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009 確認


「少しは体調は良くなりましたか?」


「は、はい。だいぶ楽になりました」


 エレンにお粥を食べさせてもらうのも終わり、リリアンヌの妙な興奮もようやく落ち着きを見せてきた。

 とはいえまだエレンの顔を直視することが出来る程ではない。


「リリアンヌさんの調子が悪いので、使用人の方たちも心配していましたよ?」


「そ、そうなんですか?」


「はい。特に給仕の方たちは僕に『お嬢様に食べさせてあげてください』って、お盆を渡してきましたからね」


「っ……!」


 どうやらエレンがやけに積極的だったのはそういう理由があったかららしい。

 この報いをどうしてくれようか、とリリアンヌは復讐の炎をその瞳に宿らせる。


「……っと、失礼しますね」


「え……っ」


 そのせいか、エレンの行動に一瞬反応が遅れた。

 エレンは椅子から立ち上がると、上体だけを起こすリリアンヌの方へ身を乗り出し、その額へ手を伸ばしてくる。

 緊張で全身が火照っているせいか、エレンの掌はやけに冷たく心地いい。


「熱はないみたいですけど、少しだけ熱いですね」


「……は、はい」


 ようやく落ち着いてきたリリアンヌの動悸が再び早くなる。

 リリアンヌの顔はもはや林檎のように真っ赤に染まっている。


 幸い、エレンはすぐに手を離した。


 リリアンヌは、ふぅと息を吐きながら何とか息を整える。


「そこまで酷い感じではないようなので、安心しました」


「ご、ご心配おかけしました」


 エレンの心配する声に、リリアンヌは申し訳なさを感じつつ謝罪の言葉を告げる。

 とはいえ、リリアンヌが自室に籠っているのも全てエレンが元凶だ。

 そもそもエレンのことについて妙なことがないのであれば、リリアンヌはエレンのことを陰から見つめたりするようなこともなかったし、そのせいでリリアンヌの調子が狂うこともなかった。


 エレンはそのことを分かっているのだろうか。

 否、エレンがそんなことを気に留めるわけがない、とリリアンヌは首を振る。

 もし何かを察していたとしても、エレンがそのことについて自ら話したりすることはないというのを、今までのやりとりの中でリリアンヌは十分に理解した。


 エレンに何かを聞きたいのであれば、回りくどい聞き方では駄目だ。


「エレンさん」


 リリアンヌはもう一度だけ小さく息を吐くと、真剣な面持ちでエレンを見つめる。

 リリアンヌの突然の豹変ぶりに、さすがのエレンも僅かに表情を引き締める。


「単刀直入に言います」


 今思えばリリアンヌも、まだ会ったばかりのエレンに遠慮していたのだろう。

 しかしエレンのことを本当に知りたいのであれば、ここは遠慮してはいけない。


「私は、エレンさんが相当な実力者なのではないかと思っています」 


 リリアンヌとエレンの視線が重なる。

 お互いに決して逸らすことなく、互いの出方を窺っている。


「……それは今回の留学での僕に対する待遇の良さが原因と思って大丈夫ですか?」


「え、えぇ。その通りです」


 核心を突くエレンの一言にリリアンヌは戸惑い気味に頷く。

 しかしエレンの言う通り、貴族でもないただの留学生が公爵家に宿泊するなどあり得ない。

 それも留学期間である二年以上もの間だ。


「それについては、僕自身困惑しているところです」


「……というのは?」


「まず初めに僕は平民です。一般的な留学制度がどのようなものなのかまでは分かりませんが、さすがにいきなり公爵家へ宿泊することになるというのは僕も違和感を感じました」


 それはまさにラクスやリリアンヌが感じていたことだ。


「そのこと自体、王様と謁見した時に初めて聞かされたのですが、わざわざ王様に一度確認を取ったくらいです。嘘だと思われるのなら、ジョセさんに確かめてみてください。あの時、ジョセさんもその場にいましたから」


「お父様も……?」


 リリアンヌもそれは初耳だった。

 だがエレンの口ぶりからしても、恐らくそれが嘘でないことは容易に想像できる。


「そしてそれを踏まえた上で、リリアンヌさんの言う、僕が相当な実力者だという件に関してですが、その考えは全くの見当違いだと言わざるを得ません。これはラクスさんにも言ったことなのですが、僕は精々、中級魔法が限界です。リリアンヌさんやラクスさん、そしてククルさんのように上級魔法を使うことは出来ません」


 エレンは感情を高ぶらせることもなく、ただ事実を述べるように淡々と言葉を並べる。


「だから今回の留学で僕に対する待遇がおかしいということに関して、僕に原因を求められても困ります」


 そう言うエレンは苦笑いを浮かべている。

 それが、ここ数日エレンの一挙一動を監視していた自身に向けての言葉であることを察したリリアンヌは気まずげにエレンから視線を逸らす。


 だが、エレンの言葉全てを信じるというわけにはいかない。

 リリアンヌは最後の確認とばかりに、もう一度エレンに聞く。


「エレンさんは、本当に中級魔法までしか使えないんですか?」


「……残念なことに上級魔法を使えるほど優秀ではないので」


 肩を竦めながら自嘲気味に言うエレンは、やはりこれまでと同じように、嘘を言っているようには見えない。


「逆にリリアンヌさんみたいに光属性の上級魔法が使えたりなんてすれば、僕が今ここにいるのも簡単に説明できるんですけどね」


「そ、それは」


「いや、別にリリアンヌさんの実力を羨んでいるとかではなく、純粋に凄いなと思って」


 エレンの惜しみない賛辞に、リリアンヌは顔を背ける。


「?」


 リリアンヌの妙な反応にエレンは首を傾げるが、どこか暗い表情のリリアンヌにそれ以上の詮索は避ける。


「あ、そういえば今週末にラクスたちと一緒に、ギルドで依頼を受ける予定なんですけどリリアンヌさんもご一緒にどうですか?」


 ちょうどいい話題転換のネタがあったことを思い出したエレンは早速リリアンヌに提案する。

 偶然にも今日誘われて一緒に行こうという話になっていたのだが、タイミング的にもばっちりだろう。


「…………」


 いつの間にそんな約束をしていたのか。

 とはいえラクスのことだ。

 恐らく手っ取り早くエレンの実力を測ろうとでも思っているのだろう。

 だがエレンがどうやら本当に中級魔法までしか使えないらしいと分かったリリアンヌからすれば、もはや行く意味はない。

 しかしせっかくエレンがこんな風に誘ってくれた以上、受けるべきだろう。

 それに初めてのお誘いを断ってしまえば、次からは誘うのを遠慮してしまうかもしれない。

 出来ればそういった事態は避けたいリリアンヌは小さく息を吐くと、二つ返事で頷いた。


 ◇   ◇


「お、やっと来たか」


「二人とも遅いですよー!」


 エレンとリリアンヌが冒険者ギルドへやって来ると、ラクスとククルが出迎えてくれる。

 待ち合わせはそれぞれ昼食をとってからという曖昧なものでしかなかったのだが、どうやら二人は案外早くに到着していたらしい。


「すみません、僕が少し準備に手間取ってしまって」


「そんな。遅くなったのは私の準備のせいで――」


「いや、リリアンヌさんのせいでは――」


「あー二人とも、とりあえず先に今日の依頼を選ばないか?」


 押し問答を繰り返すエレンたちに、ラクスが苦笑いを浮かべながら間に入る。

 二人は慌てた様子でお互いに距離を取り、ラクスの提案に頷く。

 そんな二人——主にエレン――をジト目で見つめるのは、情報収集の癖があるククルだ。

 ククルはラクスが今回のために用意した強力な助っ人でもある。

 ただそんなククルもとりあえずはラクスに従って、今日受ける依頼選びに、多くの依頼書が貼られてある掲示板の方へと向かった。


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