9話 クエスト
その後、ひたすらカナリアに威嚇行為をしかけていた迷惑なベルベットをなんとか部屋に押し込んで、僕とカナリアは自分達の部屋に帰った。
ベルベットは僕とカナリアがルームメイトということを知ってからずっとあんな調子なので困る。教師と生徒のはずなのに何を張り合ってるんだか。
まぁ、そんなことは置いといてカナリアは無事帰って来たので良かった良かった。
「いや~カナリアがどこ行っちゃったんだろうって心配してたんだよ?」
半分本当で半分嘘。どこ行っちゃったのかって考えたのは本当だけど心配は嘘である。誤解しないでもらいたいがカナリアは僕よりもずっと強いので心配はないという意味だ。
「……」
カナリアは無視。机に座ってノートを開く。
はぁ……またこれだよ。
「ねぇ。ガレオスさんとカナリア。いったい何があったの?」
僕は核心に迫る。もうこんな空気は今日一日で終わりたい。多分だけどベルベットに負けて機嫌が悪かったのも原因はこれだと思う。
カナリアは「勝つ」ということに異常な執念を持っているのだ。
「なんであんたにそんなこと言わなきゃいけないのよ」
「ルームメイトだからだよ。こんな重い空気を何日も続けてたらこっちの身が持たない。今日限りにしよう」
「……」
カナリアは自分の服の袖をギュッと握る。さっきガレオスさんにかけられた言葉を思い出して耐えているみたいだ。
「もう……あたしがガレオス・ロベリールの娘だってことは知ってるんでしょ?」
「……うん。さっきのを立ち聞きしちゃってたから」
魔法騎士の英雄『ガレオス・ロベリール』。その娘がカナリア。ベルベットはガレオスさんと知り合いみたいだからその話に間違いはないって言ってたけど……。
カナリアは自分が使っている得物でもある水色のレイピアを手に取り、僕と目を合わせて話をする。
「あたしのお母様─『レイラ・ガルフィリア』はね、魔法騎士だったの。お父様とはアーロインの学生時代に知り合ったみたい。当時は女で魔法騎士なんて今よりも珍しい存在だったからすごかったのよ」
カナリアのお母さんも魔法騎士だったのか。昔のことなんて僕にはさっぱりわからないことだけど……今でも女の魔法騎士は男に比べてずっと少ないと言われてるのにそれよりもだなんて。相当すごかったんだな。
「お母様は強くて、優しくて、あたしの目標だった。いつか自分もお母様のような魔法騎士になりたいと思ったの」
僕はこの話を聞きながらある部分にずっと引っかかっていた。それが気になる度に嫌な予感がチラつくのだ。
「でも『第三次種族戦争』の時に亡くなったわ。人間に、殺された」
嫌な予感は的中した。
カナリアがお母さんのことを話す時のほとんどが過去形だったからもしかしたら……とは思っていたが。
「それからお父様は人が変わって……弱き者は戦いに出てくるなって考えになったの。魔法騎士を目指していたあたしにも『お前に才能はない。魔法騎士にはなるな』って言って…………あたしはそれが悔しくて、力を認めてほしくて……!」
それでカナリアは負けることをここまで気にするんだな。
お父さんに認めてほしいから。今は亡きお母さんのように強くなりたいから。
それが正しいかどうかは僕にはわからない。
魔法騎士は魔女よりも「戦闘能力」が重要なものだからガレオスさんの言い分を否定することはできない。
ましてや自分なんかじゃカナリアのどこを見て「才能がない」なんて評価ができるのかさっぱりわからないのだから。
でも、僕としてはカナリアの夢を応援したい。お父さんやお母さんのような立派な魔法騎士になりたいだなんて良い夢じゃないか。
「すごいよねカナリアは。それで本当に魔法騎士コースに入っちゃうんだから」
「あんただってすごいわよ。試験の話はくどいほどしたからもういいけど……ベルベット様の弟子だなんて初めて聞いたわ。あの方は弟子を一切取らない主義って聞いてたのに。多分あんたが初めての弟子よ」
「そうなんだ?」
「そうよ! 普通じゃ弟子になんかなれないわ。まさかベルベット様とあんたの親が知り合いとか? そのくらいじゃないと考えられないわ!」
カナリアは意外にも興奮気味に食いついてくる。その質問は僕にとっては……
「わからないんだ」
「わからない?」
「うん。僕、記憶がなくて……親の顔も知らないし、過去にどんな風に戦ってたのかもわからない。ベルベットが拾ってくれたんだけど、どうして僕なんかを拾ってくれたのかも教えてくれない」
「なによそれ……」
さすがに奇妙な話だよな。僕は自分に関することは何一つわからないからカナリアの親の話はすごく羨ましいんだ。「自分」というものがしっかりと構築されているから。憧れや悲しみに「過去」が結びついているから。
「魔力が纏えないのもそのせいなの?」
「それもわからない。もしかしたら過去の僕も纏えてなかったのかもしれないしね」
冗談交じりにそんなことを言う。
僕は今の弱さを記憶喪失のせいにはしたくない。
唯一残っている「今の自分」さえも否定したくないんだ。過去に縋ってしまえば今の自分がしてきたことを全て否定してしまうことになるから。
僕だって必死に努力はした。けれど魔力は纏えなかった。それが結果だ。
「なんかごめんなさい……」
「いいよ。気にしてないし」
せっかくカナリアが話してくれたのにまた空気を悪くしてしまった。自分が振り出しに戻してどうする。
「このレイピアね、【ローレライ】っていうんだけど……お母様が使ってた魔法武器なの。お母様の形見なのよ。この剣は」
「そうだったんだ……綺麗な剣だね」
「ありがと。自分でもそう思うわ。だから早くこの剣に相応しい魔法騎士になりたいの」
カナリアはレイピアを抜く。美しい宝石のような水色の剣。何度見ても見惚れてしまう。
「あんたは何のために魔法騎士になりたいの?」
「僕は…………過去の自分を探すため。執着してるわけじゃないけどちゃんと知りたいんだ。自分が……何者なのか。昔、ベルベットから『真実を知りたければ戦うこと』って言われて。それで魔法騎士になろうって思ったんだ」
僕の動機はカナリアと比べたら全然弱いかもしれない。それでも自分で選んだ道なんだ。後悔はないし決心はある。
「あんたはほんと不思議なやつね。全然魔法使えないし体術や剣術もそこそこ。なのに底知れない何かがある。わからないことだらけよあんた」
レイピアを収めてカナリアは改めて僕を見据えた。
「でも、これだけはわかる。悪いやつじゃないわ、あんた」
「ありがとう」
ようやくルームメイトらしくなった僕とカナリア。話し合うっていうのは大事なことだ。
黙っていても何も解決しないんだ。何も。
♦
その夜、とある大部屋に教師達が集まり会議が行われていた。
もう他の全教師が集まっているというのに15分遅れでベルベットがその部屋に入ってくる。
「あなた達アホなの? こんな夜中に会議なんて普通しないでしょ。正直迷惑なんだけど」
ベルベットは入るとすぐに座っている教師陣全員に向かって暴言を吐く。
だが、ベルベットの言っていることも当たっていてもう仕事が終わっているはずの夜に会議を行うことは普通ではない。
「ベルベット、座れ」
ベルベットはこれでも魔法使いとしては名実共に最高レベルの存在なのでここの教員であっても誰も何も言えない中、奥に座っている男─ガレオスだけは彼女に対して発言できた。
「人間の間ではこういうの『ブラック企業』って言うの知ってる? あ~あ、魔人もここまで堕ちちゃったかー」
「誰のせいだと思っている。朝にするとお前は寝坊するだろう。今日寝坊したのがその証拠だ」
「あ~……私のせい? うわ…………」
さすがのベルベットでも自分の寝坊のせいで全教員がこんな夜中に集まっていると知ると居心地が悪くなる。黙って空いている席に座った。
「別に寝坊の1回くらい良いじゃんねー?」
「え!? あ……は、はいぃ…………」
横に座っている自分よりも若い女の教師に絡む。その教師はこの場所ではベルベットよりも先輩にあたるが英雄相手に縮こまってしまって反論など出せなかった。
「ベルベットも来たことだ。始めよう。明日から始まる『クエスト』のことだ」
ガレオスが座っている者達に向けてそう言うと会議は始まった。欠伸をしながらそれを聞いていたベルベットは早速首を傾げる。
「ねぇねぇ、『クエスト』ってなに?」
挙手して勝手に発言する。会議が開始直後に止まってしまったがベルベットはそんなことを気にしない。
「『クエスト』とは生徒達が早く人間や魔物との戦いに慣れるために科す試練のこと。難度はE~A、そしてSまでの6段階。人間の世界に入って数日の生活から隠密活動に始まり、高難度になると魔物の討伐や破壊活動などになってくる。…………この制度が始まったのは最近の話ではない。お前も学生時代はやっていたはずだが?」
「そうだっけ? そんなこともあったような……なかったような。で、それについての何を話すの?」
「明日、各生徒はペアを組んでこの『クエスト』をこなすことになる。そこで生徒のレベルにあった『クエスト』を今から割り振っていこうと思うのだ。ちなみに1年の実力でいうとレベルDが妥当。魔法騎士の『クエスト』を例に出すと内容は…………『人間世界で数日間の生活』だ。入学試験の成績が良かった生徒はレベルCを受けさせることになっている。レベルCはさっきの内容に含め魔物の討伐も行うことになる」
「ふーん。入学して2日目でいきなり大変ねぇ」
「死にたくなければすぐに経験を積むことだ。ぬくぬくと学びだけで満足しているようでは優秀な魔法使いにはなれん」
ガレオスの言葉に周りの教師は何度も頷いていた。
まだ入学したばかりの者にとってはいきなりに思えるかもしれないがこれは「試練」なのだ。乗り越えるべきものである。
「とは言ってもさっき説明した通り最初のうちは厳しい内容ではない。普通にやれば死にはせん。……それでは割り振りを始めようか」
ガレオスがそう言うと教師達の間で魔法騎士、魔女、魔工と3つのコースに分かれた。
クエストの内容が同じ場合もあるがコースによって細かいところでやるべきことは変わってくるので分かれて話し合いをするのだ。
「え~っと、私は魔法騎士の方に行けばいいのかな……」
ベルベットはとりあえずこいつについていけばいいやとガレオスに近づいた。そこではもう話し合いが始まっているので途中から入り込む。
そこでは生徒のプロフィールと入学試験結果が書かれていた資料を出してはその生徒に妥当なレベルのクエストを教師達が話し合っていた。
「1組の『ライハ・フォルナッド』ですが、試験結果は480ポイント。Bルームの他の試験生を圧倒しての1位の結果でした。しかも女性の魔法騎士ですよ! この生徒は間違いなくレベルCのクエストで問題ないのでは? ルームメイトは……ちょっとこの子自体に問題がありまして1人で部屋に住んでいるのでパートナーなしの単騎でのクエストとなりますが…………この実力なら構いませんよね?」
「異議なし」
「異議なし」
「異議なし、だな」
ガレオスを含めそこにいた全員が異議なしとする。
ベルベットだけは「アストは511ポイントだったから……ふっ、勝った……!」と謎の張り合いをしていた。
「次の生徒は…………あっ」
魔法騎士コースの教師達の前にまた新たな生徒のプロフィールが出される。
そこには『カナリア・ロベリール』と書かれていた。
教師達は皆、カナリアがガレオスの娘であることを知っているためチラッとガレオスの反応を窺う。これは判断はガレオスに任せるというものでもあった。
「………カナリア・ロベリールは『レベルD』のクエストで決まりだ」
ガレオスは重く唸る猛獣のような声でそう告げる。
レベルDとはまだ学生生活が始まったばかりの今ではそこまで悲観するほど低いとは言えないし、まさに現時点では平均といったものだが……優秀な生徒がレベルCを受ける中でレベルDのクエストを受けさせられるという意味を察するのは難しいことではない。
つまりは「優秀な者たちと比べるとまだまだ」ということだ。
「しかし……カナリアさんの試験結果は450ポイントですよ? Aルームでは2位の結果でしたが……さすがにレベルDではない気が……」
「カナリアの強さはこの私がよく知っている。あいつにはまだ荷が重い」
「そ、そうですか……」
それは違う。一般的に言えば試験で2位の結果まで掴んでいる生徒はレベルCで問題ない。
そもそもこれより先に出ていた他の生徒でカナリアよりも結果が劣っていてもレベルCを受けている者がいるのだ。カナリアがレベルDというのはどう考えてもおかしかった。
「では……ルームメイトになっている『アスト・ローゼン』がパートナーになるので彼もレベルD……と?」
「…………仕方あるまい」
ガレオスからすればアスト・ローゼンに期待していることもあり彼こそレベルCを受けてほしかったが、カナリアがパートナーとなるならばそれも仕方ないことだと判断した。
…………のだが、アストがこんなことになっていて「彼女」が黙るはずない。
「ちょっとちょっと! あんまりふざけてると全員焼き殺すわよ!? なんで私のアストがレベルDなのよ!!」
両手で机をバーン!と叩いてベルベットは猛抗議する。
ベルベットの「焼き殺す」発言だったり「私のアスト」発言だったりと教師として大問題なところに全員驚きを通り越してドン引きしていた。
「試験の結果は確かにAルームで1位だったが基本戦闘能力があまりに低い。潜在能力は計り知れんがな。レベルDが妥当と言えば妥当だ」
ガレオスは冷静な分析をする。
私情で言えばアストにレベルCを受けさせたいというのはあるが、私情抜きで言えばとてもレベルCが務まるとは思っていなかったのは本当なのだ。
「レベルCは意地でも受けさせないと?」
「そういうことだ」
「じゃあ仕方ないわね」
意外なことにベルベットはすぐに引いた。周りの教師も肩透かしを食らう。だが次に放った一言はその全員を驚愕へと叩き落とした。
「アストには『レベルB』のクエストを受けさせることにするわ!!」
ベルベットが腰に手を当ててそう言い放つとすぐに反論が飛んでくる。
「ちょっと待ってください! 入りたての生徒にレベルBは無理です!」
「レベルBは人間との戦闘などが想定に入ってくるんですよ!? しかも魔人殺しの技を備えた人間との!」
「魔物の討伐にしたってレベルBとなれば相当危険な魔物との戦闘になります!」
次々に出てくる反論にベルベットは耳を塞いで聞こえない振りをした。
今まで相手がベルベットだからここの教師でも何も言えなかったがこの話だけは別だった。それほどに新入生がレベルBを受けるということは前代未聞なことなのだ。
「ちなみにだが……前に2年の学生がレベルBを受けて死体で戻ってきた。2年生でさえも下手を打てばなんの慈悲も無く死ぬ。そんなクエストだということは知っているか?」
ガレオスはジロリとベルベットを睨む。
1年経験を積んだ者でさえ死ぬことがある。その事実も突きつける。
「大丈夫よ。私も一緒についていくから」
「アスト・ローゼンがレベルBを受けるということはパートナーのカナリア・ロベリールもそれを受けることになるということだ」
「自分の娘くらい少しは信用したら? 上手くやれるかは置いといて少なくとも生きては帰ってくるんじゃない?…………どんな状態で帰ってくるかまでは知らないけど」
「お前のその態度が問題だ!! 最悪、自分の弟子さえ助かれば良いと思っているのだろう!」
ガレオスのこの言葉にはベルベットも止まってしまう。自分の心の中にそう思っていた部分があったかもしれない。
ベルベットにとってはアストのことだけが大切なのだから。
裏を返せばアスト以外のことはどうなろうと知ったことはではない。
「あーもー。わかったわよ。あなたの娘さんもちゃーんとサポートしてあげるから。それでいいでしょ?…………それでも死ぬようなら見込みはなかったってことよ。諦めなさい」
自分から危険なクエストに放り込もうとしているというのにこの態度である。
だが、ベルベットの実力はガレオスこそが一番よく知っていた。そのサポートありきでもレベルBを突破できないのは見込みがないと言われても仕方ないかと考えてしまう。
「言わせてもらうけどさっきからDとかCとか温いのよね。経験積ませるなら1回死ぬ思いさせた方が早いわよ? 私のアストならいきなりSを受けさせてもいいと思うけど? ま、我慢して今回はBということでね~」
「……」
ガレオスは黙っている。他の教師も彼の言葉を待っていた。
魔女コースと魔工コースの方にも今の論争は聴こえていたみたいで今ではこの部屋にいる全員がどういう結果になるのか見守っていた。
「………いいだろう。レベルBクエスト、許可する」
「ガレオスさん!?」
「本当にいいんですか!?」
一気に部屋の中は騒々しくなった。ベルベットだけは「よっしゃー!」と拳を天高く突き上げていた。
「ただし、もしどちらかが死ぬようなことがあればお前もそれなりの責任を取ってもらうぞ」
「あーはいはい責任ね。いくらでも取ってあげるわよ」
まぁカナリアって子の今の実力なら十中八九死んじゃうと思うけどね。
と、心の中で呟いたのは誰も知るはずのないことだった……。




