12話 闇に潜む獣
この後も色々と店を回って……自由行動は終了。そろそろ宿屋に泊まることにした。
まだ時間が遅いわけではないが余裕を持って行動した方が良いとのこと。特に宿が取れないと野宿になってしまうわけだがそれで通報でもされようものなら僕達魔人は厄介なことになるのは誰でもわかることだ。
なのだが……
「本日空いている部屋は1つだけです……申し訳ございません。ですが本日は人が多いのでおそらく他の宿でも同じ状況かと思われます」
こんなハプニングが起こることはさすがに予想外だった。
「ど、どうする…?」
「は? わかりきったこと聞かないで。こんな時はあたしとベル様が泊まってあんたが野宿すれば済む話でしょ」
「僕が野宿するのわかりきってたことだったの!?」
衝撃すぎる事実。だったら僕は今まで何を呑気に街を回るのを楽しんでいたのか。
「全員で泊まるわよ。さすがにアストだけ外に放りだすことはできないわ」
「うっ……! ベル様がそう言うなら……くっ……ぐぬぬ……! うぅぅ……!」
「僕達ルームメイトだよね!? なんで今更そんな苦悶の表情を浮かべてるの!?」
すごく傷つくなぁ……。そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃん。
部屋に着くと2つしかないベッドにカナリアとベルベットがいち早くダイブした。僕の寝る場所などないぞというメッセージでもある。
床で寝るのか僕……? せめてカナリアとベルベットが一緒に寝たりとかしてくれたら……
「アストは私と一緒に寝るのよ?」
「床で寝させてもらいます」
「答え早っ!」
ベルベットが誘ってくるが即拒否。
たとえ幼女といっても元の姿に戻ろうものなら普通に可愛い女の子だし、師匠と弟子とはいえ同じベッドにぶち込まれれば間違いだって起きないとは言えない。男である僕の理性が持たない。
それに前からずっと疑問だったんだがベルベットは容姿があまりにも変わらなさすぎるのだ。
ベルベットの年齢はガレオスさんと同じかそれ以上のはずだ。なのにも関わらず肉体的な様子はカナリアよりも少し年上かな……ってくらいにしか思えない。童顔だからカナリアよりも幼いと言われるまである。
それも「見える」とかいうレベルではなく本当にそうなっている。要するに時間が止まっているかのような姿なのだ。
これに関してベルベットは「ずっと昔に魔法の実験に失敗した影響で肉体の進行時間が止まってしまった」とにわかには信じられないことを言っていたが師匠に対してもそういう目で見てしまうので弟子としては辛いことでもある。
ちなみに年齢に関して言っておくと魔人の1歳~18歳くらいは人間とまったく同じように肉体は変わっていく。例えば魔人の16歳と人間の16歳はまったく同じような発育スピードなのだ。
ただそれ以上から変わっていく。人間はすぐにピークに達しそこから弱っていくが魔人は250歳くらいになってようやく人間の25歳くらいの状態になる。
ベルベットは400歳~500歳くらいだと言っていた。魔人と人間の肉体年齢関係で言うと人間の40代くらいにあたるはずだがベルベットの体は人間の19歳、20歳くらい。だからどう考えてもおかしかったのだ。
カナリア、ベルベットはベッドに陣地を築き、僕は置かれてあった椅子に座って机に陣地を築くことにした。悲しい男女の力関係である。喜ぶべきはこれで床じゃなく机で寝られることだろうか。
事前に店で買っておいたパン等の食べ物で食事を済ませるとカナリアは教科書を読み、ベルベットも何やら難しそうな本を読み始める。僕はというとトレーニングでもすることにした。体を鍛えることは重要なことだ。
それなのに……
「見てて暑苦しい」
「えぇ……」
腕立て伏せをして鍛えているとカナリアから厳しい言葉が飛んでくる。僕だって女子がいる部屋で筋トレなんかしたくなかった。
「じゃあユニットバスで……」
「は? あんた頭どうかしてるんじゃないの? そこをあたし達が使うのよ?」
どうせシャワー出すんだから大丈夫じゃん。と言いたかったけど相手は女子だ。ここはグッと堪えろ。絶対今の言い分は通じないだろうから……。
ベルベットに助けを求めようとしても本を読んで思考の海に完全に沈んでいるのかまったく気づいていない。僕達の会話も聴こえていないようだ。
カナリアに怒られたこともあって僕も椅子に座って大人しく本を読むことにした。なんだこの読書空間は。
僕が読んでいる本は昔ベルベットから貰ったもので「走れ魔女」という小説。人間の世界では売られていないが魔法使いの世界では有名な小説らしいので読んでみようと思ったのだ。ちなみに学校の国語の教科書にも載っていた。
そうやって全員が本を読んで数時間。教科書をパタンと閉じたカナリアはベッドから立ち上がる。
「アスト、あんた魔力を纏う特訓しなさいよ。あたしが見てあげるから」
「カナリアが見てくれるの? こう言ってはなんだけどベルベットが見てくれても1年くらい進展しなかったことなんだけど」
「今進展するかもしれないでしょーが。ほら、やる」
無理やり立たされ仕方なく魔力を纏う特訓に入った。僕にとっても最重要課題でもあるからちょうどいい機会なんだが……。
「鎧をイメージして。自分を守る鎧」
「皆それ言うけどさ……やってるけどうまくいかないんだよね」
「あーもー! イメージ力乏しすぎるわよ。剣持って騎士をイメージしてみて。ほら!」
「………ダメだ。纏えない」
「ヘ! タ! ク! ソ!」
一文字ごとに教科書で頭を叩かれる。痛い痛い!
「ったく……見てなさい」
カナリアはそう言って体から力を抜いた。すると……光の粒子のようなものが一瞬だけカナリアの体の表面を駆け巡っていった気がした。気のせいか?
「確認だけどあんたの持ってる剣は魔法武器じゃないわよね? だったらあたしに向けて振ってみて」
「えぇ!? 確かに魔法武器じゃない普通の剣だけど……いいの?」
「早くしなさい」
僕は持っていた剣をカナリアへと振り下ろす。カナリアは腕でそれをガードした。
通常なら腕でガードしようが肉を斬り裂く。致命傷とは言わないまでも痛々しい傷を創ることは間違いなしだが……
ガギッッッ!!
(な……固っ…!)
まるで鋼を斬りつけたかのような感触。どれだけ力を入れようが切断することは不可能。むしろ本気で斬ろうとすれば剣が折れるのでは……と思わせる固さだった。
「どう? これが魔力を纏うということ。言葉で聞くのと目で見るのじゃ全然違うでしょ?」
「うん……。聞いてはいたけど本当に剣を通さないんだね……」
「魔法武器の中には魔力を貫通して対象物を斬るなんて物もあるけどね。なんの付加もされていない斬撃や銃撃なんかこんなもんよ」
凄いな……。目で見てしまうと早く習得したい、習得しなければ、とより強く思えてきた。今までもそうだったけど。
「宿にいる間は魔力を纏う練習するわよ」
「うん!」
~3時間後~
「あんたおかしいわよ……なんでこんなこともできないの?」
「僕にもわからないんだよ……」
「もう記憶喪失とかが原因じゃない。魔力の扱いそのものに素質がないわ。魔人にとってそれは体の使い方がわからないって言ってるようなもんなのよ?」
ひどい言われようだ。それって赤ちゃんより下ってことじゃないか。いや、そう言われてるのか。
「流れてる魔力も微量だし……あんた人間に毛が生えた程度よ? 魔人として恥ずかしくないの?」
「カナリアの罵倒に僕のメンタルも限界が来つつあるよ……」
人間に毛が生えた程度とまで言われるとは。僕ってもしや魔法使いだけではなく魔人全体の中でも最下位レベルに弱いのか?
もしかして……もしかしてだけど魔人の幼い子供にまで戦ってもボコられたりするのかな? もしそうなら立ち直れないよぉ……。
「今日はもう終わりね。お風呂入ってくるわ」
「はい……どうぞ」
僕はシクシク泣きながら椅子に座った。今日から最大で一週間ほどこんな罵倒地獄が続くのかと思うと泣きたくもなってくる。
ベルベットもカナリアも優秀な魔法使いだからできないやつの感覚がわからないんだろうな。ここまでやれば普通はできるっていうラインがもう僕には無理なのに。鎧なんていくらイメージしても魔力を纏えないんだ。
「あー疲れた」
僕はネガティブになってしまったせいかドッと疲れが来てそのまま眠ってしまった。
♦
「ふー。ほんとアストはどうなってんのよ」
カナリアはシャワーを浴びながら疲れも流していく。疲れが溜まっていたのは街を回ったこともあるが一番はアストがどうやっても魔力を纏えなかったことだ。
(あのベルベット様が魔法の指導をしても無理だったんだからあたしでも……。そうだとしてもあれはおかしい)
もう才能がないとかそんなレベルではない。アストが極端に魔力を使えないのは何か理由があるはずだ。
(何かの病気? 魔力が普通の魔人よりも多すぎたり少なすぎたりっていう病気はあるにはあるけど……アストがそれで体調を崩してるようには見えないしその病気を持ったやつよりも魔力が少ない)
アストについて考えれば考えるほどわからなくなってくる。
(あとは……元々魔力がなかったか。つまり……『人間』)
その答えを辿り着くとシャワーを浴びているにも関わらず変な汗が出る。
「そんなわけないわよね。あのベルベット様の弟子なんだもの。人間が魔人の学院に入るだなんて馬鹿げてる。あたしもどうかしてるわね」
魔人が人間の世界に行くことは多くても人間が魔人の世界に入ってくることは前例がない。
人間が使う力の「異能」を魔人が手に入れることや「魔法」を人間が手に入れることにも前例はない。
お互いが取得方法を秘匿していることもあるしそもそも種族が違うことで手に入れることができるのかどうかも不明なのだ。しかし、そのおかげで力の均衡が保たれているわけでもある。
だが、もし……どちらも使いこなす存在が現れたとするならば。それはこの世界の運命を左右する者になるかもしれない。
それこそ「王」とも呼べる者になるのかもしれない。
とは言ってもそれはアストが人間ならばの話だ。魔法使いの英雄的存在でもあるベルベットがまさかそんなことをするわけがない。
(もう変に疲れちゃったわ……。これじゃ疲れを取ろうとしてるのかどうかわからないわね)
カナリアはそれ以降アストのことを考えることはしなかった。
♦
「アスト……アストっ」
「へ?」
「お風呂。アストだけよ」
金髪の幼女が僕の背中をポンポンと叩きながらそう耳元で囁いてくる。僕は頭を起こすと……
髪がしっとりと濡れているベルちゃんが横にいた。頭が覚醒していくと女の子特有の良い匂いが鼻に届き僕は遅れてビクッと反応する。
「べ、ベル……!」
「しーっ」
ベルベットは人差し指を僕の口に当てて黙らせる。な、なんですかぁ……!?
「カナリア、もう寝てるから」
そう言って指さした方を見るとカナリアはベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。なるほど、それでか。
「お風呂入ってくるよ……」
「じゃあその間椅子と机借りるわね。ちょっとやりたいことあるから」
「いいよ。はい」
僕は椅子から退いてベルベットを座らせる。僕は服を脱いで浴室へ向かった。
シャワーを浴びてまだほんの少し残っている微睡を追い出す。どうせこの後寝るだけなのに追い出してしまったら寝るのに苦労しそうだがシャワーを浴びる以上これは回避できない。
(僕ってダメだな……。試験が終わって浮かれすぎなんじゃないか?)
覚醒した頭は魔力を纏う練習がまた失敗に終わったことを思い出させてくる。
あの入学試験は決して自分の素の力で通れたものじゃないんだ。本来なら僕は底辺の成績を叩き出して失格に終わっていた。「魔王の力」という謎の力でバハムートを倒して偶然合格したに過ぎないんだ。
僕が強くなるにはその「魔王の力」をちゃんと使えるようになるか、僕自身が強くなるかしかない。近道は圧倒的に前者だろうけど……。
(結局は力を使う僕自身が強くならないとダメなんだ。後者はどうしても避けて通れない)
シャワーで甘い考えも一緒に洗い流し気持ちを一新させた。
シャワーを浴び終わって部屋着に着替える。寝室の方に向かうとベルベットは机の上にノートを広げて一心不乱に何かを書き殴っていた。辺りにはノートの切れ端と思われる物が散乱している。
「ベルベット何してるの?」
「ん? えっとね、魔法を創ってるの」
「魔法を……創ってる?」
「そう。魔女は魔法を創ることも仕事でしょ? 私は完全に自分の趣味で創ってるけど」
ベルベットの言う通り魔女は魔法創生も使命。だが聞いた話によると魔法の創生なんてものは容易ではないらしい。
簡単な魔法でも何カ月もの膨大な計算や気の遠くなるほどの実験なんかで生まれるものだとか。
「今創ってる魔法はどんなの?」
「んーとね。ザックリ言うとたくさんの敵をパーッと一気に倒しちゃう魔法。昨日から創り始めてるんだけどけっこう難しい魔法だから時間かかりそうなのよねー」
「すごいザックリしてるね……どれくらいかかりそうなの?」
「あ~……5日間くらい?」
「5日間」で時間がかかるって言うんだ……。きっと他の魔女が聞いたらその場でひっくり返るようなことなんだろうな……。
「でも、今日はもう終わり! 寝よ!」
椅子から飛び退きベッドにダイブした。僕は落ちているノートの切れ端を拾って机の上に置いてあげる。
チラッと覗いてみるが何書いてるかサッパリわからない。見てると目が回ってくる。
「アストはそこでいいの?」
僕が椅子に座り机の上に頭を預けて寝る姿勢を作るとベルベットが心配してくる。
「大丈夫だよ」
この体勢で寝るのはしんどいものがあるが我慢だ。
「お言葉に甘えてベッドに……」なんてことを言える度胸もないので黙って机と夜を共にしよう。
「おやすみベルベット」
「おやすみ~」
灯りが消え、僕は目を閉じた。
♦
「クルル………ルルゥ」
ここはどこかの暗き闇の中。猛獣の声らしきものが静かな闇を通り抜ける。
声の主は頑丈な檻の中に閉じ込められていた。それをガシン!ガシン!!と丸太のように太い腕で殴りつけるが出られそうにない。
「ルルルルル…………ルァ……」
鉄格子を掴んで……出せ、出せ、と言わんばかりに腕を震わせる。しかし鉄格子はビクともしない。
「ルルルルルルアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!」
ガンガンガンガンガン!!!!!!
鉄格子を殴る、殴る、殴る!
ここはどこかの闇の中。そしていつか「彼ら」を誘う闇なのかもしれない……。




