118話 強者と弱者
「いくぞぉ、アストくんよぉ!!!!」
アストは魔力を纏う。
グールスは開幕、突進を開始した。
(変にカッコつけるな……そもそもの実力差だってあるんだ。とにかく食らいついて隙を見つけるしかない!)
アストは纏った魔力をさらに厚くする。防御態勢だ。
「んなので…………防げんのかぁおい!!!!」
ズン……!と重い一撃がアストのガードで出した腕に響く。
さすがは魔法武器での攻撃だ。魔力で防御してもダメージがくる。
「おら! おら!! おらぁ!!!!」
拳の連撃。グールスのナックルダスター型の魔法武器─【タウロス】は片手だけでなく両手にはめられている。故に連撃の全てがこちらにダメージを通してくるものだ。
「耐えろ……今は、耐えるんだ……!!」
防御に集中だ。一発でもまともに受けてしまえば逆転不可能なところまでいきかねない。
「堅き盾よ 鉄壁を崩す矛となれ 『ガラルエル・ゴース』」
2節の詠唱を唱え、グールスの【タウロス】に刻まれた「岩」の紋様が光る。
背後に土色の魔法陣が出現し、そこから多数の岩が出てきた。それらがナックルダスターに鎧のように纏われていく。
それによりグールスの【タウロス】は強化された岩のナックルと化す。まるで両手に巨大なハンマーでも装備しているかのようだ。
グールスの属性魔法は『土魔法』。岩などの物体を扱って攻撃するのも土魔法の一種だ。
ゴーレムを生成する以外にもこういった直接的な攻撃魔法も存在している。この多様性も、さすがは5つの基礎属性の属性魔法であるといったところだ。
「うおらぁ!!!!」
「っ!!!!!!! 」
アストのガードごと岩のナックルが殴りつける。
ガードなんておかまいなしの一撃にアストは体全体に衝撃を伝わらせる。魔法武器だけでの打撃と属性魔法ありきの打撃。どちらが強いかなど比べることすらバカらしい。もう腕が悲鳴を上げつつあった。
「我が立つ足場を武器と化し 地を突き上げ天を裂け 大地の槍! 『グランコイル・ファレスト』!!」
3節詠唱の土魔法。
アスト付近の床に土色の魔法陣が展開。そこから尖った岩が突き上げるように─まさに詠唱の通り「槍」として─現れる!
予想外の下からの攻撃はアストの腹に直撃し、そのまま上へと打ち上げた。
「ぐ………ぶっ!!」
アストは打ち上がった空中で血を吐く。魔力を纏っているだけでは「魔法」は防ぎきれない。
(マズイ……このルール、「聞く」と「体感する」とじゃ全然違う…………! 想像以上にヤバイ!!)
武器を取り上げられたことによって必然的に近接戦はグールスに軍配が上がる。そんなことになってしまえば通常の魔法の撃ち合いにも影響が出る。
グールスだけが魔法武器を使っていることによって魔法の発動速度や威力も彼に軍配が上がる。
通常戦闘と魔法の撃ち合い。どちらかで劣ればどちらかで勝ればいいというのは魔法戦闘の教えにもある。だからこそ今の状況が想像する以上に絶望的だと体感して初めてわかったのだ。
アストは攻撃魔法が使えない。だから魔法の撃ち合いに関する検討は意味がない。その点から見てもグールスは攻めやすかった。なにしろ遠距離からの攻撃はまずありえないからだ。
彼が取れる戦法は強化魔法を自分にかけての拳による攻撃。そうとわかれば魔法をひたすら打ち込んでも良し。自分を属性魔法で強化してめった打ちにしても良し。どうしたって有利なのだ。
「休んでんじゃねえぞコラ。おい。舐めた口きいてなんだそりゃ。全然大したことねえじゃねえかおい!!」
ゴッ! ドゴッ! バスッ!!!!
攻めれば攻めるだけ優位に立てる。ならば休ませる理由なんてあるわけない。
魔法を受けてもすぐに立とうしたアストにさらなる連撃。ガードもままならないアストは3発まともに受けてしまう。その度に意識が途切れそうになる。
「く、そぉ!!!!」
今だ。
アストは反撃とばかりに『ファルス』をかけ直す。そしてさらに魔力を多く纏った拳を叩きつけてやる。
その拳はグールスの胸の中心を捉えた!!
「ぐっ!?」
その呻き声は…………アストの物だった。
(な、なんだ!? 殴ったところが……異様に硬い!!)
グールスの体の、拳を受けた部分には「岩の鎧」が纏われていた。これは詠唱ありきの魔法ではない。『土魔法』の初歩的な防御。魔法で生み出した岩を纏って防御性能を上げるのだ。
『土魔法』の特性の1つは『鉄壁』。属性魔法の中で防御に関しては右に出る魔法はいない。
岩の鎧によって守られた結果、アストの拳はグールスに通じず、アスト自身の拳にダメージも与えていた。
(ルールによってこっちの力が制限されてるだけじゃなく、こっちの攻撃まで通じないのか!?)
ここまでくれば卑怯を通り越して悪辣だ。このフィールドではアストの全てが許されない。
八方塞がり……いや、まだ1つだけある。あるぞ……逆転の手が。
かなり危険な手だけどやるしかない。
アストは左手を前へ突き出し右腕を引き絞る構えを取る。
そして、自分の纏っている魔力を……解除した!
それにグールスも、観客の生徒も全員驚く。
何をやっているんだと。中には自分の魔力感知を疑った者もいるかもしれない。
「あれれアストく~ん。もしかして魔力の纏い方も忘れちゃったかな~?」
グールスの煽りに観客も盛大に笑った。「アストならありえる」「それ面白すぎでしょ」「もう降参したんじゃね?」と。
だが、
「ああん……?」
アストの目がまったく諦めていなかった。なにやらこちらを注視している。何かを読み取ろうとしている?
(こいつ、何を企んでやがる)
グールスはアストのバカげた行動に、表面では煽るも内面では怪しむ。
事前にあそこまで啖呵を切った奴がまさかここに来てもう諦めたなんてことは考えづらい。
「まぁ……関係ねぇか!」
引き続きグールスは岩のハンマーと化している拳を繰り出した。アストへ右ストレートが迫る。
(来た……!)
アストはそれに対して左手の平を突き出してグールスの右ストレートを迎え入れる。それらが接触する瞬間…………再び魔力を展開した!
アストのわけのわからない企みは、
「ぶっ!!!!!!」
失敗らしき形で終わった。グールスの右ストレートがモロに顔面へ直撃する。
魔力も展開したばかりか防御に上手く集中できず、大ダメージを負った。
「意味わからねえ。マジで頭おかしくなったのか? 何してんだお前」
「くっ、…………まだ、ダメだ。まだ、違う。もっと近づけなきゃ……」
「?」
アストが何かを狙っていることは明白。しかし、何をしようとしているのかがわからない。
何も武器を持たない少年はブツブツと何かを呟く。なんなんだ……? とグールスは舌打ちしながら怪しむ心を強めた。
♦
「アスト。お前にそれがやれるか?」
アストの挙動を見ていたジョーはほう……と面白気な目を向ける。彼のやろうとしていることがわかったからだろう。
「アストさんは何をしているんですの? 纏っている魔力を消したり、攻撃される瞬間にまた纏ったり。あんなことすれば防御も間に合わなくなって余計にダメージが大きくなるだけですわよ? ただでさえ防ぎきれていないといいますのに」
リーゼはわかっていなかったが……魔法戦闘に関して詳しいガレオス、魔法や魔力のことに詳しいベルベット、魔工と言えどそのベルベットと同等の力を持つ規格外魔工であるアンリーはすぐに気づいた。
「ジョー。お前けっこうえげつねー技教えるじゃん。なに、アストそこまで魔力のコントロール得意になってんの?」
「いいや。まだ全然だ。この戦闘中にはどう転んだって無理だろうなぁ」
ベルベットを通じての知り合いであるアンリーとジョーはアストの現時点での実力を確認をしていた。自分以外が理解していることにリーゼは機嫌を悪くする。
「だから何をしようとしているんですのっ!」
「多分だけどアストは『カウンターバースト』を狙ってる」
「カウンターバースト?」
代わりにベルベットが答えた。リーゼはその単語に聞き覚えがない。
「当たりだ。まぁ実用するのは難しいってんで今の魔法使いはほとんど知らねえだろうがな。魔力のとある性質から発生する現象を利用した攻守大逆転の一発さ」
「はぁ……?」
「見てりゃわかる。アストが成功すればの話だがな。俺の見立てじゃ不可能。成功する確率は5%くらいあれば最高の部類じゃねえか? 如何せん技の難度がアホほど高ぇからなぁ」
5%。その数字を聞いてベルベットは冗談じゃないと吐き捨てる。
この技の性質上、さっきみたいに失敗すれば相手から手痛い一撃を魔力の防御をほとんどなしで受けることになる。
それはすなわちアストの体はひたすら痛めつけられることになるということだ。
ベルベットにとってそんな光景は拷問に等しい。我慢が限界に来つつあった。
♦
「来い……!」
アストはまた纏った魔力を消して構えを取る。意味がわからない。
「イカレちまったみてえだな。じゃあお望み通りボコボコにしてやるよぉぉ!!」
アストの行動に変わらずグールスは接近。なんの攻撃魔法も防御魔法も使われないのでこの接近を阻むものはない。
何度目かの岩のナックルがアストへと。
そしてまたもアストは魔力を纏ってない状態にもかかわらずグールスの拳に合わせて左の手の平でガードしようとする。
接触する瞬間、アストは消した魔力を放出。これも同じ。
(クソ……まだ、違う…………!)
アストは歯噛みする。これでもない、と失敗を悟る。
グールスの拳はアストのガードを突き破り顔面を打った。
「く……ま、だ………」
アストは再挑戦。また魔力を消す。グールスは拳を繰り出す。
「っ!!!!! かっ!!!!!」
また失敗。今度は腹へ。息を吐き出し胃の中の物が体外へ吐き出されるのを防ぎながらよろめく。
「も……1……回………………」
挑戦。が、その前に拳が飛んでくる。
岩の拳による容赦のない連打。
辺りに血が飛び散り、少年の苦しみ吐き出す声が響く。
これに歓喜を上げる狂った生徒もいれば、すでに見ていられないと目を背ける生徒もいた。
「あ…………ぁ……………」
鼻血がポタ、ポタ、と地に落ち、口を切ってそこからも血を流す。
全身が痛みを訴え、視界がぼやける。
頭は思考が停止しかけ、足は安定して立てず、その場で足踏みするようにしてなんとか立てているといったところか。
そんなアストの胸にグールスは蹴りを入れる。そうすると簡単に倒れた。
「過去にお前と同じ手口で5回ほど学内戦をしたが……お前ほどサンドバッグだった奴はいねえよ。面白すぎるだろお前」
こみ上げる笑いを堪えるグールス。何もできず、さっきから意味のわからないことを繰り返す、無様に倒れるアストを見下ろす。
「な、んで……」
「あ?」
「なんで…………こんな、ことするんだ。どう、して……」
やっていることは弱い物イジメ。アストが彼に生意気なことを言ったかもしれないが、始まりこそ2人の接点なんてなかった。なんの脈絡もないスタートだ。
「理由なんて必要か? 俺はただ弱い奴を食らうのが好きなだけだ。いや……本音を言うと、1つだけあるか…………」
イジメるのが好きなだけ。そう。それだけ。それ以外にあるとしても。
「俺も腕っぷしには自信がある。けどなぁ……世の中俺より強ぇ奴なんかゴロゴロいる。同じ学年で言やぁアンジュ・シスタリカだってそうさ。ありゃ見てくれだけは顔や胸、尻は良い女だが、中身は頭のネジが5、6本とんでるガチの化け物だ。平気な顔して同級生も半殺しにするようなイカれた女だからな。2年のほとんどがあいつに怯えて顔を窺う毎日さ。情けねぇが俺だって怖くてたまらねぇ」
グールスは語りだす。「好き」という理由よりも本命の理由を。
「そんな上の連中に汗水たらして頑張って挑戦して栄光を手にするよりも、下の弱ぇ連中を食い散らかして気持ちいい思いする方が楽でいいだろ。現に俺はこの学院で最強ってわけでもねえのに好き放題やってる。お前みたいな弱ぇ奴らをパシらせて、気が向けばいたぶって、王様気分だ。おまけに学内戦は連戦連勝。これほど楽な人生ねえよ。これこそが『真の強者』さ」
頑張ることになんの意味がある。そんなことするよりも弱者を自分の好きにした方がいい。
なんとも賛成し難い考えだが、「生物」としては一番正しい答えとも言える。
「人」としてはクズの極みと言えるが。
「そこに、今度はお前がやってきたわけだ。楽しみだぜぇ。お前に命令して同部屋の奴に何やらせてやろうかなぁ。見たとこけっこう可愛いじゃねえか。なんだっけ、カナリア? ライハ? くく、あいつらも奴隷にできたらどれだけ楽しいかなぁ。気の強そうな女の方は穴という穴にぶち込んでやりゃ可愛い顔して泣いて屈辱に震えるだろうぜ。もう1人の人形みてぇな女も俺のブツをしゃぶらせた時にどんな顔するか想像しただけで勃ってきやがる。くくっ……はっはっは」
アストに耳打ちする程度の声で話す。周囲には聴こえていない。アストだけが静かな怒りを燃やす。
だが、グールスはまだ止まらない。徹底的にアストを追い詰める。
「おーい! お前ら聞いてくれよ。この学内戦、俺がこいつに申し込んだように見えるだろ? けど、そうじゃねえんだ。生意気にもこいつの方から俺に申し込んできたんだぜ! 魔法もまともに使えない雑魚のくせによー!! おら、言ってやれ!!」
次は周囲に聴こえるように大きな声で。それは一部だけ切り取ったグールスにのみ都合のいい情報。これではまるでアストが2年生に喧嘩を売ったように思える。
「えー! さすがにそれは身の程知らなさすぎでしょ」
「いくらなんでもねぇ。あいつ魔法も使えないのに2年相手に学内戦って」
「いつも通りグールスの方から吹っ掛けたと思ってたけど発端はあの1年かよ。うわー、それでこれとか……だっさ」
「バカだなー。早く降参しとけよー。はっはっは」
会場が笑い声で満たされる。ベルベット達、カナリア達、ミーティアと氷華の2人、アンジュ、それぞれは笑うことなんかない。むしろ気分が悪くなる。アストはそんな奴ではないと知っているから。
嘲笑の渦の中、アストは悔しそうに拳を握る。目に涙も滲む。
悪意が少年を包む。せっかく振り絞った理不尽に立ち向かう勇気さえへし折られようとする。笑いものにされ、立つ力を蝕まれる。
♦
「殺す」
ベルベットは杖を持って魔法を解放しようとした。表情を消して静かに殺意を呼び起こす。
この次の瞬間にはグールスの体の欠片が四方八方に飛び散るだろう。はたまたそれを認識する間もなく消滅しているかもしれない。
「待てベルベット」
ジョーはベルベットを諫める。訂正するが、それは彼女が生徒を殺すという教師から外れた考えに関してではなかった。
「アストは男をかけてこの勝負に臨んだんだ。ここで自分の女に助けられでもしてみろ。死ぬより惨いぞ……!!」
「─ッ! でも……!」
このままでは、アストは。
ベルベットはギリリ……と歯ぎしりする。男だとか女だとか。古臭いし、よくわからない。
けれど、たしかに今ここでアストを助けてしまえばもう二度と彼は立ち上がれなくなる。不思議とそんな気がしてしまった。
(アスト……)
力になれない自分が悔しい。あの少年が自分に今日までこのことを隠していたのも心配させないためだ。
彼を助けられない。耐えなければならない。どれだけ血を吹いても、どれだけ周りからバカにされて屈辱の限りを尽くされても。
ベルベットはポロポロと涙を流して席に戻った。
なんか今回の話微妙にエロくないですか?




