032 告白
「エレンさん、実は今日国王様からのお呼び出しがありまして、お一人で帰ってもらうことになりそうなんですが大丈夫ですか?」
帰りのHRも終わりエレンが帰宅準備を進めていると、リリアンヌが声をかけてくる。
リュドミラ家にお世話になっているエレンは当然リリアンヌと帰り道が同じで、普段から一緒に帰っているのだが、どうやら今日は一人で帰らなければいけないらしい。
「さすがに帰り道は覚えましたし迷うこともないですよ。それに一人で帰るのが初めてではありませんから」
「それもそうですね」
お互いに苦笑いを浮かべる二人。
「あ、あの!」
「……ん?」
そんな時、突然誰かから声をかけられたエレンは振り返る。
そこにはやけに見覚えのある女子生徒が立っていた。
「確か、クッキーをくれた……」
「はい! その節はわざわざお返しまでありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ美味しかったです」
未だにクラスメイト全員の顔を覚えられていないエレンだが、さすがにクッキーをくれた子のことまでは覚えていないわけがない。
「それで、何か話でも?」
「あっ、そうでした!」
話が逸れて忘れてしまっていたのか、エレンの言葉に思い出したように声をあげるクラスメイト。
いちいち反応が大袈裟だが、そのこぢんまりとした容姿と相まって可愛らしい。
「じ、実はエレンくんに話したいことがあって」
「はい、何ですか?」
「え、えっと……」
「? どうしました?」
煮え切らないクラスメイトの様子に首を傾げるエレン。
しかしいつの間にかクラスメイトの顔は赤く染まりだしており、熱でもあるのかと疑ってしまいそうになるほどだ。
「こ、ここではちょっと話しにくいというか……、な、なので少し場所を移動しませんか?」
「僕はぜんぜん構いませんよ」
どちらにせよ今日はリリアンヌは国王からの呼び出しがあり、一人で帰る予定だ。
どれだけ話が長くなっても、待たせる人はいない。
エレンが頷いたのを見て、その女子は笑顔を浮かべるとエレンを先導しながら教室を出て行った。
「…………」
そんな二人の様子をリリアンヌが無言のまま見つめていた。
「…………」
城までの道をリリアンヌは無言で歩いている。
その表情はやけに暗く、すれ違う人たちは無意識のうちにリリアンヌを避けるようになっていた。
だがそんな周りの様子にすら気付かないリリアンヌの胸中は、放課後の教室での一幕で埋め尽くされていた。
「あれってどう見ても告白、ですよね……?」
エレンがそのことを理解しているかどうかは分からない。
しかし同性であるリリアンヌからすればそんなことは一目瞭然だった。
やけに力の入った肩。
エレンを見つめる熱のこもった視線。
そして極めつけは教室では話しにくい話題。
その全てが揃った状態で、予想とは違う話題だとは考えにくい。
「……もやもやします」
この際どうして彼女がエレンに告白しようと思うに至った経緯などは置いておくとして、少なくとも彼女はエレンの何かしらの魅力に惹かれたのだろう。
だからこそ彼女はエレンに告白しようと思った。
確かにリリアンヌの目から見ても、エレンの容姿は整っている方だと思う。
黒を基調としたような容姿はどこか目を奪われる。
だがリリアンヌはそういった魅力を含めて、エレンのことを理解できているのは自分だけだと思っていた。
もちろんエレンが最上級魔法を使えるということを知っている時点で、リリアンヌの方がエレンのことを真の意味で理解しているのは疑いようがない。
それでも彼女がエレンの魅力に気付いたというのは、リリアンヌとしてはあまり面白くはなかった。
今頃、エレンは彼女から告白されているのだろう。
その告白に対して、エレンはどんな返事をするのだろう。
もしかしたら既に恋仲になっているかもしれない。
だとしたら今のリリアンヌの立場はどうなるのだろうか。
いくら同じ家に住んでいるとはいえ毎日登下校を共にするというのは彼女としてはあまりよろしいものではないだろう。
エレンの性格を考えれば、登下校を別々にくらいはしてくるはずだ。
もしかしたら今ではリリアンヌの定位置とも呼べるようになっているエレンの隣が、彼女のものになってしまうかもしれない。
「…………っ」
そんな可能性の光景を考えたリリアンヌは、どうしてか胸がちくりと痛んだ。
別にエレンが誰と付き合おうが、リリアンヌには関係ない。
そしてそんなエレンの選択を制限することも出来ない。
何故ならリリアンヌとエレンの関係は留学先の宿泊先の住人とその留学生でしかないのだ。
もちろん今、リリアンヌはエレンのことを家族だと思っている。
そしてエレンも同じようにリュドミラ家を自分の家のように思ってくれている、と信じている。
でも家族だとしてもエレンの行動全てを決めていいわけがない。
むしろエレンの幸せになるようなことであれば喜んで勧めるべきだ。
エレンも男だ。
告白されるというのは幸せに違いない。
しかし本当なら祝福するべきことだろうに、リリアンヌはとてもエレンを祝福するような気分になれなかった。
どうして自分がこんな気持ちになっているのか、リリアンヌには分からない。
考えても考えてもその答えは出てこない。
普段のリリアンヌならこんなこと考えても仕方ないと諦め、別のことを考えるようにするだろう。
しかしどうしてか頭の中を支配するエレンのことを振り払えない。
今日の夜、エレンにどういう表情で顔を合わせればいいのか分からない。
同じ家に住んでいるという以上、全く顔を合わせないというのはほとんど不可能だろう。
告白に対するエレンの答え次第によっては、今後のリリアンヌの行動も変わって来る。
そう考えたら告白のことを藪から棒に聞くことも出来ない。
「うぅ……」
これから国王との話があるというのに、こんな状態ではろくに話を聞くことが出来るかも怪しい。
どうしてこのタイミングなのかと思わず頭を抱えたくなる。
しかしリリアンヌは仮にも公爵家の娘。
国王に対し失礼な態度をとるわけにはいかない。
話も聞かずに考えに耽るなど以ての外だ。
「……しっかりしないといけませんね」
リリアンヌは告白のことを忘れるように何度か頭を振ると、城へと歩みを進めた。