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030 変化


 休み明けの朝、準備を済ませたエレンたちは学園に向けていつもの道を歩いていた。


「何だか色々ありすぎて、登校するのも久しぶりな気がします」


「確かにそうですね」


 苦笑いを浮かべながらリリアンヌの言葉に同調するエレン。

 とはいえ実際、巡礼の後処理などもあったりしたのでリリアンヌの言葉もあながち間違いではないのかもしれない。


「こっちに来て一カ月ですか? そろそろ学園生活には慣れましたか?」


「うーん、どうでしょう。まだ気の置けないやり取りが出来るのはラクスとククルさんくらいですからね……」


 エレンは難しそうな表情を浮かべるが、王族であるラクスと親し気に話したりするのは普通に考えれば相当なことだろう。

 もちろんラクスの本来の性格によるところが一番の要因なのだが。


 しかしエレンの言葉を聞いたリリアンヌはどこか不満そうに唇を尖らせている。


「私はその中にいないんですか?」


「えっ……?」


「私はてっきりエレンさんと気の置けない間柄になれていると思っていたんですが」


 リリアンヌの悲し気に顔を伏せる様子に、エレンは困惑したように首を傾げる。


「リリアンヌさんはそもそも別枠だと思っていたので……」


「べ、別枠ですか?」


「はい。一緒に暮らしているわけですし、学園生活の中での枠組みとは違うかなと思っていたんですが……。ただリリアンヌさんをその枠の中に入れるのであれば、もちろんダントツで一番ですよ」


「……っ、そ、そうですか」


 リリアンヌとしてはエレンを少しでも困らせてやろうという冗談の意味が込められていたのだが、思いもよらないエレンの直球的な言葉に思わずたじろぐ。

 動揺を隠せず、思わずその白髪を揺らしてしまう。


「お、エレンじゃねえか! 今日も授業頑張れよ!」


 ちょうどそのタイミングで商店街へ差し掛かった。

 途端に鍛冶屋のいかつい店主から声をかけられるエレンの姿はいつもの光景に、動揺も忘れて和んでしまいそうになる。

 しかしいつもはそこで終わるはずが、今日は違った。


「リリアンヌ様も頑張ってくださいね!」


「えっ……、は、はい、ありがとうございます」


 まさか自分が声をかけられるなど露にも思っていなかったリリアンヌは僅かに反応が遅れるが咄嗟に笑顔を返す。

 一体どういうことだろうと首を傾げている間にも、商店街の面々に声をかけられ続けるエレン。


「リリアンヌ様もおはようございます~」


「エレンちゃんのことを今日もよろしくお願いしますね!」


 だがいつもと違うのは、皆がリリアンヌにも何か声をかけてくるようになった。

 前までは公爵家の娘ということもあり遠慮されていたのか、ほとんど声などかけてくれることはなかった商店街の人たちが今では笑顔を向けてくれる。

 それが一体誰のお陰なのか、分からないリリアンヌではなかった。


 リリアンヌは隣で微笑を浮かべながら八百屋の店主に手を振るエレンに視線を向ける。


 この状況を作り出したのは間違いなくエレンだ。

 直接的にエレンが何かをしたわけではないだろうが、それでも間接的にエレンの存在が、商店街の彼らのリリアンヌに対する態度の変化に繋がっているのは間違いない。

 もしかしたら二人で仲良さげに話して商店街を歩く姿が、リリアンヌに対する壁のようなものを取り払ってくれたのかもしれない。


「エレンさんは本当にすごいです」


 この変化は自分にとってかけがえのないものだ。

 エレンがいなければ、得ることが出来なかったかもしれない景色。


 リリアンヌは胸の辺りが温かくなるのを感じながらぼそりと呟く。

 その小さな呟きはきっとエレンには届かない。

 もし届いたとしても、エレンがそんなことを素直に認めるとも思えない。


 それでもリリアンヌは改めてエレンという存在の底の知れなさを実感せずにはいられなかった。


 ◇   ◇


「な、なんかやけに見られている気がするんですが……」


「やっぱりリリアンヌさんもそう思いますか?」


 朝の登校も残り僅か、というところだろうか。

 商店街を抜けて学園へ向かっていると、どういうわけか同じ制服を着た学生たちから視線を向けられているのをリリアンヌは感じていた。

 その視線は学園に近付けば近付くほど増え続けている。


 さすがに妙だと思ったリリアンヌが隣を歩くエレンに聞いてみると、どうやらエレンも同じことを思っていたらしい。

 自分の勘違いではなかったとホッとする反面、視線を向けられる意味が分からず首を傾げる。


「リリアンヌさんがいるのである程度の視線は仕方ないとは思いますが、それでも今日はやけに多い気がしますね」


「わ、私がいると仕方ないんですか……!?」


 リリアンヌの驚きに、エレンは無言のまま微笑む。

 そんなエレンの反応にどういうことか問い詰めたくなるが、ここで大きな声をあげたりすればこれ以上に視線が集まってしまうのは容易に予想できるので自重する。


「でも本当、どうしたんでしょうか?」


「とりあえずは教室に向かいましょうか。何か分かるかもしれません」


 エレンの提案にリリアンヌは頷くと、周りの視線に居心地の悪さを感じながらも学園に向かった。






「さーて、それではまず二人の馴れ初めから聞かせてもらってもっ?」


「その前にこの状況の説明をお願いしてもいいかな?」


 エレンたちが教室に入るやいなや、ククルを始めとするクラスメイトたちに囲まれてしまった。

 しかもよく分からないことを言ってくるククルに、エレンは困惑した様子を見せる。


「そんなこと言っても逃がしたりしませんよ~?」


 ぎらついた笑みを向けてくるククルだが、二人には何が何だか全く分からない。


「二人は最近、付き合いだしたんですよね?」


「……はい?」


「なっ……!?」


 さも事実のように言ってくるククルに、エレンたちはそれぞれ違った反応を見せる。

 エレンは意味が分からないといった困惑の表情。

 そしてリリアンヌは顔を真っ赤に染めて、口を開けている。


「わ、私たちはそんな関係じゃありません!」


 周りを囲むクラスメイトたちにリリアンヌが声をあげる。

 その隣ではエレンが頷いている。


「なんだ、やっぱりデマだったのかぁ」


「またククルの早とちりかよ」


「ついに聖女様がデレたのかと思ったのにー!」


 リリアンヌの言葉に周りのクラスメイトが溜息を零しながら、呆れたようにククルに視線を向ける。

 どうやら今回の騒動の犯人はククルらしい。


「そ、そもそも一体どうして私たちが、その、付き合ってるなんて話になったんですか」


 リリアンヌが言葉にするのを躊躇うように呟く。

 その頬は相変わらず赤く染まったままだ。


「私は見ましたよ!」


 すると突然、ククルが声を大きくする。


「二人が楽しそうに商店街をデートしているのを!!」


「なっ――!?」


 その一言で、一度は収まりそうだったクラスメイトたちが再びざわめきだす。


「そしてその髪飾りはエレンさんからプレゼントされたものですよね!」


「そ、それは……っ」


 ククルの言葉に、クラスメイトたちの視線がリリアンヌの髪飾りに向けられる。

 リリアンヌは恥ずかしそうに髪飾りを手で隠すが、その反応がククルの言葉の信憑性を高めてしまうのは当然だった。


「だから私は確信したんです! 二人は付き合っているのだ、と!」


 拳を突き上げるククルに、クラスメイトたちが再び二人に詰め寄って来る。


 まさかこんなことになるとは思ってもいなかったリリアンヌはどうすればいいのか全く分からない。

 それに休み中の出来事がどうしてここまで広がっているのか謎だ。

 ククルの情報拡散力がそれほど高いというのだろうか。


 クラスメイトたちの様子に、ただおろおろすることしか出来ないリリアンヌ。

 そこにようやく救いの手が差し伸べられた。


「リリアンヌさんには僕の休日に付き合って貰っていただけなので、僕とリリアンヌさんが付き合っているという事実はありませんよ」


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