117話 『リミテッドバトルマッチ』、スタート!
~3日後~
「はいはいはい! 来ました来ました来ましたぁー! 学内戦が今日もやってまいりましたよー! 実況はもちろんこのミランダでーす!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「きゃああああああああああああああああ!!!!」
男子生徒と女子生徒による狂乱の叫び声。学内戦になるといつもこうだ。
生徒同士が己の力と魔法によって競い合う学内戦。勝者は称賛され、敗者は負けの烙印を生徒の環視の前で押され、苦渋を舐める。
そうなりたくないのなら、勝つしかない。そんな貪欲な想いがより強さの高みへと昇らせる。
そんな想定の下、作られた伝統の戦い。今では賭け事すら行われるが、そんな側面もたしかに生きている。
「今回の対戦カードはアスト・ローゼンとグールス・アンドレイなのですが……ああ、またこれですかー……。えーとですねぇ。両者の合意により事前に対戦ルールが決められているようでーす」
ミランダは実況だというのに声のトーンを落とす。それに伴い、生徒たちもグールスという者にとって「周知の事実」となっていることを思い出す。
♦
~数日前~
「はあ? 学内戦をすることになった? しかもあんたが言う先輩ってグールスって人でしょ? なんでよりによって……」
グールスとの一件があった後、自分の部屋に帰ってきたアストは開口一番カナリアとライハに学内戦をやることを打ち明けた。
アストはどういった経緯でこんなことになったかを話すと、カナリアはその手口に相手に思い当る。
「知ってるの?」
「弱い奴を狙って学内戦してイジメるクズ野郎で有名よ」
「先輩にクズっていうのは……」
「あんた自身もそこまでされてるんだから。つまりあんたもそいつから無事弱い認定を受けたってことね。おめでとう」
複雑だな~。そんな直接的に言わなくても。もしかしてカナリアさんも今僕のことイジメてません?
「とにかく。気をつけなさい。そいつは学内戦の前にあるルールを提示してくるはずよ。まずはそれを呑まないこと。呑んでしまえば最後、絶対に勝ち目はないわよ」
「え…………」
あるルール……なんか心当たりがある気がするぞ。あ、あれ……?
「あんたまさか…………」
「多分、呑んじゃったかも、そのルール」
♦
「今回の学内戦のルールは『リミテッドバトルマッチ』でーす! はぁ…………やっぱりこれだった」
『リミテッドバトルマッチ』─そのルールは至って単純。
「このルールでは武器に制限があります。剣などの刃がついた危ない武器禁止!! それだけです! こうなれば大抵の武器は禁止されるんですけど…………」
「くくく」
グールスは、拳にある物を装着する。
それは……「ナックルダスター」。拳にはめて攻撃力をアップさせる武器だ。メリケンサックである。
これだけ見ればグールスはこのルールに備えて武器を用意してきた。そのように思えるが、これの悪質なところはこの武器が、元々グールスの使っている「魔法武器」であることだ。
この戦闘では武器に制限があれど「魔法」に制限はまったくない。ルールだけ見れば魔法武器なしでの魔法戦闘が推奨されていることが想定できる。
グールスの標的になった相手はこのルールを提示された時、比較的過激にならない部類の戦いになるこのルールを簡単に呑んでしまう。
しかし、相対してしまえばどうだ。
こちらは魔法武器のサポートはおろか、満足な武器さえも持てず素手の徒手格闘を強いられる。
あちらも拳での戦闘とはいえ、だ。それが普段の戦闘スタイルなことに加え、魔法もサポート有りの万全の状態で放つことができる。
しかもグールスの狙う相手はどれも自分よりも弱いと判断した者ばかりときた。ここまでお膳立てされていればグールスが負ける理由を探す方が難しい。
この汚い方法を用いて、グールスは過去5戦の学内戦において無敗を誇っていた。それも全て一方的に打ち負かして。
アストもまんまと、見事に、毒牙にかかった。
自分はろくに魔法も使えないから相手が魔法武器を捨ててくれるならそっちの方が好都合だと思ったのだ。それにどの道アストの武器は魔法武器ではない通常武器。やはり相手に武器を使わせない方が良い。
だが、蓋を開ければさらなる窮地に追い込まれた現状。負ける要因しかない現時点にかなり大きな不利を背負う羽目になった。
だが、これだけではないのだ。まだアストにはある。制限されているものが。
♦
「アスト」
「ライハ? どうしたの?」
「魔王の力……使うの?」
ライハはグールスが提示したルールを聞いてもなんら焦ってはいなかった。それは他人事だからという理由ではない。その上でアストは勝つと思っていたからだ。
魔王の力についてはバハムートのムウがこの部屋に来た時にカナリアにもガイトにも情報を共有した。ライハは不機嫌そうだったが、今になってずっと秘密にしておくのは無理だと判断したからだ。
そこで打ち明けた中に……グランダラスのこともある。
アストの『無限の創り手』によって生み出されるグランダラスの変身武器─【グラトニーガントレット】。あれを使えばグールス相手でも楽勝だ。専用強化魔法『インパクト・ファイカー』一発で沈むことになるだろう。
それなのに……
「ううん。今回僕は『魔王の力』は使わない」
「は!? なんでよ!」
「今回こうなったのも僕が安易に『力』を振るったからなんだ。『魔王の力』は自分の中にある『力』なんだけど……自戒の意味を込めて使わない。元々人前であんまり見せちゃいけないしね」
武器制限の上に『魔王の力』も制限。そして当たり前だが……
(「そういうことだから。アレン」
(「ふん……お前がそれで良いなら従う。手出しはしない」)
アレンも頼れない。きっとアレンを頼れば『魔王の力』を使う以上に秒殺できる。それも二度と歯向かうことのないように牙を完全に折って。
けど、そんなことをしても意味がない。また誰かの反感を買うだけだ。
なら、「自分」が皆に認められるしかないんだ。疑われるような力ではない。
等身大の力で、アスト・ローゼンは弱い奴ではないんだと。
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「私としてはアストくんを応援したいところなんですけどぉ…………」
ミランダが観客席の方を見渡すと……
「アストとか無理だろ。無理無理」
「これでグールスの6勝目かー」
「あいつクッソムカつくけどアストじゃなぁ……」
「せいぜい病院送りにならないよう気を付けろよー」
「でもよ。ぶっちゃけアストがどこまでボコボコになるか気になるよな」
観客席はなんというか、学生の彼らに酒の肴なんて言葉を使うのは変かもしれないが、これをショーの1つとしてしか見ていなかった。
アストが見世物になって倒されるショー。グールスのやり口は生徒の皆から不評があるが、今回ばかりは違っていた。
魔力がろくに使えない。属性魔法が使えない。魔法武器を持っていない。強くない。…………それなのに様々なところで活躍する。
不正を働いているのではないか、とアストもそれなりに不評を買う存在であった。
それに加えて女性の影が多すぎることもあって、本気の悪意というわけではないが誰かに痛めつけられるというのも面白いと思う男もいるのだろう。
ここまでの悪評が多いグールスの勝利を見たい、アストが無様に負けるところを見たい、と思う生徒が大体数になってしまっていた。
武器、力、頼れる相棒。それどころではなく味方すらもいなくなる。
こういった場所で周囲の声というのは時として力になる。応援してくれれば力がみなぎるというのは単純な話だが捨て置けない要因だ。
「くっくっく。お前だーれも味方してくれてねぇな。見ろよ、こいつらを。聞けよ、この声を。こいつらみーんなお前がぶっ倒されるところが見てぇらしいぜ」
「…………」
まだ戦いは始まっていないのに。ジワジワと追い詰められている気がする。もし、ここで負けてしまえば、もう再起はありえない。そう感じてしまう。
勝たなきゃいけない。いけないのに……肝心の自分からは牙を抜かれ切ってしまっている。
(自分のやれることを、やるしかない……!)
アストは拳を強く握りしめた。
♦
「ちょっと、これどういうことよ!!!!」
観客席の一帯。ベルベットは怒りを露わにして共に座っていたジョーに詰め寄る。
その横にはガレオス、リーゼ、さらには知り合いが出るということで保健室からあまり出ないアンリーも見に来ていた。
「どうもこうもねぇ。黙ってみてろぉ」
「今のルールを聞いて黙っていられるわけないでしょ……? こんなの『勝負』なんかじゃない! ただの『公開処刑』じゃない!!!!」
アストの関係者としてこの場所に入場させてもらったジョーはベルベットを収める。それでもベルベットは黙らない。
勝負ではなく、アストをいたぶるだけのもの。そんなこと許せるわけがなかった。
これのどこに勝負の要素があるのか。お互い同じ条件に見せかけてアストにだけ不利な点を押し付けている。
無抵抗の相手を血だらけにして気が済むまで殴り続ける。そんな惨劇が起こるに決まっている。
ベルベットはこれ以上にないくらいに怒っていた。それをこの当日まで黙っていたジョーに。
「聞けばアストの方から学内戦を申し込んだんだろー? じゃあ別に悪いことないじゃん」
「本気で言ってるの? それもこれもジョーが全部仕込んだらしいじゃない! ガレオスもクソ吸血鬼もなんとか言ったらどうなのよ!」
アンリーは席に胡坐をかいて楽観的なことを言う。その友人に期待できず、他の意見を聞こうとする。
「結果を見定める。これも試練と思えばいい」
「アストさんが勝ちますもの。騒ぐ必要はありませんわ」
こいつら……とベルベットは目に諦めの色を濃くする。
(まぁいいわ。アストが危なくなれば自分がどうにかすればいい。あいつ、観客席から魔法で撃ち殺してやろうかしら…………)
氷のように冷たい眼をグールスに向ける。ベルベットなら誰にもバレずに行うことが可能だ。どいつもこいつもこれを止める気がないのならもうそれで構わない。
ベルベットは杖を折れんばかりに握りしめた。
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カナリア、ライハ、ガイト、ムウが座る一帯ではやはりアストへの心配が大きい。
「アストが勝つ可能性どのくらいだろうな……」
「1割すらあるのか疑わしいところよ。それでも、きっとアストなら……!」
カナリアは改めて苦言を呈す。何度見直してもこれは勝ち目のない戦いなのだから暗いことしか言えないのはどうしようもないことだ。それでも、パートナーを信じる。
「アストーがんばれよー!」
「アスト……がんばって…………」
ムウはアストに買ってもらったお菓子をバリバリ食べながら応援し、ライハは祈る。
さらにその横には魔女のミーティアと氷華も座っていた。
「あわわわ……アストくんどうなっちゃうんだろう」
「多分、凄惨なことになる。嫌なら帰った方がいいよ」
氷華が事前にこれから起こるであろうことを予告する。それにミーティアは顔色を悪くするが……
「ううん。わたしも応援するっ! アストくんーがんばってー!」
氷華も、一応アストを応援することにした。ミーティアと比べて特に大きな接点があるわけではないが、グールスのやり方は気に入らないからだ。
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「今回の実況はアルカディア会長でーす! いやぁ~今日もかっこいい。んで、ぶっちゃけ会長はどっちが勝つとお思いですか?」
ミランダは横にいるアーロイン学院生徒会長─アルカディア・ガイウスに話を振った。聞きたいことは、この学内戦の勝者はどちらか。
「そうだね……僕はアストくん、と予想してみようかな」
「ほほぅ……それはまたどうして?」
「彼と一度話したことがあるんだけどね。彼、面白いんだ。勝つと予想、っていうより『期待』…………かな?」
「なるほどなるほど!! というわけでアルカディア会長はアストくんの勝利に一票! 皆さんも予想してみてはいかがでしょうか~!」
とうとう始まる。僕の、初めての学内戦が。
観客席を見渡すと、とある1人を避けるようにして周りが一席二席離れて座っている一角があった。
ぽっかりと空いているように見えるので非常に目立つその場所には……アンジュさんが座っていた。
僕と目が合うとひらひらと手を振ってニコッと笑いかけてくれる。
(アンジュさんも見てるんだ……。それに、僕にも味方がいないわけじゃ……ない!)
ベルベットやカナリア達がいる。それだけで、勇気が生まれる。
「さぁさぁさぁ!! 始めましょう! 皆さんカウントご一緒に!」
円形闘技場のようになっているこの場所の、観客席の前にグルリと耐衝撃の防性結界が張られる。それで準備万端だ。
「3・2・1………………学内戦『リミテッドバトルマッチ』、スタート!!!!」
・詳細レポート「リミテッドバトルマッチ」
刃等の殺傷能力の高い武器を禁止にした比較的易しめの学内戦ルール。
主に、「肉弾戦」もしくは「距離を離しての魔法の撃ち合い」のどちらかに重きを置かせるためのもの。
現在では学院生徒の1人─グールス・アンドレイが相手に一方的な強力すぎるハンデを付けるために好んで使用していることで有名になっている。
ちなみにルール外の武器を持ち込んだ時点で失格となる。身に付けることも禁止されているので普段から刃物タイプの魔法武器を使っている人は注意。過去に装備していたナイフを外し忘れて開始1秒で学内戦が終了した珍事件が一件だけ確認されている。




