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あの日以降、まあ当然といえば当然なのだが、間宮にまともに絡もうとする人間は、誰一人としていなかった。
しかし完全に腫れ物扱い、無視しているかと言われれば、そんな事はない。むしろ殆どのクラスメイトは間宮を好奇の目線で見つめており、直接話しかけたりはしないながらも、間宮の一挙一動に注目していた。
一方の俺に関しても、まあまともに絡む人間は、浅井くらいしかいなかったが
やはり腫れ物扱いかといえばそんな事はなく、殆どのクラスメイトは、俺、いやあくまで間宮の付属品としての俺を好奇の目線で見つめており、一応誰からも興味を持たれず日々ぼっちで過ごすような、最悪のケースは回避したと言える。
しかし俺の学園生活があの日、間宮によって破壊された事もまた事実であり、まだ挨拶すら交わしたことのない人間に謎の好奇心を持ってして監視されるというのは、気持ちのいいことではない。
それは間宮にとっても同じだったようで、いつも無表情を崩さない奴も、クラスのほぼ全員に見つめられていると分かると、少しばかりムスっとし「外部からの干渉がある...?」などと意味不明なことを呟いていた。
そして。
ああ、なんかこう、いきなり空から天使がやって来たりして、時間を巻き戻しでもしてくれねえかなあ。
などと、途方も無い願いを今日も繰り返している。
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まあそんなわけで、俺がこんなことになった原因として恨むべきはやはり間宮なのだろうけど、なんの奇跡か、あの日以来俺と間宮は、頻繁に会話するようになっていた。
いや、正確に言えば奴の勝手な独白、報告に俺がツッコミを入れているだけであり、『この言葉のやり取りは果たして会話なのか』、ということを世界の言語についての有識者で議論したならば、2:8で『会話ではない』という結論が出るんだろうが。
いや、あれを『会話』だと判断する輩が10人に2人もいるとは、流石に言語の有識者を舐めすぎだろうか。
ある日のことだ。
7月も中旬に差し掛かり、来たる8月に向けて本格化して来た暑さに憂鬱になって机に突っ伏していた俺の前に、間宮が現れ、こう言った。
「昨晩、第4世界線の構築が完了した。あとは境界を作成し、第3世界線と合成するだけ。契約者も今日、手伝って欲しい」
こいつが何を言っているのかは、未だに全く理解できない。というか理解する気もない。どうでもいい。
が、気になる事や矛盾点があれば指摘してやり、『そう言われた時の対応は考えてなかった』とばかりに焦るこいつの顔を見るのは、非常に楽しい。日課になりつつある。
「お前、何回も俺に手伝って欲しいって言って来てるが、俺殆ど行った試しがないんだが。というか、行き方も分からんし。お前、いつも一人で作業してるのか?」
「いや、そんな事はない。契約者は、いつも来ている」
「行ってない」
「それはこちらでの意識、記憶が他の世界線と共有出来ていないから」
「どうやったら出来るようになるんだ」
「あなたがこの世界において、本来の能力に『覚醒』たら、出来るようになる」
む。また「めざめたら」か。こいつ最近、困ったら「めざめたらできる」「めざめたらやれる」というのを連呼している気がする。
「いつになったら俺はめざめるんだ」
「分からない。『覚醒』は突然訪れる。私のも、突発的なものだった」
「いつだよ」
「...お、一昨年の冬」
お、引っかかった。
「へえ。ところで、確かお前、小学生の頃に力とやらが制御できなくなって、山か何かを一個消し飛ばしちゃったみたいなこと言ってたよな。あれはなんだったんだ」
相変わらずの無表情だった間宮の顔が、急に「しまった」という顔に変わる。
目がキョロキョロと動き、明らかに動揺しているの見て取れる。
そうそうこれだ。これが楽しいんだよ。
「あー...い、今のは第2次覚醒の話で、第1次覚醒は別にある。幼き頃の話は、第1次覚醒をすでに終えていた」
そして明らかに今とってつけた設定を語り始める。これもまたいい。そしてここからさらに矛盾点を見つけられた日には完全勝利なのだが、今日はそんな事は無いようで。
とりあえず「へーえ」と形だけ納得しておいて、会話を終える。
まあ、こんな感じだ。間宮は中二病的な話を俺聞かせることによって楽しみ、俺は間宮を軽く虐めることによって楽しむ。明らかに会話ではないが、まあ、今時の高校生同士のやりとりなんて大抵こんなもんだろ。
しかしこいつと絡んでる以上、平穏な日常ってのは、長く続かないもので。いやこうやって毎日中二病話を聞かされ、それを大勢の人間に監視されている日々が平穏かと言えば決してそんな事はないんだけれども、ともかくこいつの周りにいれば、次から次へと変なことに巻き込まれるのは必然のようで。
1度の息継ぎをする暇もなく、俺の尊き青春の日々は、俺とは関係なかったはずの誰かによって奪われていく。
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その手紙を見てまず浮かんだ思考は『ああ、ついに俺もいじめの被害者となってしまうのか』ということだった。
「午後5時 1年3組の教室にて待っています」
放課後、さていつも通り下校しようとしていたところで、下駄箱に入っていた手紙である。手紙はハートマークのシールで止められた封筒に入っており、色はピンク色。明らかに相手が女性だと思わせに来ている。
まあ、入学直後ならまだ騙された可能性もあったかもしれんが、残念ながら今こんな手紙を出されてもまんまと騙される事はしない。
この手紙の差出人が誰かは知らないが、間宮及び俺の有る事無い事混ざり合う奇人変人エピソードは、一部女子の謎の高速情報伝達能力によって、すでに学年中に伝播してしまっている。そんな状況で、俺に恋をするような物好きはいない!
...ああ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた。
となると次に考えられるのは友人によるイタズラの可能性だが、先程と同じ理由で、俺の友人といえば浅井くらいしかいない。当の浅井ももう下校済みなので、この線は薄いと言っていい。
なら最後の選択肢は、イジメしか残っていない。きっと俺の謎の目立ちっぷりを不快に感じた人間が、俺を潰しに来ているとか、そんなとこだろうか。
まあこの手紙がイジメ以外に何かの意図を持っていようが、唯一の+的存在である告白の可能性がほぼ無い以上、こんな指示に従うメリットはない。帰って恋愛シュミレーションゲームでもしてた方が、何倍も楽しい。さあ、帰った帰った...
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時計は4時55分を指している。約束の時間まではあと5分。まあ少し早いが、そろそろ行ってもいい頃だろう。
......まあ確かに先程自ら力説した通り、イタズラやイジメの可能性が高いわけだが...
告白の可能性が0%でない限り、例えそれがどれだけ僅かな可能性だったとしても、それにかけてしまうのが男というものである。後悔はしていない。
『1年3組』のプレートの外れかけたドアの前に立ち、ドアノブに手をかける。
今日に関してはもう、遠慮する必要などない。堂々とドアを開けた。
教室を見渡す。中央の席に誰かが座っているのが見えるが......ああ、あれは明らかに男だ。
.........帰るか。
開けかけたドアを再び元の位置の方に引っ張り、教室の方に背を向け、踵を返そうとする。
「ああ、ちょっと、帰らないで下さい。南雲さんに重要なお話があるんです」
ドアを完全に閉めかけたところで、動きを止める。しかしながら俺の耳に入った声はやはり男のそれで、どう頑張っても中性的な女性にギリギリいるかもしれないくらいの思い込みしかできないものだった。
「決してイタズラとか、冷やかしではありません。貴方に本気で、折り入って、お話ししたいことがあるんです」
......ああもう、仕方ないな。騙された思って、聞いてみるか。
一度閉めかけたドアを再び開き、教室の中央に入っていった。
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「そうですね、どこから話せばいいんでしょうか...うーん」
目の前の席に座る男は、そう言って腕を組むと、何やら考え始めた。
が、こいつが話すより先に、まず聞いておきたいことがある。
「なぜあんなビジュアルの手紙を寄越した」
「あんなビジュアル、とは?」
「ハートマークのシールに、ピンクの封筒のことだ。どう考えても俺を騙しに来ているようにしか思えん」
俺がそう言うと、男はハッハッハと甲高い声で笑い出した。クソ。何がおかしい。
「いやあ、ああしたら来てくださる確率が上がると思いましてね」
「むしろ逆だ。あれのせいで正直行く気が失せた」
「でも、結果的に来てるじゃないですか。もし書き手に騙す意図があると明確に分かっているのなら、来る理由はありませんよね?なぜ来たんです?」
ぐ...こいつなかなか、痛いところをつきやがる。
何だかんだ告白の呼び出しである可能性を捨てきれなかったとは、流石に言えん。
「まあ、手紙をああした理由はそれだけじゃありませんがね」
言いながら男は、一つ大きな伸びをする。
「他に何の理由がある」
そう聞くと男は、もったいぶるように、数秒のタメを作ってから。
「僕なりの...ユーモア、ですかね?」
......うん、ムカつく。もしこれでウインクでもしようものなら、多分殴り殺しにかかっていただろう。
「では、そろそろ本題に入りましょうか。ちなみに僕は、1年2組の宮崎 翔悟と言います。以後、お見知りおきを」
宮崎と名乗る男は、そう言ってペコリと頭を下げる。1年というと、当然俺と同学年ということになるんだが......いちいち礼儀正しいのは、なぜだろうか。もしかして飛び級だったりするのだろうか。
ま、それはそれとして。
「それで、話ってのはなんだ。部活の勧誘か、いじめの相談か。それとも、金でも貸せっていうのか。生憎だが、俺のうちはそこまで裕福じゃなくてだな...」
「いえいえ、決してそういうことではありません。まさか初対面の方に金をねだるほど、非常識には育てられていませんよ」
宮崎はそう言いながら、後頭部を少しかくような仕草を見せる。実はさっきから何度もやっているのだが、もしかして癖なのだろうか。
「ですから...まあ、うーん、そうですね。しかしまあ、そこに至るまでの経緯を話すと長くなりますし......ふむ。分かりました」
どうやら何か悩んでいたようだったが、今の間に自己完結して、納得したようで。先ほどまでのヘラヘラした表情を少し引き締め、意を決したようにこちらを見つめてくる。どうやら、何かを告白する覚悟が出来たらしい。
「単刀直入に言いますと...僕、魔法が使えるんです」
「は?」
既に狂っていた運命の歯車が、再び狂い始めた。
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