけど、それでも……!


「いいんだ。これは信頼の証でもある。逆に、アストくんがその『謎の魔人』のことに関して僕に強く協力を申し出なかったのは僕が生徒会所属ってこと以外に属性魔法を隠しているから、っていう理由もあるんじゃないかな?」


「…………」


 実は当たっている。なにもアルカディアを疑っていたわけじゃない。今まで仲良くしていたのも嘘なんかじゃない。全部本心だ。

 しかし、それとこれとは話が違う。属性魔法が判明していない以上は容疑がかかる。その相手に全ての情報を共有することは躊躇(ためら)われた。


「どうか僕の正義を信じてくれないか? 僕も昨日まで悩んでたんだ。でも、覚悟を決めた。生徒会としてではない。一個人として動こうって」


 決意した。今、ヒーロー予備軍の男は羽ばたこうとしている。真のヒーローになろうと。

 眩しい。人が決意する瞬間とはこうも眩しいものなのか。


「明日、この学校の『重力魔法』の使い手の情報を開示(かいじ)するよ。今日はそのためにこの学院にある、生徒の属性魔法がかかれている機密情報を抜き出してくる」


「そんなことまで……! それはダメだ、アルカディア」


「いや。やらなきゃいけない。悪を必ず討つ。そのためにはルールに縛られるわけにはいかない。なに、上手くやるよ」


 止めたい。止めたいけど……その情報があればより助かる。マジックトリガーを探知する魔法道具に加え、属性魔法まで突き止められればダブルリーチがかかる。

 なら、僕がすることは1つしかないだろう。


「僕がその罪を被るよ」


「アストくんが?」


「うん。奴を見つけたいのは僕だ。それなら僕に全ての責任がある」


「……そうならないように気を付けるさ。やだな。それを聞いたら失敗できないじゃないか」


「ごめん……」


「いいよ。任せて」


 これは「悪」なのか。僕の心にチクリと痛みが走る。機密情報を抜き取るなんてやってはいけないことだ。

 だが、その先に「真の正義」があると信じて。アルカディアの覚悟は無駄にしない。謎の魔人、お前を必ず追い詰めてやる。


「あ、そうそう。明日はこの学院の創立記念日でね。セレモニーがあるんだ。僕も皆の前に立ったりしなきゃいけないんだよね。そっちのことも考えないと」


「あれ、そうだっけ?」


 ヤバイ。補習と学内戦のことばかり考えてたせいで僕は色々と置いてけぼりなことになっていたらしい。そんな大事な日を知らないとは。


 アーロイン学院の創立記念日ではいつも1時間目から4時間目の授業がなくなり、お祭りのようなパーティをやるらしい。

 普段は学院長室から出てこない学院長も外に出てきて生徒たちと交流したり、なかなか共に活動することのない全学年が集まって交流する場でもある。

 6月に位置しているせいか、このアーロイン学院の学院生活最初の行事と言ってもいいくらいになっている。

 生徒会長であるアルカディアもそこで大役を任されていてもおかしくない。


 アルカディアは顔を固くし、


「ただでさえ人が集まる。こういう時は向こうも動く可能性がある。アストくん、気を付けてね」


「! うん……わかった」


 その通りだ。カルナの時だってわざわざ僕がリーゼと戦った後にあんなことを起こした。セレモニーで何かを起こすのは十分ありえる。

 「複数人にトリガーを渡す」くらいは警戒しておかないといけないな。そしてすぐに対処できるようにしないと。

 そのためにも、早く奴の正体を暴くんだ!



・詳細レポート 闇魔法『ロストアーク』

 属性魔法の中にも流派のように様々なシリーズの魔法術式が存在する。カナリアが使う『ウォーター』の水魔法、バハムート(ムウ)が使う『ブラック』の闇魔法など。全体に公開されているものもあるが、術式構造を秘匿している者が多いので基本的にはその個人の固有属性魔法という認識になる。

 術式の土台部分の組み方によって同じ属性魔法でも効果に差異が生じることから発見された考え方だが、かなり高度な技術なので魔法使いのほとんどは公開されている基本的なものを使用している。カナリアの『ウォーター』もそれにあたる。

 アルカディアの『ロストアーク』は彼が作成した闇魔法術式。『闇魔法』の基本となる「物体破壊」だけでなく目に見えない力やルールを破壊する「法則破壊」なども可能。

 さらには術式の組み方が最適で『ロストアーク』シリーズの魔法の多くが少ない節で高出力となっているまさに理想的な魔法術式。噂では高名な魔女でもその術式の構造を理解することができなかったとか……


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