124話 処女の悪魔
これでマジックトリガーを探知する魔法道具の件はリーゼの完成待ちとなった。謎の魔人捜しは一旦中断。
ここからは自分のことも考えなくては。そう、補習だ。
今日の補習は先生の都合でいつもより時間が遅くなったので、その間、暇を潰そうとまた飲み物でも買って学院内にあるベンチに座る。ホッと一息。
「やぁアストじゃないか」
「アンジュさん。なんだか今日たくさん会いますね」
「ふふ。そうだね」
アンジュさんは僕の横に座った。これも前と同じだ。
「ここ、お気に入りなんですか?」
「別に。アストがいたから寄っただけだよ」
「…………それ、勘違いしちゃいますよ?」
「僕がいたから」なんて言われたらもしかして、と変な期待をしてしまう。カチュアさんが先輩のクラスでも僕のことを話題してたって聞いたから余計に。
「どうして僕に親しくしてくれるんですか? あ、迷惑とかじゃなくてすごく嬉しいんですよ? けど、どうしてかなって」
「一目惚れ…………かな。初めて見た時から胸の奥がドキドキして……君のこと、忘れられないんだ」
「え!? え、えと、僕のことそんな風に……」
「冗談だよ」
おい。
「ふふっ、すごい挙動不審だったよ。あはは、ツボに入った…………ふふふっ……」
「やめてくださいよ……悪い嘘ですよそれ」
「ごめんごめん。アストはからかうと面白いからね」
あー顔が熱い。絶対赤くなってる。「一目惚れ」なんて言われた時は時間が止まったかと思った。
僕は「人間」だから冗談じゃなかったとしても付き合うわけにはいかない。って、この言い方はどことなく上から目線っぽいな。冗談だったから考えるのも止めよう。
「再補習の勉強、どうだい?」
「今日からです。でも、学内戦もあったから勉強できてなくてちょっと不安で……」
グールスと学内戦をすると決まってからは勉強せずに鍛えてばかりだった。補習で勉強した内容が頭から飛びつつある。
「勉強、教えてあげようか?」
「いいんですか?」
「うん。いいよ」
不安をちゃんと言葉にしてみるのもいいものだ。まさか先輩から直々に勉強を教えてくれるとは思わなかった。
「よし。研究室に行こうか」
「また抜け出してきたんですか!?」
「今頃ユーちゃん先生はご立腹だろうね。……よいしょっと」
アンジュさんは席を立って、手に持っていた飲み物を口に運ぼうとしていた。……ん? 飲み物?
「アンジュさん」
「なんだい?」
「その飲み物、僕のですよね?」
アンジュは手を止める。
「あーあ。バレちゃったか。もう少しで美少女との間接キスだったのに。勿体ない」
「自分で美少女って言いますか……」
しかし否定できない。アンジュさんは言う通り、とても綺麗。お嬢様然とした雰囲気は気品を感じる。
間接キスって言いますけどそれ飲み干して捨てる気でしょ。どっちかというとアンジュさんが間接キスしてる方ですよ……。
「黙っておいてわたしが捨てた後にゴミ箱から拾って飲み口をペロペロと舐め回す作戦を台無しにしちゃって良かったのかい? 君の十八番だろ?」
「僕をあたかも変態常習犯みたいにするのやめてくださいよ……」
「嬉しいくせに」
「僕を勝手にマゾにするのもやめてください!」
なんでこうキリールさんといい、アンジュさんといい、僕は年上の人から遊ばれるんだ!?
♦
その後、飲み物は返してもらって研究室に赴いたのだが……
「もー! なんでいつもいつもすぐ抜け出すんですか! わたしここでいっつも1人になってるんですよ!!」
「よしよし。良い子だから泣き止んで」
「先生をバカにしないでください!!」
うわぁ……先生は涙目になって抗議してるのにアンジュさんは僕をからかう時と同じようにケラケラ笑っている。ユーリエ先生も大変だなぁ。
「ぐす……。わたしの研究室アンジュさんしかいないのに……」
「随分な弱小研究室だね。そんなところに入っている『アンジュ』とかいう生徒の顔が見てみたいよ。そんな弱小研究室を憐れんで入ってあげるなんて。きっと相当に優しい美少女なんだろうね」
「あなたのことじゃないですか!! それに弱小弱小って何度も言わないでください!」
「おや、そうだった」
いつもこんなコントを繰り広げているんだろうか。アンジュさんに振り回されっぱなしだ。僕もそうだけど。
もうどっちが先生でどっちが生徒なのか会話だけでは判断できない。ユーリエ先生は背丈もかなり小さいのでシルエットで出されたら完全に先生か生徒か判別つかなくなるだろう。それなのに会話もこれでは先生たらしめるものが消えてしまう。
「あれ? アストくんがなんでこんなところにいるんですか? はっ! もしかしてアンジュさんが勧誘を……? そうですよね! 1年生は2学期から研究室配属ですから今の内に見学しておくのは大切ですもんね!」
なんだかユーリエ先生は勘違いをしているようだ。僕は困ってアンジュさんに目配せする。
アンジュさんは少し悩んで……
「そうだよ。なかなかの手柄だろう? これはもうアイスくらい奢ってもらわないとね」
平気で嘘をついた! しかも報酬まで手にしようとしている!
「いいですよいいですとも」
だが、ご機嫌なユーリエ先生は何も疑わず。悲しい。もうなんだか悲しいよ先生。
「じゃあチョコチップクッキーのバニラバー」
「1つだけですからね?」
「わかってるよ。1箱で我慢してあげる」
「……」
それ以上はやめてください! 先生また泣いちゃいます! あ、もう泣いてる!
「あ……どうぞ。中入っていいですよ……はぁ…………」
すっごい大きい溜息と共に研究室の中へと案内された。申し訳なさ過ぎてもうすでに帰りたいですよ。ごめんなさい。
「じゃあ補習の勉強しようか。ほら、そこに座るといいよ」
アンジュさんは中に入るなり設置されているテーブルに僕をつかせた。
この研究室をアピールするため見学者用にと資料をたくさん持ってきたユーリエ先生は「え?」という顔をして固まる。
「研究室見学じゃないんですか!?」
「そんなこと言ったっけ。ダメだよユーちゃん先生。自分の都合のいいように話を捻じ曲げるのは。もう大人なんだから」
これはエグい。もう人のする所業じゃない。よくも平気な顔でここまで言えるものだ。
「うわーん! アンジュさんなんか嫌いです!」
「わたしはユーちゃん先生のこと大好きだよ」
ユーリエ先生は泣きながら奥にある別室に籠ってしまった。こんな生徒が研究室唯一の生徒なんて、いつか先生の胃に穴が開くんではなかろうか。
まだ新米の先生なのに……。そう思うとまた悲しくなってきた。
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「そこ。計算式が間違ってるよ。属性魔法の出力計算式は覚え方があってね。基礎属性の出力値には語呂合わせがあるんだ。『お腹空いたな。今日はお肉が食べたいな』と覚えるんだ」
「それ絶対今のアンジュさんの気持ちですよね……」
「あはは。正しくは『食後のデザートはプリンかな』」
なんの語呂合わせだなんの。
ふざけているように見えるが、不思議とこれでも勉強が進んでいるから注意できない。良い息抜きになっちゃってるのかなぁ。息抜き感覚でからかわれるってなんか嫌だな。
けど、アンジュさんのおかげである程度勉強に余裕ができた。これで補習の小テストは通過できそうだ。こんな風でもアンジュさん教え方上手いんだよなー。
余裕ができたせいか、僕の方もついつい余計な話が出てしまう。
「あの……聞いたんですけど」
「ん? なんだい?」
「入学試験の時に試験生を攻撃したっ…………て、嘘ですよね?」
これを明らかにしたかった。話していてどうしても誰かから聞く彼女の像と、接して見える彼女の像が合わさらない。
この気持ち悪いズレを早く解消したい。心の底から何も違和感なく彼女と接していきたい。
この人ともっと仲良くなりたい。そう思えたからこそ。一歩踏み出すべき時は今だ。
僕だって色々周りから言われてるけど、ほとんどが嘘だ。ロリコンとか……嘘だ。あんなもの嘘だ! う、嘘だ! 嘘なんだ!!
ゴホン。アンジュさんも根も葉もない噂を立てられてるんじゃないか? 困ってるなら僕が力に…………
「嘘じゃないよ」
「へ……?」
「だから、嘘じゃないよ」
ケロッとした顔で、「昨日のご飯は何を食べたか」でも聞かれているみたいに。答えた。
「でも! 真実は違うんですよね。なんか……こう……なんて言うんだろう……何か、仕方なく、とか……いや、違うな、故意にやったわけじゃないというか……たまたま、偶然、魔法が当たって、とか……」
しどろもどろになりながら逃げ道を模索する。彼女の中の光を見つけようともがく。どうにかして彼女を善人にしたいと僕の心が悲鳴を上げながら窒息している。
「? 邪魔だったからゴミを潰せるだけ潰しただけだよ。変なこと聞くね」
裏切られる。心は呼吸困難の状態を脱せない。息を奪われ自由を奪われ見たくない事実を突きつけられる。
彼女は相変わらず表情を変えない。無理して隠してるわけでもない。無理をしているわけでもない。
本当に、心の底からどうでもいいんだ。同じ試験生を潰したことが。
「なん、で?」
「だって魔法騎士は人間と戦う者だ。なら、いらないだろ? 弱い奴なんて。『魔法』は戦うための力なんだから」
僕は気分が悪くなる。何故なんだろう。グールスと対面している時よりも苦しい。
自分の大切な物を踏みにじられたわけじゃない。バカにされたわけじゃない。敵意をぶつけられているわけじゃない。この人のことが嫌いになったわけじゃない。
なのにどうしてなんだ。グールスの時より息苦しい……!
「アスト。もう補習の時間だ。遅れたら勉強したのが無駄になるよ」
ほら、と言って時計を指した。たしかに、もう時間だ。僕は席を立つ。
「僕は、アンジュさんのようには思えません。…………アンジュさんのことは嫌いじゃないです。むしろ大好きで、もっと仲良くなりたいです」
「うん。わたしもアストのこと、大好きだよ」
「でも、絶対それは間違ってます! 誰かをそんな理由で傷つけちゃ、ダメだ……!」
「怒られちゃった。あはは」
アンジュさんは笑う。僕をからかった時とまったく同じに。
それが悲しかった。涙が出そうになるくらいに。
「じゃあねアスト」
「…………はい」
これからも見て見ぬ振りをしてこの人と接していくのか。それともどこかで明確に対立してぶつかるのか。
選択は、きっとまだだ。
僕たまーにサブタイに意味を込めすぎてぜってー伝わってねえだろうなっていうくらいの無茶苦茶なやつ付けるんですけど。今回のサブタイ地味に気に入ってます。




