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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第1章 ヴェロニカ編
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103話 ベルベットVSリーゼ 天敵同士の再会



「ごめん。ありがとう……」


 しばらく泣いて、やっと落ち着けた。リーゼはその間ずっと、愛おしく抱きしめてくれていた。

 おっと、そろそろ離れなければ。


「……? リーゼ?」


 頭を離そうとするが……グググッ!と腕が離そうとしない。押さえつけてくる。


「……」


「リーゼ?」


「はっ! な、なんですの!?」


「いや、その……もう落ち着けたから……」


「あ、そ、そうですわね。そうですとも」


 言葉が怪しくなりながらアストから腕を離そうとするが……名残惜しそうに最後にギュッと1回だけ強く抱きしめてアストを解放した。

 リーゼは少し赤くなった顔をコホン、と咳払いして


「もう、大丈夫ですのね?」


「うん。もう……大丈夫」


 そこからは多く語らない。わかっているから。何があったのか。言葉にしなくたって。

 他に誰もいない部屋。2人っきりで笑いあっていると、




「アスト~! 誰もいないなら今日ここに泊まっても─」




 突然、ベルベットが現れた! ドアを突き破らん勢いでこの部屋に入ってきた彼女だが……ただならない雰囲気の2人の姿を見とめる。



「げぇ!? な、な、ななな、なんであんたがここにいるの!?!?!?!?!?」



 グワシィッ!! とリーゼの頭を引っ張り上げてアストから剥がす。すごい剣幕(けんまく)で迫るベルベットにリーゼは、



「…………良い雰囲気の時に来るんじゃないですわ豚魔法使い」



 ボソッとアストには聴こえない小さな声でそう呟いた。ベルベットにだけはちゃんと聴こえる声で。


「はいはいそうですか残念だったわねこのバカ吸血鬼!! あんたのせいでこちとら死にそうになったんですけどっ! よくもまぁのこのこと顔出せたわね!」


「もちろん出せますわ。こっちはアストさんに会いに来たんですもの。貴方の顔なんか1ミリたりとも見たくありませんわよこの若作りババア!! さっさと死ぬがいいですわ!」


「18歳で止まってるから若作りでもババアでもないですぅ~! そっちこそ年齢で言えば良い歳じゃないの? このクソババア!」


「はっ! 吸血鬼と他の魔人を同じ年齢の物差しで測るなんてとんだ痴呆(ちほう)ですわ。これだから時間と共に『精神的な若さ』を失っていく余裕のない精神的ババアは……」


「なによこのブス!」


「やりますのこのアバズレ!」


 なにこの2人……仲悪っ! 前のリーゼの言動から薄々感じてはいたけどもさすがに予想を遥かに超えた仲の悪さだ。

 今ではお互いの髪や頬を引っ張り合う子供みたいな喧嘩になっている。


「ふ、ふ~んだ! そっちがどんなに頑張ってもすでにアストの気持ちはこっちの物なんだからっ!」


 ベルベットはそんなこと言いながら例の録音機を再生。ちゃっかり録音していた僕の「大好きだよベルベット」発言を流しまくる。それほんとやめてくれない? いい加減僕も怒るよ?


「どう? 戦う前から敗北する気持ちは? ほらほら聞かせてみなさいよ負け犬!」


「……さっきの音声、よく聴こえませんでしたわ。それ貸してくれませんの?」


「? ほら、ちゃんと耳かっぽじって何度でも聴くがいいわ!」


 聴こえなかったと主張するリーゼにベルベットは録音機を手渡す。それを受け取ったリーゼは、



 バキャアッッッッ!!!!! と手で握り潰して破壊した!! 怖っ!



 さらに破壊した残骸を魔法で作り出した別空間の中に収めて修復すらさせようとしない用意周到さ。


「な、なにやってんのよこのバカー!!」


「あら? 手が滑りましたわー。最近どうも握る力の加減をミスりますのよー」


 ひどい棒読みなところ絶対わざとだろうけど……正直僕としてもあの録音機は消えてほしかったからナイスとしか言えない。ベルベットには申し訳ないけど。


「返しなさいよ! 返せ!」


「また手が滑りましたわ! ふんっ!」


「ほひはひほー!」


「ふぁひふるんへふほー!」


 また頬をつねり合ってるし……。このままじゃいつまで経っても喧嘩が続くだろう。なので……




「お前らまーたやってんのか。人の部屋でまで一々喧嘩してんじゃねーよ」




 2人の知り合いであろうアンリーさんを呼び寄せた。

 すると、どうだ。2人の頭に拳骨(げんこつ)を落としてすぐに黙らせた。

 今ではベルベットもリーゼも頭を(さす)りながら反省している。……まだ(にら)みあってるけど。


「悪いなーアスト。こいつらいっつもこんなんだから」


「いえ……助かりました」


 ほんと一時はどうなるかと思ったよ。これからは同じ学院で過ごすというのに大丈夫なのだろうか。


「で、アンリーさんを呼んだのは、実は他に話があるからなんです。ベルベットも無関係じゃないから聞いてほしいんだ」


 僕はようやく話題を変える。ここにベルベットとアンリーさんが揃ったのはむしろ好都合だ。

 リーゼの…………吸血鬼の体についての話をする。




「……なるほどなぁ。吸血鬼の体をどうにかする、ね」


 僕は大まかな話をベルベットとアンリーさんに説明した。リーゼの吸血鬼の体をどうにかしたいこと、3人揃えば可能性があるのではないか、ということ。そしてそれを受けてくれるか、ということ。


「別に私はアストの頼みなら喜んで受けるけど、あんたもう吸血鬼の体に()()()()()()()()()()()()()()んでしょ? 昔ならいざ知らず」


「血を飲むことに抵抗は無くなりましたわ。けれど、戻れるならあの頃に戻りたい。そう思うようになりましたの。……いや、思い出させてくれた、と言った方が正しいですわね」


 そう言ってリーゼはこちらにチラッと視線を向ける。僕はそれにはにかむ。僕はこの少女を変えることができたんだ、と少しばかりホッとした。

 しかし、そのリーゼとアストの仲睦(なかむつ)まじい様子にベルベットはイラっと不満だらけの表情を作る。


「こっちは殺されかけたんですけどー。そんな人が力を貸してくれってなんか変だと思いますー」


 ぶー、と口を尖らせてそっぽを向くベルベット。こうなると大変面倒くさい。この場にキリールさんがいればすぐに収まるんだけど……。



「それに関しては謝りますわ。この通り」



 リーゼは深々と頭を下げる。彼女にしては随分と腰の低い態度にベルベットはビックリした。


「ちょっ、うわ、何こいつ。絶対これリーゼじゃないでしょ」


「もうベルベット。謝ってるんだからふざけないでよ」


「は、はい……ごめんなさい……」


 珍しいリーゼの態度にベルベットはこいつリーゼじゃないと疑うがそんなことない。

 彼女だって今でこそ吸血鬼の体質によって性格が変わってしまったのかもしれないがカルナの姉なんだ。ならば、素直で優しい性格だったに違いない。



「そのことはいいわよ……別に」


「そうですの? なら……今度はそっちが謝る番ですわね?」



 これでお互い仲直りして一件落着…………と思いきや、リーゼはニッコリと笑ってベルベットの肩をガシリと掴む。まるで逃がさないぞと言うように。


「え? どういうこと? ベルベットが謝ることって?」


「あ~……こりゃ、こいつもけっこう悪いことしてるからな……」


 僕は何が起こっているのかと不思議がっているとアンリーさんは妙に納得した顔をする。

 なんだ? なんのことなんだ?



「どこの誰でしたっけ? 『吸血鬼の体は便利ね~』とかふざけたことを言いながら私を自作魔法道具の実験台にしたり、試作魔法の試し撃ちと称してクレールエンパイアに魔法を30発ほど撃ち放ってきたり、『ピクニックに行こう。森が私を呼んでいる』と言い出せば、まだ幼かった私を魔物(うごめ)く森の中へ放置したまま忘れて帰って自分は『あ~疲れた。やっぱアウトドアは向かないわ~』とか言って数日寝こけていたのは……!」



 な……! 嘘でしょ……。



「ベルベット……」


「…………」


 僕が彼女の方へ顔を向けると、ベルベットは汗をダラダラ流して視線を合わせようとしない。下手くそな口笛まで吹いている。



「全部ベルベットが悪いじゃんっ!!!!」



 完全なる溜まりに溜まったベルベットの悪行への仕返しじゃないか。自分が心配してたのがアホみたいだ。

 リーゼもリーゼだが、そりゃ日々そんなことばっかりしてれば夜に後ろから刺されてもおかしくないよ!


「違うのよ~! その頃の私はちょ~っとだけ尖ってたの! 今はほら、丸くなって人畜無害だから! ほら!」


「ああもう、抱き着いてこないで! 暑苦しい!」


 えぐえぐと泣きながら情けなく脚にしがみついてくるベルベット。さすがに今回ばかりは同情のしようがない。

 リーゼもやりすぎと言いたいけど、ベルベットはもっとやりすぎだ。というかもうここまで来ると酷い。


「丸くなった? 笑わせないでもらえますの? お前で丸くなったとしても体型くらいですわこのクソ豚魔法使い!」


「太ってないし!!!! むしろあの頃より痩せてるんだから! このホラ吹きバカ吸血鬼! お前の方こそ血飲みすぎてブクブク太ってるんじゃないの? この豚女!」


「やるんですの?」


「やってやろうじゃないの!」 


 また喧嘩してるし……。はぁ…………。



「おい、話を戻すぞ。え~っとあたしらで協力して吸血鬼の体を変える……だったか」



 そこでアンリーさんがまた喧嘩をストップさせて、話を戻してくれた。


「あたしは構わないけど……どうにもどこから着手すらいいのかね……さっぱり見当もつかない」


「やっぱり難しいんですか?」


「そりゃそうだ。簡単に言えば『食い物喰わなくても生きられるようにしてくれ』って言ってるのとあんまし変わんないからな。根本的なところは」


 そうなのか……。そう言われると難しく聞こえる。僕はてっきり吸血鬼の体を「病気」か何かと勘違いしていたけど、「一種族」の体なんだ。それをどうにかするってことは「種族」をそのまま変化させるに等しいことってわけだ。


「私も同じね。魔法ならいくらか着手できるかもしれないけど今は全然発想が浮かばないわ」


 ベルベットのお手上げか。そんなことは予想通り。だから3人を会わせたんだ。


「この話、すぐに済むとは思っていませんわ。だからこそ、私はこの学院に来たんですもの」


 ああ、なるほど。僕に会いに来ただなんて言ってたけどそんなことを裏では考えていてくれてたんだな。

 僕も、この問題がスンナリとゴールに向かってくれるとは思ってない。それなら苦労なんてしなかったはずだしね。


 そのまま3人は「月に何度かこの話題に関して話し合いをする」という約束を取り付けてひとまずの落ち着きを得た。

 今はそれぞれでアイディアを持ち寄っていく段階なのだろう。だから話し合いの場を作るだけでも大きい。ベルベットとアンリーさんにも仕事がある。時間を割いてくれるだけでもありがたい。


 そういうわけで、アンリーさんとベルベットは帰った。

 ベルベットは帰る気などまったくなさそうだったがアンリーさんが首根っこを引っ張って無理やり連れて帰っていた。ここにいるとどうせまた喧嘩するだろうということで。ありがたや。



「ふぅ……リーゼ、もうちょっとベルベットと仲良くならない? 酷いことされてるっていうのは聞いたけどさ」


「ふんっですの! それ以前にあいつとは合わないのですわ。私が水とすればあいつはギットギトの油ですわっ。それも汚い、ギットギトの。ギットギトの!」



 繰り返さなくていいよ……。どんだけベルベットのこと嫌いなんだ。しっかり自分は水で相手を油にしてるあたりが陰湿すぎる。


 これは……吸血鬼の体をどうとか以前に、まずはベルベットとリーゼが仲良くなってくれなきゃ進まないよなぁ……。


 そうアストは思って、頭をガクリと落とした。




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