11話 ようこそミリアド王国へ!
「そっち行ったわよアスト!」
「うん!」
森の中でも容赦なく襲ってくるブラックウルフ。木々を潜り抜け死角からその牙を突き立てようとしてくる。
魔物の中では最低ランクに位置するブラックウルフだが、こと森の中という条件では最低ランクとは言えない力を見せてくる。僕達が慣れていない環境では獣の方が優位に立てるのは当たり前だ。
「ベルベット! そっちに5体!」
もちろん魔物からすれば相手に気を遣うことなんてない。幼女だろうが慈悲も無く牙で蹂躙するのは変わらないのだ。
現在幼女モードのベルベットに5体のブラックウルフが迫る。僕やカナリアとは違い見るからに戦闘能力がなさそうな相手と見るや集中して狙おうと獣の本能が体を動かせたのか。
しかし、それは誤算も誤算。超大誤算だった。
ベルベットが少し念じると虚空から剣が出現する。それを手に取り迫ってくるブラックウルフに向けて走り出す。
何度も煌めく剣閃。ブラックウルフは気づく間もなく体を3、4つに分裂させられる。
可憐という言葉を体現させた小さな女の子が獣の死体を量産させていく様は美しいとさえ思えてしまった。
「あー、やっぱこの体動きづらっ!」
ベルベットは戦い終えると腕をグルグル回して小さい体躯に文句を言う。やっぱりあれって自分の想定してる動きとかにも誤差が出てくるんだな……。
動きづらいとは言ってもかなり流麗な動きだった。それこそ僕やカナリアなんかとはレベルが違う速さの動きだったとも言える。
魔女は魔法に頼ることが多いことから魔法騎士には体術でまったく敵わない。だから魔女であるベルベットがたとえ学生である自分たちよりも体術や剣術で良い動きをしているのはいくら戦いの経験という言葉があっても理解し難いことだった。
「ベルベットって剣も得意なの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、学生時代は魔女以外に魔法騎士と魔工のコースも掛け持ちしてて全部卒業してるから」
「全部!? じゃあベルベットって魔女でもあるし魔法騎士でもあるし魔工でもあるの……?」
「本業は魔女だけど正確に言うとそういうことになるわね。その証拠に自分の杖のほとんどは自分自身で作ってるし。たまに他の人に頼んだりすることもあるけど」
カナリアもそれを聞いて「バケモノね……」と驚いている。っていうかコースの掛け持ちってできたんだ。
「しかも全部トップの成績だったのよ? どう? もっと驚いてもいいのよ?」
おい、ドヤ顔するな。そういうところだよベルベット。
「剣術くらいならベルベットに勝てるかなーなんて思ってたんだけどな……」
「黙っててごめんね」
ベルベットに謎が多いのは今に始まったことじゃないから別にいいけどさ。なんだか自分が本当に弟子なのかと疑問が出てくる。
僕よりも皆の方がベルベットのことを知ってるんじゃないかな? 僕が皆よりも知ってることなんてダラけた生活面くらいだよ……。
「あっ、そろそろ着くわね」
ベルベットが指さすと森の終わりが見えた。そこまで進むと……大きい外壁に一際デカイ門が建っていた。
これが入口か……。どうやらこの街は壁に囲まれているみたいだ。
「この壁は魔人に対抗するためのものね。こんなことしてるのはここくらいだろうけど」
「ミリアド王国って有名な国なの?」
「この世界には人間と魔人のを合わせて5つの大きな国が存在するの。ミリアド王国はその1つ。別名『光の国』と呼ばれているところよ」
「光の国?」
「ここはその5つの国の中で一番大きなところなの。人もいっぱいいるし活気づいてるのよ。人の活気で光り輝いている国ってことで光の国」
へー。じゃあ今から僕達が入ろうとしてるのはこの世界で最も大きい国なんだな。
♦
「お前達、止まれ」
「……」
門の前まで行くと門兵が僕達を止めた。門兵なんてものを想像してなかったので体も固まってしまう。
「ミリアドに何をしに来た?」
「学校の課外授業でここに来ました。ミリアド王国で商業を学びに」
門兵からの問いにカナリアが前に出て答える。
ここはベルベットが答えてくれるのかなと思っていたんだけど幼女がスラスラと答えまくってたら怪しすぎるな。カナリアで正解だ。
今、ベルベットは僕の腕に抱き着いて不安そうな顔をしながら猫かぶっている。「怖いわあなた……」とか言ってるけど僕の妹って設定だとあれほど言ったよね?
「滞在期間は?」
「1週間ほどを考えています」
「ふむ……そこの女の子は? 見たところ同じ歳には見えないが……」
ここでベルベットが怪しまれた。課外授業なのに小さな女の子がついてきているのはさすがにおかしい。
だが、ここで妹設定が活きる。兄が心配になった妹ならば……無い話ということはないだろう。
「この子は僕の妹です」
「この人の妻です」
………。…………………ん?
「君……もう一度聞くがその女の子は?」
「僕の妹です」
「妻です」
「……」
門兵は聞き間違いじゃないよな……と困惑していた。今の内にベルベットと打ち合わせをする。
「ちょっと! 妹って言ったよね!?」
「だ、大丈夫よ。きっと夫婦に見えるはずよ!」
「もうすでに怪しまれてるんだけど…………別の意味で!」
ベルベットとギャーギャー言い争うと門兵はショックから抜け出したのか問いを再開する。
「君は……ロリコンなのかね?」
「違います!」
そんなこと聞かないで!!
色々と問題もありながらだが、なんとか氏名を書いて入国することができた。
僕は大切な何かを失った気がした。
♦
「いやーすごいね! 僕達の国とは大違いだよ」
ここはミリアド王国の中の「エリア1」と呼ばれる街。
ミリアド王国は全ての土地が外壁で囲まれて「エリア」という名で区分けされておりそれぞれが別の街のように機能している。それが全部でエリア1~10まであるのだ。
エリア1はミリアド王国の中でも主要の街。街の奥にはミリアド城という城がある。つまりエリア1はミリアド城下町なのだ。
ここにあるのは大きな建物に色んな店。そして人、人、人。
魔法使いの国「マナダルシア」も決して活気あふれていないわけじゃないがここを見てしまうと見劣りしてしまう。それほどに街中が祭り事のように輝いていた。
「そこの兄ちゃん! リンゴ1個50Gだよ。買ってけ!」
「はい!」
横にある店から声をかけられる。僕はお金を入れている袋から言われた金額を取り出してリンゴを1個買った。それを食べているとカナリアは呆れた顔をする。
「あんた浮かれすぎよ……」
「カナリアも何か買えばいいのに。リンゴ美味しいよ?」
「あんた見てたらそういう気分全部抜けたわ……。あんまり浮かれてると痛い目に遭うわよ」
カナリアは店なんかには目もくれずもう宿屋を探していた。まだ昼くらいなのに。こういう時は楽しまないと損だと思うけどなー。
「おっ! そこの兄ちゃん! リンゴ1個42Gだぜ! 買ってけよ!」
「はい!…………って42!?」
僕はさっきリンゴを買った店を見ると店員の人はそれに気づき目を逸らした。
ちょっと! そこの店50Gで売ってたよね!?
「だから言ったでしょ。バーカ」
「ぐぬぬ……!」
国の入口付近の店ということで勢いで買ってしまった僕はさっそく痛い目に遭った。それから僕は店からの声を警戒するようになった。もう浮かれないぞ……!
いつまでも3人で固まって行動するのも面白くないので僕達は自由行動を取ることにした。
人間の街で魔人が単独行動をするのは危険かもしれないがそれよりも好奇心の方が勝ってしまったのだ。仕方あるまい。
人間と魔法使いは聞いていた通りまったく外見で変わったところはないのでこれといって悪感情は湧いてこない。それどころか愛想が良い人もいるし好ましいくらいだ。
「なんで人間と魔人はずっと争ってるんだろう……。分かり合えそうなのに」
魔人の中には人間も恐れる異形の者もいるが誰しもに感情はある。分かり合えないことはないと思うのだが。
魔人は人間を排除しようとする。人間は魔人から自分達の住む場所を守るために戦う。
最初は魔人の方が悪かったかもしれない。
でも、今では互いが「相手に大切な仲間を殺された」という憎しみを連鎖させている状況だ。最早そこに当初の理由など存在しない。
「剣や魔法を捨てて話し合えば……そんなことを考えるやつなんかいないのかな」
すごく綺麗で輝いている人間の世界と、不思議に満ち溢れた魔人の世界。どちらも失うには惜しいもの。
そしてそれらが合わさればどれほど感動的な世界が現れるのだろうか。想像するだけで震える。
「あれ……これって」
考え事をしながら歩いていると目の前に何やら掲示板のような物があることに気づいた。そこには何枚もの手配書のような物が張り付けられてある。
そしてその中に……
『ベルベット・ローゼンファリス この顔を見たら即殺せ! 情報求む!』
と書かれていた。写真にはベルベットが笑顔でピースしている顔がある。どこで撮られた写真だよこれ。自分で提供した物じゃないよな……?
中にはガレオスさんの写真もあったり他の魔法使い以外の魔人の物もあったり。こうして見ると現実に引き戻された感が出てきた。ベルベットの言う通りかなり憎まれてるんだな……。
「どうした小僧。そんなもん見て」
「はい?」
ベルベットの手配書とガレオスさんの手配書を眺めていると後ろから声をかけられる。そこに立っていたのは目つきが鋭くちょっと顔の怖い老人だった。
「お前さん、ハンターのもんか?」
「いや……違いますけど」
言っちゃうとそのハンターの人達と戦う魔法騎士の者ですけど。
「あの、このベルベットっていう人は何をしたんですか?」
僕はそんなことを聞いてしまう。少しでもベルベットのことを知りたい。そんな想いから出た質問だが……その質問が老人の顔を険しくさせる。
「このミリアドエリア1におってそんなことも知らんとは罰がくだるぞ!」
「それってどういう……」
「名前を出すのもおぞましいが昔…………第三次種族戦争が終わった後のことだ。このベルベットという魔人は人間の振りをしてミリアド城国王の娘である姫と友好な関係を築いておった」
「ここの姫様とですか」
「そうだ。姫とベルベットは誰の目から見ても親友だとわかるほどに親密な仲だった。……だがある日、ベルベットは突然親友であったはずの姫を含めて城の連中をほとんど皆殺しにして姿をくらませた。奴が第三次種族戦争にも参加しておった魔人だと気づいたのはその後だ。今にして思えばミリアド王国を潰すために潜入しておったのだろうな」
あのベルベットが……? ダメだ、全然想像できない。
たしかにベルベットは殺すことに関して何か抵抗を持っているようなやつじゃないけど、殺すことを目的には絶対にしないやつなんだ。その話は信じられない。
「ミリアドでベルベットとは災厄の象徴。今ではどのハンターも血眼になって探している」
「そうなんですか……」
ベルベットの言う通りかなり狙われてるみたいだ。ハンターでもない人にまで恨まれてるとなれば人間の世界で生活するのは難しそう。
それより、もうベルベットの話は終わったのだが老人は僕の顔をさっきからずっと見てくる。なんだ? なにか顔についてるのか?
「ふむ……? ハンターで思い出したがお前さん誰かに似とるような気がするなぁ…………はて?」
「誰かに?」
「うむ……どこだったか、どっかのハンターのもんに似ていたような……」
なぜだ? 心臓の鼓動が早くなる。視界も狭まり頭もクラクラとしてくる。
「たしか……おっ! そうだそうだ」
老人は何かを思い出したかのような顔になって僕の顔をもう一度見た。
「エリア6のアルヴァ─」
老人の口からその答えが出てくる。その時、
「アスト」
この老人と同じように、後ろから声がかかった。
だがその声はよく知っているもの。僕の名前を呼んでいる時点でそもそも2択に絞られるが今に限って言えば出てきて大丈夫なのかと心配になる方だった。
そう、ベルベットである。
「あ、ベル…………ベル」
今は「ベルベット」じゃなくて「ベル」という名前だということを直前で思い出したせいか詰まってしまった。「ベルベル」とか言ってしまったよ。
「ごめんなさい。その人は私の連れなんです」
「なんだそうだったか。妹さんかな? お前さんの兄と話し込んでしまってすまんな」
「いえ妹ではなく─」
「いや妹です! 妹!!」
もうロリコン扱いはマジで勘弁してほしいからすぐに口を封じる。まだ門兵だったから助かったものの街中でやってしまったら即逮捕だ。
老人はすぐに去っていった。さっきの言葉の続きを聞きそびれてしまったことが心残りになる。
「うわ~。これいつの写真だっけ。映り悪ー。ってか私の許可取って載せろっての。もうっ!」
ベルベットは自分の手配書を見て顔を顰める。気にするとこそこなんだ……。
「…………私のことどこまで聞いた?」
「え……」
いつもの会話の調子でそんな言葉が飛んできた。僕はドキッと心臓を跳ねさせる。聞かれてたのか……!?
「ここのお姫様と友達になって、突然皆殺しにして逃げたってこと。それだけ」
ここで嘘をつく必要なんかないし正直に言っておく。それだけ、では済ませられない内容なんだけどね。
弟子なんだからなんでもかんでも話しておけとは言わないけどベルベットにこんな過去があるとは思ってなかった。これが本当なら……って思うところもあるけどまだ真偽は不明だしなんとも言えない。
「私のこと嫌いになった?」
「それが本当なら嫌いになった」
「えー……」
「でも、本当じゃないんでしょ?」
「………」
ベルベットはそっぽを向いて頭をポリポリとかく。何も言ってくれない。これは本当だと認めているってことじゃない。言いたくても言えないって反応だ。
「言わなくてもいいよ。僕は信じてるから」
「私のこと信じられるの?」
「いや……そりゃ魔王の力のことだったり僕に隠してることだったりと言いたいことは色々あるけど、ベルは僕の師匠なんだから。これでも2年一緒にいたんだし。……それでも魔法は使えるようにならなかったけどさ」
「そっか……」
ベルベットは気恥ずかしそうに俯く。ベルベットは隠してることが多すぎるし僕を拾ったことにも何か理由があると思う。
それでも悪いやつじゃない。それだけは信頼してるんだ。そうじゃないといくら記憶がなくて住むところがないにしても2年も弟子なんかやっていない。
「じゃあ、また後でね。僕は街をもっと見てみるよ」
「うん……」
ベルベットと別れる。少しだけ彼女のことを知れた。相変わらず不思議に包まれたままだけど。
♦
「カナリア、何してるの?」
「アスト?」
単独行動をするのも飽きてきたのでカナリアを探すことにした。カナリアはどこにいるかと思えば花を売っている店の前にいた。
やっぱり女の子だから花が好きなのかな?
「花、好きなの?」
「お母様が好きだったの。いつも花を買ってきたりするからあたしの家は花でいっぱいだったのよ」
「へー。綺麗でいいね。お父さんも好きなの?」
「お父様はあまり好きじゃないわ。いつもお母様が花を買ってきては困っていたもの。ふふっ」
カナリアは懐かしそうにしていた。武器もお母さんの形見だし、「お母さんみたいになりたいから魔法騎士になりたい」とかカナリアはお母さんのことが本当に好きなんだな。
僕の両親はどうだったんだろう。
そういえば発見だけどカナリアはお母さんの話をする時は僕にも優しく接してくれるな……。これは覚えておこう。今後のためだ。
「それでそれで? 他にカナリアのお母さんの話はないの?」
「えっとね……ってなんであたしのお母様の話を聞きたがるのよ。気持ち悪いわよあんた」
失敗だ! お母さんの話を続けさせて機嫌を取ろうとしたら気持ち悪がられた。
でもカナリア視点で見れば自分のお母さんの話聞きたがるやつって変なやつだよな……。
なんとか話を変えようと売られている花の方に目を向ける。
「この黄色い花綺麗だよね。綺麗というか……可愛い花?」
「マリーゴールドでしょ?…………あたしそれ好きじゃないのよ」
「え? なんで?」
「教えない」
なんでか機嫌が悪くなって去っていこうとする。
こればっかりはどこに悪い要素があったのかがわからない。女の子との会話ってどこに爆弾があるかサッパリ予測がつかないから辛いよ。




