041 指摘
「こっちの相手おねがーい!」
リリアンヌたちのクラスは今、体育の授業の真っ最中だ。
体育といっても、その内容は魔法などを禁じた純粋な身体能力での自主練という単純なもので、生徒のほとんどは仲のいい相手と模擬戦を行っている。
ただし身体能力の差ということで、授業は男女で分けられている。
そして今、リリアンヌはいつも通り、皆から離れた隅の方で繰り返される模擬戦を見物していた。
有り体にいえばサボっているということになるのだが、普段真面目なリリアンヌが何の理由も無しにそうしているわけではない。
リリアンヌには光属性の才能があり、聖女と呼ばれている。
まさに高嶺の花のような存在である。
そんなリリアンヌと模擬戦とはいえ剣を向けるなど、クラスメイトの女子たちにはとてもじゃないがおこがましくて出来ない。
その結果、リリアンヌの相手を務める者はおらず、結果的に一人になってしまうのだ。
とはいえリリアンヌは魔法は得意なのだが、実は身体を動かすのはあまり得意ではない。
そういうこともあって相手がいないことを好都合だと割り切って、皆の模擬戦を見物することに徹しているのである。
ただ今回はそんなリリアンヌに声をかける者が一人。
「あら、サボリなんて聖女様も意外と不真面目なのね」
いつもの勝気そうな笑顔を浮かべながら近付いてきたのは、ヴァンボッセからの編入生ミリィ。
「……その呼び方は止めてください。それにミリィさんだってサボってるじゃないですか」
「私は魔法大国出身だから、身体を動かすのは苦手なのよね」
「そういうことはちゃんと上級魔法を使えてから言ってください」
「うっ……」
リリアンヌの指摘に、ミリィが苦い顔を浮かべる。
「あなたって綺麗な顔して意外と毒吐くのね……」
「さ、最近色々あってこうなっただけです」
前まではリリアンヌもこんなことを言わなかった。
しかしエレンが来てからというもの色々と頭を悩まされることが多く、リリアンヌの中で色々と吹っ切れてしまったのである。
そんなリリアンヌにミリィはあまり興味なさげに「ふーん」と呟く。
「あ、そういえば一つ聞きたいことがあったんだけど」
「何ですか?」
ふと思い出したように呟くミリィにリリアンヌが首を傾げる。
「エレンって貴族じゃないのよね?」
「……そうですね」
その時点でミリィの話の内容をある程度察したリリアンヌは僅かに緊張しながら頷く。
「それなのに留学した先でお世話になるのが公爵家っていうのは、さすがにおかしいんじゃないの?」
「……そうですか?」
そのミリィの指摘は尤もだ。
とはいえそれを自ら肯定するわけにもいかず、リリアンヌは曖昧に誤魔化す。
だがそんな明らかにおかしいことをミリィが逃がしてくれるわけもなく。
「どう考えてもおかしいでしょ。私の国にも平民の留学生自体がいないというわけではなかったけれど、そのほとんどが同じ平民の家のお世話になっているわよ」
「ア、アニビアでは他国からの留学生を歓迎してますから」
「それにしたって限度があるでしょ。平民の子を貴族の家でお世話するっていうだけでも異例なのに、さすがに公爵家っていうのは無理があるわ」
ぐうの音も出ない正論に、リリアンヌも思わず言葉に詰まる。
むしろその疑問があまり目立っていなかったことの方が不思議なくらいだ。
「私は『アニビアに凄い魔法使いがいる』って聞いてこの国に来たの」
それは突然だった。
リリアンヌは肩が跳ねてしまいそうになるのを必死に堪えながら、ミリィの方を見る。
「……凄い魔法使い、ですか?」
「そういう噂が最近になって急にヴァンボッセに入って来たの」
そう言われて、リリアンヌの頭に一番初めに浮かんだのはエレンだった。
きっと他の者なら、光属性の上級魔法が使えるリリアンヌを推す声もあっただろう。
しかしワイバーンを一撃で屠ったり、コカトリス十匹を相手にしたりなんてとてもじゃないがリリアンヌには真似できない。
「色々とお世話になってるあなたに隠し事とかするのは嫌だからこの際はっきり言うけれど、私はその魔法使いがエレンなんじゃないかって思ってたの」
「エレンさんが、ですか?」
リリアンヌの頬に冷や汗が流れる。
「この時期になって急に噂が広まったり、平民なのに公爵家にお世話になってたり。そういうの全部、エレンがその魔法使いなんだとしたら説明がつくもの」
そこまで言ってミリィは「でも」と付ける。
「どういうわけかエレンは上級魔法すら使えないんでしょ?」
それは先日の会話の中でエレンが呟いたことだ。
あの時にミリィが妙な反応をしていたと思っていたが、凄い魔法使いの候補者だったエレンが中級魔法までしか使えないということを聞いて戸惑っていたのだろう。
「でもそれじゃあエレンがあなたの家でお世話になっている説明が出来ないわ」
リリアンヌがホッとしたのも束の間、ミリィは再びそのことについて言及し始める。
それについてはどうしたってリリアンヌに説明できるはずがない。
何故ならエレンは本当はミリィの言う凄い魔法使い本人で、だからこそ平民でありながらも公爵家でお世話になっているのだから。
僅かに俯くリリアンヌに、ミリィが目を細めて核心をついた質問をしてくる。
「あなた、一体何を隠しているの?」
「それは……」
どうすればこの状況を打開できるか。
いくら考えてもその答えは出てこない。
しかしミリィは今も尚、答えを待ち続けている。
何か言わなければ、更に疑われてしまう。
リリアンヌの頭を焦りが支配する。
『おぉ……ッ!!』
その時、二人の耳に何やら歓声が聞こえてきた。
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