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ヘクセンナハトの魔王  作者: 四季雅
第1章 ヴェロニカ編
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98話 意識の相違


 ~次の日~



 カナリアがいなくなったので1人で授業を受けることになった僕。まだクエストに行っていない学生はたくさんいるが、いつも一緒に座っている友達がいなくなっただけで妙に物悲(ものがな)しくなってくるな……。

 


 そうこうして、5限目の「魔法戦闘」の授業がやってきた。今日も我らが3組と1組が一緒。

 やはり昨日からクエストへ出発した人がいるためか、今日は人数がちょっとだけ少ない。



「アスト・ローゼン。今回の魔法戦闘で良い成績を残せば実技試験の得点に加えてあげますよ」


「え!! ほんとですか!?」



 なんと。なんとなんとなんと。絶望的だった実技試験の得点をここで稼げると!


 しかし……



「せんせー。そりゃ無理ですって! アストが未だに1勝もできてないの知ってるでしょ!」



 うぅ……そうなのだ。魔法戦闘の時間は週に必ず1つ以上あるのだが、僕の戦績はまだ0勝。負けの数は多い多い。もう数えるの途中でやめたもん僕。

 今回はどうにかして、それこそ死ぬ気で頑張らなければいけない。それでも勝てるかと言われれば……難しい。

 弱気だなとバカにされるかもしれないけど、魔法が使えないのがどうしても痛い。僕が『ファルス』1つで突撃しても皆は平気で攻撃魔法をバンバン撃ってくる。皆、容赦なさすぎる。



 でも、戦いではそんな言葉は無意味。なんでもやってくるのが敵なんだ。僕はそれをよく知っている。



 自分よりも何倍も大きな奴が巨大な爪で容赦なく引き裂いてきたり。

 自分よりも強い奴が持っている巨大な剣を容赦なくぶん回してきたり。

 

 戦いに情けなんて意味がないのだ。




「おいアスト。俺が直々にお前の留年を決定させてやるよ」


 そこで名乗り出てきたのはとても図体のデカい、斧の魔法武器を持った1組の生徒。たしか名前は……「ボルゴ」。

 

「テメェは試験の時に俺の斧をぶっ壊しやがったからな。お前が留年して俺の後輩になる前に鬱憤(うっぷん)を晴らしとかなきゃいけねえ」


 あ……。そう言われて思い出した。この人、入学試験の時にアレンがバハムートと戦うために勝手に斧を奪い取られてた人だ。斧、あの後粉々になったんだよね……。


「え~、では、アスト・ローゼンとボルゴ・ファガスの魔法戦闘を始めます」


「ちょっ! 先生!?」


 先生は僕の承諾なしでいきなり対戦カードを決めてしまう。どうせ誰と組んでもあまり変わらないと思われているのか……。対戦相手の方、思い切り僕をボコボコにしてきそうですけど!? なんなら「鬱憤(うっぷん)晴らす」とか言っちゃってますけど!?


「アスト・ローゼン。早くサークルの中に入りなさい」


 僕が混乱していると先生は()かしてくる。そこが僕の処刑台だというのに。

 しかも周りからは「は・い・れ! は・い・れ!」とかコールされちゃってるよ。完全な笑いものにされてる。……おい! 3組も一緒にコールしないで。仲間でしょ!…………まだ。

 いつもはカナリアやライハがいるから皆も僕にこんなあからさまな口撃(こうげき)をしてこないんだけど今は2人がクエストにいってていないからここぞとばかりに調子に乗っている。ガイトは今日もサボってるし。




(「アスト。また面白いことになってるな」)




 その時、脳内にアレンの声が聴こえた。


(「……全然笑えないんだけど。僕これ負けたら留年のピンチかもしれないんだよ?」)


(「この学院は厳しいんだな。まだ一学期なんだろ?」)


 そうなのだ。今はまだ一学期。それでも僕が留年のピンチと言ってるのは僕が魔法に関して1+1もおぼつかない生徒だからだ。この調子で最初に(つまづ)いていては進級することなど到底不可能だ。


(「勝てばいいじゃないか」)


(「簡単に勝てたら今頃こんなことになってないって」)


 アレンは他人事(ひとごと)だ。自分も関係あることなのに。



(「代わってやってもいいぞ」)


(「え!? いいの?」)



 と、そこでまさかの提案。アレンが代わりに戦おうかと言う。


(「いや、でもなんかズルい気がするし……」)


(「ズルいも何も替え玉するわけでもない。それに留年のピンチなんだろう?」)


 うぅ。理屈ではそうなのだが……。今回ばかりは、仕方ないよな。


(「じゃあ今回だけお願いできる?」)


(「わかった」)


 お互いの同意。それは僕とアレンが交代することのできるパスとなる。



「おい、さっさとサークルに入れよ!! いつまで待たせるんだ!!」



 相手のボルゴはいつまで経ってもサークルに入ろうとしないアストに怒る。


 それに対してアストは……




「ああ。悪いな」




 アスト……「アレン」は、サークルの中に入った。

 それを見た周りの生徒はとうとう始まると沸き立つ。口笛を吹いている者もいた。


「はい、皆さん静かに! それでは魔法戦闘を……アスト・ローゼン? 武器を抜かないのですか?」


 審判役の先生が開始を告げようとすると……未だにアレンが武器を抜いていないことに気づく。持っている剣が魔法武器ではないといってもまさか素手で挑むわけではないだろうと思ったのだが……



「抜かないといけないルールなのか?」



 こんなことを言い放ってしまう。これが今まで一度も魔法戦闘を勝つことができていない生徒が言うことなのか。もちろん負けているのはアストであってアレンではないが。

 それを聞く生徒達も爆笑する。対戦相手もボルゴも吹き出した。先生も呆気(あっけ)にとられるが……


「いえ……構いませんが。で、では……開始してください!」



「うおおおおおおおりゃああああああああ!!!!」



 魔法戦闘開始。それとほぼ同時。ボルゴは裂帛(れっぱく)の気合いと共に斧を振り下ろす。

 当たり前だがボルゴは『ファルス』を使っている。それに体にも魔力を多く纏わせていた。これによりこの一撃は凄まじいものとなる。

 それに対するアレンは素手。守る(すべ)がなければ……なんと『ファルス』を使っていない。魔力すら纏っていなかった!


 もはや戦う気すらあるのかと問いただしたいその行動。しかし、次の光景には誰もが言葉を失くす。




 ガッッッッッッ!!!!!!!!!!




 何か固い物が激突した音。それは斧がアレンの頭蓋(ずがい)粉砕(ふんさい)した音ではなく。





「あ、あ、あ? また、お、俺の斧がああああああああああ!!!!!」




 ボルゴの斧が斬り裂かれた音だった。

 ボルゴの持っている斧は刃の部分が床に落ちており、ただの棒と化していた。


 アレンが一瞬のうちに剣を抜いたのか……と思いきや、まだ素手のまま。先程と違うところは……彼が手刀(しゅとう)を作っていたこと。



「おい……嘘だろ。手で魔法武器を切断したのか?」


「んなバカな。通常武器で破壊することでもヤバイってのに……」



 誰もがもう笑ってはいない。まるで夢を見ているかのような表情だ。先生でさえも例外ではなく目を見開いて今の光景を疑っていた。


「もう戦えないだろう。それともその棒でまだやるというなら早く来い。時間が()しい」


 アレンはなんの感情も込めていない、ただ淡々(たんたん)と、告げる。

 ボルゴはその言葉にカァーっと赤くなる。恥ずかしさと怒りだ。



「ふざけんな!!!! 不正だ! これは不正だー!」



 叫ぶ。素手で魔法武器を破壊することは不可能だ。ならば「不正」だと。


「この勝負に魔法道具の使用は禁止されている! どうせ使ったんだろ! 変な魔法道具! 魔法道具を! じゃねぇと魔法も使えないお前がこんな─」


 焦りながら(まく)し立てるように責め立てる。このままでは自分はこのクズに負けたことになる。そう思ったボルゴはこの戦いをご破算にしようと考えた。

 それを抜きにしても、十分にアレンの行動は不正だと思ってもおかしくないものだからだ。


 それに対し、アレンは……




「随分と気楽なものだな」


「なに!?」



 アレンはまったく動揺(どうよう)していない。それどころか(あき)れてすらいる。



「そんなに魔法が使えることが(えら)いのか? 当のお前はなんの魔法も使っていない俺に対して負けに等しい状態だというのに」



 冷たく、言い放つ。ボルゴは圧倒されて言葉が出ない。



「ああ、そうか。『魔法戦闘』というこの授業の中では偉いんだろうな。だが、魔法が使えることで人間よりも優位に立っていると何か勘違いしていないか?」



 戦闘1つも真面目にこなそうとするのが見えない連中に(かつ)を……というわけではないが、アストをバカにされているのをいい加減見ていられなかったのか、代わりにアレンが心底ウンザリだと言わんばかりに言葉を出す。



「お前らと違ってハンターは『魔人との戦い方』なんてものに興味はない。ハンターは日々、『魔人を効率的に殺すこと』ばかりを考えている狂った連中だからな。それと比べて、魔法が使える使えないごときで一々騒いで笑っていられるお前らを気楽だといって何が悪いんだ」



 ボルゴだけではない。全員の口から言葉が出ない。


 本当ならこのアレンの物言いにも「何を言っているんだ」と一笑(いっしょう)()してもいい。たかが授業で、と。

 けど、この言葉にはなぜか「重み」があった。誇張(こちょう)して喋っているのではない。真実を話しているような。そんな気がしたのだ。


 だが、アストだけはその言葉に納得してしまう。なぜなら人間の狂気を十分に理解しているから。


 エリア7リーダーのコールド・ヴォーントは人間と戦うグランダラスを育てるために自分の使用人を(えさ)にして喰わせていた。


 人間が造った「マジックトリガー」は人間でも『魔法』が使える夢のような道具だが、人体に深いダメージを与える。中には……体の細胞組織を破壊するものだってあった。


 アレンの言葉は乱暴かもしれない。わざわざそんな言い方しなくたってと言う者もいるかもしれない。


 けれど僕はそれでも「()()()()」とすら思う。人間の狂気を知っているから。

 知っているからこそ、僕は強くならなきゃいけないんだ。学校の成績とか……そんな小さなことじゃない。



 皆を守れるように。皆を救えるように。





「……ぶ、武器破損とのことで、あ、アスト・ローゼン、の勝利」



 教師だけが、ようやく言葉を(はっ)せた。アレンの勝利を告げる。それだけの言葉を。


「……空気を悪くしたな。すまない」


 さすがにアレンもこんなことを言った後も同じ場所に(とど)まろうとはしない。それにやるべきことはやった。おそらく実技の得点はこれで大丈夫だろう。


 部屋から出るアレンを、学生達も教師も止めることはしなかった。




   ♦




「……」


 アレンはアストのお金を勝手に使って飲み物を買っていた。戦後の一服(いっぷく)というやつだ。


(「ねぇねぇアレン」)


(「なんだ?」)


(「さっき手刀で斧をぶった切ってたけどまさか力技なんて……ことはないよね?」)


(「魔力を手に纏ってそのまま切った。それだけだ」)


(「うそぉ!?」)


 いくら魔力を纏わせて手刀を放ったといっても魔法武器を破壊するなんてありえない。もし本当ならアレンは僕なんかよりも魔力のコントロールが圧倒的に上手いってことに……


(「嘘だ」)


(「って、本当に嘘なんだ……」)


 アレンって冗談がわからないから全部本気に聞こえるんだよなぁ……。


(「そう見せるために手に魔力は纏っておいたが、バレないように『異能』を使った」)


(「異能? それって……」)


(「ああ。『革命前夜』を使った。手足に斬撃(ざんげき)性能を持たせる能力だ」)


 『革命前夜』……アレンが持っている謎の異能。能力は再生能力だと言っていたけど……今度は「物体を切断する能力」? 複数の効果がある異能なのかな?


 結局、能力の詳細(しょうさい)に関しては教えてくれないし……。まぁ僕が使えるわけじゃないから別にいいけどさ。


 っていうかあれだけ言っておいて本人は「異能」を使ってるんだもんな。

 でも、それを気づけずにいて、相手の(あら)を探すことばかりしようとしていたってところがアレンにああまで言わせたのか。戦場では相手が何をしたかわからず死ぬことなんてほとんどだろうから。



(「これはお前にも言えることだが……『魔法』にこだわりすぎるな。もちろん魔法が使えるようになるに越したことはない。練習は続けろ。俺も『異能』を使う時は使うからな。だが、それ以外にも鍛えられることは多いはずだ」)



 それ以外……。


 思い返せば、リーゼを圧倒(あっとう)したアレンはあの時、多分だけど異能を使っていなかった。全て「動き」と「剣術」だ。


(「自分が持つ能力とは『相手から見えないカード』でもある。使えば強力かもしれない。しかし、それと同時に使う度に相手に自らのカードを開示(かいじ)していることにもなる。全てを見切られれば、勝機を完全に失う」)


(「ふむふむ」)


(「揺らがないものは……『己自身の強さ』。お前の、絶望に立ち向かう『勇気』だってそうだ。魔法や異能以外の力が勝負を決める時もある。少しでも自分を信じられるように自分を鍛えるんだ」)


 そっか。最近はすっかり魔力のコントロールばかりだからそっちのことを考えてなかったな。

 剣術……ベルベットの教え方は僕には全然わからないし、同じ学生であるカナリアの予定は合わない。ならそれ以外の人からの指南(しなん)が必要だ。


 ジョーさんは剣なんか使わないだろうし……フィアちゃん……なのかなぁ。

 いや、そのフィアちゃんも……キリールさんに教わったと言っていた。あの人こそが適任だろう。


 けど、キリールさんにだって仕事があるのに、頼めないよなぁ……。うーん。


(「遠慮をしてどうする」)


(「……そうだよね。ここで遠慮してたら意味がない。マジックフォンで聞いてみるよ」)


(「じゃあ……戻るぞ」)


 アレンと交代して、アスト・ローゼン─僕の人格が表に出る。


 マジックフォンを取り出して操作する。ベルベットの館へと通話をかける。

 やはり1コール目で、



『はい。キリール・ストランカです』


「あ、キリールさんですか。お願いがあるんですけど……」


『今日のパンツの色ですね? 今日は……』


「なんで呼吸のようにいつも僕を変態扱いするんですか……」


『それに興奮してるくせに』


「してませんよっ!」


 そもそもパンツの色を確認するために通話をかけてくる奴だと思われてるのか僕……?

 っていうか聞いたら本当に答えてくれるのかな……。いやいや! 何考えてるんだ僕!



『冗談です。ブラジャーの色ですね』


「もういいですからっ!!」



 いつものやり取りを消化してようやく本題に。


「僕に……剣を教えてほしいんです」


『そうですか。わかりました。では、こちらで都合の良い日ができればお教えしますので館に帰ってきた時にでもまた話してください』


「ですよね……仕事もあるのに…………っていいんですか!?」


 まさかの即答。聞いた自分が言うのもなんだけどもっと「面倒くさい~」とか「なんで私?」とかゴネてくれてもいいのに……。


『断れば良かったのですか? それに興奮を覚えると? 今はそういうプレイがマイブームなんですね。では、今回の件は大変面倒くさいので二度と私に話を振らないでくださいこのド変態野郎』


 あれ……なんかもう涙出てきたんですけど。悲しい……悲しいよぉ。


罵倒(ばとう)されて泣くほど興奮するとは。さすがはアーロイン学院変態コース主席。早く捕まればいいのに』


「もういいですってば!!」


 その後、改めてお願いを承諾(しょうだく)してくれた。まとまった休みができたらキリールさんと改めて相談しよう。はぁ…………。



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