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008 看病


「でも一体どうしたんですか?」


「い、いや、それはですね……」


 本当は今回の留学の裏に隠された何かを知りたかったのだが、一度話題が逸れてしまったためにリリアンヌは言葉に詰まる。

 一度決めてしまった覚悟も止まってしまえば再び勢いづけるのは難しい。


「もしかして最近ずっと僕に向けてた視線と関係してたりするんですか?」


「えっ……。き、気付いていたんですか……?」


「そりゃああれだけずっと見られてたら、さすがに気付きますよ」


 苦笑いを浮かべながら頬を掻くエレンにリリアンヌは目を見開く。

 まさかここ数日、エレンのことを観察していたのが本人にバレているなんて思ってもみなかった。

 エレンの隠し事を知りたいという強い思いのせいで、その視線に熱が籠っていたのはリリアンヌも自覚している。

 しかしそれは端から見たら、エレンに恋慕している少女のそれと変わらないだろう。


「————っ!」


 リリアンヌは自分の頬が熱くなるのを感じた。


 間違ってもリリアンヌはエレンに恋慕しているわけではない。

 確かにリリアンヌのエレンに対する評価は低くはないが、まだ知り合って二週間程度の相手に一体何を求めるというのか。

 だがここ数日のリリアンヌの行動を鑑みれば、エレンの方が勘違いしても何ら不思議ではない。


「リリアンヌさん? 顔が赤いですけど大丈夫ですか?」


「っ……ぁ……」


 そのタイミングでエレンが顔を覗き込んでくる。

 リリアンヌは恥ずかしさのあまり、エレンの顔を真っすぐ見ることが出来ない。

 しかし次第に赤くなっていくリリアンヌに対して、エレンは余計に心配する様子を見せる。


「無理をしてはいけませんよ、今日はもうお休みになった方が良いんじゃないですか?」


「そ、そうさせていただきます……っ」


 リリアンヌは顔を近づけるエレンから顔を背けると、慌てて距離を取る。

 その頭の中にはもはや当初の思惑などは一切残っていなかった。


 ◇   ◇


「……やってしまいました」


 リリアンヌは自室へ駆け込むと、明かりもつけずにベッドに飛び込む。

 そのまま枕に顔を押し当てると、先ほどまでのやりとりを思い出し、恥ずかしさのあまり唸り声をあげる。


「確かにここ数日、ずっとエレンさんのことを見ていました……」


 リリアンヌは数日間の自分の行動を省みる。

 リリアンヌとして今回の留学の裏に隠された何かを探るための行動で、他意はない。

 しかしそれを他の人がどう捉えるかはまた別の話だ。

 

 リリアンヌがエレンに視線を向けていたのは――もちろん基本的には常時だが――主にラクスたちが関わることの出来ないリュドミラ家においてだ。


 結果的にはエレンにもバレてしまっていたのだが、当然エレンにバレないように気を付けてはいた。

 しかしあれだけ毎日エレンのことを陰から見ていれば、リュドミラ家の使用人たちから見られていないわけがない。

 思い返してみれば最近、使用人たちからの視線が妙に優しかったのは、まず間違いなく妙な勘違いをされていたからだろう。


「————っ!」


 リリアンヌは思わず声にならない叫び声をあげる。


 どうしてもっと周りに気を遣わなかったのか。

 まるで自分(リリアンヌ)らしくない。


 リリアンヌは自分らしからぬ行動に戸惑いを隠せない。

 しかしいくら後悔や反省を繰り返したところで、現実は何も変わらない。

 それはリリアンヌの冷めない頬の熱さが物語っている。


「……エレンさん」


 今、最も知りたい者の名前を呟く。

 エレンが来てからというもの、リリアンヌは普段ではあり得ないようなことばかりしている。


 エレンが学園に編入してきた日もそうだった。

 エレンが編入初日にも関わらず全く自分(リリアンヌ)を頼ろうとしてくれなかったという理由だけで、まるで子供のように拗ねてしまった。


 そして今も、エレンのことをもっと知りたいと思うばかりに、周りを顧みらない行動をとってしまった。


 エレンが。


 エレンが関わるとどうしてか、自分が自分じゃなくなってしまう。


「っ……」


 ——それではまるで本当に、エレンさんに恋慕しているようではないですか。


 絶対にあり得ない可能性を否定しながらも、リリアンヌの頬は再び熱を持ち始める。

 リリアンヌは落ち着かない自分の鼓動を抑えるために、ベッドにその身体を沈めた。




「……ん、ぅ」


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 リリアンヌは微かに聞こえた足音に、僅かにその瞼を開く。


 そのすぐ後、部屋の扉を叩く音が聞こえてくる。

 一体誰だろうかなどと考えながら、リリアンヌは寝ぼけ眼のまま少しだけ身体を起こす。


『リリアンヌさん、起きてますか』


「っ……!」


 しかし扉の向こうから聞こえてきた声に、リリアンヌの眠気は一瞬で消え去る。

 ここ数日、ずっと生活を共にするだけでなく、その一挙一動に意識を向けていた声。


 間違いない――エレンだ。


「は、はい。起きてます」


 そう返事するリリアンヌの声は若干上擦っている。


『リリアンヌさんの体調が優れないようでしたので、給仕の人たちに頼んでお粥を作ってもらったんですけど、食べられそうですか?』


「だ、大丈夫です」


 リリアンヌがそう言うと同時に、エレンが部屋の中へ入って来る。

 その手には小さめの鍋などが載っているお盆を持っている。


「あ、無理しないで良いですよ。そのままで」


 ベッドから立ち上がろうとしたリリアンヌにエレンの静止の声がかかる。

 エレンはベッドの傍らの小さい机の上にお盆を乗せると、椅子に腰をおろす。

 リリアンヌは上体だけ起こしているが、先ほどまでの妙な考えが頭を過ぎり、エレンの顔を真っすぐ見ることが出来ない。


「冷めないうちに食べましょうか」


 エレンの言葉の意味が分からず戸惑うリリアンヌだが、そうこうしている内にもエレンは鍋の蓋を開けて、お粥を茶碗によそっている。

 そして当然のようにスプーンでお粥をすくうと、それをリリアンヌへと向ける。


「……え?」


 どうやらエレンは体調が優れないと思われているリリアンヌのために、お粥を食べさせようとしてくれているらしい。

 あまりに自然な動作だったが、さすがにリリアンヌが固まる。

 しかし既にリリアンヌの目と鼻の先まで、スプーンが伸ばされており、今更それを拒むことが出来そうな雰囲気ではない。

 かといってこの手の経験など皆無のリリアンヌには、些か難易度が高すぎる。


「あ、ごめんなさい」


 するとそんなリリアンヌを見兼ねてか、エレンがスプーンを下げる。

 リリアンヌはとりあえずの危機が去ってホッとした反面、貴重な初体験を逃したせいかリリアンヌ自身もよく分からない気持ちになる。


「これじゃあ熱すぎましたね」


 しかしそんなリリアンヌの思惑など知ったことではないという風に、エレンは止まらない。

 エレンはスプーンに数度息を吹きかけると、再びスプーンをリリアンヌの方へ伸ばしてくる。


「はい、これで大丈夫ですよー」


 大丈夫どころか難易度が増している。

 一体何を以てして大丈夫なのか小一時間ほどエレンを問いただしたいところだが、残念なことに今のリリアンヌにそんな余裕はない。


「はい、あーん」


「っ……」


 容赦ないエレンの精神攻撃に、リリアンヌは覚悟を決めてお粥を口にする。   普段から美味しい料理を作ってくれる給仕だが、もはや味など感じる暇もない。


 さらに一口でも限界だというのに、エレンは容赦なく次へ次へと「あーん」を繰り返してくる。

 とうに恥ずかしさなど限界にまで達しているリリアンヌは、半ばやけくそ気味になりながら「あーん」に応え続ける。


 ————これだけ恥ずかしさに震えているというのに、エレンさんは何も感じないのでしょうか!?


 リリアンヌは淡々とスプーンを差し出してくるエレンを憎らし気に見つめる。

 だがエレンは当然のようにリリアンヌの視線など気付いていないように、否、恐らく視線自体には気付いているのだろうが、全く意に介した様子を見せることはない。


 せめてもっと可愛い反応をしてくれれば、とリリアンヌは思う。

 そこまで無反応で全く意識されてないのが分かると、さすがに悲しくなってしまう。


 しかしそれはまるで自分のことをもっと意識してほしいと思っているのと同じようで、そのことに気付いたリリアンヌはそんな馬鹿な考えを捨てるように慌ててかぶりを振った。


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