121話 真の強者、真なる悪魔
「ぅ………あ、あれ……?」
僕は暗闇から目が覚めた。痛む体を起こそうとして、やめる。ズキリと痛みが走って無理だった。
まさか今まであったことが夢オチ……なんてことはない。ここは保健室だ。フィールドから出た僕は意識を失って倒れてたところをここに運ばれたんだ。
「おっ、起きたか」
ボーっと天井を眺めているとひょこっとアンリーさんの顔が視界に入ってきた。
どうやらまたこの人のお世話になってしまったようだ。ベルベットのことといい、ガイトのことといい、カルナのことといい、リーゼのことといい、…………なんか多いな。とにかく自分の傷の治療も含めてここ最近はお世話になりっぱなしだ。
「見てたぞー。片腕で5節の魔法をガードするって随分な無茶したな。そこが一番の重傷だ。下手すりゃ肘から先がぶっ飛んでたぞ」
「ひぇぇ…………」
そう聞くとブルリと震える。もう少しで僕の右腕なくなってたの?
「まぁ、結局治らなくて途中で千切れちゃったから義手にしといてやったけど」
「嘘ぉ!? 僕義手になっちゃったんですか!?」
すぐに右腕を確かめる。しかし、包帯でグルグル巻きにされててわからない。感触は変わらないように思えるが……
ビビりまくる僕の前にアンリーさんは立って、右腕の包帯をはぎ取る。そこからは普通に治療された腕が見えた。あれ?
「うっそー。焦った?」
「……」
いくらなんでもその嘘は心臓に悪いですよ……。今でもバクバクと鳴っている。アンリーさんはケラケラと笑ってるけど。
「ベルベットに会ったら安心させてやれよ。今はあいつのウザいテンションじゃ怪我人に障るだろうから来させないようにしてるけど、学内戦中ずっとハラハラしてたからな」
「ベルベットが? そうですか」
心配させないようにとずっと学内戦のことは黙っていたのだが。見られてたのか。これは次会った時が大変そうだな。
「ん? ああ、もう起きてるぞ」
不意に、アンリーさんが入口の方へと声をかけた。どうやら僕に用がある人らしいが……
「アスト。あんたもう大丈夫なの?」
「カナリア? うん。多分」
なんとカナリアが見舞いに来てくれた。一番意外な人物なんて言ったら殴られそうだけど、そこは僕の最初からのパートナーだから来てくれたのか。素直に嬉しい。
「まったく。あんたは知らないところで厄介事に巻き込まれるんだから。今回だって災難だったわね」
「本当にね。今回ばかりはどうなるかと思ったよ」
「でも……2年生に勝つなんてすごいわ。…………かっこよかったわよ」
カナリアは僕のベッドに腰かけてニコッと微笑みかける。うっ、また心臓がバクバク言っている。これは焦りではない。ドキドキの方だ。
「……学内戦の最後。カナリアが見えたんだ」
「あたし? そういえば目合った気がするような、しないような」
「うん。それで勇気を振り絞れたんだ。きっと、あれがないと僕は勝てなかった」
「…………ふーん。あたし、知らないところで力になれてたの?」
「力になってたよ。とっても」
カナリアは顔をこっちに見せないようにそっぽを向く。けど、こんなに近くにいたらわかるよ。とても嬉しそうだ。そういう反応してくれるとこちらも嬉しくなる。……いつもこんなカナリアであってくれ。
「あ……ロザリオ、返して…………もらわな……きゃ、」
そこでアストの意識はまた途切れた。
「アスト?」
カナリアは容態が悪くなったのか……と思ったが、
「すー、すー」
アストは寝ていた。
「ぷっ。おやすみ……アスト」
カナリアは面白そうにアストの髪を撫でて、保健室を出た。
知らぬところでアンリーは「あいつらあたしがいるってこと忘れてないよな……」と妙に恥ずかしがっていた。
♦
「くそ……くそっ! くそがぁ!!!!」
すっかり暗くなった学院の中、グールスは学院内に設置されているゴミ箱を蹴り倒す。これでもイラつきは晴らせない。
実はグールスも保健室に運ばれたのだが、目が覚めるとすぐに出た。アストと同じ空間にいることなど耐えられない。向こうも目が覚めたなんてことになればイラつきは今の比ではない。今でも最高潮のイライラではあるが。
「おい……あれグールスだよな」
「1年に負けてやんの」
「しかも攻撃魔法も使われずに。さすがにダサすぎだろ」
「自分より弱い奴狙ってイジメばっかりやってるから足元すくわれるんだよ」
すれ違うだけで数々の生徒から言葉をぶつけられる。これはなにも学内戦に負けたという理由だけではない。
本人が相当に人から恨まれる者であること。
そして……虚言によって周囲に「生意気にもアストの方から学内戦を挑んできた」と刷り込ませた結果、「見事に1年生に挑戦され撃破された2年生」という認識が共有された。これにより勧善懲悪の一幕のように映り、アストへの好評はうなぎ上りだった。
「黙れぇ!!!!」
呟きにすら過剰にキレる。今ほど感情のコントロールが難しい時はない。
(ぶっ殺す……! 奴だけは地獄に落としてやる。ロザリオもどこかの海に捨ててやる。それか粉々に破壊して送りつけてやってもいい。へへへ、どんな顔するか楽しみだぜ)
ポケットからアストのロザリオを取り出す。これが粉砕された姿を見たらアストは絶望するだろう。自分は負けてない。「真の勝者」というものがどっちか教えてやる。
グールスの表情はまだ諦めの色に染まらない。学内戦時のアストの「諦めない」とはまったく違う意味と言ってもいいものだ。真っ黒な、「まだあいつを潰す策はあるぞ」という意味の。
「ああ。ここにいたんだね」
歩く道の先。1人の人影がこちらに近づいてくる。
月明りに照らされ、その正体が判明する。
「あ、アンジュか……? なんだよ。テメェに用はねえ。消えろ」
「消えるのは、どっちだろうね?」
「……………………は?」
アンジュの表情は笑っていた。笑顔なのに、これほどまで恐ろしい顔はない。
グールスの膝がガクガクと震える。余裕はどこへやら。この完璧なる最大の暴君を前に調子に乗ってしまった。舐めた口をきいてしまった。いつもは思わない弱々しい思考が駆け巡る。
「な、なんだよ……なにするんだ!? 俺がお前になにやったって言うんだよ! おい! こっち来んな!! だ、誰か、おい誰か!」
誰もいない。人払いでもされているのか、と疑うほどに。この世界に自分と目の前の化け物以外にいないのか、と思うほどに。
「アストはね、わたしの友達なんだ」
「そ……っ!? そんなの知るわけ…………いや、わ、悪い。悪かった。悪かった、です。や、やめ…………来ないでくれ!」
アンジュが一歩前進。グールスが一歩後退。
前進。後退。前進。後退。前進。後退。前進。後…………壁。壁?
壁にぶつかってもう後退できなかった。もうグールスは逃げられない。ドサッとその場で座り込むように倒れる。
「ごめ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! あ…………来るなー! くるなあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「何か勘違いしてるようだけど。わたし、友達が傷つけられてることにも怒っているけどね、」
アンジュは笑みを消した。
「弱い奴が大嫌いなんだ。だって、この学院に必要ないだろ?」
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「ふ~。なんとか1日で回復、と」
「すごい回復力だな。どれだけ頑張っても3日はかかると思ってたが……」
アンリーはアストの脅威の回復力に驚く。右腕に5節の魔法を食らって、あそこまでボコボコにされて、1回寝たくらいで回復などありえない。
アストは笑って誤魔化すが……実は夜に一度目覚めた時にこっそりアレンと入れ替わって『革命前夜』で治してもらった。4秒ほどで完全治癒したよ。
誰かに「力」を振るうのは考えなきゃだけど、こういった怪我を治すくらいはアレンの力を借りても大丈夫だろう。…………アレンは「こんなことで一々起こすな」と不機嫌そうだったけど。
とにもかくにも早速復帰。補習もあるし謎の魔人の件はあるしで問題は山積みなのだ。
「やあ、アスト。元気そうでよかった」
「アンジュさん? はい。もう万全です!」
裏技は使ったけど万全なものは万全なのだ。アンジュさんにも元気よく笑顔を見せる。
「ああ。これ、グールスに盗られてたんだろ? 取り返しておいてあげたよ」
「え…………あー! そのロザリオ! はい、僕のです! ありがとうございます!!」
「ふふ。はい」
アンジュさんは親切にも取ってきてくれたみたいだ。よかったよ。昨日の今日でどんな顔してグールスに会いに行こうかと不安だったんだ。
僕はそのロザリオをまた身につける。ごめんねカルナ。
「じゃあ、また」
「はい!」
ひらひら~と手を振ってアンジュさんは去っていった。僕も教室に行く前に自分の寮に寄って荷物を取ろう…………と、そんな時だった。その会話が聞こえてきたのは。
「なぁ聞いたか? グールスの奴、入院だってよ」
「なんでも血まみれの状態で見つかったってな」
「俺見たけどマジで死んでるのかと思ったくらいやられてたぜ」
「うえぇ…………こっわ。それって絶対……なぁ?」
「多分あいつにやられたんだろな。怖い怖い」
先輩たちがヒソヒソと内緒話していた。なんとか聞こえたが……グールスは重傷を負ったらしい。まさか僕がやりすぎたとかじゃないよな? 会話の内容からして僕が疑われてるみたいじゃないし。
通り魔? それとも過去にイジメてた人から復讐でもされたのだろうか。
そう聞くと、あんな奴でもほんのちょっとだけ同情してしまう。ロザリオが戻ってきて、これ以上悪さをしないというなら僕がもう彼を恨むことはない。これを機に改心してほしいものだ。




