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004 編入初日


「ヘカリム国から留学生として、この学園に編入することになりましたエレン=ウィズです。これから卒業までお世話になると思いますが、よろしくお願いします」


 学園へ着いたエレンは初めに職員室へ向かい、今は担任に連れられて教室にやって来ていた。

 これから授業を共にするだろうクラスメイトたちからの視線を向けられながら、エレンは事前に用意していた自己紹介を淡々と済ませる。


「おお! 君が噂の編入生くんだね!」


「う、噂ですか?」


 初対面でお互いの認識は今回が初めてだと思っていたエレンにとって、その反応はエレンが予想していなかったものだった。

 どうやらエレンの知らない内に、クラスメイトに自分のことを知られていたらしい。

 可能性としてエレンが思いついたのはリリアンヌくらいだ。

 しかし教室の端の方の席に座っていた件のリリアンヌに視線を向けてみると、何も知らないといった風に首を横に振る。


 それでは一体どういう経緯で自分のことを知ったのだろう。


 エレンは今しがた「噂の新入生くん」と称してきたクラスメイトを見る。

 そこには眼鏡をかけた女子生徒が今もなおエレンに興味津々といった風の視線をぶつけてきている。

 そんな彼女はどこかお調子者っぽい。

 周りのクラスメイトも彼女の性格を十分に理解してるのか、誰も止めようとはせず、むしろ「あぁまたか」みたいな表情を浮かべている。


「何でも”聖女”様と二人で仲良さそうに商店街をデートしていたとか」


 にやにやと笑みを浮かべる女子生徒は、その情報が真実であると確信しているかのように告げる。

 しかしエレンはそれ以上に知らない単語が出てきて首を傾げる。


「聖女って何ですか?」


「…………」


 エレンの言葉に眼鏡の女子生徒は出鼻を挫かれたように体勢を崩す。

 気付けばほとんどのクラスメイトも苦笑いを浮かべている。

 妙な反応にエレンはもう一度「二人で商店街……?」と首を傾げる。


「——あ」


 そこで一つの考えに思い当たる。

 と同時に、眼鏡の女子生徒が咳払いをした。


「聖女様っていうのは、他でもないリリアンヌ=リュドミラ様のことよ!」


「あー……」


 エレンが窓際のリリアンヌに視線を向けると、我関せずといった風に窓の外に視線を逸らしている。

 どうやらやはりエレンの予想通り、眼鏡の女子生徒の言う”聖女”というのはリリアンヌのことで間違いないらしい。

 そもそも留学してきてからの一週間で、エレンが誰かと一緒に商店街を周ったのはリリアンヌだけだ。


 それにしても”聖女”か。

 正直リリアンヌがそう称されることに、何の違和感も感じない。


 エレンは窓際に座る彼女の横顔を見て、確かに聖女という言葉がぴったりだと納得する。

 そしてリリアンヌや他のクラスメイトたちの反応を見るに、その”聖女”というのが眼鏡女子だけの呼称でないことも明らかだ。

 ただその聖女というのが、リリアンヌの容姿に対してのそれなのか、他に要因があるのか、はたまたその両方なのかはまだ分からない。

 少なくともエレンは容姿に関してはまさに聖女のそれだと思った。


「それで、やっぱり二人でデートしてたの? ん?」


「……確かに二人で商店街には行きましたが、それはこちらに来たばかりで右も左も分からない僕にリリアンヌさんが案内してくれてただけですよ」


「つまりデートではない、と」


「はい、残念ながら」


 眼鏡女子はその言葉が嘘か真かを見極めようと、エレンをじっと見つめてくる。

 その表情は先ほどまでとは打って変わって真剣そのものだ。

 突然の豹変っぷりにエレンも意外に思うが、眼鏡女子はすぐにその表情を止め、ため息を零す。


「なーんだ。つまんないのー」


 眼鏡女子はそれ以上の興味を失ったのか、机に突っ伏す。

 とんだマイペースだが、これが彼女の普段からの姿なのだろう。

 また何か噂になるようなことがあれば、根掘り葉掘り聞かれるかもしれないと思うと、少しだけ憂鬱だ。


 しかし彼女のお陰で編入生という新しいクラスメイトに対する印象や雰囲気がプラスに動いたのは間違いない。

 恐らくそんなことは彼女にとってどうでもいいことなのだろうが、エレンからすれば十分にありがたかった。


 とりあえず初めの自己紹介も済んだので、エレンは担任に空いている席に座るように言われる。

 するとリリアンヌが気を利かせて隣に座れるようにしてくれたので、その厚意に甘えることにした。

 さっきの噂話が噂に過ぎないことは既に伝えたとはいえ、エレンが隣に座ったことで再び黄色い声が上がる。

 しかし担任が授業を始めるとすぐに皆、授業に集中し始めた。





「ねえねえエレン君ってリリアンヌさんのお家にお世話になってるって本当?」


「はい。とりあえず卒業までの間はリュドミラ家のお世話になる予定です」


「きゃーっ!」


 休み時間、エレンが隣に座るリリアンヌに色々と聞こうとしたところ、その前にクラスメイトたちに囲まれてしまう。

 やけに女子が多いのは恐らくこういったことに関しては女子の方が得意だからだろう。


 質問内容としては主にエレンだけではなく、リリアンヌに関するようなものが多い。

 とりあえず答えられないような質問はされていないが、エレンが何かを答えるたびに悲鳴をあげている。

 しかしやはりこういった質問攻めは慣れていないので、どうにも体力が持っていかれる。


 出来れば助けてもらえないだろうか、と隣に座るリリアンヌに救いを求める視線を受けるが、リリアンヌは気付いていないのか気付いていないふりをしているのか、窓の外を眺めたままだ。

 ただ、エレンには後者に思えて仕方がない。

 だとしたら自分が質問攻めに巻き込まれるのを危惧しているのだろう。

 確かに出来るなら、このような質問攻めには遭いたくない。


「リリアンヌさんって凄く綺麗だよね?」


 質問攻めしてくる女子の内の一人が唐突に聞いてくる。

 視線の隅で一瞬、窓の外を眺めるクラスメイトの肩が揺れたような気がするが、今はそれよりも質問に答えなければいけない。


「確かに凄く綺麗だと思います。僕も初めてお会いした時は驚きました」


 恐らくそのようなことは自分だけじゃなく、他の皆も同じように思っているはずだ。

 隣に本人がいるので口にするのを一瞬躊躇うが、どうせこういった類の誉め言葉も、公爵家の娘ならば言われ慣れているはずだ。

 であれば、とエレンはリリアンヌに対する第一印象を包み隠さず述べる。


「やっぱそうだよねー……」


 うんうん、と周りの女子たちが頷く。

 やはりリリアンヌの魅力は男子だけに留まらず、女子の中でも評判らしい。

 さすが聖女と呼ばれるだけあるな、とエレンは感心する。


 しかし、ではどうしてリリアンヌは自分が聖女と言われていることを教えてくれなかったのだろうか。

 後で直接聞いてみようと思いながら、エレンは未だ終わらない質問攻めに意識を向けた。




「だって恥ずかしいじゃないですか」


「恥ずかしい?」


「私は別に自分が聖女だなんて思ってませんし、そう呼ばれるほど自分が優れているとも思っていません」


 長かった質問攻めがようやく終わり早速リリアンヌに尋ねてみると、思いもよらない答えが返ってきた。


「それなのにいつの間にか学園の外でも聖女なんて言われるようになって、恥ずかしい思いをしているんです。だからエレンさんには伝えていなかったんですが、そのせいで朝は困惑させてしまいました、すみません」


「いや、それは別にいいんですが……」


 エレンとしては少し気になった程度のことだったので、そんな可愛い答えなのであればそれ以上何か言うつもりもない。

 ただどうして聖女と呼ばれるようになったのかは気になるが、頬を幾分か赤く染めるリリアンヌにそれを尋ねるのは些か難しい。

 それはまた別の機会にでも聞いてみればいいだろう。


「そ、ん、な、こ、と、よ、り」


 するとリリアンヌがぐいっと身を乗り出してくる。

 こんなところを見られればまた噂されてしまうような気がするが、リリアンヌの様子に押し黙る。


「随分と女の子からモテモテだったようですが」


「え? は? いや、あれは単に質問攻めに遭ってただけですよ」


「その割には随分愛想良かった気がしますけど」


「新しいクラスメイトなんですから、変に波風は立てない方がいいでしょう?」


「ふーん、そうですか」


「リ、リリアンヌさん?」


 どうしてか若干不満そうなリリアンヌにエレンは戸惑う。

 何か怒らせるようなことをした覚えがないのが、また難しいところだ。


「やっぱりエレンさんは私の手助けなんかなくても大丈夫そうですね」


「え、ええっ!?」


「冗談じゃないです」


「冗談じゃないんですか!?」


 似たようなやりとりを朝にもやったような気がするが、決定的に違う結末にエレンは珍しく動揺した。


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