101話 世界のルールすら捻じ曲げる神の祝福
「いくわよっ!!!!」
迷いを振り切ったなら、恐怖も振り切る。カナリアは【ローレライ】を抜いてゲイルへと向かっていった。ライハはカナリアのサポートに徹する。
「おい。お前ら手ぇ出すんじゃねえぞ。手ぇ出したら巻き添えくらって死んでも知らねぇからな」
「アホ抜かせ。好きにぶちかませ大将」
向こうはゲイルのみが前へ出る。こちらを舐めているのか。それならば勝利できる可能性は増える。油断は最も大きい敗因になり得るのだから。
カナリアはレイピアを前へ突き出す。ゲイルは手をかざす。
それらがぶつかり合うならば……レイピアはゲイルの手のひらを貫通するが。
「!!」
レイピアは、ゲイルの手のひらまで到達できない! 数十cm手前で止まった!
カナリアは『ファルス』を使っている。その上で力を入れるが、進まない。何か「見えない力」に【ローレライ】を押されているようでゲイルの体まで進めないのだ。
「一方的な戦いほどつまんねーもんはねえよなぁ。まるで溺れてる奴を遠くから見てるみてぇだ。だから、頑張ってみっともなくバタ足して笑わせてみろ」
その次の瞬間、その「見えない力」が切り替わったように……強くなる!
「ぅ………あああああ!!!」
カナリアは弾き飛ばされるように後方へ吹っ飛ばされ、木に激突する。背中に痛打を受けた。
ライハは【イグニス】をゲイルに向ける。
「そっちのは拳銃か。こっちも持ってるぜ」
ゲイルも拳銃を引き抜き、ライハに向けて構える。
それでもライハは恐れない。なぜなら銃弾など魔力を纏っていればある程度ガードできるからだ。「痛い」と思うことはあっても致命傷になんかなるわけない。
撃ち合いなら自分の方が……
「吹き飛べ!!!!!!」
パアアアアァンンン!!!!!!!!!!!!
ゲイルが引き金を引いた瞬間、銃口から銃弾が飛び出す。その銃弾は─
グヮンッ!!!! ボッ!!!!!!!!!!
「え……!?」
ライハの困惑の声と共に、彼女の肩を撃ち抜いた!! 魔力を纏った体をいとも簡単に貫通する。
「ぐ…………ぅあ!!」
ライハは出血する肩を押さえて膝をつく。
頭の中では先のシーンが繰り返し思い返されている。
(今、銃弾が「急加速した」……?)
さすがに銃弾の速度は速いので、それは確信ではなく予想だ。けれど、日々拳銃を使って感覚が鍛えられているライハにはそう見えたように感じた。
銃弾が走る途中で加速したのだと。
よく見れば、銃弾が走ったコースの地面上に小さな金属片が落ちている。それは……進む途中で分離された部品のような物だった。
カナリアもそれを発見する。ライハが撃たれた瞬間も見ていた。
自分の突き出したレイピアが何かの力によって押されて届かない。
魔力を貫通するほどに加速して跳ね上がった銃弾の威力。
それらを合わせて推理し……カナリアはある結論に辿り着く。
まだ材料が足りないので確定とは言えないが……おそらくこれで間違いないだろう。
「わかったわ。あんたの異能……『強化磁力』ね」
細かく正確に言うならば、「異能により超強力な『磁力』を発生させ、強力な『引力』と『斥力』を生み出す能力」。
反磁性体の金属が使われている魔法武器の「レイピア」を異能の強力な磁力で『反発』させて自分に届かなくさせる。
銃弾も反磁性体である「鉛」だ。それを途中で分離する特別な物を使うことによって、「本体」と「切り捨てる金属片」を異能の磁力によって『反発』させあって加速させている。
これらの推理は普通はおかしいものだ。成り立つはずがない。磁力程度でそこまでの結果を引き起こすとは思えない。
だが、どちらも『異能』という特別な力が発生させる超がつくほどの「磁力」というなら……説明がつくのかもしれない。ありえないほど引きつけ、強く跳ね返すことが可能という超強力な磁力なら。
「くっく……ははは。正解だ。正解正解」
ゲイルは笑いながらパチパチと手を叩く。
「と、言いてぇところだが。大体は合ってるんだがなぁ……ちょっと違うんだよな」
異能を当てかけたカナリアへニヤリと嫌な笑みを向ける。
けれど、少しだけ外れてようがそんなの関係ない。
「ふっ……拍子抜けね」
「あぁ……?」
だからこそ、そんな言葉をくれてやれる。
「てっきり、もっとヤバい異能だと思ってたわ。それがなに? ちょっと強いだけの磁力? どんなのかはっきりしないけど、知ってむしろホッとしたわ」
今度はこちらが笑みを向ける番だ。相手の異能の底が知れた瞬間にこれほど勇気が生まれるとは思わなかった。
だって、大したことのない異能なのだから。
「用は攻撃に気をつけてればいいだけじゃない。反磁性体の武器を使わずに『魔法』を使って攻撃すればいいだけだし。それにその銃だって……」
カナリアとライハは身に纏っている魔力を一層強く、厚くする。
こうすることでたとえ磁力で加速させて威力が上がった銃弾といえど、もうこちらの体を貫通することはできまい。それどころか今度こそ「痛い」程度で済む傷になるだろう。危険度は急降下した。
これにより「自分の攻撃は通じる」「相手の攻撃は通じない」。
まさに勝利条件が揃ったではないか。
(Sランクのハンターで、「強力な異能」なんて言うから警戒してたけど……全然対策可能な異能じゃない。まだグランダラスの方が怖かったくらいよ!)
防御に関して問題を解消できたなら、カナリアは詠唱を唱えられる。
「精霊よ力を与えたまえ 我が力よ矢となりて 撃ち放たれよ」
『水魔法』ではなく『無属性魔法』の3節を唱え、魔法の発動準備に入った。
対するゲイルはそれを見てもまったく動じない。このままでは自分の身が危ないというのに。
「『マジック・ブラスト』!!」
カナリアの周りに5発の魔力弾が生成される。それを全て、解き放つ!
ドドドドドッッッッ!!!!
カナリアが「水魔法」を使わなかったのは「水」が反磁性体だからだ。いくら「魔力」が性質に若干の変化を及ぼすとはいえ、「水魔法」が「反発」しないかどうかをぶっつけ本番では試せない。ゲイルの「強化磁力」の影響を受けてしまう可能性がある。
5発の魔力弾がゲイルへ襲い来る。それでもゲイルは表情を変えない。
それは当たり前だ。
通じないのだから。
「残念……だったなぁ」
「…………え!?」
カナリアが放った5発の魔力弾は……全てがゲイルの目の前で「見えない力」によって阻まれている状態となっていた。それはつまり魔法がゲイルの「強化磁力」の影響を受けていることになる。
(どういう……こと……!? 魔法も『反磁性体』だっていうの!? そんなこと聞いたこともないわ。それとも、あいつの異能は『強化磁力』じゃないっていうの……!?)
自分の知能をフルに使ってすぐに辿り着いてみせたゲイルの異能。それは間違っていたとでもいうのか。
「そう。それだ。その顔だよ。どいつもこいつも同じ顔するんだよなぁ……クソ凡人共はよぉ」
ゲイルは嗤う。
自分の進んできた道筋が違う道だったのかと力の抜けた顔をしたカナリアを。
必死に異能の詳細を見抜こうとしているが、それでもわからないライハの顔を。
「吹き飛べよクソが」
ゲイルがそれだけ唱えると、『マジック・ブラスト』の弾は全て弾かれた。それらは辺りの木々を破壊していく。
「くっくっく……あ~、雑魚がアホ面してんのはマジで笑えるな」
「ゲイル~いっつも思てるけどお前のそれ趣味悪いで……」
「うっせぇ」
カナリア達とは違い、向こうは戦闘の場とは思えない気楽さだ。ホークとハンナも仲間の援護など一切せず、遠くから見物しているだけ。
それは自分が巻き込まれないため。という理由もあるだろうが……まるでゲイルなら絶対に負けないという自信にも見える。
まずはゲイルの異能を完全に見極めなければ……
そう思っていた矢先に、
「俺の異能は『電磁壊の王』。お前の言う通り、強化された磁力を発生させる力だ」
「へ?」
再び仕切り直し、というところでなんと相手が異能の詳細を口にした。明らかに自分に不利となるはずなのに。
何かの作戦か……とも思うが。
「それだけじゃ……ないんでしょ?」
「あぁ。そうさ」
ゲイルが口にしたことまでは読めている。むしろそこが正解していたということがまだ救いだ。
しかし、次にゲイルが口にしたことでカナリアとライハは幾度目かの驚愕を顔に映すことになる。
「俺の磁力に対して、磁性体か反磁性体かなんて関係ねえ。この世界にある物体全てに対して俺は「引力」と「斥力」を自由に発生させることができるのさ。たとえそれが……『魔法』だとしてもなぁ!!!!」
「は…………!?」
ゲイルの異能─『電磁壊の王』。その能力は『絶対磁力』。
この世界の法則や常識すら捻じ曲げるその力は磁力にも関わらず、磁性体に対して「斥力もしくは反発力」を発生させることもでき、反磁性体に対して「引力」を発生させることもできる。さらには物体と物体を「仮想的な磁石」へと変換してそれらを引き合わせたり、反発させたりすることもできる。
それは言い換えれば、この世界にある物体全てをその「磁力」によって操作することができることになる。
カナリアの『マジック・ブラスト』を弾き返したのも、ゲイルの『絶対磁力』が「魔法の弾」を「反発」させた結果だ。
「磁性体、反磁性体関係なく磁力によって『引力』と『斥力』を自由に発生させられる? そ、そんなの、もう磁力じゃないわ……! ありえない!!」
その言葉を吐き出してしまった。それに反応してやはりゲイルは嗤う。
「どいつもこいつも同じこと言うんだよなぁ。『ありえない』、『そんなの磁力じゃない』、『常識から外れている』ってな」
カナリアも結局、この例に漏れない大多数の例だ。
「当たり前だろうが!! 俺の『絶対磁力』は『常識の力』じゃねえ! 『異能』だ! 科学のおままごとやってんじゃねえんだよ!」
そう。これは神が与えた力─『異能』。
そんなものが、科学でどうとなる力で収まるのなら元から役になど立たない。魔人に脅威とは思わせない。
魔人が『魔法』という常識では考えられない力を使うように、人間も常識では考えられない『異能』という力を使っているのだ。
それならば。エリアリーダーの異能ともなれば。
「磁性体、反磁性体関係なく、この世界にある全ての物体に対して『引力』と『斥力』のどちらもを発生させられる磁力」が存在してもおかしくはない。
「ここはもうテメェらが知ってる常識の空間じゃねえんだ。俺の異能はくだらねえテメェらの常識を破壊する! 弱ぇくせに俺の前に立ったことを死ぬまで後悔してろ!」
ゲイルは手をかざす。
すると、付近にある木と木の互いが自分の根を引き千切りながらも1つにくっついた!
そしてさらに別の木がそれにくっつき、さらにくっつき、さらに……
そうして、木々が1つにグチャグチャにくっついた巨大な「ボール」が出来上がった。
これも『電磁壊の王』の「絶対磁力」によって全ての木々が『引力』を発生させてくっついた結果だ。
「潰れろォ!!!!」
それを、「投げてきた」!!
巨大な木の塊は地面を削りながら一直線にこちらへ走ってくる。
カナリアは一瞬、その対応に遅れる。木と木が磁力によってくっつき合うという「絶対磁力」にまたしても思考をストップさせてしまっていた。
自分の思考は役に立たない。なぜなら「当たり前」のことがここでは「当たり前」ではないのだから。
「『イグニスファイド・レールガン』!!!!」
と、そこで動けないカナリアの前に立ちはだかり、すでに詠唱を終えていたライハが6節の必殺魔法を撃ち放つ。
雷のレーザーは木の塊を簡単に破壊する。その先のゲイルには外れてしまったが。
「なんだ? お前も『雷』を使うのか」
「お前も」。その言葉は、更なる絶望への引き金だった。
ゲイルは両手を広げる。
これから何をしようというのか。
バチッ! バチバチッ!! バヂッッッッ!!!!
ゲイルの体に雷光が駆け抜けた。
「なっ!?」
「!!」
カナリアとライハは目を見開く。
ゲイルは今……「発電」している!! 雷を、その身に纏っている!!
「俺の強力な磁力は電力すらも操作できる。『異能』なら、こんな桁違いな電流だって、生み出せるんだ!!!!!!」
これは『電磁壊の王』を応用した技。磁石が『電磁誘導』によって電流を発生させる仕組みを使ったものだ。異能を使えば、通常では起こり得ないほどの電流すらも生み出せる。
ゲイルはその異能でライハの「雷魔法」とほぼ同威力の雷を発生させていた!
バリバリバリバリバリッッッッ!!!!
ゲイルから手のひらから撃ち出された一条の雷光がカナリアへ襲い掛かる。
「ああああああああああああ!!!!」
彼女の体を覆うほどの雷。魔力を纏っているおかげで即死や後遺症こそ心配はないと思うが……大ダメージを受けた。
「カナリア!」
ライハは叫ぶ。カナリアは呆然としていて防御魔法の展開なんてしていなかった。モロに受けてしまったのだ。
カナリアは強大な異能の前に打ちひしがれていた。それでも。
まだ自分の魔法を1つ弾かれたくらいだ。それくらい。まだ絶望するには早い。
自分にも「6節」という切り札がまだある!
まだだ、立ち上がれ!!
「水の精霊よ我に力を 聖なる水は形を変える 我の勇気をその身に宿せ 現れるは二頭の竜 我が激情は激しき流れを造り出す 大地を喰い散らかせ水龍の顎!!」
「今度はどんな手品だ?」
カナリアを舐めているのか。「6節」というほどの詠唱をゲイルは簡単に許してしまう。
やろうと思えば防げた。……が、それでは面白くない。
「見せてみろ。最後の足掻きだろ? お前のよぉ」
「『ツインウォーター・ドラゴニアス』!!!!」
お望み通り、見せてやる! これでも食らえ!!
その強き想いを乗せて、自らの最強魔法を撃ち放つ!!
二頭の水龍はゲイルに向かって二方向から進み行く。
地面を抉りながら、大口を開けて、その小さき者を水の牙で圧殺しようと。
……しかし、その攻撃も例に漏れず「絶対磁力」による磁力の壁に阻まれる!
「水魔法」も反磁性体だったのか、いや、そんなことは関係ない。
ゲイルが発生させた「絶対磁力」がそんなことを問答無用にして『ツインウォーター・ドラゴニアス』をゲイルの体から「反発」させているのだ。
この場合でもゲイルの体が「磁力の反発」によって吹っ飛ばされることはない。
これも「異能」の影響で、異能は必ず使用者に対して傷つけるようには働かないのだ。なので、「反発」の力をモロに受けるのは『ツインウォーター・ドラゴニアス』だけだ。
それでも、勝算があるとすればその『絶対磁力』を突き破る他ない。
いくら『絶対磁力』といっても「磁力」なのだ。「反発」を押し返すほどの魔法の威力なら……ゲイルにダメージを与えられる可能性はある!
「お願い…………!!」
グググググググググググ……………………!!!!!!!
水龍と、見えない壁が超常の攻防を見せる。常人が見たなら何が起こっているのか、自分は幻覚でも見ているのかと卒倒していること違いない。
だが、カナリアは人知れず心の中で、僅かに笑みを浮かべた。
ここに来て初めて、磁力と「拮抗」を見せたのだ。
今までこの『絶対磁力』に振り回されたが、ようやく「勝負」にすることができた。
これを破れれば、勝利に近づく。
そう、破ることが─
「おい…………………もう満足したか?」
………………は?
ガアアアアアアアアアアアアアアァァグンンンンンンンン!!!!!!!
水龍は容易く地面に崩れ落ちた。
「え」
カナリアは「止まる」。
そのままの意味。体は硬直し、瞬きを忘れたように目の動きも静止する。今見た光景が夢だとでも思っているのか。
構えていたレイピアを持つ手もピクリとすら動かない。足もその場から数ミリも動かない。
それだけ今の衝撃は強く、手痛いものだった。いいや、「絶望」だった。
「何1人で悦に入ってんだ雌豚。『勝負になった』、『絶対に勝つ』とか思ってたんじゃねえよな?」
嘘だ。……嘘、だ。
自分の「最強」が……こんな…………簡単に、
「お前とこの俺様で『勝負』になるわけねえだろうが。ずっと遊んでやってたことにも気づかねぇで、おめでたい雑魚だなぁお前」
信じたくない。信じたくない。
勝利のビジョンが、もう浮かばない。
「引力」と「斥力」を何に対してでも自由に発生させられる磁力?
「魔法」すらも磁力で操作できる?
魔法と同レベルの電流を発生させられる?
6節の威力を誇る魔法でも奴の体に到達することすら叶わない?
そんなふざけた相手にどうやって勝てというのだ。
『イグニスファイド・レールガン』をライハが撃てば今度こそ、あの超磁力の壁を突破できるだろうか? 電撃なら……。
いいや、わかっている。それでもあいつはその磁力を以て防ぐはずだ。いとも簡単に。また嗤いながら。無駄な努力と吐き捨てて。
たった数回だけの交錯で悟ってしまった。エリアリーダーの実力を。
自分が息を吐くようにして殺される存在であることを。
「死ねぇ!!!!」
カナリアは目を瞑る。ゲイルがまた、発生させたその雷は、
「ごめんね。そこまでにしてもらえるかな」
突如、天から降りてきた人物が展開した「防御壁」によって掻き消された!!
「え……」
その人物とは……
「か……会長?」
アーロイン学院3年生。現生徒会長。「アルカディア・ガイウス」その人だった。
カナリアはパチパチと瞬く。硬直していた体も解ける。
突然現れたアルカディアはカナリアとライハを含めた、自分達をグルリと覆うように「闇の障壁」を展開した。彼の属性魔法だろうか。
ゲイルの雷はその闇の障壁に触れた瞬間に力を失うようにして掻き消えたのだ。
状況を整理するが……アルカディアは自分達を助けに来てくれたのか?
「あぁ……誰だテメェは」
「ここは大人しく退いてくれないかな? 今なら見逃してあげるから」
問いかけを無視し、アルカディアは自分の要求だけを伝える。それだけでなく挑発すら付け加えて。
それに「彼」が応じるわけもなく─
「俺は雑魚が前に立つことが一番嫌いなんだよ。くだらねえこと言って俺の前に立ってんじゃねえぞクソがぁ!!!!」
バチバチバチバチバチバチッッッッ!!!!!!!
怒りに比例して纏う雷も増加する。周りにある倒れている木々がゲイルに引き寄せられるようにズルズル……と地面を引きずるように動いている。
そんなゲイルを前にしてもアルカディアは終始穏やかな表情を向けている。微笑んですらいるほどに。
このまま、アーロイン学院の生徒会長とエリアリーダーが激突する……そう思われた時だった。
「ハンナ!? どないした!」
ゲイルではなく、ホークとハンナの方に異変が起きていた。主にハンナに。
彼女はアルカディアを見ると、吐き気を抑えるかのようにして苦しんでいる。
「や、やばい……! あんなの、見たことない……! あいつの魔力、今まで見てきた中で一番やばい!!」
つい数分前までは自分のエリアのリーダーは負けない。そんな自信があった。
だが今では恐怖を隠せない。隠しきれない。全身から恐怖が溢れだす。
人間にして、魔力を感知できるハンナだからこそ、感じ取れる。
相対するだけでも強大すぎるアルカディアの魔力を……!
そして感知系の異能を持つ者は、大きい魔力と出会うと調子を崩すということをホークは知っていた。
(今までにも強い奴と会うたことでそいつの魔力量にハンナが少しビックリするくらいのことはあった。けど、こんなめちゃくちゃに怯えることなんて……一度もない。これはアカン。おれの勘もやばいって言うとる)
ホークは今までにはないハンナの様子、そして何より自分の勘を信じた。
こいつと戦うのは得策ではない……と。
「ゲイル。ここは退くで。こっちの分が悪くなった。撤退や」
「撤退? ならお前らで勝手に撤退してろゴミ共が」
……これはもっとアカンな。ゲイルが言うこと聞かん。
ホークは溜息をつく。
こういう場合は大抵無茶をする。かれこれもう付き合いの長いこの男はそんな奴だった。
「退いてくれないんだね。仕方ないか……。ごめんね。あまりひどいことはしたくないんだけど……」
アルカディアはゲイルの答えに残念そうな顔をする。相手が人間だというのにこんな反応をするのはおかしくはあるが。
「失われし暗黒の時 世界の理を我は破壊する 力よ、暗黒球となれ」
3節詠唱をアルカディアは唱えた。
「『ロストアーク ─ メルディオーティス』」
アルカディアがかざした手に、魔力が集まる。
その魔力は闇の「暗黒球」とも言うべき真っ黒なエネルギー球体へと変化した。
見てわかる。今からあの球体を撃ち出してゲイルに攻撃しようというのだ。
でも、ダメだ。それは通用しないのだ。
「会長! あいつの異能は……」
「大丈夫だよ。安心して」
ゲイルの「絶対磁力」は魔法をも磁力で自分から『反発』させることができる。今回も「魔法」が「絶対磁力」によってゲイルの体と『反発』するに決まっている。
このままではマズイと静止を促そうとするカナリアに、アルカディアは笑いかけてみせた。
そして、撃ち出されてしまう。アルカディアの魔法が。
「何もわかってねえ奴ほど笑えるものはねえな」
またも。ゲイルは『電磁壊の王』を発動した。アルカディアの『ロストアーク』を対象にして斥力を生み出す「絶対磁力」を発生させる!
魔法は…………
「何もわかってないのは君の方だよ」
磁力に反発されず、ゲイルへと突き進んだ!!
「あぁ…………?」
「ゲイル!!!!」
自分の磁力を突き破ってきたその存在にさすがのこの男も、ここで初めてカナリア達と同じ「驚き」の感情を表した。
ホークはそれに気づくとすぐに救出に向かう。
ゴッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
暗黒球はゲイル付近の地面に衝突。破裂し、莫大なエネルギーを爆発させた!
「僕の『ロストアーク ─ メルディオーティス』を『力』で阻むことはできない。この魔法には外部から加わる一定以上の『力』を破壊する効果があるからね」
アルカディアが使った属性魔法は「闇魔法」。闇魔法は「破壊」の力。
彼の使った『メルディオーティス』はゲイルの『磁力』を破壊して「無効化」した!
一定以上の力を……というのも変な魔法だが、これは「重力」まで破壊しないようにするために魔法の術式へそのプロセスを組み込んであるのだ。もし重力まで破壊して無効化してしまえば、宙に浮いて飛んで行ってしまうことになるかもしれないのだから。
「ふ~、間一髪やったな」
煙が晴れると、そこにゲイルの姿はなかった。そことは違い、戦闘から距離を取って離れていたハンナの近くにゲイルとホークの姿があった。
最初からホークは「アルカディアの魔法はゲイルの磁力を突き破るかもしれない」と思っていた。本人が自分の異能に絶対の自信を持っている代わりといってはなんだが、ホークは「もしも」のことを常に考えるようにしている。
そうすることで自分のエリアのリーダーが死ぬという最悪の事態が万が一に起こらないようにするのだ。
だからこそ魔法で怪我を負う前にゲイルを救出することができた。
「これでわかったやろ。大人しく帰るぞ」
「ふざけんな。俺の邪魔をしてんじゃねえぞハゲ」
「ハゲとらんわボケ」
アルカディアの魔法を見てもこれだ。もう言葉で止めることはできない。
「ハンナ! しゃーない。使え!」
「わかった!」
ホークの指示が飛ぶと、ハンナは服の胸ポケットから一枚の紙切れを取り出す。
「おいクソ女! それ使ったらぶっ殺すぞ!!」
「うっさい! あんたが死んだらこっちもピンチなんだってば!」
ハンナはその紙切れを地面に落とす。そして何か呪文のようなものを呟くと……魔法に似た幾何学模様のようなサークルが地面に描かれた。
そのサークルはゲイルを捕まえているホーク、そしてハンナを囲む。
そして……眩い発光。その光が消えると……そこに彼らの姿はなかった。
「緊急脱出用の道具みたいだ。人間も便利な物を持ってるね」
アルカディアは力が抜けたように笑う。敵が去り、戦闘が終了したことでホッと息を吐いた。
「あの……ありがとうございます」
「別にいいよ。同じ学院の仲間だしさ。……それにしても災難だったね。クエスト中だったんでしょ? そこでエリアリーダーと出くわすなんてさ」
アルカディアは気にしていないが、カナリア達にとっては九死に一生を得たと言ってもいい。感謝の念はとても強かった。
「怪我してるようだし……どこかで十分休んでからマナダルシアに帰るといい。僕は用事があるからまだ帰れないけど……君達だけで大丈夫? もし無理ならカチュアを呼ぶけど」
「いえ……大丈夫です」
とんでもない。助けてくれただけでもなく、生徒会副会長であるカチュアを呼んで警護してくれなんて頼めるわけない。カナリアはそれを断る。
それから……アルカディアとはそこで別れた。
(エリアリーダーの異能。凄まじかった。今のあたしじゃ……到底及ばないわ)
助かった……が、死んでいてもおかしくなかった。それはライハも同じ。彼女も考えることは変わらない。
(もっと……もっともっと。強くならなきゃいけない)
意思を強くする。また強力なハンターと戦うことがあっても……今度は勝てるようになる、と。
「アストの方でも何か起こってなければいいけど……」
自分にこんなことがあったんだ。それならパートナーにも学院の方で厄介事に巻き込まれてないかを心配してしまう。
♦
「ここですわね……」
この日、アーロイン学院にとある1人の少女がやってきた。
闇が溶け込んだような色の黒髪を2つに結い、白磁のように綺麗な肌に夜色のゴスロリドレスを纏う、そんな少女。
すれ違う人は誰しもが振り返る。二度見どころか五度見ぐらいする者もいれば、彼女とのデート中だというのにその少女に目を奪われてしまい彼女を怒らせてしまう男もいた。
「クスクス♪ 今日から楽しい学院生活の始まりですわ♪」
その少女は、アーロイン学院の中へ入っていった……。




