042 模擬戦
突然起こった歓声の中心にいるのは、今まさに話題にのぼっていたエレンとラクスだった。
二人はその手に模擬剣を持ち、油断なくお互いを見つめ合っている。
「どうやら二人で模擬戦をするみたいですね」
そんな二人を不思議そうに眺めるミリィに、リリアンヌが教える。
しかし模擬剣を構えて対峙する二人を見れば、それくらいはミリィでも分かる。
ただ一つ気になることと言えば……。
「他の人たちだって何度も模擬戦をしていたわよね? なのにどうしてあの二人の時だけ、あんなに盛り上がってるの?」
「それは……」
ミリィの質問に対してすぐに答えようとしていたリリアンヌだったが、ふとその口を閉ざした。
そして代わりに、どこか含みのある笑みを浮かべながら言った。
「ミリィさんはあの二人、どっちが勝つと思いますか?」
「あの二人ってエレンとラクスのことよね? それならラクスだと思うわ」
「どうしてそう思います?」
「だってラクスは”器用貧乏”で有名なアニビアの王子だし、魔法を使わない近接戦闘もそれなりにこなせるはずでしょ? 加えてエレンはお世辞にも体格がいいとは言えないし、とてもラクスと剣で戦えるようには見えないわ」
「なるほど」
ミリィの答えに納得したような反応を見せるリリアンヌだったが、実はその答えは初めから予想していた。
というかもしこれが逆の立場だったとしたら、まず間違いなくリリアンヌもそう答えていただろう。
でも、とリリアンヌは小さく呟く。
「それならきっと面白いものが見られると思いますよ」
遠くで対峙する二人を眺めながら、リリアンヌは僅かに目を細めた。
一方、当事者であるエレンとラクスは、
「何か遠くからリリアンヌとミリィの視線を感じるんだが……」
「同感。というか実際、二人でこっちを見てきてるよ」
「まじかよ……」
他のクラスメイトたちの視線があるにも関わらず、リリアンヌたちの視線をきちんと感じ取っていた。
まあ二人の視線だけ他とは違った妙な感じがしたので偶然気付けただけなのだが。
「許嫁に情けないところは見せられないんじゃない?」
「やっぱそうだよなぁ……。確かミリィが来てから模擬戦するのって初めてだった気がするし。リリアンヌとかが変に気を利かせて『どっちが勝つと思いますか?』とか聞いてなければいいけど……」
「ミリィならまず間違いなくラクスを選んでるだろうね」
エレンの断言に、ラクスが大きなため息を零す。
その表情からは「そんなに期待されてもなぁ」というラクスの苦悩が伝わって来る。
「それなら今日はちょっとだけ手を抜こうか?」
「いや、それじゃあ訓練にならないしな」
気を利かせたエレンの提案に、首を振る。
それに、とラクスが呟く。
「これだけ他のクラスメイトたちも期待してるのに、そんな情けない勝負が出来るかよ」
「確かに」
ラクスの言葉に、一瞬だけ周りを見渡したエレンも頷く。
そして再び視線を戻した時に、ふとラクスが妙な笑みを浮かべていることに気が付いた。
「実は、今回はちょっとした秘策を用意してきたんだ。油断してると足元すくわれるかもしれないぜ?」
「……それは忠告ありがとう、って言うべきかな?」
「どっちでも構わないぜ――ッ!」
始まりは唐突だった。
何か合図があったわけでもないはずなのに、二人ともほとんど同時に駆け出す。
ぶつかる寸前、二人がお互いに模擬剣を構える。
そして突撃の衝撃を打ち消すかのように、互いに剣で相手を押し込む。
均衡した力のせめぎ合いが続く中、そんな均衡を崩したのは意外にもエレンだった。
エレンは力任せに剣を振るい、対峙していたラクスを吹き飛ばす。
「……ッ! 相変わらず、どっからそんな力を出してんだよッ」
「強いて言えば、腕とか?」
転がりながらも何とか受け身を取るラクスの悪態に、エレンは冗談なのか本気なのか分からないような相変わらずの曖昧な表情で小首を傾げる。
しかしラクスの体勢が万端になる前に、エレンはもう一度襲いかかる。
そして何とかそれを避けようとするラクスに、何度も何度も追い打ちをかける。
随分と好戦的なその姿勢は、普段の基本的に大人しいエレンを知っている者であれば想像しがたい姿だ。
初めにこの模擬戦を観戦した者は皆、目を見開かずにはいられない。
「ッ……!」
するとその時、模擬戦に大きな動きがあった。
それまで何とかエレンの攻撃を避けていたラクスが足を絡ませたのか、大きく体勢を崩したのだ。
当然、それを見逃すようなエレンではない。
一瞬で距離を詰めると、模擬剣を振り下ろす。
だが、それはあくまでもラクスの狙いだった。
このまま攻撃を避け続けてもジリ貧になるのは分かり切っていたラクスは、あえて大きな隙を作ることで一発逆転の目を狙っていたのだ。
カウンターを繰り出すまでは完璧だった。
実際、ラクスがカウンターの一撃を見ていた者たちのほとんどが、ラクスの勝利を確信したと言っても過言では無い。
ラクス自身、内心では「これは貰った」とほくそ笑んでいた。
「なっ……!?」
しかし直前まで木剣を振り下ろしてきていたはずのエレンが、ラクスからカウンターが繰り出されるや否や、その寸前で身をよじりラクスの渾身の一撃をあっさりと躱してしまったのである。
これにはさすがのラクスも驚愕せずにはいられない。
「はい、今回も僕の勝ちだね」
「……あぁ、参った。綺麗に決まったと思ったんだけどな」
「秘策があるって聞いてなかったら危なかったよ」
あれを避けられたら、ラクスにはもう打つ手はない。
喉元に突きつけられた模擬剣に、ラクスは大きなため息を吐いた。
「な、何よあれ!?」
模擬戦が行われている最中、ミリィは自分の見ている光景に何度も目を見開く。
そして模擬戦が決着し、周囲から歓声が沸き起こる中、ミリィは隣に座るリリアンヌへ問い詰めていた。
「エ、エレンが近接戦闘が得意だったことは意外だったけど、人は見かけによらないんだって納得しかけていたわ。でも最後の一撃を避けるってどういう反射神経してんのよ!?」
ミリィの言う通りだった。
リリアンヌはこれまでにも二人が模擬戦するのを何度も見ていたし、エレンが勝つだろうということは何となく予想していた。
しかしラクスがカウンターを繰り出した時は、さすがのリリアンヌもヒヤッとせずにはいられなかった。
少なくとも、それくらいにラクスの最後の一撃は完璧だったのだ。
だからそれをいとも容易く避けてみせたエレンの反射速度は、それこそリリアンヌの予想をも遥かに超えていた。
「……でも、確かにあれだけの才能があるなら公爵家にいるのも少しは納得できる部分はあるし、現にエレンを欲しがる国はあるでしょうね。まあ、魔法大国のヴァンボッセの求めるような人材ではないでしょうけど」
だがリリアンヌが反応に困っている間に、ミリィが勝手に都合のいい解釈をしてくれた。
どうやら偶然にもミリィからの追及は逃れることが出来たらしい、とリリアンヌは人知れずホッと息を吐いた。
新作【 新米ネクロマンサー、魔王を蘇生する 】投稿しました。
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※以下あらすじ
とある墓地で、新米ネクロマンサーが栄えある一人目の使い魔を蘇生させようとしていた。やけに装飾の凝った墓地からは、ここに眠る死体の生前の活躍が容易に期待できる。むしろこれまでに他のネクロマンサーが手を出していなかったことの方が不思議だったが、自分の使い魔になる者が有能なら、と喜んで蘇生の術をかけた。
……しかし彼女は知らなかった。そこに眠る者がかつて『災厄』『化け物』或いは『魔王』と呼ばれていたことを。そして同業者たちの間で、立ち入り禁止区域に指定されていたことを。




