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026 お伽噺


「んぅ……ここは……」


 リリアンヌが目を覚ました時、すぐ近くにエレンの顔があった。

 だが未だに頭がよく働かないリリアンヌは数秒そのままぼうっとエレンの顔を見つめる。


「……っ!? エ、エレンさん!?」


 しかしさすがに何かがおかしいと気付いたのか、リリアンヌは現状の把握を試みる。

 そしてすぐにどうやら自分がエレンに抱えられているらしいということが分かった。

 片手は膝の裏、もう片方の手は腰。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだった。


「リリアンヌさん起きましたか。あ、無理しちゃだめですよ」


「うっ……」


 慌ててエレンの腕の中から降りようとするが、うまく身体が動かない。

 もしかしたら麻痺毒がまだ完全に抜けきっていないのかもしれない。

 エレンに窘められたリリアンヌは、大人しく抱えられている。


「…………」


 しかしそんなリリアンヌの胸中は罪悪感で一杯だった。

 今回の一件、自分が無謀なことをしたせいで、エレンに迷惑をかけてしまった。

 ただでさえ良い関係とは言い難いのに、今回のことで愛想を尽かされていたとしても文句は言えない。

 もし既にエレンから愛想を尽かされていたとしても、せめて何か言わなければリリアンヌの気が済まない。




「すみません」




 だが、リリアンヌが謝るよりも先にエレンがその言葉を口にした。

 更にその顔は申し訳なさそうに伏せられている。


「僕のせいで無理をさせてしまったみたいで……」


 エレンの言い分に、リリアンヌは初め何を言われているのか分からなかった。

 しかしエレンの表情を見て、自分が何を言われたのか理解したリリアンヌは、一層どういうことか分からなくなった。


「な、なんでエレンさんが謝るんですか。今回のことは私の独断なんですから、エレンさんが謝る必要なんて……」


「でもリリアンヌさんがそんなことをしたのは、僕の態度が原因だったんですよね」


「そ、それは……」


 エレンの言うことはあながち間違いではない。

 事実、エレンの態度がいつも通りであったならリリアンヌはこんな無茶をしなかっただろう。


「リリアンヌさんが背負っているものを見ないふりをしていたのは僕ですから、やっぱり僕が悪いですよ」


「で、でも……っ」


 それでもリリアンヌは自分の行動の責任をエレンに押し付ける気もなければ、そんなこと絶対にしたくなかった。

 しかしエレンを納得させられるような理由がどうしても思いつかない。

 リリアンヌが何を言ったところで、エレンはすぐに否定してしまうだろう。


 だが、だからと言って「はいそうですか」と簡単に納得できるはずがない。

 リリアンヌは何か言わなければという思いに駆られ、表情を歪ませる。


「……じゃあ、お互い半分ずつっていうのはどうですか?」


「え……」


 そんなリリアンヌの表情を見て、エレンが呟く。


「二人とも自分が悪いと思っているんですから、それなら今回のことはどっちも悪かったということで半分こしましょう」


 リリアンヌとしては今回の責任の半分でもエレンに背負わせたくはない。

 それでも普段なら絶対に譲らなそうなエレンがこうして歩み寄って来てくれたということは、これが彼なりの妥協案なのだろう。

 その思いを無駄にしたくはなかった。


「わ、分かりました。じゃあ私も、ごめんなさい」


 リリアンヌが頷くと、エレンもほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩ませる。


「あ、でもジョセさんにはこっぴどく叱られそうですね」


「うっ……」


 そういえばと呟くエレンに、リリアンヌは嫌なことを思い出したとばかりに顔を顰める。

 ジョセにどれだけの心配をかけたか考えれば、それも妥当なのだが、やはり叱られるのは出来れば遠慮したいところだ。

 だがさすがに何のお咎めもなしということはあり得ないので、やはり何かしらの罰はあるだろう。

 そう思うと、これから帰ることが途端に憂鬱になってくる。


「頑張ってください、僕も一緒に怒られてあげますから」


「ほ、ほんとですか?」


 さっきまでは自分に全ての責任があると思っていたリリアンヌだったが、その提案は正直かなり魅力的だ。

 さっきまでのリリアンヌとの変わりように、エレンが思わず苦笑いを浮かべる。

 そんなエレンに、リリアンヌも釣られて微笑む。


「……エレンさんとまたこんな風に話せるなんて、夢みたいです」


 リリアンヌがその瞳を僅かに潤ませながら、静かに呟く。

 その呟きを聞いたエレンがまた苦笑いを浮かべる。


「そんな大袈裟な」


「大袈裟じゃないです。私、本当にもうエレンさんとまともに話せないんじゃないかって思ってたんですから」


 少なくともリリアンヌはそう思っていた。

 そう思っていたからこその、今回の行動だった。

 しかも結局リリアンヌ一人では何も出来なくて、更には油断して麻痺毒まで飲まされてしまった。


 自分でも本当に馬鹿だったと思う。

 エレンに愛想を尽かされても仕方がないとさえ思っていた。


 それなのにエレンは優しく、それどころか以前のエレンに戻っている。

 もう二度と話せないと思っていた彼と笑って話せているこの状況が、リリアンヌには堪らなく嬉しかった。

 たとえそれが自らの過ちの先にあったとしても、喜ばずにはいられなかった。




「夢なら――――《雪でも見てみたいですね》」




「え……」


 エレンの小さな呟きに僅かに魔力が込められているような気がしたリリアンヌは思わず空を見上げる。


「これって……」


「——雪、ですね」


 リリアンヌの疑問に答えるように、エレンが言う。


 リリアンヌにとって初めて見る雪が、空から降って来る。

 冬でさえ降らないアニビアの夏に。


 リリアンヌの掌に雪の欠片がいくつか付着する。

 すぐに体温で溶けてしまうが、掌に残った水滴がこの光景が嘘でないことを証明してくれているような気がした。


「ほら、リリアンヌさんの髪みたいで綺麗でしょう?」


「っ……そうですね」


 空を見上げながらのエレンの言葉に、リリアンヌは静かに頷いた。


 リリアンヌはこれまで、自分の白髪に対して苦手意識のようなものしか抱いていなかった。

 家族の誰とも色が異なり、見ようによってはまるで病人のようにも見える。

 いくら周りに綺麗だと言われても、リリアンヌはずっと自分の中で否定し続けてきた。


 でもエレンは、そんな自分の髪がこんな幻想的な光景と同じようだと言ってくれる。

 たったそれだけでリリアンヌはこれまでずっと抱いてきていた自分の髪への忌避感がすべてなくなっていくような気がした。

 それはまるで掌の雪が解けて消えていくように。


「本当に、綺麗です」


 エレンの腕の中で、リリアンヌは静かに呟く。

 そんなリリアンヌにエレンは微笑む。


「これくらいであまり驚きすぎたらだめですよ。僕の国じゃ雪なんて、視界が全部雪で埋まるくらいにたくさん積もるんですから」


 エレンの言葉に苦笑いを浮かべる。

 その光景は一体どれほどに幻想的なのだろう。

 そしてそれはどれほどまでに、真っ白なのだろう。


「いつかそれも、私に見せてくださいね?」


「って、この光景も僕のおかげで見られたわけじゃないんですけど……まぁはい。楽しみにしていてください」


「ふふ、楽しみにしています」


 エレンの苦笑いに、リリアンヌが微笑む。

 この土地に冬でもないのに雪が降るなんて、それこそ自然にはありえない。

 でも今は、そういうこと(、、、、、、)にしておこう。


「そろそろ身体も動くようになってきましたか?」


「……まだです」


 リリアンヌはエレンの服をぎゅっと掴む。

 今はまだ、そういうことにしておきたかった。




 あともう少しだけ、このお伽噺を楽しむために。


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