勇者として出来ることをしただけで間違ってない、俺は間違ってない、そうだ間違っているのはアンタ等だ
だいたい勇者って最終的にアイテム係とか支援役けど、あれってある意味で幸せだよねっと思う
傷だらけの男が処刑台に座らされている。
処刑台には罵倒とともに石が投げ入れられ男や彼を処刑する役目の執行人に当たっているが罪人の男はどれだけの石が当たろうと決して視線を下げることはなく、ただ自分を罵倒する人々を冷めた目で見ている。
「偽勇者め、お前のせいで!」
「あんたのせいで息子夫婦が飢えて苦しんでるんだ!」
「お前が暴れるせいで仕事がなくなったんだよ!」
「よくも私の娘を辱めたな恥を知れ」
身なりの良い者も悪い者もみんなして男を責めている、城から彼を見下す王族も貴族もみんなして彼を偽物としての罪状を読み上げているが彼は自分に出来ることをしただけであって罪を犯したという感覚はない。
【元々その為に召喚された、そうした素質を持つだけの青年】にそれ以外の事を求められて出来ないと言っただけなのに誰も彼もが罪だと叫び、こうして処刑台に座らされ執行人の剣によって死のうとしている。
「俺は……間違ってない、だって俺を召喚したのはこの世界だろう?」
ことの起こりは平和な世界におぞましい怪物が生まれたからだ。
魔獣とよばれる怪物達の中から時折生まれ落ちる魔王と呼ばれる個体へと成長しうるソレは本来ならば、魔王と呼ばれる個体へと成長する前に生存競争に敗れ去り世界は平穏であることが常であった。
狩人に射抜かれた狼であったこともある。
牧場の人間に絞められたニワトリであったこともある。
冒険者との戦いで倒れたオークの若者であったこともある。
他の魔獣に食い殺された小鳥であったこともある。
そうして生まれたソレは知性を宿していた。
個体としての限界を理解して、群体としての強さを理解し安全に成長する為にどうすれば良いのかを理解し、それを行うための手段を講ずるという道筋を開拓してしまった。
成長の限界を知らない自分は安全な場所に隠れ【グランドアント】と呼ばれる繁殖能力に優れた虫であることを知った彼女は、深い深い巣穴の中に隠れひたすらに子を産み落としては派遣し派兵した。
弱い個体を敵に殺させながら油断を誘い巣穴の中で強い個体が成長する時間をひたすらに稼ぎ、自分がすぐに討伐される危険のない個体であると演出するだけでなく危険と理解すれば育て上げた巣穴をすぐに捨ててでも逃げた。
敗北を許容する知性は具足に。
次を用意しておく計画性は兜に。
遠くを見据える先見性は鎧に。
臆病なほどの心配性は武器に。
知性を持って一体の女王アリは魔王へと到達し全てを蹂躙した。
黒色の甲殻を纏う軍勢は地平線を染め上げ、鋭い牙は岩すら噛み砕き、無数の足はあらゆる荒れ地を走破する騎馬となり、人間ほども巨大なアリの群れは地上の全てを我が物とせんと無双の軍勢は死を恐れぬ物量を持って進軍を続けた。
だが一人の英雄がこれを阻止した。
黒い髪に黒い眼を宿す異界の青年が神の加護と人々の希望によって作られた魔剣を背負い立ちふさがったのだ。
剣を振るえば地平線が色を取り戻し、魔法を紡げば曇天の空に太陽がさんさんと輝き、無数の屍の山にて勝ちどきを挙げれば共に戦った全ての者達が歓喜に打ち震えた。
鋼鉄よりも強固な甲殻は砕かれ、鋼鉄すら砕く牙は弾かれ、鋼鉄すら溶かす酸の雨は触れることすら出来ず、巨体と数による拘束も意味をなさない彼の進撃をもって魔王の軍勢は崩壊した。
魔王を単身討ち取りその首を持ち帰った彼は自分を召喚した国にて歓待を受け多、くの人々に迎え入れてもらえるだけで良かったが、すぐに婚姻に関する話をされると顔をしかめた。
「きっと残党がどこかに隠れているだろうしまだ結婚はいいです」
「余の娘の中でもとくに可愛がっている子だ、年も近いし悪くはなかろう?」
「正直好みではないので、それよりもこの国の諜報機関や騎士団から残党狩りの為の部隊を編成して欲しいです」
この言葉に国王は怒り、絶世の美女と呼ばれる王女は嘆き、そんな彼女を抱く騎士団長は少しだけ勇者のことを悲しそうに見たが、何も言わず自分に抱き着いている王女に対して慰めるように言葉をかける。
「自分は敵を倒すものとして召喚されましたから、政治なんて出来ません」
戦争によって荒廃した各地を巡礼し道中の盗賊を容赦なく殺害し、目についたアリ型の魔獣を殺していく彼は勇者と呼ぶにはあまりにも残酷で返り血が装備にこびりついて変色しはじめていた。
報告があれば単身であろうとも軍馬を使い潰し目的地へと向かい、目的を果たせば歓待の祭りも知ったことではないとばかりに帰りの食糧となる干し肉や黒いパンを貰うだけで次の戦地へと向かう。
そんな戦いの中でどうにか荒廃を免れた街の財源となっている山に残党の思われるアリが巣食っていることが判ると勇者は魔力を込めた一撃で山の形を変えるだけでなく、その一撃によって山の生き物は逃げ出し山から流れ出す清廉な水はなくなり食糧事情の悪化は深刻である。
「どうして山を!」
「山一つが丸々巣になっていてもうどうしようもなくなっていましたよ」
「ほかの騎士団や冒険者と協力して地道に山狩りや洞窟調査をすればこんなことには!」
「そんな時間はかけられない!そんなことをしたら女王がそうだったように逃げられてもっと被害が出るぞ!それともアリに食い殺されたかった!」
その言葉に言い返せる者達はいなかった、何故なら勇者でなければ勝てないほどの個体で先遣隊は全滅させられていたからだ。
生きるか死ぬかの状況で勇者の彼は命を守る為にその後も見据えて戦った……戦うために手加減している余裕などなかったから山を消し飛ばすという暴挙に出るしかなかったという事を誰も理解しなかった、しようとしなかった。
「俺は敵を絶やす為の勇者であって、田畑のことなんてどうにも出来ねぇよ」
そういって次の戦地へと向かう彼の背中に向けられたのは憎悪であった。
それからも彼が残党と戦うほど何処かが傷つき壊れ甚大な被害をこうむってしまう日々か続き、いつからか民衆は勇者に対して救われている恩すら忘れむしろ彼こそが敵であるとばかりに振舞うようになっていった。
連日休む間もなく戦う勇者の身体は傷つき、王国から与えられた最高の甲冑は返り血で変色するだけでなく至る所に戦いの激しさを物語るように傷つきへこみボロボロになり魔剣はいつからかしつらえた鞘を失いぼろ布をその代わりにする始末だった。
それでも勇者は戦士として、求められた使命として敵を屠り続けた、傷ついても大丈夫と微笑み、僅かな食糧だけを対価にして戦った。
そうした戦いの幾度目かで誰かが言ってはならないこと言ってしまう。
「偽物じゃないのか? だって勇者様はいつも圧倒的だったって話じゃないか?」
寝る間も惜しんで戦う事情を知らない誰かが無責任な事を言った。
彼に恨みのある誰かがそれを増長させる、せめて言葉で傷つけてやろうと。
その功績を妬んだ誰かがそれを否定しようと。
「そうだアレは偽物だ。きっと本物の勇者様を殺して成り代わったんだ」
「そもそも黒い髪に黒い眼なんてあのアリどもと同じ色じゃないか」
「きっと神が偽りの罪として力を奪っているからあんなに傷ついているのだろう」
否定する心が真実を遠ざける。
憤る心が真実を踏みにじる。
自分達が夢見たような存在ではないと、勝手に期待しておいて、勝手に違うと言って裏切られたと言って、勝手に偽物と叫んで彼を否定した、そうしなければ彼の戦いによって生じた損失や犠牲は正しいことで受け入れねばならないという残酷な現実を受け入れねばならないから。
弱い彼らはそうして勇者を否定した。
そんな事も知らずやっとの思いで残党を全て討伐し王国に帰還した彼は平和の到来の証として魔剣を返還した。
そうして抵抗出来なくなった彼は偽勇者として城の部屋でゆっくりしていたところを捕縛された、武装した騎士たちによる捕縛に対して勇者は決して抵抗はしなかった。
「なぜ抵抗しない?」
「俺の仕事は倒すことで、魔王もその子供も配下もみんな倒しただろ?どうしてあんた達を殺さないといけないんだ?だってあんたらは……敵じゃないだろ?」
その言葉に多くの騎士が後ろめたさから目を背けた。
「ご同行を、お願いします」
「俺はしないといけないことをしただけだ、もし俺を間違っているというなら間違っているのはそれを叫ぶ奴らだ。俺は戦士として召喚されただけで政治なんて出来ない、田畑だって耕せない、王女様は今の旦那に好かれたのにそれを奪うなんて出来ない、家庭なんて持っても何かあればいつまでも戦わないといけないうえに常に無茶を要求される仕事でどうやって幸せにすれば良いのか……判らないんだ」
判らないんだよ、出来ないんだよ。
どうして勇者は何でもできないといけないんだよ。
神様は俺に戦いの力をくれたけどそれは絶対じゃない。
「どんなに頑張ってもこれ以上……出来なかったんだよ、何でもできて皆を救う力が欲しかった。なぁアンタ等にとっての勇者って何なんだ、どうすれば良かったんだ?だって俺が召喚されたのは絶望的な戦局を打開する兵器としてなのに、どうすれば良かったんだ?」
偽物と呼ばれた勇者はそうして首を刎ねられて死んだ、その死体は光の粒となって天へと昇っていきその日から世界は一週間に渡っておぞましい程の雷雨に見舞われ戦争が起きた時以上の命が死に絶えた。
食べ物は腐り、洪水が全てを洗い流し、逃げ延びた高所にはこれでもかと言わんばかりの雷が叩きつけられ、神によって選ばれし勇者の命が失われた怒りを示されてなお、そうしてもなお人々はこう言い続けたという。
「あの勇者の所為でどれだけの被害が出たか……これ以上の被害を出さない為だった……私達は間違っていない」
「アイツの所為で息子夫婦は飢えて死んだんだ、それを仕方ないって言えば良かったのか」
「なんでも偽勇者が始末するから俺達の仕事が減って、食っていけなくなっちまった奴は何人もいたんだぞ、俺達の食い扶持までぶんどりやがって」
「神があんな醜い者を遣わすはずがない、黒色など不吉なものを遣わすなどない、それにどれだけ神託を求めようと答えてはくださらなかったではないか」
「あんなに強かった彼があんなボロボロになる訳がない、あんなに強かった勇者様が薄汚くなる訳がない、そうよ……薄汚れた異界人ごときが私を好みでないなどと」
間違っていない、と言い続けたという。
間違っていたのは誰だ?
出来ないことを出来ないと言って出来ることに逃げ続けた勇者か?
出来るはずだと勝手に理想や幻想を押し付けた人々か?
何でもできるようになるチートという力を授けなかった神様か?
出来ない出来ないと言ったら怒られたり、○○君だから出来るだろとか言って馬鹿みたいな仕事量任せてくる人って割とコロコロしたくなりません?
この作品の勇者は人型決戦兵器であって軍艦でも航空機でてもないし耕運機でもない、でも強いからと無茶し続けた結果として期待に押し殺された。
彼に必要なのは自分が始末しようとする正義感や決戦兵器として短期間での駆逐に固執してしまう責任感とある種の視野の狭さといった主人公らしさを間違っていると考えて休むぐうたらさ