005 優秀なクラスメイト
「これはどうしたものか」
昼休み、エレンは席で一人呟く。
女子クラスメイトからの質問攻めが終わったのは良かったが、どうやらそのせいでリリアンヌの不興を買ってしまったらしい。
既に隣の席にリリアンヌの姿は見えず、どこかへ行ってしまっている。
エレンとしてはまだ友達も出来ていない間くらいは、お昼を一緒にしてほしいと思っていたのだが、これも自業自得というやつなのだろうか。
しかし編入初日の昼休みから一人ぼっちとは、先が思いやられる。
ただ唯一幸いなのは、弁当を持ってきていたことくらいだろう。
知り合いもいないので、購買や食堂に行くのも難しい。
因みに弁当は朝、リュドミラ家のメイドさんに受け取ったものだ。
「おう、さっきは災難だったな」
エレンが一人で弁当を開けていると、突然誰かが声をかけてくる。
視線を向けてみると、そこには自信を身に纏っているような男子生徒が立っている。
しかし声をかけられたものの、当然のようにエレンには面識がない。
「? えっと……」
「ああ、すまない。俺はラクス=アン=アニビアだ。ラクスって呼んでくれ。その代わりこっちもエレンって呼んでいいか?」
「えっと、全然大丈夫ですけど」
「おっと、硬いのはなしだぜ。俺たちはクラスメイトなんだからな」
「ですが……」
エレンの頭の中では今しがた教えてもらったラクスの名前が繰り返されていた。
ラクス=アン=アニビア。
その名前が示すのは、ラクスが王族であるということに他ならない。
そんなラクスに対して敬意を示さないというのは、些か無理難題のような気もする。
しかし当の本人は有無を言わさない笑みを浮かべており、エレンが折れるのを待っている。
「はぁ分かったよ。でも場所によってはちゃんとした話し方にもするけど、それは勘弁して」
「ああ、それでいい」
嬉しそうに笑うラクスに、エレンは肩を竦める。
「一人だったら俺と一緒に食べようぜ」
「それは僕にも願ったり叶ったりだよ。まだろくに友達も出来てないし」
「だよな。それならちょうどいいか――――おーい、ククルも来いよ」
エレンと向かい合うように席に座ったラクスが誰かに声をかける。
だが残念なことにエレンはその名前を主をまだ知らないので、とりあえずラクスの視線をたどってみる。
「ん、ラクス様どうしましたー?」
しかしエレンが見つける視線をたどる前に、ククルと呼ばれた生徒が返事する。
ただその声の主にエレンは一瞬固まってしまう。
ラクスの声に反応したのは他でもない、あの眼鏡女子だった。
エレンは咄嗟に朝のやりとりを思い出さずにはいられない。
確かにあの質問のお陰で雰囲気が柔らかくなったとはいえ、それが眼鏡女子本人と関わろうということに繋がるわけではない。
ククルに対し敬称を使っているにも関わらず、全く敬意の色が見られないあたり、さすがと言うべきか。
「昼飯一緒に食べようぜ」
「えー……、別に一人でもいいんですけどー……」
「そうか。じゃあ暇つぶしにヘカリム国について聞いたりするか。確か精霊使いの育成に尽力してるって有名だしな」
「よっしゃー! どんどん一緒に食べましょう!!」
「えっ」
ラクスの一言と共に、あっという間にエレンたちの下へやって来るククル。
突然の掌返しに驚くエレンに、ラクスが耳打ちする。
「ククルは基本的に知識、っていうか情報収集マニアみたいなものなんだ」
確かにそれならば色々な言動も頷ける。
ククルにとってはヘカリム国や精霊使いのことについては、知識欲が疼いて仕方がないのだろう。
一番遅くにやって来たくせに、誰よりも早く弁当を開いて、準備万端ですとアピールしている。
エレンとラクスはお互いに顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。
「ふーん、じゃあ別に自分から留学しようとしていたわけじゃなくて、学園側に選ばれたみたいな感じなんだ」
「そうだね。基本的に精霊使いを養成する学園なのに、僕の場合は魔法を使ったりしていたから左遷みたいなものかな」
「それは随分と容赦ないな」
昼食をとりながら、適当に雑談を交わす三人。
といっても主にラクスとククルの質問にエレンが答えるといった感じだ。
基本的に敬語を忘れないエレンだが、ラクスを交えて話している内にすっかり打ち解けている。
「まあ僕としては色んなことが学べるこの国に来れたのはラッキーだったけどね」
エレンの境遇に唸る二人に、エレンは何も気にしていないと言う。
それは嘘でもなんでもない。
確かに住み慣れた土地を離れることになったのは寂しい気もしたが、逆に言えばエレンが感じたのはそれだけだった。
むしろアニビア国では一週間しか過ごしていないにも関わらず、これまで経験したことのないことをたくさん経験できた。
「ああでも、確かにヘカリム国に比べたら精霊に関する授業は少し内容が薄いかもしれないかな」
エレンは言ってしまってから、やってしまったと気付いた。
ここには仮にも王族であるラクスがいるというのに。
「別に気にする必要はないぞ。実際、エレンの言う通りなんだし。その分ウチは色んなことをこなせる人材を育ててるんだ。何も恥じることはない」
しかしラクスに気にする様子はない。
それどころかエレンが言わなかったアニビア国の長所を十分に理解している。
さすが王族だ、とエレンは舌を巻いた。
「それにアニビアにも十分に一点特化の人材はいますからねー」
「確かにうちにもそういう人材はいるな」
「そうなの?」
突然口を挟んできたククルとそれに頷くラクス。
てっきり器用貧乏な人材が揃っているとばかり思っていたエレンは首を傾げる。
「っていうかお前もよく知ってるだろ」
「え、僕が?」
首を傾げるエレンに、二人が「本当に分からないのか?」という視線を向けてくる。
しかしエレンにはやはり思い当たる節などない。
「聖女様だよ、聖女様」
呆れたように首を振るラクスが、ため息と共に教えてくれる。
隣ではククルが「うんうん」と頷いていた。
「え、リリアンヌさんってこと?」
「ああ。何でも光属性に関しては最上級魔法がもう少しで使えそうだとか」
「そ、それは凄いね」
ラクスの言葉に、エレンは素直に驚く。
それだけその言葉の内容が凄まじいのだ。
「つまりリリアンヌさんは光属性の上級魔法をほとんど完璧に使えるってことだよね」
「冗談みたいだが、その通りだ」
魔法。
その単語を説明するためにはたくさんの言葉が必要だ。
まず魔法には属性がある。
火、水、風、土の基本属性四つに、光と闇の特異属性が二つの計六つだ。
次に階級。
基本属性であればほとんど誰でも使うことが出来る初級魔法。
そして中級魔法に上級魔法があり、その上に最上級魔法がある。
一般的に中級魔法がある程度使えれば優秀で、上級魔法が使えれば宮廷魔導士になれると言われている。
最上級魔法に関していえば、一つの属性で最上級魔法を使えるのは片手で数えられる程度しかいないらしい。
そして今回、リリアンヌが使えるのは上級魔法。
それも光属性だ。
努力すれば誰でも使える基本属性と異なり、特異属性は初級魔法でさえ術者の才能がなければ全く使えない。
そんな光属性の上級魔法を使いこなし、あまつさえ最上級魔法にまで手が届きそうであると言えば、リリアンヌの凄さも理解できるだろう。
どうやらリリアンヌが”聖女”と称されるのは、容姿に対してだけではなく、光属性の上級魔法というまさしく聖女のような実力に対するものだったらしい。
エレンがリリアンヌの凄さを改めて痛感していると、二人が思い出したように呟く。
「因みに俺は火属性なら上級まで使える」
「私は基本的に実技は苦手だけど、とりあえず風属性の上級魔法なら少し使えるかなっ」
「二人って凄かったんだね……」
特に威張るでもなく、ただ事実を述べるように言ってのける二人にエレンは目を見張る。
「僕なんて精々、中級魔法が限界だよ」
「えっ」
自分の無力さに項垂れるエレンだが、そこで妙な反応を見せたのはラクスだ。
エレンの言葉に意外そうな声をあげる。
「? どうかした?」
「い、いや何でもない」
なぜか動揺した様子を見せるラクスに、エレンとククルは二人揃って首を傾げた。