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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第1章 ヴェロニカ編
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102話 ヒーローにはなれなかった少年


「ふぅ~、今日の補習やっと終わった……」


 なんとか2回目の小テストもクリア。前回のような奇跡は起きず空欄は空欄のままだった。それでも25点でギリギリセーフ。

 しかし……そのおかげといってはなんだがちょっとずつ魔法のことがわかってきたかも。すごい基礎のことだろうけどね。


 今日はジョーさんとの特訓もない。なので部屋に帰って魔力コントロールの自主練習なりして適当に過ごそう……そう思っていたが。



「あれ……鍵、()いてるんだけど」



 もうお馴染みになってしまった部屋の鍵開いてる案件。これで3度目だ。いや……キリールさんも含めると4度目になるのか……? 僕の部屋のセキュリティが死にすぎてる気がする。

 もうここまで来ると不審者とは思わない。どうせ知り合いだ。僕の予想ではベルベット。合鍵は渡してないけど入ってきそうな人1位だ。

 ベルベットだったら開けた瞬間に突撃してきてもおかしくない。自分の身を引きながらドアを開けよう。


 ゆっくり、そして後ろに下がりながらドアを開く。チラッ……チラッ……と中を覗き見しながら。

 突撃してくる影は見えない。一応、開けたまま10秒くらい待っていよう。時間差攻撃もあり得る。



 ……よし。10秒経った。さぁ中に入ろう。



 と、そこで玄関にある靴を確認する。



(黒いハイヒール……? ん……誰?????)



 自分の知り合いに黒いハイヒールを()いている人物なんて心当たりがない。カナリアとライハは今いないし……っていうか履かないし。

 キリールさんが来たのか……とも思うがあの人もハイヒールは履いていない。使用人の人達も違う。

 ベルベットも……違うよな。じゃあ誰だ?


 まだまだ警戒を解けない自分は諦めながらもソロソロ~と足音を立てずに歩く。


(まさか……本当に不審者!?)


 誰にも該当しないならそうなってしまう。

 前はカルナで、何も危害はなかったからと安心してはいけない。「今回」は危ないかもしれないのだから。

 よし。いつまでもビビっちゃダメだ。前の修行の時にジョーさんに言われただろ。



「男なら……正面突破だー!! ええい、不審者どこからでもかかってこーい!!」



 叫びながら僕は進んだ。リビングへと。




「不審者だなんて……失礼ですわね」


「へ?」



 そこにいたのは……誰かと間違いようもない、美しい少女。「リーゼ・ローラル・ベリツヴェルン」だった。


「リーゼ!? なんでここに……」


「あら? (わたくし)を救ってくれるというから私から出向きましたというのに。ひどいですわね」


 そう。ベルベットとアンリーさんを含めた「リーゼの吸血鬼の体をどうにかする」という話し合いの場が欲しかったのだ。だからどこかでリーゼとは会いたかったけれども……。まさかこのタイミングで彼女の方から来るとは。しかもこんなサプライズみたいに。


「じゃあさっそくベルベットとアンリーさんを呼んでくるね……」


「その前に、」


 部屋から出ようとする僕の服をつまんで引き留めるリーゼ。

 ん? なんだろう?


「私がここに来た理由は他にありますの」


 他に……? 




「私が今日ここに来たのは……ここに入学するためですわっ!!」


「……………はい?」


「ですから私が来たのは……」


「待って待って。聞こえてる聞こえてる」



 頭が追い付かない。どうして何がどうなって彼女がアーロイン学院に入ってくるというのか。

 ていうかそもそも学ぶ必要があるのだろうか。リーゼはすでにめっちゃ強いし。


「ちなみにコースはどうするの?」


「魔工コースに入ろうと思っていますの」


 やっぱり……。それなら尚更必要ないように思えるけどなぁ……。




   ♦




 で、リーゼは今から編入試験を受けるからついてきてくれと言うのでついてきました。


 けれど……もう帰りたいです。なぜかというと……



「この私が編入試験を受けに来てあげましたわよ。泣いて喜んで(ひざまず)くといいですわ豚の皆さん」


 職員室に入るなり開口一番これだ。一緒にいる僕まで先生達から変な目で見られている。帰りたい。



「あ、ああ……たしか……先日連絡をくれたリーゼ・ローラル・ベリツヴェルンさんですね……。『吸血鬼』と聞いたのですが、他種族で、しかも編入試験となると難易度はかなり高くなりますよ?」


「難易度? 今から容易(たやす)くクリアされる試験にそんな言葉不要ですわ。少しくらいは面白味のある試験だといいのですけれど」


 ああもう。先生の顔引きつってるよ。こんなので本当に編入する気があるのか。




 で、魔工の試験をするということで魔法専用の教室に行くことにした。


 アーロイン学院はそれぞれのコースに専用の(とう)がある。魔法騎士コースにはそれ専用の施設が集まった場所、という風に。

 もちろん魔工にも。僕達が移動した場所は……何やら工房のような場所だった。


 中に入ると……放課後のはずなのに自習で魔法道具や魔法武器の制作練習している人が数多くいた。

 僕が放課後にジョーさんに修行をつけてもらってるように、魔工の人達も日々努力してるんだな。



「ごきげんよう。天才から踏み歩くようにして粉砕される運命を持った無駄な努力を続ける豚の皆さん」



 うっわ。ついてくるんじゃなかった。この場の空気が一瞬にして冷えたよ。



「なんだお前」


 こんなことを言われては魔工の生徒も黙っていない。2年生と思われる生徒がリーゼの前に歩み出た。手には制作途中と見られる魔法武器の剣。


「編入試験に来たのですわ。無能の方達と同じ場所で学ぶというのは目を(つぶ)ってあげますからせいぜい私の存在を日々(あが)(たてまつ)りながら無価値な魔法道具を生み出して私に笑われる機械と化すがいいですわ」


 もう何言ってるのかわからんし。真面目に聞くだけ損だ。


「あんま調子乗ってんじゃねえぞコラ!」


 さすがにキレてその先輩はリーゼの胸倉を掴もうとする。



「その武器、魔力の配合もチグハグで、使ってる素材も魔力伝導率の悪いクソみたいな鋼を使ってますわね。それに武器に刻んでいる刻印も酷く、それでは使用者の魔力を上手く読み取れませんわ。魔法武器としては超低級の粗悪品ですわね」


「ぐ……な、なんだと……!」


 それよりも前に、リーゼはチラリと拝見した先輩が持っている魔法武器を品定めした。たった一瞥(いちべつ)しただけで、指摘する点がいくつも出てきている。

 先輩は怒りを増幅させるが……それと同時に指摘点は間違っていないことを悟っていた。自分の中で練習中となっている課題のことだけではない。使っている素材の問題点に関してまで言及されていた。そんなもの、見ただけで判断できるとは思えない。しかし、それが一理あることは実際に制作していた自分こそがわかっていた。

 怒りが、否が応でも収まってしまった。全て、正しかったから。




 気を取り直して。工房にある一つの個室にリーゼを入らせて、試験の説明が行われた。



「今から魔工の『他種族編入試験』を始めます。試験はシンプルです。今から5日間の時間をあなたに与えます。その期間を自由に使って魔法武器、もしくは魔法道具を1つ制作してください。制作途中で試験終了となっても構いません。そこまでの出来で採点しますので」


 試験は複雑なものじゃない。ただ、魔法武器か魔法道具の得意な方を造れというものだ。

 5日間という時間設定には驚いた。長すぎる。しかし……魔工の常識では普通なのだろうか。もしかすると制作に失敗して造りなおすことも想定に入っているのかもしれない。

 そう考えるとその5日間でどういった制作計画を作るのかも重要そうだ。そして、その上で、自分の全力を注ぎこめるのかどうか。


 そんないくつもの判断が要される試験に、リーゼは



「5日間もいりませんわ。なんなら今から1つくらい造ってあげますわよ」



 そんなことを言ってのけた。またメチャクチャなことを……。


「素材ならこっちで何でも使っていいんですわよね?」


「え、ええ……自分で用意するのも魔工として大切な要素ですから」


「で、あれば。適当に簡単なのを1つ造ってあげますわ」


 リーゼは別空間から何かを取り出した。それは「(つち)」。鋼を叩く(つち)だ。

 それと共にいくつかの魔物から取った素材を机の上に並べる。

 それらに先生の目は注目せざるを得なかった。


「全部Bランク相当の魔物から取れる素材だ……! こ、これ全部君が!?」


「当たり前ですわ。昔に取った物もありますけれど」


 リーゼは「魔法武器」の制作を始めた。

 そこからは凄まじい速度で工程を進めていく彼女の姿があった。


 専用の鍛冶用魔法道具を使って鋼を熱し、叩き、冷ます。それらの間にも便利な魔法道具を使ってその工程を短縮化し、血液で作ったいくつもの「腕」で複数の作業を同時進行させる。そしてそれら全ての管理を1つの脳で処理している。


 結果、数時間程度で1つの「剣」が出来上がった。出来上がってしまった。早すぎる。


「すぐ造れるような、かなり簡単な物を造りましたけれど……これなら合格点くらいはあるのでは?」


 そう言って先生に手渡した武器。一見普通の武器に見えるが……。



「ふむ……最低限なんらかの属性魔法をサポートできるような魔法武器を造ることができれば合格なのだが……」



 え、それだけでいいの?

 そう思ってしまったが、違う。「それだけ」がきっと難しいんだ。


 魔人が当たり前に使っている、魔法をサポートしてくれる「魔法武器」。魔工を目指す者ならそれを造ることも簡単だろうとどこか思ってしまっていた。

 さっき出会った2年の先輩ですら武器とは到底言えないほどの物を造り上げていた。あれはあの先輩が魔法武器制作を苦手としているわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。


 そう考えればしっかりと「使える魔法武器」を造り上げれば合格というこの編入試験の難しさが今になってわかってきた。なんたって2年の先輩ですらまったくできない、それこそ卒業の頃にようやく造れるような代物を用意しろと言っているのだから。


「それには炎魔法をサポートする機能をつけましたの」


 リーゼの説明の通り、剣の刃には燃え盛る炎の紋様が刻まれている。なるほど。さっき言ってた「刻印」がどうやらっていうのはこのことか。



「それだけではありませんわ。その剣には『エレメンタルアブソーブ・システム』を採用してありますわ」


「なっ!? もうすでに武器への『機能付与』まで可能なのかい……?」


 え? あれ? もしかして僕だけ会話についていけてない……? え、えれめんたる? え~と、何システムって言ったっけ。あ、あれ?



 その後、リーゼが説明してくれた。


 「エレメンタルアブソーブ・システム」というのは現代で売られている魔法武器に付けられている数あるギミックの1つ。

 その効果は、「その武器に応じた属性の要素を、武器に接触させることでそこから魔力を吸収して使用者の保有魔力を回復する」といったもの。

 簡単に言うと炎魔法をサポートする武器にこの機能を付けた場合、外部からこの剣に「炎」を接触させることでそこから「炎属性」の魔力を吸収し、使用者の魔力を回復してくれる。そんな機能だ。



「最新の技術だぞ……ただでさえ武器に『機能』を付けられるだけですでにプロレベルというのに……!」



 先生は本当にその機能が付けられているか、確認するために炎の中に剣を突っ込んだ。


「たしかに。付与されている……!」


 リーゼは「当然ですわ」と得意気に笑った。

 今気づいたが、個室の扉からは複数人の魔工の生徒がこちらを覗いていた。きっと今の先生とリーゼのやり取りを聞いて造った武器の性能を知ったのだろう。皆、顔を強張(こわば)らせていた。


「ご、合格! 文句なしの合格です!」


「ふん。これだけで合格するなんて(ぬる)い試験ですわね。なんなら特殊魔法武器でも造ってあげればよかったでしょうか……クスクス♪」


 そうだ。そうだった。リーゼは……「魔工の天才」だ。こんな試験、なんの造作もないことだったんだ……。




   ♦




 そうやって無事魔工の編入試験を突破したリーゼは晴れてアーロイン学院生となった。一応1年生。今日から同級生か……。とんでもない子が入って来たな……。

 その後は僕の部屋で落ち着くことになって。今は僕と2人で部屋にいる。


「それにしても……すごかったね。魔法武器にあんな機能まで付けられるんだ?」


「別に難しいことではありませんわ。現代の魔法武器には色んなギミックがありますのよ? ……それで言えばアストさんが持っていたあの『特殊魔法武器』の方がすごいですわ。特殊魔法武器は普通に造るだけでは実現不可能な特殊ギミックが組み込まれているのですから通常魔法武器とは大きな差がありますの」


 僕の特殊魔法武器……ああ、【バルムンク】のことか。


「魔力を吸収することで武器自体が意思を持ったように任意の属性魔法を発動する……さしずめ、『マジックキャスト・システム』といったところですわね。自分でも実現できるかどうか試してみたいですわ」


 マジックキャスト・システム……か。深く考えたことはなかったけどこうしてみると魔法武器って面白い。

 あと、【バルムンク】はそれだけじゃないんだよな。僕の「魔王深度」と武器に内包(ないほう)する力が連動している。僕の「魔王深度」の数値が上昇する度に【バルムンク】の力を上がっていく。そんな機能も存在していた。

 その証拠に僕が「支配」の魔王に覚醒した後、『ブラックエンドタナトス』だけではない、さらに2つの闇魔法が使えるようになったからだ。


 距離が離れた複数の相手にも有効な『ブラックアロー・ヴァイディング』と、一撃必殺の切り札『ブラックドラグレイド・ディグニトス』。どれも無詠唱で、かつ強力な魔法だ。


 自分が使ってはいるけども、まだまだ謎が深い武器でもある。この先でもっと魔王深度を高めると……どうなっていくのか。気になるような……知りたくないような……複雑な気持ちだ。



「それより……リーゼ。その、あれからお父さん達は……」


 すっかり夜になって、窓から差し込む月の光を気持ちよさそうに浴びるリーゼへ別の話題を持ち出す。

 それは……ずっと気がかりだったこと。


「…………カルナがいなくなって、すっかりと落ち込んでいますわね。どうすれば良かったのか、何をどう変えればあの結果を避けられたのか、ずっと悩んでいますわ。意外だったのはあの無能な兄が家族の中で一番悲しんでいたことくらいですわね」


 そうか。あれからも……家族はずっとカルナのことを。当たり前だ。悲しみに(とら)われるのは仕方のないことだ。


「そんなことを聞いてくるということは……アストさんもそうではありませんの?」


「僕に……悲しむ権利なんて無いよ。僕がこの手でカルナを殺したんだ。あの子や君達に(うら)まれてたっておかしくないんだから」


 僕はリーゼに背を向ける。

 今でも斬った感触が手に残っている。何度だって夢に見る。思い出す度に何度も吐いている。それでも、後には戻れない。後悔なんてしちゃいけない。僕にはそんな権利なんて無いのだから。


「そんなこと……ないですわよ」


 リーゼは僕の背中にそっと触れる。こっちを向いてくれ、と言うように。


「あの子は最後まで……貴方のことを想っていましたわ。きっとあそこで貴方が立ち上がらず、斬らず、他の誰かに任せることがあれば、それこそ怒っていたと思いますわよ」


 リーゼはわざと僕に優しい言葉を投げているんだ。そんなこと、想像でいくらでも良いように考えられるじゃないか。




 僕は、恨まれなければいけないんだ。許されちゃダメなんだ。救われちゃダメなんだ。




 カナリア達の前では普通にしていたけど、次第に僕はその罪の重さに耐えられなくなっていた。

 それでも、こうして誰かにそれを吐き出すことさえ……してはいけないことなんだ。


「アストさん。辛ければ泣いていいんですのよ? 後悔なんていくらでもしていいんですのよ? それをしなければ……それこそカルナの死を踏みにじることになりますわ」


「ダメだ……そんなことをすれば…………僕は……!」


「姉だからわかりますの。カルナは貴方のことを愛していましたわ。そうやって抱えて苦しむよりも、全部吐き出してくれた方があの子も嬉しいはずですわ。自分のせいでずっと苦しむ貴方を見る方が……嫌だと思いますの」


 僕は……初めて人を斬った。いくら姿は魔物でも、あれはたしかに「カルナ」だった。


 魔法騎士は仲間を守るためにはその剣を同胞にすら向けねばいけない時もある。誰かを殺すための剣ではなく、守るための剣。

 守るために相手と戦わなければいけない。そうなれば「相手を殺さずに」なんて甘い言葉だ。

 相手が全力なら自分も全力をぶつけないといけない。そうなれば結果的に相手の命を奪ってしまうことがある。それが「普通」なんだ。僕だってそれは理解しているつもりだ。これから剣を血に染めてしまうことだって何度もあるだろう。その覚悟だってあるつもりだ。



 そうだとしても……



「僕は…………僕は……!!」


 涙をボロボロと流す。リーゼは僕の前に来て、僕の頭を胸に抱きしめた。

 僕が何かを言おうとするのを隠してくれていた。どうしても言ってはいけない後悔の言葉を。声に出さないように。最後まで、僕を「決断できた」ヒーローでいさせてくれるために。




 ああ、僕は、そこまで強い奴じゃなかったんだ。




「うっ、うぅ………ぁああああぁぁああああ!!」


 みっともなく泣く。リーゼしか見ていないこの場所で。

 ヒーローになりきれない僕は、その仮面を初めて脱いでいつの間にかボロボロになってしまっていた素顔をさらけ出した。



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