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006 違和感


「あ、あのー、リリアンヌさん? そろそろ機嫌を直してくれませんか」


「別に私は不機嫌でも何でもありませんけど」


「とてもそうは見えないんですが……」


 放課後、エレンはリリアンヌと共にリュドミラ家への帰路についていた。

 今日一日ずっとエレンを放置してしていたリリアンヌもまだ帰り道に慣れていないエレンを一人にしようとは思わなかったらしい。

 怒っていてもそういうところはさすが聖女というべきか。


「因みにエレンさん、お昼は随分楽しそうでしたね」


「あれ、見てたんですか?」


「ま、まあ少し視界に入った程度ですけど」


「ラクスもククルさんも良い人たちでしたよ。ククルさんは少し変なところもありましたけど」


 変な情報収集の癖さえなければ風属性の上級魔法が使える優秀な女子生徒だろうに、何と勿体ない。

 苦笑いを浮かべるエレンとは対照に、一層むすっと口を尖らせるリリアンヌ。

 ここ一週間で生活を共にしたリリアンヌらしからぬ仕草に思わず吹き出す。


「リリアンヌさんもそういうことするんですね」


「そ、それは……っ」


 改めて自分のことを省みたリリアンヌは頬を朱に染める。


「……たまたまです」


 そう呟くリリアンヌはエレンから顔を背ける。


「でもやっぱりエレンさんは私なんかいなくても、すぐに友達を作っちゃいましたね」


 リリアンヌは相変わらず顔を背けたまま呟く。

 その声はいつもの凛とした声よりも幾分か暗く感じる。

 もしかして――とエレンの頭に一つの考えが思い浮かぶ。


 恐らくリリアンヌは今、自分にだけ懐いていたペットが他の人に懐き始めてしまったという感情に駆られているのではないだろうか。

 この一週間、公務に追われるジョセはもちろんのこと、ほとんど家にいるレオナよりも、やはり同世代のリリアンヌと過ごした時間が一番長かったのは言うまでもない。


 だとすればリリアンヌがエレンの登校初日にもっと頼られると思っていても不思議ではないだろう。

 しかし蓋を開けてみればエレンがリリアンヌを頼ったといえば、隣の席になった時くらいだ。

 よく考えればそれさえもエレンから頼ったのではなく、リリアンヌが隣に座れるようにしてくれたからだった。

 更にまずいことに昼休みにはクラスメイト二人と仲良く食事しているところまで目撃されてしまっている。

 リリアンヌが機嫌を損ねてしまうのも無理はない。


「……うーん」


 さすがにこれからリリアンヌの機嫌がこのままだったら日常生活にも支障が出てくるのは必須だろう。

 それにエレンとてリリアンヌとは良好な関係を築きたいと思っている。

 だとすればここでどうにかリリアンヌの機嫌を元に戻さなければいけない。


「あの、リリアンヌさん?」


「……何ですか」


 エレンの呼びかけに、リリアンヌがジト目を向けて振り返る。

 それでも無視しない辺り、リリアンヌの性格の良さが滲み出ている。


「今日の昼休みラクスたちと話をしていたんですけど、あの時実はリリアンヌさんの話題で盛り上がっていたんですよ」


「? 私の話題というのは」


「いや、実はリリアンヌさんは凄い人なんだーっていう話を」


「え、ええっ!? どうしたらそんな話になったんですか!?」


「どうして、と言われても……」


 エレンはことの顛末をリリアンヌに話す。


「まさかリリアンヌさんがそんな凄い人だとは思ってませんでした。てっきり聖女というのもリリアンヌさんの容姿に対するものだとばかり思っていたので」


「————っ!」


 自分も見る目がない、とエレンは反省の色を見せながら呟く。

 しかしエレンは目の前のリリアンヌが驚いた様子で顔を朱に染めていることに気付かない。


「つまり僕が楽しく昼休みを送れたのも、リリアンヌさんのお陰――」


「も、もういいです!」


 まだ何か話そうとするエレンをリリアンヌが慌てて止める。


「わ、私も大人げなかったですし、今回のことはもう大丈夫ですから」


 エレンがリリアンヌの顔を見てみると、確かにもう怒っているようには見えない。

 どうやら本当に機嫌を直してくれたらしい。


「じゃあ明日からの学園生活もよろしくお願いしますね」


「……分かりました。私に出来る範囲でサポートしてみます」


「はい、それでお願いします」


 エレンがそう言うと、リリアンヌは少しだけ歩幅を大きくしてから歩き出す。

 斜め後ろから見えるリリアンヌの頬が少しだけ赤く染まっているように見えるが、きっと夕陽が反射しているのだろうとエレンは一人で頷く。

 だが何はともあれこれで、これからのリュドミラ家での生活や、学園生活を楽しく過ごせそうだと、エレンはホッと息を吐いた。


 ◇   ◇


「……おかしい」


 王城のとある一室で、一人呟く者がいた。


 ラクス=アン=アニビア。

 エレンの留学先、アニビア国の第一王子である。


 そんなラクスが学園から帰ってきてから夕食もとらずに、ずっと部屋に籠っている。

 使用人たちも心配を隠せないが、ラクスに「一人にしてくれ」と言われた以上、何か口出しすることも出来ない。


「…………」


 ラクスの頭の中は、今日の昼休みのことで埋め尽くされていた。

 それも今日編入してきたばかりの男子生徒について、だ。


「エレン=ウィズ」


 淡々と呟いたその名前が無音の部屋に響く。


「中級魔法が限界って、どういうことだ」


 ラクスは仮にも王族の一人。

 当然、それなりの情報は持っているつもりだ。

 今回、エレンが留学してくることも事前に知っていた。


 だが、その時から既に違和感は感じていた。


 というのも、留学に際する宿泊先の候補に「王城」があったのだ。

 さすがに誰かが進言したのか、実際には公爵の位を持つリュドミラ家の世話になることになったようだが、それでもただの留学にしては異例の好待遇だ。


 ラクスの中にあった可能性は二つ。

 一つ目の可能性は、その者がヘカリム国内でも有数の大貴族であるということ。

 二つ目の可能性は、その者が相当の実力者であるということ。

 そのどちらか、もしくはその両方でもない限り、今回のような待遇はあり得ない。


 しかしエレン本人に聞けば、どうやらエレンはヘカリム国有数の大貴族でなければ、そもそも貴族ですらないらしい。


 ということはつまりラクスの推測からすれば、エレンは相当の実力者であるということになる。

 だからあえてエレンも知っている実力者”聖女”の話題を引き合いに、エレンの実力を探ろうとした。

 だが結果は、


『僕なんて精々、中級魔法が限界だよ』


 もし本当にエレンが中級程度の魔法しか使えないのだとしたら、それこそ国賓並みの今回の待遇を説明できない。


 そしてもう一つ極めつけがある。

 疑問を抱きながら学園から帰ったラクスが真っ先に向かったのは父である国王の下だった。

 ラクスは単刀直入に「エレンとは何者なのか」と尋ねた。

 基本的に温和かつ冷静な国王が、明らかに動揺して見せ、お茶を濁した。


 ————おかしい。


 今回の留学について、ラクスの中で僅かに違和感を感じる程度でしかなかったそれがほぼ確信に変わった。


 国王の反応を見るに、恐らくエレンのことについて何かしら知っていることがあるのだろう。

 しかしそれは王族であるラクスにさえ知られてはいけないようなことらしい。

 ではやはりエレンがどこかの大貴族で、相当な実力者なのか。


 ————エレンが嘘を吐いている。


 その可能性もラクスは考えた。

 しかし実際に話した時、エレンが嘘を吐いているようにはとても思えなかった。


 それでは一体どんな情報が隠されているのだろうか。


 もしこんなことをククルが知れば、すぐに飛びついてきそうだ。

 ラクスは密かに、今回の留学の裏に隠された何かを探ろうと決意した。


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