119話 『カウンターバースト』
(無理、だ…………勝てない……)
試しているカウンターバーストは失敗続きで成功する兆しが見えない。周りは無様な僕を笑う。不利すぎるルールは反抗の意思さえ潰してくる。
勝たなきゃいけない。大切な物を取り戻さなきゃいけない。
「弱い」…………弱いか。僕は、弱い。そんなことはわかってる。
でも、
「お前は…………強くなんかない」
「は?」
「僕は、『強い人』を知っている……」
アストはよろ……よろ……と立ち上がる。
「カナリアは、自分に足りない物を見つけて日々努力してる。ライハは、辛い過去を乗り越えて本当の自分を取り戻そうと必死に生きてる。ガイトは、自分の目的のために評価なんて気にせず魔法を練習してる。皆……皆、この世界で苦しくても上を向いて、前に進んでるんだ! それに比べたらお前なんか何も強くなんかない!! 自分を強くみせてるだけの、ただの臆病者だ!!」
ビキリ……とグールスの逆鱗に触れる。
しかし、アストは退かない。退けるわけがない。
「どれだけバカにされたっていい。みっともなく、ダサくたって構わない。それでもこの勝負だけは絶対に負けられない! 何度だって立ってやる。それが僕の『強さ』だ……!」
「雑魚のくせに語ってんじゃねええええええええええええ!!!!」
アストは構えを取る。グールスは詠唱を開始する。
「土の精霊よ我に力を 大地よ叫びを上げろ 地を破壊し敵を穿つ 何よりも堅き壁 今こそ何よりも貫く力となれ!!」
怒りを詠唱に乗せて、5節の詠唱を紡いだ。ここにきて最強の攻撃を繰り出す。
「『レイジングガイアランス』!!!!」
土色の魔法陣がいくつも展開。そこから巨大な槍状の岩が生成される。その数は……10!!
複数の同時魔法攻撃はアストも見たことがある。カナリアの、水の弾を撃ち出す『ウォーターハウル』やリーゼの、血液を使って無数の剣を生成する『ブラッディ・バルストス』。
どちらも数で言えば『レイジングガイアランス』よりも多い。だが、1発1発の大きさや威力で言えばこちらの方が圧倒的に大きく強そうだ。
まさに巨岩の連続投擲。魔力を纏っていてもただでは済まない。
なにしろ5節の魔法だ。これは2節や3節とは桁違いに強い!
「くらえゃ!!!!」
発射。10の岩の槍が襲い来る!!
「く、ぐ、ううううおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
武器がないから防げない。ガードなんて絶対無理だ。腕が貫通してしまう。避ける。全部避けるしかない。
「災害」という言葉が適当なこの状況。「避ける」と一言で言っても至難の業だ。
1発回避。続く2発目もなんとか回避。3発目。ここでアストは足をもつれさせる。
積もりに積もったここまでのダメージが響いた。ガクン、と体を落とす。
岩の槍が直撃する!
「ふっ!!!! ぐうぅぅぅぅぅぅ…………が、があああぁぁ!!」
避けられない。そう思った瞬間に、局所に魔力を集中。一点にのみ防御性能を向上させる。それはガードに出した右腕。ガードしても腕を貫通してしまうというのなら、そこを堅く守る。それしかない。
なんとか魔力を集中させた右腕に岩の槍をピンポイントに合わせることに成功する。これが失敗してしまえば自分の体に穴が開いていた。魔力を集中させたことで他の部分が薄くなっているからだ。
しかし、これで安心……なわけがない。魔力を集中させればノーダメージ。そんなわけない。それほど「魔法」は甘くない。それも5節ともなれば。
ミシミシと腕が悲鳴を上げる。
強化魔法をかけても、魔力を纏っても、魔法で生成された巨岩は重みが段違い。ヒョイと軽々吹き飛ばせる物ではない。それが勢いよくぶつかって来たならどうなるかなどすぐ想像できる。
アストは数秒と耐え切れず吹っ飛んだ。そこに追撃。直撃こそしないが、衝撃で吹っ飛ぶ。それを何回食らったことか。
「ひゃはははははははは!! 魔法が使えねえ奴がここに立つとどうなるか身をもって知っただろうが雑魚野郎! 弱い奴が強い奴に逆らってんじゃねえよ!」
観客を味方につけたグールスは勝利を確信する。
………………が、
「まだ…………だ……!」
アストは立つ。ガードに使った右腕をグシャグシャの血だらけにして。
右腕はなんとかギリギリ折れてはいない……か? 少なくとも骨にヒビは入っているだろう。
たとえ、そんな状態になっても。
まだ、僕は負けてないぞ。言葉に出さずとも目でそう告げる。
グールスはイラつく。さっさと負けを認めろ。諦めろ。そう言いたげだ。
「来い……!」
アストは自分の纏った魔力を消した。構えを取る。
「ざけんな。何が『来い』だ。ざけんなぁぁ……! ざけんなあああああああぁぁ!!!!」
グールスは怒り、イラつきを全て乗せた拳を打ち放つ。
グールスの右ストレートにアストは左の手の平で受け止めようとする。
その時、アストの頭では過去のジョーとの修行のことが脳裏を駆け巡っていた……。
♦
「アスト。今からカウンターバーストの仕組みを教えてやる」
そう言ってジョーは粘土と絵具をドン!と出してきた。これを何に使うというのか。
「いいか。まずカウンターバーストっつーのは魔力のある現象を利用した技だ。そこまではいいな?」
「はい」
「その現象とは……『吸収』。魔力は自分と限りなく似た性質の魔力とぶつかると差別化ができなくなって1つにくっついて統合しちまうっっていう現象があるんだ」
自分と限りなく似た魔力とぶつかると……? わ、わからない。いきなり話が難しくなった。
混乱しているアストの様子を見てジョーは仕方ねえかとばかりに粘土を出した。
「まずはこっちの説明から先にするかぁ。いいか、この世界にある魔力は3つに分類できる」
「3つに……分類?」
「そうだ。まずは『空気中に漂っている魔力』」
そう言ってジョーは何も塗ってない灰色の粘土をアストの前に置いた。
「これは誰もが使えるフリーの魔力だ。皆ここから勝手に取って自分の体に入れて『魔法』を使う」
「ふむふむ」
ああ、この粘土はその説明を可視化させるための物だったのか。
アストは勝手に納得した。
「次に。『自分の魔力』」
ジョーは別の粘土を取り出し、それに「赤色」の絵具を塗ってアストに手渡した。
「空気中から取ってきて体に入れた魔力はこの分類になる。この時点で空気中にある魔力とは若干質が異なってくる」
「空気中にある魔力と質が違うってなんでわかるんですか?」
「お前だって体の表面に魔力を纏ってるだろ? もしこれが空気中の物と同じ質なら表面に付着せず空気に溶け消える。自分の体の表面に留めて置けるのはそもそも空気中の物と自分の体内にある物とは質が違うからって理由らしい。つまり、完全な別物だな」
ふーむ。そんなことだったのか。空気中の魔力と自分の中にある魔力は「質」が違う……っと。
「そして3つ目。『相手の魔力』」
また新しい粘土を取り出して、それを「青色」に塗る。それをジョーは自分の手に持った。
「体内に入ったから空気中とは違う質。だから青色なんですね。……あれ? 僕のと色違くないですか?」
空気中の魔力と表された粘土は灰色。アストに渡されたのは赤色。ジョーが持っているのは青色だ。
空気中の物と体内にある魔力が違う色というのは理解できたが、どうして自分のとジョーのが違うのかわからない。
「人によってもその質が違う。これは個人の癖によるところが大きい。この粘土にしたってどの色に塗るかは人次第だろ? 俺は青が好きだから青に塗った。お前は赤が好きだろうから赤に塗っておいた」
いつ僕が赤色好きって設定になったんですか……。
「そしてこの相互の魔力は絶対不可侵。『自分の魔力』は好きに使って纏ったり、消費して魔法を撃てるが……『相手の魔力』に干渉して魔法は撃てない。当たり前だわな。勝手に『自分の魔力』が消費されて相手が魔法撃ってくるなんてメチャクチャだ。それに相手の纏った魔力と自分の纏った魔力がぶつかり合っても個人によって『質』が違うからくっついて混ざり合っちまうなんてことは起きねえ」
あー。そっか。魔力を纏った同士で肉弾戦をする時にお互いが同じような『質』だとぶつかった時に混ざっちゃうのか。あれ? 混ざるとどうなっちゃうんだろう……?
アストの疑問に、聞かざるしてジョーは答える。
「もし、自分と相手の纏っている魔力の質が限りなく近かった場合」
ジョーはアストの赤色の粘土を取り上げて、表面を削って「赤」をしっかり落とした後、それを「青色」に塗った。ジョーの持っている物と同じ色だ。それをアストに手渡す。
「ぶつかった時、お互いの魔力はくっつき混ざり合い、『元の所有者』というのがわからなくなる。自分は元々どっちに纏われていた魔力なのか。こいつか、あいつか、どっちの物だ? どっちも同じ質の魔力を纏っていたもんだから判断がつかねえ。じゃあこの混ざり合って巨大になった2人分の魔力はどこに行くんだ?」
ジョーは自分の持っている粘土とアストに渡した粘土をぶつけた。すると2つは組み合わさる。
しかし、どちらも青色なのでどっちがアストの物だったのか、ジョーの物だったのか、わからない。そうして大きな大きな青色の粘土が出来上がった。
空気中の物とは色が違うから空気中には溶け消えない。じゃあ……
「そう。自分か、相手か、どちらかの手に『全部』渡っちまうのさ。丸ごとな。それによって結果……纏っていた魔力を強制的に全部奪われた一方と、相手の分の魔力まで手に入れて纏った一方が出来上がる!」
今、青色の粘土はジョーが持っている。対する自分は粘土を持っていない。「青色」になってしまったせいでジョーの方に「吸収」されてしまったのだ。それによってアストは『自分の魔力』を表す粘土を失ってしまっていた。
「もう気づいたんじゃねえか? 『カウンターバースト』は自分が纏った魔力を相手が纏っている魔力の質に限りなく近づけることによってこの現象を故意に発生させる技だ」
そうか! 今のこの状態。ジョーさんが僕にカウンターバーストを使った時と一緒だ。
自分が魔力を纏って攻撃したら、ジョーさんに「纏っていた魔力」を全部奪われて、向こうはその倍加した魔力の一撃で反撃してきた。まさにあの状態の再現だ!
あの時、ジョーさんは僕の纏っていた魔力の質に限りなく近づけたものをその身に纏っていたのか。全然気づかなかった。
しかし、すぐに問題点が見えてくる。
「それだと、もし僕の方に偶然その魔力が渡っちゃったらどうなるんですか? 『カウンターバースト』を狙ってたジョーさんの方が魔力を失って、相手である僕が全部魔力を奪って攻撃しちゃうことになりますよ」
そうなのだ。魔力が、どちらも同じ質の物を纏っていたから『自分の持ち主』というものがわからなくなるのなら……こちらに来てくれることもあれば、あちらの方に行ってしまうこともある。
そんなことになれば本末転倒。完全な運任せの技というのならリスキーすぎる。魔法戦闘において、魔力を纏ってない状態で魔力を纏った相手に立ち向かうなど無謀すぎることなのだから。
「ところがそうはならねえ。この『吸収』という現象の面白いところでなぁ。同じ質の魔力がぶつかった時、後発的に生まれた新しい方の魔力に吸収されて1つになるってルールみてぇなもんが存在するのさ」
「後発的……?」
「簡単に言うと、後から魔力を纏った方に全部流れるんだよ。後出し有利だ」
あ……今思い返せばジョーさんは僕の攻撃を受ける直前まで魔力を消していた。そして僕の攻撃が接触した瞬間にまた魔力を纏った。
あれは、魔力の「吸収」という現象によって必ず自分側に魔力が来るように調整してたのか!
「つってもどっちが先か後かなんてのは魔力側も判定しづらいらしくてな。数秒経っちまえばもうそんなことはわからなくなるらしい。だから相手の攻撃を受ける瞬間まで消しておいて、攻撃が自分に接触する瞬間にまた纏う……とかでもしねえと『こっちが後から纏われた魔力だ』って判定されねえんだってよ」
えぇ…………。相手より後ならいつでもいいってわけじゃないのか。攻撃の瞬間まで纏った魔力を消しておかなきゃいけないなんて……危険すぎる。タイミングを間違えばとんでもないことになる。
「それで、自分の魔力の質を相手の質に近づけるってどうやるんですか? 簡単なんですか?」
「ああ? んなの相手の纏ってる魔力をとにかく観察しまくって、どんな風に纏ってるかとか癖を見つけて、寸分違わずそれを真似して、奇跡的にそれらが合ってたら『カウンターバースト』成功だ」
「めちゃくちゃ難しいじゃないですか!!」
「ちなみに俺は修行開始時点からお前の纏ってる魔力をずっと観察してきたからなんとか成功したが、普通の戦闘中にこれをやるなんて不可能もいいところだ。アホのやることだな。それに加えてしっかりと相手の癖を見抜けるほどの目と、かなりのレベルの魔力コントロールが必要だからなぁ」
「ええええええぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!? そんなこと無理ですって! 僕の魔力コントロールってまだ初心者に毛が生えた程度ですよ!? いや、上達したってそんなこと可能なんですか!?」
「だから言ったろ。この技はめっちゃ強いが、覚えるのも難しい、使う状況だって難しい。難しいことだらけの必殺技だ」
次回、アストVSグールス決着です
 




