027 報告書
エレンたちが無事にリュドミラ家へ帰ってきてから数日、ジョセは内密に国王からの招集を受けていた。
今、部屋にはジョセと国王の二人しかいない。
それだけでジョセは今回の呼び出しが何に関することなのかをすぐに察した。
ともあれ、まず初めにこれを読んでくれという国王の言葉に従い数枚の書類を受け取る。
大方こんなことだろうと予想を立てていたジョセだったが、そこに書かれていたことはジョセの予想を遥かに凌駕するものだった。
「こ、この情報は確かなのですか?」
「私も直接見たわけではないので確かなことは言えないが、派遣した調査隊によるとそこに書かれてある通りらしい」
「……そ、そうですか」
ジョセは震える手でもう一度、手元の書類に目を落とす。
そこには記したものの焦りが窺える文字で、こう書かれていた。
『ミルタ街を治める領主邸、消滅す』
この一文だけならば、一体どういうことなのか全く分からない。
しかし後に続く報告を読めば、次第にだがその全貌が明らかになる。
数日前、街に突然の轟音が響き渡った。
天変地異かとも畏れた街の住人たちだったが、その轟音は一回きりで収まってしまった。
だが轟音の出どころと思われる領主邸へ向かった時、そこには既に領主邸はなかったと言う。
というのも、領主邸があったはずの敷地が地面ごと抉れるようにして、大きなクレーターを作っていたらしい。
そのクレーターを作り出すためには一体どれほどの力を以てすれば可能なのか見当もつかない、という報告者の言葉にはジョセも全くの同意だ。
「お前のとこの娘がミルタ街へ行ったのも、確かそのあたりだったな」
「……そうですね」
国王の言わんとすることが何なのか、ジョセが分からないわけがない。
あの日、リリアンヌが独断でミルタ街へ向かったということは既に国王に報告している。
そしてそれを追いかけるようにエレンがミルタ街に向かったことも同じように報告している。
つまり国王は言外に、今回の一件にエレンが関わっているのではないかと言っているのだ。
しかしジョセは国王の言葉に難しい表情を浮かべる。
「……どうやらあの日、我が娘のリリアンヌは単身で問題の領主邸に向かったらしいのですが、麻痺毒を盛られ、襲われそうになったそうです」
「なっ!? それは本当なのか!?」
「はい、本人から直接聞きました」
ジョセの言葉に国王は目を見開く。
それだけ事の大きさを物語っている。
リリアンヌは仮にも公爵家の娘だ。
しかも稀少な光魔法の使い手で、その実力は「聖女」と称されるほどで諸外国からの注目も絶えない。
特に魔法使いの育成を主とする魔法大国などからは、幾度となくそのスカウトのために使者が送られてきているくらいだ。
そんなリリアンヌにたかが一介の領主でしかない貴族が無理やりに手を出したなど、どんな罰が与えられたところで文句は言えない。
しかしそれ以上に、そのようなことがあったにも関わらずジョセが激高を見せていないのがおかしい。
そこで国王は一つのことに気付く。
「襲われそうになった、ということは実際には襲われなかったということか?」
国王の気付きに、ジョセは頷く。
「間一髪のところでエレン君が間に合ったようです」
それは良かった、と国王は胸を撫でおろす。
もし自分の娘に手を出されたなどとなれば、目の前の男が何をしでかしてしまうか分かったものじゃない。
だがその話を聞いて、国王はやはり自分の予想が正しかったのだろうと呟く。
「では問題の領主邸のことはエレン君がやった、ということで間違いはないということか」
しかし国王の言葉にジョセは微妙な顔を浮かべたまま頷こうとしない。
「いや、それが実はリリアンヌはエレン君が現れた段階で意識を失ってしまったみたいで、それからのことは何も覚えていないらしいのです」
「そ、そうだったのか」
ジョセもその日のことはリリアンヌ本人に詳しく聞いた。
しかしやはり覚えているのはエレンが現れた時までで、次の記憶はエレンの腕の中で目を覚ました時からのものということだった。
エレンの腕の中で目を覚ました、ということについても一人娘の父としては大いに気になるところではあるが今はそのことに構っている余裕はない。
エレン本人に確かめるという手もあったのだが、自身の力をきちんと理解していないエレンを刺激するのは得策ではない。
その結果、情報としてはあまりに不確かなものばかりが揃ってしまったというわけである。
「ただやはり状況的に考えてみても、エレン君が何かをしたということは恐らく間違いないかと思います。リリアンヌも同じ考えのようでした」
「ふむ……」
ジョセの言葉に国王が難しそうな表情を浮かべながらも頷く。
やはりジョセも根本的な考え自体は国王と同じで、今回の一件にエレンが大きく関わっていると思っているらしい。
しかし、と国王は静かに呟く。
「問題なのは、エレン君がどうやって今回の一件を引き起こしたか、ということだ」
国王が今回のことで一番懸念しているのはそれだ。
以前、エレンが火属性の最上級魔法でワイバーンを倒したという話は聞いた。
一人の学生が最上級魔法を使えるというのは確かに凄いことだ。
しかし国王という立場上、これまでにも何度か最上級魔法を目にする機会は少なからずあった。
その中には当然、火属性の最上級魔法も含まれている。
「私が見た火属性の最上級魔法は、それこそ土地を一つ消滅させるようなことは出来なかったはずなんだ」
初めて火属性の最上級魔法を見た時の感動は今でも忘れられない。
さすが各属性の中でも最強の攻撃力を誇るといわれる火属性だけあって、その威力は尋常ではなかった。
確かにあれならワイバーンを屠ることは可能だろう。
しかし仮にも領主邸というそれなりの敷地を、一回の魔法のみで消滅させるというのはさすがに度が過ぎているのではないだろうか。
もちろん火属性の最上級魔法が一つだけではないことも理解している。
以前見た魔法が、実は火属性の最上級魔法の中では威力が低い方だったという可能性だってあるだろう。
だがたとえそうだったとしても、エレンがそれだけ威力の高い火属性の最上級魔法を使うことが出来るということになる。
そんなのもはや学生の域をとうに超えている。
「エレン君は、一体どんな力を秘めているというんだ」
しかも質が悪いのは、本人がそれを自覚していないということだろう。
国王は今更ながらに、留学生としてエレンを引き入れたことは果たして正解だったのか疑問を持ち始めた。
だがエレンの人柄の良さなどについては、国王の耳にも入っている。
今回の一件でさえも、リリアンヌの危機に駆け付けたということだけで言えば、誰よりも優しさに溢れているとも思える。
そしてジョセもそのことは十分に理解しているのだろう。
だからこそ得体が知れないと言っても過言では無いエレンのことを、相当に信頼しているように見える。
それがリリアンヌを助けてもらったことに対する彼なりのお礼なのだろう。
「とりあえずは、これからまたしばらくエレン君のことをよろしく頼む」
「もちろんです」
だからこそジョセは国王の言葉に一瞬の間もなく頷いた。
「……そういえば」
ジョセが部屋を出ようとした時、国王が思い出したようにジョセを呼び止める。
「近い内にまた一人、アニビアに留学生が来ることになった」
「……今回は普通の留学生なんでしょうか?」
「まあ、最上級魔法が使えたりはしないだろう」
エレンのことを思い出したジョセが恐る恐る尋ねるが、国王の言葉にホッと胸を撫でおろす。
そんなジョセに「ただし……」と呟く国王。
「ヴァンボッセからの留学生だ」
「……ヴァンボッセ、ですか」
途端に顔を顰めるジョセ。
恐らくその国の名前を知らないものはいないだろう。
ヴァンボッセ――――魔法分野において他の国の追随を許さない、魔法大国だ。




