107話 全ての元凶─『謎の魔人』を追え!
ってことで来ました魔法騎士団本部。アーロイン学院があるところとも、オルテア街とも違うところに建っているので少々移動に苦労したが、魔法騎士を目指す者としてこの建物を前にすると身が引き締まる想いだ。
どこかアーロイン学院に似た城のような豪華な形状。されど無駄にキラキラとした様子はなく、それでも尚そこが聖域と思わせるように眩しい。
魔法騎士が働く場所はここ以外にも数多くあるのだが、その中でもエリートの魔法騎士がここに集う。なぜならここが常にあらゆる面において「最前線」だからだ。
他の魔法騎士組織と一緒になって事件や標的を追う場合、その進捗に関係なく必ず「魔法騎士団」に指揮権が移譲される。つまりは、いつどんな時でもリーダーになって動くのだ。
魔法使いの中では最高戦力とされるこの場所。まさに全魔法騎士の憧れと言っても決して過言などではない。むしろそれでも言葉が足りないほどなのだ。
「あのー、中に入らせてもらいたいんですけど……」
僕達は魔法騎士団の中に入ろうとする。すると前の検問で簡単に引っ掛かった。
そりゃそうだ。子供が来て、はいどうぞ、と通れるなら機密なんてあったものじゃない。ここはテーマパークではないのだ。
しかし、今のアストには問題ない。なにせ魔法騎士団第一隊の副隊長からの招集だ。すんなり通らせてくれるに違いない。
「フリードさん……えっと、第一隊の副隊長さんから呼ばれてきたんです。何か聞いてませんか?」
「はぁ? 何も聞いていない。それに、そんなわけがないだろう。あまりふざけたことを言っていると捕まえるぞ」
…………あれ? おかしいな。なんかヤバめな空気になっちゃったぞ。
「冗談ですよね? ついさっきマジックフォンから……ほら、これ! 見てくださいここ! 通話相手にフリードさん……って!」
「通話相手の名前くらいお前がいじれば変更できるだろ!…………お前怪しいな。捕縛する!!」
なんで!? 捕縛決断するの早くない!?
ちょっ、カナリアとライハも見てないで助けて! そんな「自分達はこの変な人と関係ないです」みたいに微妙に後ろに下がって他人を装わないで!!
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「いや~ごめんごめん。そういえば話を通すの忘れてたよ」
魔法騎士団の入口にフリードが自らやってきた。実は居眠りしていてアストが来たら同じ隊の誰かに起こしてもらおうと考えていたのだが、目覚めた時にアストが検問を通れるようにしていないことを思い出して慌ててやってきたのだ。
「ブリードざん~~~!!」
そこには手に手錠をかけられ、さらに手足や体のいたるところを縄でグルグル巻きにされた挙句、魔法騎士団が有している、事件や捜査に関わる際に投入される「魔法騎士犬」こと「ハウンドドッグ」という魔物数体に囲まれガウガウと吠えられているアストがいた。そんな悲しい姿で涙を流しながらこちらを見ている。
カナリアとライハはすっかりそんなアストから距離を取って無関係を装っているのが中々に酷いものだ。孤立無援になってたった今から連行されようとする身になるのは少年に相当なトラウマを植え付けたのではないだろうか。
それからフリードが事情を話すとちゃんと手錠や縄を解いてくれた。魔法騎士犬もクゥ~ン(ごめんなさい)とアストの頬を舐めてあげている。
「マジでごめんね」
「いいですよ。魔法騎士団に捕まりかけるのもこれで2回目ですし、学院でもあることないこと噂が蔓延してますし、もう慣れました。日常茶飯事ってやつです」
「いや、それ全然普通じゃないと思うけどね……」
フリードは「こっちでカウンセリングの手配してあげようか?」と苦笑いだった。僕って普通じゃないのかなぁ……? 感覚が麻痺してきたのかも。
そんなこんなで僕達は魔法騎士団の中に入ることができた。
中に入ると……プロの魔法騎士がうじゃうじゃといた。
「うじゃうじゃ」という言い方は少し乱暴かもしれないが、それだけ多くの方々が道を行き来していたのだ。
どうしてプロの魔法騎士とわかるのか。それはここがそういう場所だからという知識を抜きにしても…………一目で「強い」とわかるからだ。
魔力感知ができない自分でも鍛えられた体、強力そうな魔法武器、こんな日常の1シーンを切り取られてもどこにも隙が見つけられない人。それを有している人が何人も見受けられたのだ。これを敵に回して怖くないなんて者はいないだろう。
「中はけっこう広いでしょ? 全部で9階まであって1階は受付とか事務仕事、部隊間の情報共有、全部隊の総括を仕事にしている人がいる。必要ならここからオペレーターとかもやってくれたりするのよ。で、…………美人さん多いからここ俺のオススメ」
フリードさんが魔法騎士団の中を案内してくれる。……最後の情報はいるのか? と思ったけど見渡すと本当に綺麗な人が多かった。
僕がそんな風に目を動かしているとカナリアとライハからジト~とした目が刺さる。
「2階から6階は下から順に一隊、二隊って続いていく。俺は一隊だから基本的に2階にいつもいるよ。来てくれて悪いけど今日は2階までしか行っちゃいけないからそこんとこ気を付けてね」
フリードさんの先導で僕達は階段を上がっていく。2階にある一隊の仕事場にいくためだ。
第一隊は人間対策の部署。そんなところに入れるというのだから文句などあるわけがない。むしろ今一番見たいところでもある
「7階から団長室だったり会議室だったりレストルームだったり。まぁ色々とあるよ。団長室の方はよっぽどのことがない限り行かないと思うけどね」
ほうほう。ここのリーダーさんは上の階のところにいるわけか。人間である僕が近づくには怖い場所だ。
って、今更ながらに思うが人間がこの中に入っても大丈夫なのか? なんかセンサー的な何かで「こいつ人間です」みたいなことが起こったりしないのだろうか。
僕が不安になっていると……
「安心しなよ。ここに人間か魔人かを判別できるものなんてないからさ」
フリードさんが僕にしか聞こえないくらい小さな声で耳打ちする。僕の心の中を覗いたように。
そうなのか。それなら安心だけど……そんなのでいいのだろうか。
「これは大きな声で言えないことだけどさ。人間と違って魔人は楽観的な部分が多いでしょ? 君も学院の中で感じたことがあるんじゃない? まるで自分たちが人間よりも優れていると思い込んでいる面を」
うっ、これはアレンも言っていたことだ。「魔法が使えることがそんなに偉いのか」、と。
人間だって「異能」が使える。しかし、それ以上に戦闘力だって磨きをかけている。それなのに「自分たちは魔力を扱えるから人間よりも優位」「自分たちは魔法を使えるから人間よりも強い」。実戦にも出ていない者がさも経験を得たかのように振舞っている。それらは大きな間違いだ。
学院だけではなく、魔法騎士団にもそういった風潮が存在するのか。最前線の、ここでさえ。
「勘違いしないでほしいけど俺たちプロの魔法騎士は人間を舐めているわけじゃない。どうにもそういったセンサーを作るのが困難なんだよね。病気で魔力が少ない人とかいるから人権的な意味で制作できないんだ。もし誤認で捕まえたりしたら問題になりかねない。0から1を見つけ出すのは簡単だけど、1の中で0を見つけるのは難しいんだよ…………一歩間違えばそれは差別になっちゃうからね。そういうわけでいつもこの手の議論が先送りになってる状況さ」
そうか。「無い」者たちの中で「有る」者を探すのは問題にならないことが多い。「有る」ことが優れているという認識がほとんどだから。
けれど「有る」者たちの中で「無い」者を探すのは「劣等の存在」を探すことと同義となる。それは一気に人権問題へと発展することとなるのだ。
魔人はそういった面でも不利な部分があるんだな。学院で入学試験時に人間か魔人かを調べられるのはかなり珍しい例のようだ。
「ま、そんなことはいいから2階に行っちゃおうか」
フリードさんに連れられて、2階に着いた。そこのとある部屋に通される。
その部屋の中にはぴったりとくっつけられたいくつものデスクがあり、それとは離れた位置に1つだけ豪華なデスク。見ただけでどれが隊員の物で、どれが隊長の物かはわかる。
「あれ? 今って隊長いないのー?」
「隊長はおやつの時間で喫茶店。っていうかフリード。そいつら何?」
フリードさんが空席となっている隊長デスクを見て問いかけると……現在この部屋に1人しかいなかった隊員がそれに答えた。
短髪でスラリとした身長には体のラインがよく見えるような民族的なドレスを着ていた。それと失礼だが……生気を失ったようなボーっとした目。それでこちらを伺いみる女性の方。
この人も魔法騎士なのだろうか。だったらやっぱり女性の魔法騎士って多くない? そう思ってるのは僕だけ?
「ほら。今、第三隊と第四隊が合同で追ってるやつあるじゃん? それに関係する子たちかもしれない。話だけは通しておきたくて。……ダメっぽい?」
「お前はダメと言われたらむしろやるタイプだろこのクソ野郎が」
「ルーレイちゃんわかってる~。いつものように隊長には言っていいけど団長にはこのこと内緒ね」
「ほんとクズだなお前。そんな調子じゃアイリスが泣くよ」
「ほいほい。女泣かせは良い男ってね」
ルーレイという人からの口撃をヒラリヒラリと躱していくフリードさん。最後の言葉を僕の師匠であるジョーさんが聞いたらぶん殴ってただろうなぁ……。あの人「男は女を泣かせるんじゃねぇ」って言ってるし。
「あとルーレイちゃん、この女の子達のこと頼める? 第一隊の中を見学させたげてよ」
「仕事あるんだけど」
「じゃあ副隊長命令で」
「お前いつから副隊長になったんだ?」
「前からなってるんだけど!?」
ルーレイは「冗談だ」と言ってデスクから離れてカナリアたちの前へ移動した。
「君たち学院の魔法騎士コースの子? もう聞こえたと思うけどわたしは『ルーレイ』。魔法騎士団第一隊隊員。うちは女の魔法騎士が他の隊より多めだからアドバイスできることは多いと思う」
ルーレイさんの紹介でカナリア達のテンションも上がる。なにせ現役の魔法騎士の話を聞けるのだ。これほど価値のあるものはないだろう。
「アストくんはこっちね。この中で話そう」
そこでフリードさんから通されたのは中の音が漏れない作りとなっている部屋だった。どうやら今からしようとする話は聞かれたくはない話らしい。
僕も人間である手前、そちらの方が助かる。いくらフリードさんがベルベットの協力者とはいえ第一隊全てがそういうわけではないだろうから。
「そういえば隊長さんおやつの時間でいないって言ってましたけどそれっていいんですか?」
「ん? あぁ、隊長はまだ子供だからね。それにおやつの時間ないと仕事にやる気出してくれないから」
前から思ってたけどここの隊長はけっこう謎な人だ。人間と戦う隊だっていうのに子供が隊長になってること自体、異常だと思う。個人的な感想だけどそれで本当に最前線で戦っていけるのか、という不安も。
「実力の方は凄まじいよ。なにせ前隊長の推薦で入ってきたからね。当初は俺らもそりゃ不信感があったけど、戦ってみれば一発で目の色変わるよあれは」
「そんなに強いんですか?」
「強い。情報は洩らせないからどう強いのかは伝えられないけど…………規格外の存在だと確実に言える。それこそおやつの時間で抜け出しても周りが見逃してくれるくらいにはね」
それを聞いて、少し納得してしまった。
ふざけた理由で仕事をしない。それは裏を返せばそれでも隊長という座から退けられない強力な理由があるからだ。
あまりにも大きすぎる力と実績……というわけか。
「前隊長からの声が大きいっていうのも理由の1つだけどね。前の隊長ってガレオスさんだし」
「え!? そうなんですか!?」
「うん。未だにあの人の発言力っていうのは全然衰えてないし学院の方でもそうなんじゃない? 俺もいっぱい怒られたな~。あの人今の方が現役時代よりも強いのになんで辞めちゃったんだろ」
ガレオスさん、第一隊の隊長さんだったのか。どうりで尊敬される魔法騎士なわけだ。武勇伝以外にも相応の地位を持っていたわけだな。
そう考えると……カナリアが自分の名前を過剰に意識しているのはわかるかもしれない。第一隊の前隊長の娘。つまりは人間と戦う魔法使いの代表みたいな人なわけだ。文字通り最強の魔法騎士。気にしないで、と言いたいけど…………重いな。
「あ、それで思い出した。実はこの魔法騎士団には俺ともう1人だけアストくんの協力者がいるんだ。今日はそいつの紹介も兼ねた話だったんだけど……」
フリードさんはマジックフォンをいじって何かのスケジュールのようなものを確認していた。
「あちゃ~ダメだ。今日ここにいないな。ってことでアストくん。紹介の方はまた今度で」
「はぁ……わかりました。僕は全然かまいませんけど」
それよりもまだ魔法騎士団内部に僕のことを人間と知って黙ってくれている人がいたこと自体に驚きを持っているけども……。どんな人なんだろうか。
「……さて、じゃあ本題に入るね。今日話したいことはカルナちゃんを引き金として巻き起こったあの戦いについて」
「カルナのことですか?」
もう終わったあの事件。まさかフリードさんの口から再び掘り返されることになるとは思わなかった。
「そもそものこととして、君はあの戦いに関して何か疑問がないかい?」
「疑問……」
なんだ……そう言われれば何か不自然な点があったような気もする。
あの時は深く気にしてなかったけれど、思い返してみれば謎が残ること。
そうだ……!
「そもそも、カルナはどうやってマナダルシアの中に入れたんだろう……?」
僕はそこに辿り着く。今思えばどう見てもおかしいと思える点に。
「そう。君が言うにはカルナちゃんは家族から逃げてきたんだよね? つまりは1人だったわけだ。リーゼ達ならまだしも、まだ幼いカルナちゃんがこの国の結界を突破できるとは思えない」
たしかに。僕達はクレールエンパイアの結界が弱まっている時間帯を狙い、ベルベットの移動魔法ですでに打ち込まれていた座標を使って直接乗り込んだ。
しかし、カルナには何もない。便利な魔法道具を持っていたわけではない。強力な魔法を使えたわけではない。常時ある程度の出力を保っているマナダルシアの結界を破れる知識もない。
それなのに……マナダルシアの中に入っていたのだ。
「それに、カルナちゃんは何らかの外的要因によって暴走状態にされたんだよね? もうわかったと思う。あの戦い、裏で全てを操っていた黒幕がいる」
「黒幕……」
そんなバカな。カルナと僕が出会って、リーゼ達と対立して、クレールエンパイアに乗り込む。最初からそうなるように誘導していた存在がいるってことなのか……!
けれど、それなら容疑者となる存在が1つあるのを僕は知っている。素性まではわからないが、
「『謎の魔人』…………」
「ん? なにそれ?」
「マジックトリガー……あ……えっと、人体に有害な魔法道具を流している魔人がいるんです。ガイトとライハもその毒牙にかかりました。おそらく……カルナも。そして、そいつはアーロイン学院内の人である可能性が大きいです」
「……そんな奴がいたのか」
決めつけは良くないかもしれない。それでも明らかに共通点がありすぎる。
僕の付近を「狙っている」という共通点が。
ガイトと僕を殺し合わせ、カナリアとライハの戦いを暴走させ、カルナに僕とリーゼを襲わせた。
僕はギリッ……!と歯ぎしりする。怒りがこみ上げてくる。
「やっぱり君に話してよかった。現在、第三隊と第四隊がその裏で手を引いていた奴を追ってる。で、君にお願いしたいのは学院でそれとなく探ってほしいんだ。…………本当は学院の方はついで程度だったんだけど、さっきの話を聞く限り本命に浮上しそうだ。でも、大っぴらに俺らが捜査することもできない」
それで僕に白羽の矢が立ったわけだ。……フリードさんも人が悪いな。カルナのことなら僕は断らないだろうと思ってのことだろう。
でも、それでよかった。真実を隠されている方がずっと嫌だから。
「わかりました。どっちにしろその『謎の魔人』については捜すつもりでしたので」
「よし。決まりだね。気になることがあれば好きなだけ連絡くれていいから。こっちの情報も好きなだけ流すし」
それでいいのか……。フリードさんっていつもクビすれすれのところで動いている気がする。
ま、まぁ話は終わったみたいだ。帰るとしよう。
「……カルナちゃんの件、悪かった」
ん? と思って振り返るとフリードさんは僕に深々と頭を下げていた。不真面目そうな印象を受けるこの人が、顔の表情も見えないくらいに深く。
「やめてください! そんな……!」
フリードさんに悪いところなんて1つもない。それなのに謝らせてしまった。
あの場では仕方なかった。カナリア達だって命の危険があったんだ。最善、とは僕の心が言いたくないと叫んでいるが……それでもおかしくない行動ではあった。
「許された、とは思わないよ。でも、そう言ってくれると少しは救われる。ただ……覚悟しておいてほしいのは今後こんなことがまた起こると思っていてほしい。そしてどうか……挫けずに─」
フリードはアストの顔を見る。そこで、言葉を切ってしまった。
アストの顔は、暗く沈んでいなかった。
その顔を見て、自分の言葉は必要ないとわかったから。
「今後こんなことがまた起こる、ですか。覚悟はします。けど、そんなことはもう僕が起こさせません。…………絶対に」
そのアストの瞳。フリードは笑みを浮かべた。ああ、この子ならもう大丈夫だ、と。




