038 提案
王女初登場の回で『ニーア』と表記したのは誤りです。正しくは『ミリィ』です。
「い、意外と数が多かった……」
リリアンヌたちが魔物の群れを倒し終わってから少しして、疲労困憊したラクスとミリィが二人の下へやって来た。
どうやらエレンたちがのんびり話している間に、自分たちの分の魔物を倒し終えたらしい。
「お疲れ様です」
そんな二人に汗一つかいていないエレンが労いの言葉をかける。
「早く終わったんなら少しは手伝ってくれよ……」
「だめですよ。自分たちの分はちゃんと自分たちで何とかしないと」
ラクスの言葉にリリアンヌが首を振る。
しかし普段の優しいリリアンヌと比べると、どうにも違和感があった。
というのも、リリアンヌは今回の一件はラクスがエレンの実力を確かめようとしてのことだと考えている。
しかしエレンの規格外の実力を万に一つにもミリィに知られるわけにはいかない。
だからこそ二人で担当することになった魔物の群れを全て一人で倒してみせたのである。
だがいくら早く倒し終わったからといって、この状況を作り出した張本人の手助けをする気にはなれなかった。
「そ、それにしてもさすが聖女なんて言われるだけあるわね……」
魔物と戦いながらもしばしばリリアンヌの戦いぶりを見ていたミリィが感嘆の声を零す。
「火属性の上級魔法をぽんぽん撃てるラクスも凄いと思ったけど、さすがにリリアンヌの前じゃ霞んじゃうわね」
「霞んで悪かったな」
ミリィの言葉にラクスは口を尖らせながら不満そうに呟く。
ただ光属性の上級魔法を使うリリアンヌには敵わないと思ったのか反論はしない。
「というかそっちの魔物のほとんどをリリアンヌが倒していたような気がするんだけど、エレンは何をやってたの?」
「えっと僕は……」
「今回は私のストレス発散のために、エレンさんには手を出さないでもらっていたんです」
全く何もしていませんとは言い辛く、どうしようかと頬を掻くエレンにリリアンヌが助け船を出す。
しかしリリアンヌのその言葉に、ぎょっとしたような表情を浮かべる
「あ、あれがストレス発散……?」
「だとしたら普段どれだけストレス抱え込んでるのよ……」
一体何がリリアンヌのストレスになっているのか。
もちろんそれも気になったが、今はそれ以上に魔物相手にストレス発散させてしまうリリアンヌの方が強烈だった。
「べ、別にそういうわけじゃないんですけど、今回はたまたま……」
思わずといった風に後退る二人に、慌てて弁解するリリアンヌだったが効果はあまり望めない。
確かにやりすぎてしまったかもしれないというのはリリアンヌ自身も薄々感じていた。
本来、攻撃力という点では随一のはずの火魔法を差し置いて、迫りくる魔物たちを片っ端から倒していくというのは、エレンとまではいかないが非常識の内に入るだろう。
「そういえば」
どうやって二人に与えてしまった印象を払拭できるだろうかとリリアンヌが頭を悩ますところに、エレンが言葉を挟んでくる。
「ミリィは全く上級魔法を使っていなかったみたいだけど、二人で上級魔法を使ってたらもっと早く魔物も片付けられたんじゃないの?」
「えっ、そうだったんですか?」
エレンの言葉で初めてそのことを知ったリリアンヌは驚くと同時に納得もした。
いくら光魔法が強力とはいえ、戦うのが二人と一人では少なからず差が出てくる。
なのに実際にはリリアンヌの方が早く魔物を片付け終わっていたことを不思議に思っていたのだ。
「私はそもそも上級魔法が使えないの。中級魔法までが限界」
「そうなの? 魔法大国の王女様って言うくらいだから、てっきり上級魔法なんて普通に使えるんだと思ってたんだけど」
「簡単に言わないでくれる? 上級魔法使えるのってそれだけで一生仕事には困らないくらいには優秀なのよ?」
「……そういえばそうだった。周りに上級魔法を使える人が多かったせいで感覚が麻痺しちゃってたのかも」
素直に謝るエレンだったが、どうやらミリィが中級魔法までしか使えないということを意外に思っていたのはエレンだけではなかったらしい。
「でも私もミリィさんは上級魔法が使えるんだと思ってました」
「俺もそう思ってたから、今回の魔物の群れも最初はもう少し楽が出来ると予想してたんだがな」
「な、何よ皆して。そりゃあ確かに兄さんや姉さんたちの中には上級魔法どころか最上級魔法さえ使える実力者がいるけど……」
「あ、やっぱりいるんだ」
「う、うるさいわね! 私はまだ成長途中なの! それなら逆にエレンはどうなのよ。さっきなんて全く戦ってなかったじゃない」
憤慨したミリィがエレンに問い詰める。
上級魔法が使えることが分かっている他二人とは違って、エレンだけは未だにその実力を知らない。
「僕も上級魔法は使えないよ。ミリィと一緒で精々、中級魔法が限界かな」
「えっ……!?」
「べ、別にそんなに驚かれるようなことじゃないと思うけど。たった今、自分で上級魔法が使えるだけで凄い優秀って言ったばかりなのに」
「そ、それもそうね。ごめんなさい」
やけに驚いた様子を見せるミリィだったが、エレンの指摘に慌てて頷く。
「ミリィは中級魔法が限界って言ってたけど、中級魔法はどれくらい使えるの?」
「中級魔法ならほとんど完璧に使えるのよ。ただ私の場合はなぜか上級魔法だけが使えないのよ」
「中級魔法がほとんど完璧に使えるなら上級魔法が使えてもおかしくないと思うんですけど……」
ミリィの言葉にラクスやリリアンヌが首を傾げる。
「でもリリアンヌさんだって光属性の上級魔法はちゃんと使えるのに、最上級魔法はまだ使えないじゃないですか」
「そ、それはそうですけど……」
エレンの言葉に思わず口ごもるが、上級魔法と最上級魔法とでは、それこそ次元が違う。
そこには才能という絶対的な壁が立ちふさがっているのだ。
しかし上級魔法であれば努力でどうにか出来る部分は全然ある。
ましてや中級魔法が完璧に使えるのであれば、少なくとも簡単な上級魔法は使えても不思議ではないはずだ。
「ミリィさんは得意魔法とかはありますか?」
「まあ今使える魔法の中だったら、やっぱり火魔法が一番得意かしら。十歳の頃には火属性の中級魔法も使えてたし。でもどれだけ練習しても火属性の上級魔法が使えないのよね」
「なるほど……」
ミリィが得意なのが火魔法だというのは恐らく間違いではないだろう。
しかしミリィ自身がそれを自覚しているのなら、やはり上級魔法が未だに使えていないというのは分からない。
ミリィに魔法の才能が無いということは、十歳で中級魔法が使えているという時点で恐らくあり得ない。
それなら努力が足りないなどの他の要因が考えられるが、少なくともリリアンヌが知るミリィからはそうは見えない。
しかしだとすれば一体どうしてミリィは上級魔法を使えないのか。
リリアンヌとラクスが同じように首を傾げるが、その疑問に答える者はいない。
「別に気にしすぎなくても、中級魔法が使えるだけでもあまり困ったりはしないから。まあいつかは私も使ってみたいなとは思ってるけど」
真剣な表情で原因を考える二人にミリィが苦笑いを浮かべながら言う。
仕方なく無理に考えるのを止める二人だが、とても納得しているようには見えない。
「そういえばラクスが得意なのも火属性だったよね?」
すると少し前から口を閉ざしていたエレンがふと思い出したように聞いてくる。
ラクスは以前にそんなことを話したかと思い出しながら頷く。
「それならミリィさんが火属性の上級魔法が使えるように特訓してあげればいいんじゃないかな」
「お、俺がか?」
「婚約者なんだから、むしろそれくらいはしてあげないと」
「ま、まあ俺は別に構わないが……」
相手はどうかは分からない、とラクスがミリィの方を向く。
婚約者という単語に照れたのか、その頬は僅かに赤い。
「わ、私も特訓してくれるならありがたいかも……」
ラクスと同じように頬を赤く染めたミリィの承諾によって、エレンの提案は採用されることになった。
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