97話 兄様、赤点サバイバー(>_<)
アーロイン学院。それは魔法使いが通う学校。
魔女、魔法騎士、魔法工学士。それら3つの「魔法を扱うスペシャリスト」になるべく若き才能達が日夜修練を続ける場所。
ある者は魔法を突き詰め究極へと至るため。
ある者はいつか自分の手でこの国を守るため。
ある者は魔法で国を豊かにするため。
それぞれの目的や夢を持ってここにいる。
しかし、目的や夢の実現には「知識」が必要だ。技能ばかり身に付けていても頭に何も入っていなければスペシャリストなど到底名乗れない。
まぁ……何が言いたいかというと。
「アスト・ローゼン。もっと勉強しなさい」
教師からそう言われて渡される一枚の用紙。そこには大きく赤で数字が書かれている。
「27」……と。
「そんな……嘘だ……」
僕は驚愕する。もっと、もっとあるはずだ。きっと何かの間違い。そう。間違い。あと……あと「3」あるだけでいいんだ。それだけで……
「アスト・ローゼン。あなたは補習です」
「そんな……」
アスト・ローゼン。「魔法学」中間テスト結果……「27点」!!
♦
「やってしまった……」
テスト返却後、食堂にはボーっとしながら抜け殻のようになってしまったアストがいた。
「あんたほんとアホね」
「アスト。大丈夫?」
「一番最初のテストでいきなり赤点はヤバすぎるだろ……」
いつものメンバーからは本気で心配されている。若干引かれてもいる。
吸血鬼との戦いの後、傷も癒えた僕らは一週間後に予定されていたテストの勉強を開始した。
カナリアは成績が抜群に良いので勉強も見直しするくらい。ライハはわからないとこがあれば先生に質問に行ったりと細かに勉強を進めていた様子。ガイトは地頭が元々良いのか教科書を眺めているだけで余裕そうだった。
僕は……壊滅状態だった。
ただでさえ勉強量が足りないのに加えて最近は戦闘ばかり。剣の練習や魔力のコントロールの練習や「実は人間の僕にも使えたりして」なんて興味本位で魔法の練習してみたり。
それでも僕だって勉強はしたのだ。それも色んな人に教えを乞うた。ある時はライハに。ある時はベルベットにだって。
けど、どちらもあまり勉強にはならなかった。
ライハは勉強中ジーっと僕の顔を至近距離で見つめてくる。それに何度注意しても僕の膝の上に座ってくるので僕がライハの後ろから腕を回す形でずっと勉強する羽目になっていた。
そんなことになれば集中なんてできない。ずっと自分の顔の横に女の子の顔があって集中できる奴なんているわけない。
ライハは悪くない。アホなのに勉強をいつまで経っても開始しなかった僕が悪いのだ。
カナリアやガイトは頼んでも断られた。そもそもテストが近づいてきたのに同じ生徒に頼むこと自体良くないのでそれは仕方ない。
というわけで最終手段としてベルベットに頼んだ。最後の砦にして最強の矛。魔法といえばベルベット。ベルベットといえば魔法だ。
基本ポンコツだけどこれに関してだけは信頼できる。ベルベットは「魔法学」の先生でもあるから少々裏技というか卑怯というかそんなところもあるけどなりふり構っていられなかったのだ。
しかし、その最後の砦こそがマズかった。
ず~っと僕の体をベタベタ触ってきたり、勝手に妄想の世界に入ってベッドの上で変な声出して悶えてたり、前に録音してた僕のセリフ集を聴いたりしてた。正直キツイ。地獄の空間すぎるだろ。魔界かここは。
そんなこともあってゲンナリしながら勉強をしていた僕はとうとう耐え切れなくなって静かに部屋を出た。僕の質問にも全然答えてくれないので来た意味もまるでなかったし。
まだ館に帰っていないキリールさんに頼んでも「テストくらい自分でなんとかしてください」と御叱りを受け、何を血迷ったのかミルフィアに頼んだら「なんですかこれ~?」と首を傾げられた。そりゃそうなるわ。
結局1人で勉強を進めることに。
そして奇跡を願って臨んだテスト。
案の定……撃沈!!
テストで30点以下の赤点を取ってしまった者は次の「クエスト」に参加できなくなるというペナルティーが存在していた。つまり評価される機会を1つ失うのである。
パートナーがそんなことになれば当然もう1人も困る。なんたって2人で受けるのが1人になるのだ。危険度も上がる。
なので通常こういった時はその者には最低ランクのレベルEのクエストが割り振られる。僕のパートナーであるカナリアは新たにパートナーとなったライハもいるおかげで普通にクエストを受けることが許されたのだが……本当に申し訳ない。
あ、ちなみに筆記試験だけではなく実技試験もあった。そっちで赤点を回避すれば筆記の結果は無視されてクエスト参加も許される。
なぜ僕がそっちの話題に触れないのか。そんなの決まってる。実技の方が圧倒的に悪いからだ。ちなみに「7点」。
前まで「2点」程度の実力しかなかったからジョーさんとの特訓結果も出てこれである。はぁ……。
「レベルCクエストに決まったんだから今のあたし達の実力を見るのに丁度いいと思ってたのにあんたは……!」
「ごめんなさい……」
やはりそこには激怒のカナリアがいた。何しろ1年のクエストの機会は貴重。その1回に参加できないのだから怒られても文句は言えない。
「ガイトは1人で受けるの?」
「ん? そうだな。俺の場合は腕試しみたいな側面で受けてるからパートナーはつけないようにしてるんだよ。それで家から通ってるわけだしな」
ガイトの家は有名なところらしいのでその力を使ってパートナーをつけないようにしている。やはりとにかく自分の実力を上げたいからこそか。
「ま、あんたは補習でみっちり勉強して今後こんなことがないようにしなさい」
「は、はいぃ……」
そうは言うものの。僕は補習終了後に毎回小テストをしなければいけない。そしてそのテストでは「30点中25点以上を取れ」という条件も存在している。
筆記の方は多分問題ない。改めて勉強すれば大丈夫…………だと思う。
だが、実技の方がヤバイ。補習程度で点が上昇する気配がしない。なんなら1年全部使っても点が上がるかどうか。下手したら2年生になっても補習が続く……それどころか僕、進級できないまである。つまり現時点でもうすでに留年のピンチなのだ。まだ一学期なのに!?
なんか変な汗出てきたな……僕本当に大丈夫なのだろうか。
空の上にいるカルナには僕の姿を見ていてくれ、と言った僕だが早速不甲斐ない姿しか見せられていない。カッコ悪いよなぁ……僕。
実技。実技をどうにかせねば……!
それから学校が終わるとトレーニングルームですっかり習慣となったジョーさんとの修行をこなした。
そして家へ帰ると……
「あれ……カナリア、ライハ、どこかに行くの?」
大きな荷物を抱えて出かけようとしている2人の姿があった。そろそろ夜になるというのにどこへ行くというのか。
「どこってクエストよクエスト。あたし達のクエストは明日から始まるの。ここから最長で一週間お別れね」
「も、もう行くの……」
例の補習のせいで僕が参加できないクエストのことだ。その移動が今日だなんて。なんて気が早いんだ。
なんだか悲しいな。僕1人になっちゃうのか。気が楽と言えば楽だけど、いざ1人になると寂しくも感じてしまう。
「アスト。少しの間会えなくなるけどわたしのことは忘れないで」
「いやさすがに忘れたりなんかしないから……」
ライハもどこか悲しそうだ。しょんぼりとしている。
「今のうちにアストを充電しておく」
「うわっ!!」
と思ったらいきなり真正面から僕に抱き着いてきた! ライハさん!?
「なにやってんのよ! 早く行くわよ! 充電中断!!」
「あー」
無理やりベリッと僕の体から剥がされたライハはそのままズルズルと地面に引きずられながらカナリアと共に去っていった。
こうしてカナリアとライハはクエストに出かけて行った……。気を付けてね。
ちなみにミルフィアはいないのか? と思うかもしれないが……先日、ミルフィアはキリールさんと共に帰っていった。というのも……
♦
~数日前~
「ん?……誰か来た」
この日は休日。部屋のインターホンが鳴らされ、ミルフィアも含めた各々がくつろいでいた僕達の部屋に誰かの来客を伝えてきた。
「フィアが出ますよー。もしかしたらキリ姉様かベルベット様かもしれません」
ミルフィアはトテトテと歩いて行ってドアを開ける。そこには……
「ミルフィアか。ちょうどいい。迎えに来たぞ」
「へ……うわ…………」
まるで嫌な物でも見たかのようなミルフィアの声に僕達は様子を見に行くと、立っていたのは執事服を着た男。怒っているのかと聞きたいくらい不機嫌そうな目。その目にはメガネをしている。スラリと背の高い細身の男性。
その人物とは……
「フォアードさん!」
フォアード・アーフェイン。前に教えてくれたが、ミルフィアの話によるとベルベットの使用人序列4位。主に戦闘面の仕事を専門とする執事さんだ。仕事も丁寧でとてもベルベットへの忠誠心が強い人という印象。それはもう使用人の中でも一番じゃないかというくらいには。
ただ……
「アスト・ローゼンか……まだくたばっていなかったとはな」
館にいた頃からそうだったんだけど、少々僕は嫌われている。これを言ったのがキリールさんならいつもの毒舌ということで気にならないけど、この人が言うこれは本気でそう思っている。それがわかるほどに目に見えて嫌われている。僕何かしたのかなぁ……。
「ミルフィア。そろそろ館に帰って仕事に戻れ。貴様いつまでサボっているつもりだ」
「えー! まだいいじゃないですか! あとちょっとだけ……」
どうやらフォアードさんはミルフィアを館に連れ戻しに来たようだ。たしかにミルフィアが学院に来たのはベルベットが意識不明の重体だった時の僕の護衛が理由だ。今ではベルベットはピンピンしているのでまだミルフィアがここにいることはおかしい。
今は6月14日。あの吸血鬼との戦いから2週間も経った。それなのにミルフィアは未だに僕達と一緒にいる始末だ。僕達は別にいいんだけど……。
「いい加減にしろ! これでも待ってやった方だぞ!」
「………………………陰険メガネ」
「誰が陰険メガネだっ!!」
ミルフィアよりもフォアードの方が序列は上だが、彼女は彼のことが嫌いなのか言うことを聞かない。
ミルフィアだけではなく館でもフォアードは物言いが厳しいのであまり好まれてはいないのだが……。
「ん? そこで何してんのー?」
その声は僕の背中側から……ではなく、ドア側─つまりフォアードさんの背中側から聴こえた。
向こうを覗くとそこにはベルベットとキリールさんが立っていた。
キリールさんはベルベットの体調が万が一悪化した時のために備えてあれからもベルベットと共に過ごしていたのだ。ミルフィアと違ってこっちはちゃんと理由がある。
「べ、ベルベット様!! 体は……大丈夫ですか!? どこか痛むところは……」
フォアードさんはミルフィアや僕の時と打って変わってベルベットの前では別人のようになった。この態度の差にはミルフィアじゃなくてもムッとしてしまうな……。
「う~ん。まぁまぁ……かな~」
「なっ!? やはりどこか悪いところがあるのでは……?」
「おっぱいが張ってる感じするかも……」
出たよ。ベルベットは僕とか使用人相手にたま~にこうやって男の人が反応しづらいことを言って面白がる癖がある。どうせこれ嘘だから。
「おっぱ……そ、それは……! 貴様等、い、今すぐ医者を呼べ! もちろん女の医者だ! 男の医者を連れてきたら許さん!」
「うっそ~。引っ掛かった~。おっぱい張ってませ~ん」
やっぱり嘘だ。うざっ。……うわ! キリールさん今すごいイラっとした顔してた! 僕見たよ! めっちゃイラついてる顔してたもん!
「さすがはベルベット様。このフォアード、一本取られました……」
ダメだ。こっちもヤバイ。なんか恍惚とした表情してる。見たところふざけてる様子もないしこの人もこの人だ。ベルベットになら何されてもいいのか。
逆にベルベットの使用人はこのメイドさん2人といい、主をどこか舐めている傾向にあるのでフォアードさんこそ本来の使用人のあるべき姿なのかもしれないな……。
「ベルベット様からも言ってください! フィアはまだ兄様のところを離れたくありません!」
「ぐ……! ミルフィア貴様……!」
フォアードがベルベットに心酔していることを知っているミルフィアはベルベットの手を借りようとする。その目論見は当たっていてベルベットが一言許可すればフォアードは素直に退散するだろう。
「ミルフィアはアストと仲良いもんねー」
「はいっ! それはもうっ!」
主が食いついてきたところを見て、連れ戻しに来た執事はぐぬぬ……と顔を歪め、旗色が良くなったと笑顔になる小さなメイドはアピールタイムに入る。
「ベルベット様が大変だった時、兄様とフィアはとっても仲良しだったのですっ!」
「たとえば?」
ベルベットが聞き返すと、
「耳かきをしてくれたり~、お背中お流ししたり~、食べさせあいっこもしましたー!」
「へ、へぇ~…………」
今度はベルベットの顔が歪んだ番だった。
これらは全て真実と言えば真実だ。全てミルフィアがしてくれと頼んだので仕方なくしたことなんだけども。
「一緒に同じベッドで寝たりもしましたっ!!」
「フォアード。今すぐこいつを連れ帰りなさい」
「はっ!! お任せを!」
「なんでですかー!!」
一瞬の手のひら返し。
口を盛大に滑らせてしまい、結果ミルフィアは館へ強制送還された。
「兄様ー! またお会いする日までー!」という言葉を残して……。
なんだか可哀想だったけど……お仕事頑張ってね。
ということがあってミルフィアもいなくなったのだ。アスト1人生活、開幕である。




