033 新たな留学生
国王に呼ばれたリリアンヌは騎士に案内されるがままにとある一室に連れていかれる。
謁見の間でないのは今回の話が内密なものであるが故のことだろう。
当然のように部屋には国王とリリアンヌの二人しかいない。
「突然来てもらうことになって申し訳ない」
「いえ、特に用事があるわけでもなかったので気にしないでください」
非公式の場とはいえ国王に頭を下げさせるわけにはいかないとリリアンヌは慌てる。
「それでエレン君は最近どうだ? 元気でやっているか?」
「それについてはご心配に及びません。エレンさんもアニビアでの生活を楽しんでくれています。それに学園でもクラスメイトたちから慕われているようです」
「そうか、それは良かった」
リリアンヌの言葉に満足そうに頷く国王。
しかしリリアンヌは自分の言葉にふと今日の放課後のことを思い出してしまった。
一瞬表情を暗くしてしまうが、すぐに取り繕ったお陰で国王には気付かれずに済んだらしい。
「……今回リリアンヌにわざわざ来てもらったのは他でもない。そのエレン君についての話だ」
数度咳ばらいをした後、国王が真剣な表情で話を始める。
これまでの話はこのための前置きのようなものだったのだろう。
まさかエレンの近況を聞くためだけに呼ばれたなどとリリアンヌも思ってはいない。
予想通りの展開に小さく頷く。
「実は今度、アニビアに新たに留学生が来ることになった」
「留学生、ですか? このタイミングで?」
リリアンヌの疑問は尤もだ。
エレンが留学生としてアニビアにやって来てからまだ二カ月も経っていない。
同じタイミングで複数人の留学生がやって来るならまだしも、こんな中途半端に期間が空いてからの留学生は違和感を覚えずにはいられない。
それに本当に留学生がやって来るとして、リリアンヌが呼ばれた理由といまいち繋がらない。
「ヴァンボッセからの留学生なのだ」
「っ……!」
しかしそんなリリアンヌの疑問は全て、国王の一言によって解消された。
ヴァンボッセ。
その国の名前を知らない者はまずいないだろう。
高名な魔法使いのほとんどがその国の出身で、教育機関などに関しても主に魔法使いの育成に力を注いでいる魔法大国だ。
そんな魔法大国がこのタイミングで留学生を送って来る。
訝しまずにはいられない。
何かの意図があっての行動と見て間違いはないだろう。
そしてここではその意図が重要になってくる。
「エレンさんのことを知られるわけにはいかない、ということですか」
「察しがよくて助かる」
リリアンヌが知る限りで、エレンは火属性の最上級魔法を使うことが出来るだけの実力を持っている。
そんな魔法使いの存在を魔法大国であるヴァンボッセが知れば放ってはおかないだろう。
現在、最上級魔法を使うことができる魔法使いは世界にも数えられる程度しかいない。
そしてそのほとんどがヴァンボッセに所属している。
魔法使いにとってはヴァンボッセこそが魔法の国であり、魔法分野への知識も高められるのだからそれも当然だ。
そしてヴァンボッセ自身も、優秀な魔法使いの確保に尽力している。
最上級魔法が使える魔法使いであれば間違いなく一度はスカウトが来ているだろう。
光属性の上級魔法を使えるリリアンヌも、ヴァンボッセに来ないかというお誘いがあったほどだ。
リリアンヌは公爵家の娘ということもあって丁重にお断りさせていただいたが、エレンの場合は話が違ってくる。
エレンは貴族でもなければ、そもそもアニビアの生まれですらない。
そんなエレンが出身国を離れ、留学生としてアニビアにやって来ている。
これほど人材確保に絶好の機会はないだろう。
「こちらもエレン君についてはある程度の事情を知ってその身を預かっている。もしエレン君がヴァンボッセに引き抜かれるような事態になれば軋轢が生まれるのは避けられない」
「穏便に済ませるにはやはりエレンさんの実力がバレないようにしなければいけない、ということですよね」
「もちろんエレン君の意思を無視するわけにはいかないが、それでも少なくとも留学期間の間は遠慮してほしいというのが私の考えだ」
一国の王として、その判断は間違ってはいないだろう。
リリアンヌも同じ立場ならエレンの一挙一動に頭を悩ませていたはずだ。
だが疑問に思うところが全くないわけではない。
「留学を断ることは出来なかったのですか?」
何せこのタイミングだ。
いくらヴァンボッセからの留学生とはいえ、断ろうと思えば受け入れを断ることも出来たのではないだろうか。
しかしリリアンヌの尤もな言葉に、国王は難しい表情を浮かべる。
「その留学生が少しばかり厄介でな」
「……? まさかエレンさんみたいに最上級魔法を使ったりするんですか?」
「いや、さすがにそれはない」
学生で最上級魔法を使える者などそうそういない。
ましてやそんな学生を留学生として他国に送り込むなど、ヴァンボッセは絶対にしないだろう。
「実は今回の留学生、ミリィ=トゥ=ヴァンボッセというのだがな」
「ミリィ=トゥ=ヴァンボッセ……?」
その名前にリリアンヌは聞き覚えがあった。
そんなリリアンヌの様子に国王は頷くと、一呼吸おいて告げた。
「あぁ。ヴァンボッセ国の第四王女であり、愚息ラクスの婚約者だ」




