122話 新たなパートナー
さて。さっそくこれから「謎の魔人」を探す方法を考えたいところだ。依然手探りな状態だけども……
「アスト・ローゼン」
「はい?」
お昼休み。僕は教室の机に肘をついて「謎の魔人」探しをどうしようかと思案していると、横から声をかけられる。声からして女生徒。また女の人か……。
それは同じ1年ではなかった。リボンの色は緑。青じゃないってことは2年の先輩でもない。ということは……3年生!?
しかも、よく見るとその相手は、
「副会長……さん?」
「はい。そうですが」
僕に会いに来ていたのは生徒会副会長の……たしか、カチュアという人だ。以前にグランダラスの討伐報酬を貰った時にアルカディア会長の横にいたから知っている。
カチュアはメガネをクイっと持ち上げ、改めて用件を伝えた。
「アルカディア会長がお呼びです」
「へ? 会長さんが?」
「これから生徒会室に来てもらいます」
「わ、わかりました……」
なんのことだろうか。こっちに断る理由なんかないから従うけど。
カチュアさんの後ろに続く形で生徒会室に向かう。魔法騎士コースの廊下、魔女コースの廊下、魔工コースの廊下を……通ったのだが、
「なんか……注目されてる気がするんですけど」
視線を感じる。感じるどころではない。実際見られている。なんだかこそばゆい。
「それもそうでしょう。学内戦の影響です。それに、あの一戦はかなり話題になっていますから」
「話題?」
「グールスは無茶なルールを押し付けて無抵抗の相手を倒すことで有名です。しかし、あなたはその上で打ち倒した。その姿は多くの人を惹きつけたと思いますよ」
なんと。都合がいいと言えば嫌な言い方になるが、あれだけバカにされてた僕のことを今は称えてくれているのか。それは嬉しいけどこの学院に来て初めてのことだから反応に困ってしまう。
「私のクラスでも噂してましたよ。特に女性から人気みたいです」
「えぇ!?」
「そんなに驚くことですか? あなたほどの顔ならそれだけでも寄ってくる女性は多いと思いますが」
それリーゼも何か似たようなこと言ってた気がするけど……。僕って意外とそんな顔してるのかな? 身近にガイトがいるから全然そんな気がしないけど。
現にガイトはもうすでに告白されたことがいくつかあるらしい。だが、僕なんか一度だってない。
窓ガラスを見てみるが……うーん。わからない。ぶっちゃけガイトの方がイケメンだと思う。
「ああ……頭の方がアレでしたね。だからですか。納得です」
「それどういう意味ですか!?」
あれですか。魔法関係がめちゃくちゃアホだから女子の間でも引かれてたってことですか!?
「ですが、あの学内戦でプラス点を稼げたということではないですか? 顔だけで寄る女性は面食いの方くらいでしょうし。あなたは内面が良さそうですからね。今仲良くしてくれている女性の方もそこに惹かれたのでは?」
「内面……ですか?」
良い人だなんて言われたことないけれど。僕は記憶がないから必死に精一杯生きてるだけだ。そんな大それた人ではない。言ってしまえば欲望に負けてマジックトリガーを盗んだというまだまだ記憶に新しい過去もある。
でも、記憶がない自分がベルベットに助けられたからこそ、自分もまた誰かを助けたいと思うのかもしれない。それが回り回って今の人たちとの縁になってくれているのならこれほど喜べるものはない。
「着きました」
やっと生徒会室に着いた。そこでカチュアさんとの話も終わる。着くまでの世間話みたいな話題だったから全然構わない。
「会長。アスト・ローゼンをお連れしました」
「ありがとうカチュア。アンジュと2人、席を外してくれないかな」
「了解」
「わかりました」
中に入るとアルカディア会長に、朝会ったばかりのアンジュさんまでいた。
目が合うとこちらに「バイバイ」と言ってニコッと笑いかけてくれる。そうだった。アンジュさんは生徒会書記だからここにいてもおかしくないのか。
僕はアルカディア会長のところまで行くと、「そこにかけて」と言われて設置されているソファーに座った。その対面にも1つソファーが置かれていて、そこにアルカディア会長が座る。
どうやらここは生徒会にも備え付けられている応接室のようだ。前にキリールさんと会ったところのような場所みたいに訪問者と会うようなところというより生徒専用の、といった感じ。
「君、すごいね。アンジュが誰かと仲良くしてるのなんて初めて見たよ」
「仲良くしてくれてるんですかね? それなら嬉しいんですけど、会ったらちょっと話するくらいですよ?」
「アンジュには誰も怖がって寄り付かないし、彼女もよく1人でいるしね。そうやって誰かのために時間を割いて話してるだけで珍しいよ。僕も生徒会の事務的な話しかしたことないから」
「そうなんですか。全然そんなイメージなかったんで……」
「それだけ気に入られてるんだね」
良いことだ、とアルカディア会長は頷く。
「そんなことより。今日は呼んだのは君に『生徒会』に入らないか聞きたかったんだ」
「生徒会ですか? え? 僕がですか!?」
つい大きな声を出してしまう。僕は慌てて冷静さを取り戻す。
「不思議なことじゃないよ。入学試験でのあの結果、そして異常個体のグランダラス討伐の時点で実はそういう話が持ち上がってたんだ。学院内で君が不正をしてるんじゃないかって噂されてたからこの話を出せなかったけど、あの学内戦を見て疑う者はもういないだろう。そんなことをするような人にも見えなかったはずだ」
僕が、学院の魔法使いのトップが集う「生徒会」に……? 恐れ多すぎる! だって僕、生徒会どころか留年の危機なんですよ? この学院に居続けられるか怪しいんですよ? それ知ってます?
「もちろんすぐにってわけじゃないけどね。役職を確約するって話」
「いやぁ~…………僕には無理じゃないですか?」
「謙遜なんてダメだよ」
あの~謙遜じゃなくて本気でそんな余裕ないんですけど……。
だって成績は最下位だし、攻撃魔法は使えないし、「魔王の力」とかいう変な力使ってるし。
おまけに同級生からは毎日射殺さんばかりの視線で睨まれるし、「爆発しろロリコン」とか言われて何もしてないのに魔法騎士団によく通報されるし、同部屋の子からも「ロリコン」って言われる僕ですよ?
「アストくん? え、どうして泣いてるの?」
「あ、すみません。なんか涙が…………」
急に落ち込んでツー……と涙を一筋流した僕を見て若干ビックリしているアルカディア会長。なんでもありません……なんでも……。
「とにかく! 生徒会はちょっと、難しいです」
「そっか。君がそこまで言うなら仕方ないね。諦めるよ」
惜しそうにしながらもすぐに引き下がってくれる。それだけで僕は十分だ。認めてくれた人がいるというだけで。またそれを糧にして頑張れる。
「じゃあ本題を話そうか」
「本題? さっきのが本題じゃ…………」
帰ろうかと思っていた僕。そこにまさかの次の話が舞い込んでくる。
「アストくん………………『人間』だよね?」
「え」
僕は、何を思うよりも早く。「マズイ、バレた」と頭の中を走り抜けた。その後にようやく遅れて体が焦りを手に入れる。
逃げ出そうとしてもしたんだろうか。否定しようとでもしたんだろうか。勢いよく席を立とうとする僕を、
「ストップ! 安心して。僕は敵じゃない」
「あ、ぇ、…………え?」
混乱して変な声が出る。それもそうだ。暴かれたと思えば次にはそんなことを言われたのだから。嫌でも思考を揺さぶられる。
「僕はベルベット先生から君のことを聞いてる。僕は『協力者』だ」
あ……ああ、そ、そうか。ベルベットの。あ~…………ホッとした。そうか。そうだ。それなら、安心だ。
今までこれほど凍り付くことはなかった。手にした日常がいとも呆気なく終わった、と。そう覚悟した。
にしても、一体何人いるんだ協力者は。魔法騎士団にはフリードさんと、まだ会っていないもう1人。アーロイン学院にはガレオスさん、アンリーさん、もう知っているリーゼ。そして今度は生徒会の会長さん。多すぎるように思える。
いや、むしろそれだけしないと僕という存在はすぐにバレるということでもあるのか。案外バレないと安心していたが、この安心は裏で支えてくれている人たちあってのものかもしれない。
「最初はビックリしたけどね。喜んで協力したよ。君が来てくれたことは未来に繋がると思ったんだ」
「? 未来に?」
「うん。いつか……『人間と魔人どちらか』なんてそんなものがない……どちらもが救われる平和な世界の実現。この世界の真の救世……という僕の願望の、ね」
それを聞いて。僕は……気づけばアルカディア会長の手を握っていた。
「それ……………僕もです!! 人間と魔人がどっちも幸せになれるっていう世界を……僕も考えてるんです!」
「! それは……本当かい? すごい……! 初めてだよ。同じ志を持った人に出会うのは」
アルカディアも目を輝かせる。まさかアストも自分と同じ考えを持っているなんて思っていなかったからだ。
無理もない。人間と魔人どちらも幸せになる世界なんて思い描く人がそうそういるわけない。ベルベットくらいだと。そう思っていた。
しかし、いた。ここに。僕と「同じ」が。魔人側にも。同じ学院に!
感動してしまっていた。大げさと言われるだろう。言われたっていい。それくらいのことだったのだ自分には。
この大きすぎる目的。自分1人ではどうしようかと迷っていた。自分に成せることなのか。自分は強くなれるのか。不安でたまらなかった。
けど、仲間がいた。それが嬉しくて嬉しくて。
「僕たち、良い仲間になれるかもしれないね。どうかな? 協力者という意味も込めてこれからは敬語なしでいかないかい? 僕のことも呼び捨てでいいよ」
「よ、呼び捨てですか!?」
「親友……というのは気が早いかもしれないけど。君とは自分にとって掛け替えのない友達になれそうなんだ。それほど喜んでいる自分がいるよ」
先輩相手に敬語なしだなんて。だが……その先輩がここまで言ってくれてるんだ。ここで断るのは……それこそ非礼にあたる。
「わかりまし……わかった。あ、アルカディア」
「うん。アストくん。これからよろしく。一緒に世界を救おう。僕はその仲間だ」
アルカディアの本題とは、改めて協力者としての顔合わせだったのだろう。けれど思わぬところで大切な仲間を手に入れた。ベルベット以外に誰とも共有できなかった、この願いを共闘できる仲間を。心強い。たった1人増えただけでなんて心強いんだ。
あと、これは大したことではないが……自分のことでは大したことだけど! 僕の数少ない「男友達」である。本当の本当に悩んでたからね。ガイトしかいないこと。
そうだ。今だからこそあのことを話そう。力になってくれるかもしれない。
「謎の……魔人?」
「うん。僕達はそう呼んでるんだ。この学院に危険な魔法道具を流してる奴がいる。今はそいつを見つけようとしてる」
目下僕達の問題になっているアルカディアにもこの話をした。生徒会長というなら知らせておかなければいけないだろうし、何よりも仲間だからこそだ。
「監視カメラの映像からは怪しい人物は映ってないって報告だけどね。あ、でも、何やら幼女を連れまわしてる変態が出没していたとは聞いたことがあるけど…………」
…………。僕じゃない。だって僕変態じゃないもん。断じて僕ではない……はず。
「そいつは監視カメラの死角を狙っているか、それともハッキングできるような魔法道具を使っているか、ってところだね。しかも話に聞くと他国の魔人をマナダルシアに入れた……か。それもなかなか厳しい話だ。門兵がいるから」
この学院の生徒のことならなんでも知っているであろうアルカディアに聞けば解決の糸口が見えると信じていたが、難しいか。
「あとは『重力魔法』の使い手である可能性が高いんだ。この学院でそれの使い手である生徒はいる?」
それならと別の方向性で攻める。元々監視カメラには期待していない。本命はこっちだ。
属性魔法ばかりは偽るのは簡単じゃない。マジックトリガーを使えば……あるいは。しかし、僕は「重力のマジックトリガー」を使っているのではないか、というのは「違う」と思っている。
なぜならマジックトリガーは1回使うだけでもかなり負担があるからだ。それをいくらガイトを操るためとはいえ気軽に使える物ではないはず。
十中八九。謎の魔人の属性魔法は「重力魔法」だ……!
それを聞いたアルカディアは苦い顔をする。何かを悩んでいるような顔を。
「できれば教えたい。教えたいけど……ごめん。それは無理なんだ。他人の属性魔法を詮索するのはマナー違反とも言う。現に全生徒の属性魔法の情報を管理している僕達がそれを明かすわけにはいかない。だからその使い手の人は知ってるけど…………教えられない」
「そっか……。ううん。無理を言ってごめん」
情報なし。それで落ち込むが……気づいた。何かアルカディアが重要なことを言ったぞ。
─『その使い手の人は知ってるけど、教えられない』─
つまり。つまり、だ。いるんだ。この学院に。『重力魔法』を使う生徒が!!
こんな凡ミスのようなことをアルカディアが……? と思うが、
アルカディアは僕の顔を見て、1つ瞬きをした。
(そうか。これは……アルカディアの密かな援護射撃だ!)
さすがに個人情報を漏らすことは立場上できない。けど、その存在の有無を知らせることはできる。
なんだかんだ協力してくれている。やっぱりこれほど頼れる人はいない。
「ありがとう」
「ふふ。どういたしまして、かな?」
学院の中に奴がいる可能性は大きい。それだけでこの上ない情報だ。見つけてやるぞ。絶対に。
「僕もアストくんと一緒に調査したいところだけど、学院で管理してる情報を使ってその特定の人物に接触するなんてことだけでもマズイ。だから相手を知っていても僕はこの問題に触れられない。それでもいいかい?」
「うん。大丈夫」
これだけでも十分だ。新たな仲間。新たな情報。よし、見つけてやるぞ謎の魔人!
この作品の男キャラってほとんどが主人公の敵側なイメージなのでこうして主人公の仲間になる男を書くの新鮮だったりします。一人称が同じなので喋ってる内容とか喋り方で区別できるようには頑張ってますがどうでしょうかね……




