040 報告
「コ、コカトリスを倒しちゃったんですか……?」
リリアンヌは動揺を隠せないまま、エレンに尋ねる。
「だから倒してないって言ってるじゃないですか。僕が倒したのはガーゴイルなのに、周りにいた人たちが勝手にそう報告しちゃったみたいで」
「そ、それは大変でしたね」
ため息を零すエレンにそうは言ったものの、リリアンヌはエレンの言葉を全て信じることが出来なかった。
というのもエレンには以前、ワイバーンをリザードと言ったりなどの前科がある。
だから今回もその時と同じようなことが起こったのではないか、とどうしても考えてしまうのだ。
それに、とリリアンヌは思い出す。
『ヘカリム国内でのギルドランクはS、それだけでなくSランク相当の魔物を単独で討伐したとの報告が何件もある』
これは以前ジョセに聞いた、エレンのことについて国王から聞かされた言葉だ。
コカトリスは精々Aランク相当の魔物。
エレンがヘカリムのギルドでSランクに在籍していた実力を考えると、凶悪な魔物であるコカトリスもエレンにとっては造作の無い相手なのかもしれない。
だがそれと同時に疑問でもある。
エレンがコカトリスを倒したという前提で話を進めるにしても、それだけでいきなりギルドランクがAまで上がるのはおかしい。
ギルドに飛び級制度のようなもの自体がないというわけではない。
冒険者たちの実力に見合った仕事をしてもらうために、偶にだがそういうこともある。
しかしAランク相当の魔物を一体倒したところで、飛び級できるのは良くてもBランクまでだろう。
それなのにエレンはAランクになった。
「……エレンさんが倒したのは、ガーゴイルだけなんですよね?」
恐らく本当はコカトリスを倒したのだろう、と思いつつも話を進めるためにエレンと話を合わせる。
そんなリリアンヌの内情など知った様子もなく、エレンが頷く。
「はい。ガーゴイルを十匹」
「十匹!?」
しかしリリアンヌはエレンの発言に驚きの声をあげる。
そんなリリアンヌに、エレンは首を傾げる。
「あれ、ガーゴイル十匹くらいならリリアンヌさんだって簡単に倒せますよね?」
「そ、それはそうですが……」
だがリリアンヌは動揺を隠せない。
何故ならエレンの言うガーゴイルとは、コカトリスを意味している。
だとすればエレンは「一人でコカトリスを十匹倒した」ということになる。
もちろんエレンの言う十匹のガーゴイルが全てコカトリスなのか断言はできない。
それにリリアンヌもコカトリスという魔物の存在を知っていても、その生態を詳しく知っているわけではないので、コカトリスが普段から群れで行動するのかを知らない。
しかしもし仮にエレンが一人でコカトリスを十匹倒したということであれば、到底、人の成し得る所業ではない。
むしろエレンのギルドランクがSになっていないことの方が不思議だ。
「……あの、エレンさん」
「はい?」
リリアンヌは事の重大さを理解していないエレンに頭痛を覚えながら、真剣な面持ちでエレンに話す。
「突然で申し訳ないんですが、今後はあまりギルドでクエストを受けないようにしていただけませんか?」
「ほ、本当に突然ですね」
リリアンヌもこんなことは言いたくはない。
しかし状況を考えて、エレンの実力が露見してしまうような要因は出来るだけ避けなければならない。
今日だって、リリアンヌが同行していなければラクスたちにエレンのことが少なからずバレていただろう。
「もしどうしてもクエストを受けたい時は、私が同行します。それじゃだめですか……?」
ただこれに関して一番に尊重しなければいけないのはエレンの意思だ。
この提案にエレンが不満があれば、無理強いすることは出来ない。
「別にいいですよ?」
そんなリリアンヌの心配を他所に、何も問題はないとでも言うような表情で頷くエレン。
「僕も変に勘違いとかされるのは嫌ですからね」
そう言って苦笑いを浮かべるエレンだが、それが勘違いなどではないという事実を知っているリリアンヌからすればあまり笑えない。
しかし提案を呑んでくれたことに関しては僥倖だろう。
ただ、そうは言ってもそれで問題が全て解決したわけでは全然ない。
とりあえず今はこのことを国王に報告しなければいけない。
リリアンヌは難しそうな顔で自分のギルドカードを見つめるエレンを見ながら、思わずため息を零した。
◇ ◇
「――という状況です」
リリアンヌは今、事の顛末を報告していた。
部屋には国王とリリアンヌ、そしてジョセがいる。
「まさかそんなことになっているとは……」
リリアンヌからの報告を聞き、国王はこめかみを抑える。
事前にリリアンヌから話を聞いていたジョセでさえ、難しい表情を浮かべている。
「とはいえ実際にエレン君がしたことを考えれば、むしろAランクで止まってくれていることを喜ぶべきことなのかもしれぬな」
「はい、私もそう思います」
もしエレンがSランクの冒険者にでもなったりしたら、少なからずその評判が広がるだろう。
もちろんAランクでも冒険者内での評価はかなり高いだろうが、Sランクのそれと比べれば天と地ほどの差がある。
「やはりコカトリスは単独での目撃情報が多いのですか?」
「いや、実はコカトリスは単独での行動を避けて別の個体と行動を共にすることが多い。ただ十もの個体が一斉に行動するというのは、さすがに聞いたことがないな……」
もしコカトリスが十匹もの群れを作って行動するのが一般的であるのなら、コカトリスはAランクの冒険者などがいくら束になったところで太刀打ち出来ないだろう。
Sランクの冒険者が複数人いても、苦戦を強いられるのは間違いない。
それだけにコカトリスという魔物は厄介なのである。
「この前のワイバーンのこともあるし、最近の魔物たちの活性化を考えると何か良くないことが起こる前触れなのかもしれん」
「良くないこと、ですか?」
「それが何なのかはまだ分からんがな」
つまり警戒を怠るな、ということだろう。
国王の言葉に、ジョセが深々と頷く。
「他に何か報告することはあるか?」
「実はラクス様がエレンさんのことを探っているようです」
「愚息が?」
「はい。今回もエレンさんを魔物討伐のクエストに誘ったのはラクス様で」
「むう……」
リリアンヌの言葉に国王は小さく唸る。
「知られるのはまずいが、かといってあからさまに隠したりすれば更に怪しまれるようになるだろうな」
「しかしラクス様の婚約者であるミリィ様に万が一にでも知られたりすれば、どうなるか分かりません」
悩む国王にジョセが進言する。
ジョセの言うことは尤もなのは、その場にいる誰もが理解していることなのだが具体的な対策案が何も思いつかない。
「リリアンヌには苦労をかけるがエレン君のことがバレないよう、これまで以上に注意してくれると助かる」
「……分かりました」
エレンを見張るということに気が進まないリリアンヌだったが、自分以外にこの役を担うことが出来る者がいるわけでもない。
ましてや他に誰かがエレンを見張るくらいならば自分が、という思いで国王の言葉に静かに頷いた。
あくまで予定ですが、今年は29日(金)の投稿が最後になると思います。
年始は色々な発表にあわせて、1/1の19時に予約投稿しますのでよろしくお願いしますm(__)m